『逆行。』

篠崎俊樹

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第61話。

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 役者の演技が大根のそれで、おまけに話そのものもつまらなくて、全く視聴率の取れなかったテレビドラマが、最終話を前に、一話打ち切りで放送されたことがあったのと似たようなことを、亜季は思い出していた。今回の警察の捜査は、どこかそれと似ている。止め処なく、あっちこっちを逃げ回ったあたしたち二人を、警察は結局、捕まえ切れなかった。警察の対応は、茶番劇の実演そのもので、よもや打ち切りドラマ同然だった。
 今、こうして、ここで身を寄せ合っていても、捕まる心配はほとんどと言っていいほどない。どうせ腑抜けな警察の連中は、あたしたちがまだ、海外にいるとでも思っているのだからねと、彼女は思って、心の内で笑った。
 思い出すだけで、愉快になる。独りで、ニヒルな類の笑いを溢してしまう。そして言った。
「あたしたちは、絶対捕まらないわ」
 断言する。
「おかしいわ。アハハハハ」
 亜季は身を捩って、いつまでも笑い続けた。あまりに笑ったので、腹筋が痙攣しているようだ。
 しかしそんな彼女にも、遅かれ早かれ破滅が訪れることを、そのときの亜季はもちろん知らない。今、人生の絶頂にいる人間に、やがて下される天罰に近い残酷な審判を、予測できるはずもないからだ。また、それは必然だった。
     * 
「終わりましたよ」
 院長の操るレーザーメスが、ゆっくりと亜季の横たわる手術台の脇に置かれた。手術終了だ。
 看護師から鏡を差し出され、試しに顔に翳してみる。平らな鏡面に映った顔は、全く見たことのないものだった。
 違和感で、少しだけ怖くなった彼女が黙礼してから、手術室を出る。
 会計をキャッシュカードで済ませて、窮屈な雑居ビルを出た亜季が、まず口を開いて発した言葉は意外なものだった。
「あたし、美容院行きたい。バサッと髪切りたい」
 それを聞いたジミーが返す。
「じゃあ、行ってこいよ!」
「ありがとう。それよりさあ、新しく住む部屋どうする?」
 亜季の素朴な問いに、
「いいよ。俺が何とかする。それより美容院行ってきな」
 と返して、笑う。
 彼女はスタスタと歩き、ふっと振り向いた。振り向きざまに、
「セミロングにしてくるわ」
 と言った。そして、美容院を探しに通りへと出ていく。
 ジミーはホテルにとんぼ返りした。記憶に残る二人の言葉は、そこで音もなく途切れたのだった。後はない。
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