『記憶の中で』

篠崎俊樹

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第9話。

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     9
 悪父は、短絡的なのだ。物事を見切れない。ずっと引きこもって、テレビ。もう、付ける薬などない。俺としても、そう思っている。人間はいろんな事情があって、生きている。感じること、考えることだって、あるだろう。その点、紘一は、勘違いというか、人間に欠点がないものと思い込んでいる。はっきり言って、間違いだ。誰だって、欠点や汚点はある。みんな、感じることがある。感情だってある。完全無欠なわけない。その点を考えきれないところに、悪父の最大にして、最高の欠点、欠陥が存在した。どこまで、おめでたければ、気が済むのだろうと思う。現実が清いか?そんなわけない。俺はもう、紘一に関しては、百パーセント投げていた。どうにもならない。どうしようもない。考えていることは、全て考え違い、勘違い、そう思えるのだ。俺にとっても、舞子にとっても、悪父が煙たいのは、その点を感じきれないことだ。ただ、これは言っておこう。世間一般の人間は、大抵、他人と会うときは、己を殺して、武装する。俺は、そういったことをし切れなくて、普通に自分を隠さずに会うから、恥を搔くのだけど、人間は皆、そうなのだ。このことになぜ気付いたかと言えば、小説を書き始めて、対人心理が読め始めたからだ。それで分かった。世間一般の人間だって、紘一と変わらないことをやっていると。俺は、それを痛感するうちに、小説がどんどん上手くなっていった。同時に、人と会うのが、もっと嫌になってきた。でも、それが小説家のような人間の特性だろうと思う。結局、世間が見え過ぎていて、返って、対人関係を嫌うようになるというやつだ。俺には、その想いが強くなってきた。ただ、小説を書き溜めるためのノートパソコンと、舞子と、精神安定剤と睡眠導入剤さえあればいいと思えるようになった。これが、記憶の中で生きてきた俺の生き様だ。俺にとって、もう、人の顔は、全部同じに見えるのだ。妻以外は。みんな、醜く歪んでいて、見るに堪えない。そして、ますます、会うのが億劫になってくる。どうも、短絡的なのは、悪父だけじゃないらしい。世間一般の人間ほとんどが、大体そうなのだ。このことを痛感するに至って、俺は、前述したように、どの人間の顔も同じに見えるようになった。そして、話しかけられなければ、黙っているようになった。大人になった証拠なのかもしれない。俺にとって、視界にある人間の顔はどれも、醜く歪んだ。俺はそうやって、悟りに入ったのだ。もう、舞子以外は皆同じ、醜き存在だと痛感するに至った。そして、俺の感情は平坦になってきた。以前よりも、波風が立たなくなった。皆同じなのだから……。腹が立つわけがない。口を利かずに、黙っていよう。そう思えてきた。俺にとって、新たなスタートだった。別に、何とも思わない。俺だけ苦しんでるわけでもないんだな、と思えてきた。そして、この念を強くするにつれ、ますます、紘一や、世間一般の人間と顔を合わせるのが嫌になってきた。もう、ここまで来れば、百パーセント完璧に悟ったようなものだ。(以下次号)
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