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第25話。
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その日の夜中。警察署内は、シーンと静まり返っていた。水を打ったように、辺りには、静寂がある。
昼間の窃盗事件の調書をパソコンで打ちながら、八田は、警察がつくづく嫌な仕事だな、と思った。実際、それは当たっている。
少年二人組の犯行だった事件は、現場付近の公園に乗り捨ててあったバイクが決め手になり、犯人逮捕となって、事件は無事解決のはずだったが、容疑者の少年二名は。取調べの段階になって口裏を合わせ、一言も喋ろうとしない。黙秘というやつだ。
送検さえしてしまえば、と思ったが、どこかやりきれない蟠りが心の襞に残る。少年犯罪は、社会の病理なんだとも、考えながら……。
だが、警察官一人の微々たる力では、どうにもならない。解決できる代物じゃないのだ。また、できるわけもない。
いったん調書を挙げたら、すぐに帰るつもりでいた。別に、ここに、長居することはない。
二十分ほどで、調書を打ち終え、細かいところにチェックを入れて、データを保存した。もちろん、バックアップもちゃんと取って、だ。当たり前のことだった。
ワードの画面を閉じ、代わりに、メールボックスを開いた。新着メールが、多数届いている。スパムを全部削除する。要らないメールは、要らないメールなのだ。こんなものに、何の興味も持てない。
そのスパムの中に、その奇妙なメールがあった。ひときわ、奇妙で、奇怪だ。
件名にタレコミとあり、送信者は、バルディーという、ふざけた名前を名乗る人物だった。おそらく、適当なハンドルネームだろう。本文には、「俺は、甘利健吾殺しの真犯人を知ってる。この男だ」とあった。おそらく、妄想の類だ。信じたくない。
タカから送られてきたそのスパムメールが、実は事件解決の一番の早道だったのだが、決定打も虚しく放り出された形だった。肝心なところで、捜査が行き詰まる。また、証拠が集まらないという一点にも、尽きるのだった。これでは、追い詰めるどころか、泳がせておくことしかできない。全く、おかしなことだ。
八田には、刑事としての致命的な欠陥がある。刑事失格の烙印を押されても、致し方ないだろう。何としてでも、君島を挙げたい、と思ったが、それは、妄想に過ぎない。今後は、どんな些細なミスも許されないのだ。
だが、焦点が定まってない、ふらついた捜査態勢では、真犯人検挙も覚束なかった。当然だろう。
パソコンの電源を落として、タイムカードを通した彼は、すぐに代々木の飲み屋に行った。焼き鳥の桔梗は、店内に入る前から、すでに焼き鳥のタレがジュージューと焼かれる、香ばしい匂いが漂っている。食欲をそそる。
店に入って、カウンター越しに、ビールを注文した八田は、それから焼酎、日本酒と、思う存分、自棄酒を呷った。ベロンベロンに酔い潰れるまで飲む。そして終電で、下落合の官舎へと帰った。
車内は、疲れ切って欠伸ばかりするサラリーマンや、こんな時間帯なのに、まだ家に帰ってないらしい不良高校生ぐらいしかいなかった。他に、じっとスマホの画面を見つめている女性も数名いたが、やがて彼女たちもスマホを仕舞い、真正面の宙吊り広告に目を移した。
辺りは、静けさそのものだった。まるで、そこにいる人間たち全てに、昼間、何の嫌な出来事も、蟠りもなかったかのように……。だが、誰もが、いろんなことを押し殺して、生きているのが、現実だ。
人間は、体内時計が、夜に向かってできているという。それが、必然だった。
これから灼熱の夜が、舞い降りようとしていた。辺りの気温が、着実に上がり始めている。実際、暑い。
当然ながら、付近にいる人間のテンションも、着実に上がり出す。これも、必然だった。
その時、誰かのスマホが鳴り出した。バイブレーターが、うるさく鳴り響く。
だが、辺りが、それで動揺することはない。ただ咳払いの声が、一つか、二つ漏れ聞こえる程度だった。基本的に、静かだ。
さっき、自分が削除したスパムメールのことなど、もちろん、そのときの八田の頭を掠りもしなかった。ただ、あるのは、疲労感のみだ。
その日の夜中。警察署内は、シーンと静まり返っていた。水を打ったように、辺りには、静寂がある。
昼間の窃盗事件の調書をパソコンで打ちながら、八田は、警察がつくづく嫌な仕事だな、と思った。実際、それは当たっている。
少年二人組の犯行だった事件は、現場付近の公園に乗り捨ててあったバイクが決め手になり、犯人逮捕となって、事件は無事解決のはずだったが、容疑者の少年二名は。取調べの段階になって口裏を合わせ、一言も喋ろうとしない。黙秘というやつだ。
送検さえしてしまえば、と思ったが、どこかやりきれない蟠りが心の襞に残る。少年犯罪は、社会の病理なんだとも、考えながら……。
だが、警察官一人の微々たる力では、どうにもならない。解決できる代物じゃないのだ。また、できるわけもない。
いったん調書を挙げたら、すぐに帰るつもりでいた。別に、ここに、長居することはない。
二十分ほどで、調書を打ち終え、細かいところにチェックを入れて、データを保存した。もちろん、バックアップもちゃんと取って、だ。当たり前のことだった。
ワードの画面を閉じ、代わりに、メールボックスを開いた。新着メールが、多数届いている。スパムを全部削除する。要らないメールは、要らないメールなのだ。こんなものに、何の興味も持てない。
そのスパムの中に、その奇妙なメールがあった。ひときわ、奇妙で、奇怪だ。
件名にタレコミとあり、送信者は、バルディーという、ふざけた名前を名乗る人物だった。おそらく、適当なハンドルネームだろう。本文には、「俺は、甘利健吾殺しの真犯人を知ってる。この男だ」とあった。おそらく、妄想の類だ。信じたくない。
タカから送られてきたそのスパムメールが、実は事件解決の一番の早道だったのだが、決定打も虚しく放り出された形だった。肝心なところで、捜査が行き詰まる。また、証拠が集まらないという一点にも、尽きるのだった。これでは、追い詰めるどころか、泳がせておくことしかできない。全く、おかしなことだ。
八田には、刑事としての致命的な欠陥がある。刑事失格の烙印を押されても、致し方ないだろう。何としてでも、君島を挙げたい、と思ったが、それは、妄想に過ぎない。今後は、どんな些細なミスも許されないのだ。
だが、焦点が定まってない、ふらついた捜査態勢では、真犯人検挙も覚束なかった。当然だろう。
パソコンの電源を落として、タイムカードを通した彼は、すぐに代々木の飲み屋に行った。焼き鳥の桔梗は、店内に入る前から、すでに焼き鳥のタレがジュージューと焼かれる、香ばしい匂いが漂っている。食欲をそそる。
店に入って、カウンター越しに、ビールを注文した八田は、それから焼酎、日本酒と、思う存分、自棄酒を呷った。ベロンベロンに酔い潰れるまで飲む。そして終電で、下落合の官舎へと帰った。
車内は、疲れ切って欠伸ばかりするサラリーマンや、こんな時間帯なのに、まだ家に帰ってないらしい不良高校生ぐらいしかいなかった。他に、じっとスマホの画面を見つめている女性も数名いたが、やがて彼女たちもスマホを仕舞い、真正面の宙吊り広告に目を移した。
辺りは、静けさそのものだった。まるで、そこにいる人間たち全てに、昼間、何の嫌な出来事も、蟠りもなかったかのように……。だが、誰もが、いろんなことを押し殺して、生きているのが、現実だ。
人間は、体内時計が、夜に向かってできているという。それが、必然だった。
これから灼熱の夜が、舞い降りようとしていた。辺りの気温が、着実に上がり始めている。実際、暑い。
当然ながら、付近にいる人間のテンションも、着実に上がり出す。これも、必然だった。
その時、誰かのスマホが鳴り出した。バイブレーターが、うるさく鳴り響く。
だが、辺りが、それで動揺することはない。ただ咳払いの声が、一つか、二つ漏れ聞こえる程度だった。基本的に、静かだ。
さっき、自分が削除したスパムメールのことなど、もちろん、そのときの八田の頭を掠りもしなかった。ただ、あるのは、疲労感のみだ。
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