『俺の家族』

篠崎俊樹

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『俺の家族』

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 俺には、大切な家族がいる。誰よりも、大切で、愛しい家族だ。これは、告白でもある。もちろん、ドキドキする類の話じゃないけど……。でも、いい。話をしてみたいから、書いてみる。書くことで、打ち明けられて、すっきりするし、俺も、気分がいいんだ。そうさせてもらおう。
 一口に家族と言っても、同居している人間だけじゃない。いろんな類の家族がいる。俺にもそれが分かる。43年間、生きてきているから……。
 もちろん、事実上、家族という人間たちも、家族のうちだ。俺自身、そう思っている。当たり前のことだ。ファミリーというのは、血族も、そうじゃない事実上の家族も含めて、それなのだ。
 元々、20代半ば過ぎまで、地元福岡県朝倉市の実家の2階の部屋で、俺は孤独だった。ちょうど17年前、26歳の年の8月、ある女性が舞い降りてきた。その女性というのは、今、事実婚の関係にいる、内縁の妻である。俺より、22歳年上だった。同じ朝倉市に住んでいる。近所にお家があった。歩いて、15分ぐらいのところに家があり、俺も必ず訪れている。
 40代の俺と、60代半ば過ぎの妻。一緒にいても、違和感はない。
 妻には、連れ子が2人いる。前夫と離婚した後、引き取った子供で、俺にとっては、義理の息子と娘だ。ともに成人している。
 息子は、40を少し過ぎていて、朝倉市内の某公立高校を出ていた。卒業後、建設会社に入社し、昼間、社の内外にて、パソコンで図面を引く仕事をしている。俺にとっては、愛息だ。
 生意気だが、酒もたくさん飲むし、タバコも人並みに吸う。別にいいと思う。若いのだから……。
 以前、鹿児島でできた、高級酒の森伊蔵を飲みたい、と言っていた。少し高い酒だ。俺の今の月収からすれば、幾分値の張る酒で、簡単には買えないのだが、ぜひ買ってやりたい。そう思っている。
 息子は、朝、午前4時に起きて、上下とも、スーツを着用し、自家用車に乗って、会社に行く。そして、昼間、フルタイムで仕事をこなし、夜は遅い時間に帰宅する。午前零時過ぎに、勤務先か、外出先から直帰してくるのだ。家に帰ってきて、嫁とともに食事をして、安い酒を飲んでから、お風呂に入って寝る。実に、お疲れ様なのだ。
 俺は、息子が哀れでならない。散々、苦労しているにもかかわらず、給料は安い。それが、不憫だった。また、不憫でならない、と心から思う。
 やっと、嫁と、今、13歳の一人息子を養うのが精いっぱいで、はっきり言って、かわいそうだ。運転している車も、型が古くて、ボロである。新古車を確か、旧甘木市の中古車ショップで、1台、安く買ったと言っていた。それも、ある意味、哀れと言えば、哀れだ。貧乏ばかりしていて、しょっちゅう、お弁当やお茶もコンビニで安物を買っていて、義理の親の俺としても、忍びない。
 息子は、普段から、かなり節約している。高校時代も、学校の教科書と、妻が作って持たせたお弁当をカバンに入れて、学校に行っていたらしい。持っていた自転車も、電動自転車じゃなくて、当時の古い自転車だった。
 俺は、心底思う。お前が、高校の時、ちょっと面白くないことがあって、不良グループにわざと入って、変な格好をして、散々ぐれたのも、分かる気がするよ。きっと面白くなかったんだろうな。お父さんである俺にも、学校がつまらない時代があったよ。
 お前の気持ちは痛いほど、分かるよ。俺だって、そうだった。ちょうど、中学受験をして入った、中高一貫の進学校が面白くなかった。授業が、退屈でしょうがなかったんだよ。テストだって、嫌だった。わざと、白紙で出して、教師から、こっぴどく叱られた。脅されもした。俺にとって、中学や高校に行くことは、一番嫌で、嫌いなことだったんだ。今でも、嫌な思い出がある。
 俺は、教師を馬鹿にしてたんだ。徹底的にな。だから、お前の気持ちは分かるよ。
 お前だって、勉強はできなかったかもしれないが、賢い子だから、学校の授業なんて、きっと退屈だったんだろうな。
 俺にも分かる。愚痴も入るけど、学校自体、嫌だったんだ。正直、糞くらえだった。カリキュラムも嫌いで、はっきり言って、行きたくはなかった。登校拒否気味にもなった。
 俺だって、一応、大学には入ったけど、結局、卒業しなかった。高卒扱いだ。でも、いいんだ。高卒の学歴で。俺はこうやって、今、大切な大切な家族のことを、ずっと綴ってるけど、俺だって、卒業資格なんか要らないって思って、在籍してた大学の事務局に、退学届を叩きつけてやった。
 そして、大学の正門わきに唾を吐き捨ててから、大学を去った。あんなものに、未練なんかない。そう思ってる。お前は、正しいんだよ。賢いから、必死で頑張れ。そして、見返してやれ。
 俺は、お前の義理の父親だが、精神にちょっと難しい病気があって、長年、旧甘木市にある病院に、月1回通院している。訪問看護の看護師だって、合計4人付いていて、交代で家に来てくれている。週3回も、だ。
 俺みたいな人間にだって、百人力の味方がいるんだ。お前も、職場の上司から、変なことを言われたら、遠慮なしに、怒鳴り返していい。いさかいとか、けんかにならない程度にな。お前は、ちゃんと仕事をしている。お前のお母さんと同じようにね。何も悪くはない。
 でも、お前、お母さんだけは泣かせるなよ。お前のお母さんが、お前がお腹の中にいるとき、相当、無理して、臨月の直前まで仕事をして、お前を産んだのは、事実なんだ。聞いて、知ってるだろ?絶対泣かすなよ。
 お前、もし、お母さん泣かしたら、父親の俺が許さんぞ。お前の顔面を思いっきりぶん殴って、鼻の骨をへし折ってやるからな。
 俺は暴力は嫌いだが、お前のお母さんの苦労は、息子である、当のお前がよく知ってるはずだ。森伊蔵は、必ず買ってやる。約束する。いずれ、まとまった金が貯蓄できればな。その時は、郵便局に行って、金を下ろしてから、酒を買って、送ってやる。
 幸い、俺は、最近、金が入る仕事が決まった。作家だ。今はまだ、真似事とか、アシスタントレベルだけど、コネクションができて、いい関係ができてきた。月収も、お前の給料を超えそうな感じだ。その時は、鹿児島から、直で森伊蔵を取り寄せて、太宰府市のお前のマンションに郵送で送ってやる。存分に飲め。
 繰り返すけど、俺には、お前の苦労が痛いほど、分かる。でも、お母さんの苦労は、決して忘れるな。お母さんは、地元朝倉市の公立中学校を出て、その後、お前のおじいちゃんから学費を少しだけ出してもらって、洋裁学校に行ったんだ。苦労したんだ。中学校の時は、教科書も買えないぐらい、貧乏して、卒業してから、手に職を付けるために、高校に行かずに、洋裁の専門学校を選んだんだよ。
 そして、そこで、洋裁の技術を勉強して、手に職を身に付けてから、紳士服の仕立て会社に入った。必死で働いて、給料を稼いで、お前を高校まで出してやったんだ。その恩義を忘れるな。これは、はっきり言っておく。
 娘は、今、30代後半で、太宰府市にある短大を出てから、保育士の資格を取った。そして、朝倉市内の保育所に勤めて、給料日には、自分の給料を、郵便局から、自分の母親の口座に入れた。けなげな子だと思う。
 かわいそうに、結婚後、すぐに妊娠して、子供は授かったけど、初産のストレスから、突発性難聴に罹り、左耳が聴こえなくなった。不憫でならない。俺の精神の病気と、全く同じだ。
 妻が、すぐに、久留米市の大学病院に連れて行って、専門医に診せて、ステロイドを処方してもらってから、飲ませようとしたけど、服用したら、お腹の中の胎児に、悪影響が出ると言って、結局飲まなかった。だから、未だに難聴のままだ。左耳は、全く聞こえない。かわいそうだ。
 何で、こうも、妻の息子や娘は苦労するんだろうな?俺には、いぶかしくてしょうがない。また、分からない事実なんだ。災難が降りかかりすぎてる。俺たち家族に対して。
 でも、お前は、確かDVDが欲しいって言っていたよな?中国や韓国の王朝物のDVDが好きで、毎日、家事とか、育児の合間に、プレイヤーで見てるんだよね?好きなんだろ?歴史とか、文化の類が。
 俺が、もし、金に余裕ができれば、遠慮なしに、買ってやるぞ。俺にとって、お前のような、かわいい娘は、たとえ義理とはいえ、目に入れても、痛くないんだ。
 俺は、さっき言ったように、つい最近、在宅で、作家の仕事が決まった。書く仕事をすることになる。いずれ、作家として、筆一本で立ちたい。金ができれば、買ってやるからな。俺の告白だ。お前がかわいくて、しょうがないからだよ。
 いいか?たとえ、義理でも、かわいいんだ。愛してるんだよ。そう思っておいてくれ。それが、俺の心からの気持ちだ。偽りなんかない。
 お前が、突発性難聴で、在住している福岡県朝倉郡筑前町の町役場に申請して、障害者手帳を取ったのは、知ってるよ。お前も賢い。短大卒だけど、目から鼻に抜けるように、頭がいい。その賢さを、子育てで活かしてくれ。
 この物語で、もう一つ特筆すべきは、妻のことだ。妻は、さっきも触れたように、洋裁学校を苦学して出て、立派に就職した。勤め先の会社が倒産したこともあって、2度ほど、転職してから、今、福岡県三井郡大刀洗町の縫製工場で、自動車のシートを縫う仕事をしている。きつい仕事なんだ。
 午前8時半から午後5時まで、フルタイムで働いて、給料をもらって、自分の車代や家の税金、その他、スマホ代の支払いなんかに充てている。家の庭だって、綺麗に掃除しているし、手入れだって、怠ってない。
 お母さんは、学問こそないかもしれないが、頭はいいんだぞ。俺はそのことは、はっきり言っておく。苦労して、2人の子供を必死で育てて、学校まで出した。その恩義を決して忘れるな。
 また、これはこの物語では、恥の部分になるが、俺には、老父が1人いる。80を過ぎていて、ちょうど、去年2021年頃から今年にかけて、認知症気味になった。何と言うか、俺は、医学的なことは詳しくないけど、レビー小体型認知症という、難しい病気らしい。俺の罹ってる精神的な病気とは対照的なんだ。記憶が無くなって、おかしくなる病気で、物事にも関心が無くなり、意欲が低下して、最後は幻覚とか、妄想が出て、幻視も見えて、掃除や洗濯もろくにできなくなって、最終的には、老人施設辺りで、突然死が訪れる、最悪の病気だ。
 俺は、この老父に関しては、一切投げている。夜は酒を大量に飲んで、顔も洗わないで、グーグー、10時間以上も寝る、だらしない人間なんだ。恥としか言いようがない。心から、そう思ってる。どこに放り出してやろうか考えてるんだ。まあ、行き場なんか、ないとは思うがな。
 今、家に、老人施設の介護ヘルパーが交代で3人来て、世話をしてやっているが、正直、どうしようもない。経営していた会社は、5500万円ほどの借金を計上して、倒産させた後、銀行に利息まで支払って、借金は全額、実の弟で、身内でもある叔父に弁済させた。そして、今、レビー小体型認知症。最低最悪の人間だ。俺は、家の旦那寺にも頼んでおいた。老父の葬式は一切しなくていいし、家の墓にも入れてやらなくていいと。俺にとって、老父は、俺自身をもいじめた、最悪の人間なんだ。早く追い出してやりたい。そう思ってる。
 俺にとって、今、大切なのは、妻たちの家族の方なんだ。一週間に1回とか2回、家に行って、会ってる。同居こそしてないけど、俺にとって、妻は愛しい。また、けなげに頑張る姿が好きだ。これは、さっき書いた、老父とは対照的で、全くシンメトリーなんだ。妻は、酒なんか、一滴も、口にしない。それに、頑張り屋だ。夜は、遅くまで、テレビを見ることがあるけど、昼間は、縫製工場で頑張ってる。中学校と洋裁学校を出て、必死で生きてる。俺は、妻に、家の修繕費用なんかを上げたい。そう思ってる。いずれ、妻が老齢になれば、年金じゃ、足りなくなるだろうと思う。そこで、俺が、作家業を必死でやって、金を稼いで、貯金しておいて、現金で、ポーンとやろうと思っている。俺は、その点は気前がいいんだ。そう思っておいてくれ。
 また、もう一言言っておくと、妻の兄や姉、義理の甥、姪も、大事な存在だ。それに、妻の5人の孫たちも、俺にとっては、目に入れても痛くない。
 最後に、半ば自慢話になって、申し訳ないし、手前味噌でしょうがない話なんだけど、この短いストーリーの結びに言っておくと、最近、俺は、ある偉い作家先生に弟子入りした。本気で作家を目指すなら、プロに付いた方がいいと思ってだ。ネットで検索して、わずかなお金をお支払いしてから、入門した。これから、原稿を書いて、お見せする。俺は努力してる。決して、裏切らないと思う。上手くいけば、アシスタントなんかで使っていただくことがあると思う。そうなれば、一気に、年収が倍以上になる。愛しい人たちに、金をやれる。それがうれしい。最高にうれしい。
 もし、そっちの方で、まとまった収入が入ってくるようになったら、必ず、妻の家族に献金する。それは誓って、約束するよ。覚えておいてくれ。俺も頑張って、本職の作家目指すから、お前たちも頑張ってくれよ。じゃあ、この辺りで、この物語を結ぼうと思う。もうちょっと書きたいこともあるけど、これはあくまで、俺の家族の話だ。俺は、精神の病を抱えてる。もちろん、いろんな人から、差別的に見られることだってある。でも、いい。今は、いい薬だってある。睡眠導入剤だってある。頑張るからね。大切な人たちのために。じゃあ、ここら辺りで終わりにするよ。
                                  (了)




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