『逆行。』

篠崎俊樹

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第40話。

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     40
「お帰り」
 遅いのに、亜季が出迎える。玄関先で顔を合わせて、すぐに着替え、ダブルベッドに潜り込んだ。飽きるまで、無我夢中で抱き合う。二人が、静かに寝息を立て始めたのは、午前五時を少し回った頃だった。
 東の空に、大きな太陽がゆっくりと昇り出している。もう夜明けだ。ゆっくりと、青空が広がり出す。
 南半球で、冬ではあるものの、鮮やかな青い背景が、無色だった世界をたちまち、紺一色で覆い尽くした。気温は、二十℃を下回らないぐらいで、暖かい。
     *
 その日、二人が正午過ぎに、ゆっくりと各々、ベッドから起き出す。
 今日は、ジミーは仕事が休みで、二人して、一日一緒にいられる日だった。しかし、そんな二人に、容赦なく司直の手が伸びる。
     *
 家の外に停車している覆面パトカーの中には、ボビー・ハンドレッドと華がいた。
 さっきから、華はボビーに対して、心の中でブツブツ文句を言っていた。暑さで化粧が剥げ落ちることばかり気にしている。
「もう、嫌なんだから……」
 華のそんな日本語は、もちろん、ボビーに通じるわけがない。
 十五分ほど経って、ジミーが左手に、燃えるゴミの袋を抱えて出てきた。今晩の回収を見越してだろう。それを見た華が、
「ボビー、大丈夫?」
 と言葉を放つと、
「行くわよ!」
 と一声上げて、パトカーを出た。
 そして、ジミーに駆け寄り、
「君島次郎さんですね?」
 と、職質を掛け始める。
「警視庁代々木南署の片桐です。覚えてますよね?」
「……」
「あなたを、君島重三絞殺及び甘利健吾刺殺の計二件の殺人容疑で、逮捕します」
「……」
「何黙ってるの?来なさい」
「あのー」
 一言そう言って華を油断させ、一瞬の隙を突いたジミーが、家の中へと駆け込んでいった。
「待ちなさい!」
 所持していた銃に、ジミーが、弾丸がフルに装填されていることを確認して、すかさず華に向け、構える。
 銃を向けられた方の彼女も、
「望むところよ」
 と言って、フォルスターに挿していた拳銃を取り出し、右手でゆっくりと正眼に構えた。
「下手に動いたら、撃つわよ!」
 ほぼ最終警告といった風に、言い、
「銃を下ろしなさい!」
 と、督促した。
「……」
「黙ってないで、下ろしなさい!」
 彼女がそう言った刹那、ジミーの銃が火を噴いた。発射された弾丸が、華の左腹部に命中する。
「う……」
 倒れ込んだ華に、表から、応援部隊が来たようだ。
「君島!いい加減、観念しろ!」
 駆け付けた但馬が、一言鋭く、言い放つ。倒れた華を病院に運び込むため、救急車を呼ばせた但馬が、ジミーに向かって、
「お前は、人を殺してるんだ」
 と言い、大きく一つ息を吸い込んで、
「頼むから、これ以上、犠牲者を出させないでくれ」
 とも言った。そして重ねて、
「銃を下ろせ。な?警察で話をしようじゃないか」
 と、凶悪犯を説得する。そして、全くの丸腰で、ジミーに近寄っていく。どうやら、こいつだって人間だから、話をすれば分かるはず、と思っていたらしい。
「刑事さん」
「ん?」
「すまないけど……さよなら」
 バーン。
 ジミーの拳銃がまたもや弾丸を吐き出し、それが但馬の頭に命中した。
 バタン。
 倒れた但馬の体からは、どす黒い血が、ドロドロと流れ出す。どうやら、即死のようだった。
「キャー」
 それを見て、思わず叫んだ亜季に、ジミーが、
「亜季、こっちだ!」
 と言って、無理やり、連れ去る。慌てて、近くで拾ったタクシーに乗り、逃走を図った二人は、現金をほとんど所持していなかった。
 現場に残ったのは、慌しい捜査員と、もはや流れ出る血すらなくなってしまった但馬の死体だけだった。ジミーと亜季二人の逃避行が、またもや始まろうとしている。
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