『逆行。』

篠崎俊樹

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第27話。

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     27
 翌朝から、逃亡生活一日目が始まった。荒んだものとなるのは、間違いない。覚悟していた。
 朝起きて、テラスに出ると、そこからでも、太陽のグラデーションが鮮やかに見える。ここは、ロケーションがいいのだ。絶好の眺めがある。
 水平線上に昇ってくる壮大な朝日を、二人で並んで見つめた。いい光景がある。実際、ここは最高の景色だ。
「これから、どうやって生きてこうか?」
 素朴な疑問を、ジミーが提示すると、亜季が、
「まず、言葉覚えなきゃね。英語喋れるようになろう」
 と言った。実際、彼女は快活だ。別に、他意はない。
「俺、英語苦手なんだよ。学生時代、勉強しなかったし……」
「そんなこと言わないで、やってみようよ。要は、通じればいいんだから」
「分かった」
 亜季が、思わず微笑む。この女性は、身軽だ。何もかもを、器用にこなす。
 どうやら彼女は、ジミーの行くところなら、地獄の果てでも付いてきてくれそうだ。素直に感謝して、よさそうだった。別に、彼も毒がある。元々、統合失調症というのは、人格が毒そのものだった。
 朝食はホテルの食堂で、バイキング形式で取った。セルフサービスの食事だ。美味しく感じる。
 互いに、しっかりと食べた。腹に詰めておかないと、後が持たない。
ジミーの顔には、生気が漲っている。実に、生き生きとしていた。
 食後のモーニングコーヒーはいい。消化を助けてくれるから、絶好なのだ。
「まずは、住むところ探しね。それから仕事」
「物件、見てみようか?」
 ジミーの提案で、話が決まっていく。二人はそろって、島のメインストリートにある不動産屋に行った。表のサッシに、張り紙がたくさん貼ってある。その中に、住み心地のよさそうな2DKのマンションが一戸あった。部屋代も安くて、お得な物件だ。
「ここでいいんじゃない?」
 その物件は、セントアルバ島の東街にあった。
「よし、決めた。ここにしよう」
 早速、不動産屋に案内を頼む。
 多分、三十代前半ぐらいの、不動産屋の男性従業員が二人を車に乗せて、連れていってくれた。大きな丘を建設機械などで掘り返して、改造して作ってある街は、何よりも立地条件がいい。その部屋からは、広大な海が望め、潮の淡い香りも、少しだけだが、漂っていた。しかし、道すがら、現地の人間たちは皆、見知らぬ日本人カップルに対して、つれない。島の人間は、日々の生活に手一杯らしく、周りを見渡せる余裕が基本的になさそうだ。
 逃走資金は、甘利をヤったときに、タカから巻き上げた一千万だけだ。
 部屋を案内してもらった二人は、即契約すると、再びホテルのある海沿いの場所に戻り、通帳の中の一千万の内、百万円を下ろして、両替機で地元のドルに替えた。
 そして、グローバル展開する大手銀行のバルド銀行に口座を開設し、そこに有り金の残り全部をプールした。これで、貯えができる。自由に使える金が百万あって、当分は安心だ。
 昼食に、いささかエキゾチックな雰囲気の料理店に入り、会食をした。和む。異国情緒があって、よかった。
 亜季が疲れたといった様子で、奥のテーブルの椅子に、腰掛ける。あまり、食欲がなさそうだった。
「あたし、アイスコーヒーでいいから」
 亜季がそう言い、フゥーと息をつく。ジミーがウエイトレスにオーダーした。
「ちょっと、お待ちくださいませ」
 ウエイトレスはそう言い残して、厨房へと行く。一息付けた。
「食事が終わったら、ホテルでゆっくりしような」
 ジミーがそう言い、さっきのウエイトレスの行った厨房を見る。忙しそうだった。やがて、料理が運ばれてくる。箸を付けて、取った。亜季は黙ったまま、アイスコーヒーを啜っている。店内は、終始和やかだった。
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