鬼を斬った失格者

星天

文字の大きさ
1 / 1

鬼を斬った失格者

しおりを挟む
 アーシュは、全力で森の中を疾駆していた。

 木々の中を掻き分け、掻き分け、全速力で森の出口へと向かっていた。

 自分の黒髪が、木の葉を絡め取っていく鬱陶しさに舌打ちしつつ、駆け抜けていく。

 「あー、くっそ……何が初心者にオススメだ!完全に初見殺しじゃねーか!」

 悪態をつきながらも、足はたしかに、出口の方に向かっていく。流石に小二時間ぐらいの距離なら、完璧に覚えている。

 数分前はのんびり通ってた道も、今では、後ろから追ってくる化け物との、レース場だ。

 こんな芸当ができるあたり、流石、腐っても能力持ち……というべきか、否か。





 この世界では、特殊な能力を持つ者たちがいる。

 【能力者《ユーザー》】

 生まれながらにして、特殊な力を持つ【能力者《ユーザー》】は、生まれながらにして、その地位は確立されていたのである。

 だが、【能力者《ユーザー》】たちの中にも冷遇される者たちはいる。

 【失格者《ルーザー》】と揶揄される者たちだ。

 全ての能力の基準となる判別書……能力をランク分けした書の中で、最低ランクであるFランク基準の能力を持つ者。

 能力を持って生まれたのに、そこらの村人と変わらない……それが【失格者《ルーザー》】だ。

 アーシュはこの【失格者《ルーザー》】に含まれる。

 何の力があるのか……終ぞわからなかったからだ。

 天性の剣技があるわけでもなく、強い武器を召喚できるわけでもなく……

 本当に普通の……そこらの村人市民と変わらない一般人と一緒の力しかなかった。





 故に、Fランクよりも、冷遇を受けている彼に殆ど、討伐依頼が回ってくることはなかったのである。

 だが、今回、偶然に偶然が重なり、今までのコツコツと雑用仕事をこなした努力が叶ったような思いがしたアーシュは即答で引き受け、今に至る。

 そう。偶然にも、この森の中でもトップクラスのモンスター群の、生息地《テリトリー》に侵入するなんて……さらにそこで、モンスターに見つかり、追いかけられるハメになるなんて……きっと、依頼者も、職員も考えてもいなかったのだろう。

 かくいうアーシュ本人ですら考えていなかったのだから仕方ない事故とは言える。





 「はぁはぁ……そろそろ出口だな……」

 もうあと少しで、森の出口といったところ。ふと気を緩め、周りを見渡す。

 違和感を感じた。

 逡巡……そして、気付いた。

 研ぎ澄まされた五感が、巨大な存在感、殺気を感知する。

 (マズイ、マズイ、マズイ!)

 慌てながら、剣を構えた。剣を片手で持ち、半身で構える。いつでも、振れるようにリラックスした状態で……

 (来る……!)


 アーシュがそう感じた瞬間、巨大な衝撃が襲う。

 荒れ狂う生存本能に、言い聞かせるように!宥めるようにして、自身の気持ちを落ち着かせる。

 「マジかよ……化け物め……」

 小さな嘆息と共に、剣を強く握る。

 それはこの森の中で最悪の遭遇《エンカウント》だった。





 アーシュはその異形に斬りかかった。何千回と繰り返した袈裟斬り。だが、表皮に阻まれる。恐ろしく硬い身体。

 「ッ!」

 鋼のような巨躯は、その身には似合わぬ高速で、拳を振るった。アーシュは間一髪のところで避ける。

 (流石はモンスター様……俺が何千回と振っても届かない……クソッタレが!)

 『鬼』……それがシンプルかつ、ベストな呼び名だろう。その中でも、目の前のような白い身体を持つ異形は、別格な強さを持つという。

 あくまで口伝えの噂でしかない。が、こいつの力は別格だ。

 アーシュは考えるのをやめようとする。

 こんなこと考えても無駄だから。

 「あークッソ、俺もこんな力があれば……!」

 距離をとって、嫌味を吐く。

 恐らく、ここで死ぬのだろう、とアーシュは悟る。どうやっても自分の剣が、力が、あの鬼に届く未来が見えない。

 何千回と繰り返した斬撃も、何万回と繰り返した鍛錬も……

 所詮、最初から持ってる奴には敵わない。

 だが……

 ――足掻くならとことん足掻いてやる。


 「ガァァアアアッッッッ!」

 言葉にできない奇怪な叫び声とともに、鬼は突進してきた……

 「来いよ、化け物!」

 震えながらもアーシュも思わず叫び、再び剣と拳が交差する。




 考える前に避けろ!

 避ける前に斬れ!

 無我の境地で、身体が経験にのみによって動き出す。

 アーシュはひたすらに、斬りつける……化け物の持つ、天然の鎧など、ぶち壊して仕舞えばいいと言わんばかりの狂った連撃。

 鬼の攻撃をひたすらに、躱し続ける……化け物の持つ、驚異のスピードなんて、遅く感じると言わんばかりの回避。




 今までの経験が……全ての出来事が、血肉なって生きている。身体の中で力に変わっていく。


 【失格者《ルーザー》】と揶揄されるキッカケの正体不明の能力。

 『いつか努力は報われる』

 それが彼の力だった。





 キンッ!

 甲高い金属音が鳴り響く。剣と剣が交錯したような音……だったが、実際に交錯したのは、アーシュの振るった斬撃と、鬼の拳。

 カンッ! カンッ! カンッ!

 更に交差する互いの攻撃。

 「それがお前の本気か!」

 若干の歓喜にも似た声でアーシュは叫ぶ。

 もはや、親しい友人以上の存在に見える眼の前の好敵手も二ヤリと嗤った気がした。

 本当に金属……否、それ以上の硬さではないだろうか、とアーシュは感じた。だが、もはやそんなこと関係ない。


 今のアーシュの剣は……もう誰にも負けない。

 己の努力。己の能力。

 それらは華開き、大輪を咲かせる。

 即ち、己の限界すらも飛び越えて――



 ――終ぞ届くのか……

 ――何千、何万、何億と振るった斬撃は……!

 ――今……

 ――流麗な曲線を描き出し……


 ――そして……







 ――――――白い巨躯を斬った。













 「え?もう一度おねがいできますか?」

 依頼担当の職員はそう聞き返した。


 それもそのはずである。

 Fランクの雑務をこなしていた、【失格者《ルーザー》】が、いきなり、Sランク相当のモンスターの討伐報告を持ち込んだのである。

 「『鬼』……しかも、白を討伐しました。たしか、白は、普通のものとは違い、常時討伐依頼にありましたよね?」

 職員は返答に詰まる。

 「ありますが……あれはなにせ」

 アーシュは口を噤む。

 この職員はまだいい。まだ直接的には言わないのだから。

 本来、モンスターの討伐は、【能力者《ユーザー》】が行う物だ。常時討伐依頼も、一部のモンスターを除き、ほぼ全てが実質的な【能力者《ユーザー》】限定の依頼だ。

 正直なところ、この制度に意味があるかと言われれば、首をひねる者が多いだろう。そもそもに能力すら持たず、武芸を極め、モンスターを討伐できる力を持つものもいるのだから。

 「……では、素材売却と、依頼達成報酬を」

 悔しいという気持ちを抑えきり、アーシュは自身の腰巾着から、本来の討伐対象である、魔狼の白い牙と、『鬼』の角を取りだした。

 「確かに……では、依頼報酬の――」

 職員がそう言った瞬間、入口からいかつい男が現れた。


 「……おい、受付嬢。緊急事態だ。森に『鬼』の特殊個体の死体があった」
 「……え?」

 受付嬢はアーシュを驚愕に満ちた目で見た。

 「あぁ……身体が真っ二つに斬られていた。恐らく相当な高位の【能力者《ユーザー》】の可能性が高い。そう言った討伐報告はないか?」

 職員は言っていいのかわからない。といった様相を醸し出した。

 「どうした? もうすでに報告があったのか?」
 「は、はい」

 「して、そいつは誰だ?」

 男は、辺りを見渡した。

 「そこの……彼です」

 「……ん? 君が『鬼』を倒した者か?」

 アーシュは首を縦に振る。

 「よければ能力を教えてくれないかい? 天性の剣術のようなものかい?」
 「その前に、あなたは誰ですか? いきなり能力を聞くのは少々、マナーというか礼儀に欠けるように感じるのですが?」

 アーシュは男に対してそう言った。

 「あぁ、そうだね。初対面だった。こちらの不手際を許してくれると嬉しい。私は、この施設長だ」

 若干、動揺しそうになったのが、アーシュは耐えた。

 男は口を開く。

 「さて、一体どんな能力なんだい?」

 アーシュは、言った。

 「わかりません」

 「ん? どういうことだい?」






 「――俺は【失格者】なので」








 これは後に、有名な御伽話になる序章も序章。

 「鬼を斬った失格者」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結】アル中の俺、転生して断酒したのに毒杯を賜る

堀 和三盆
ファンタジー
 前世、俺はいわゆるアル中だった。色んな言い訳はあるが、ただ単に俺の心が弱かった。酒に逃げた。朝も昼も夜も酒を飲み、周囲や家族に迷惑をかけた。だから。転生した俺は決意した。今世では決して酒は飲まない、と。  それなのに、まさか無実の罪で毒杯を賜るなんて。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

それは思い出せない思い出

あんど もあ
ファンタジー
俺には、食べた事の無いケーキの記憶がある。 丸くて白くて赤いのが載ってて、切ると三角になる、甘いケーキ。自分であのケーキを作れるようになろうとケーキ屋で働くことにした俺は、無意識に周りの人を幸せにしていく。

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

ヒロインは敗北しました

東稔 雨紗霧
ファンタジー
王子と懇ろになり、王妃になる玉の輿作戦が失敗して証拠を捏造して嵌めようとしたら公爵令嬢に逆に断罪されたルミナス。 ショックのあまり床にへたり込んでいると聞いた事の無い音と共に『ヒロインは敗北しました』と謎の文字が目の前に浮かび上がる。 どうやらこの文字、彼女にしか見えていないようで謎の現象に混乱するルミナスを置いてきぼりに断罪はどんどん進んでいき、公爵令嬢を国外追放しようとしたルミナスは逆に自分が国外追放される事になる。 「さっき、『私は優しいから処刑じゃなくて国外追放にしてあげます』って言っていたわよね?ならわたくしも優しさを出して国外追放にしてさしあげるわ」 そう言って嘲笑う公爵令嬢の頭上にさっきと同じ音と共に『国外追放ルートが解放されました』と新たな文字が現れた。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

処理中です...