幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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エンカウント:フェニックス

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 征矢の疑問を遮ったのは、ドアの外から聞こえた羽ばたきの音だった。
 バサッ。バサッ。
 ユニカの顔色が、さっと変わる。
「あっ、やあん。まずいわ」
 もう征矢を見向きもせず、一角少女は小走りに店の奥へと消えてしまう。
「なんだ?」
 征矢の脳裏にも、すぐにさっきのマンティコアの羽音が思い出される。
(まさかあいつが、おれを追ってここまで……?)
 いそいそと征矢は戸口へ。ドアのガラス窓から外を窺う。
 なにかが空から舞い降りてくるのが見えた。
 だが、さっきの黒いコウモリ羽根ではなかった。
 まぶしいほど鮮やかなオレンジ色の、鳥のような翼だ。
 でも、それは鳥ではない。
 両腕が鳥の翼になった女の子だった。
 しかも、ここにいる異形女子たちと同じメイドドレスだ。
 征矢はいよいよめまいがしてきた。
 まただ。またしても普通じゃない女子が。
 しかも、やっぱり空とか飛んでる。最初のマンティコア同様、特殊メイクやトリックでは絶対に説明できないリアルな感じで。
 店の前に軽やかに着地した鳥少女は、左右の翼をぶるっ、とふるう。
 どんな魔法か、長い翼は一瞬でたおやかな人間の腕へと変化した。
 首から下げた帆布の買い物袋を手に持ち直すと、鳥少女は店の入口へ通じる石畳をちらりと一瞥する。きれいな顔が、たちまち渋面になる。
 鳥少女はドアを開けると同時に怒声をあげた。
「ユニカ! 玄関先をお掃除しておいてって言ったでしょ!」
 ドアの前に突っ立っていた征矢に気づいて、鳥少女は慌てて一礼する。
「きゃっ、も、申し訳ありません。失礼いたしましたわ、お客さま」
 征矢はもう何度目かの台詞を機械的に返す。
「おれ、客じゃない。オーナーに会いにきた。あとセクハラしてない。幼女にいたずらもしてない」
「はい?」
 きょとんとして鳥少女は征矢の顔を見返す。
 少しツンとした印象だけれど、ほかの子たちと同様、大変な美人だ。
 波打つセミロングの髪はさっきまで生えていた翼と同じく燃えるような朱色。こめかみあたりから伸びた黄金色の飾り羽がゴージャスだ。
 鳥少女はすぐに征矢の素性がピンときたようだった。
「ああ、オーナーの甥御さんですわね。うかがってますわ」
「よかった! やっと話が通じる人が! いや人か!? まあいいや」
 心底ほっとする征矢。
 鳥少女は値踏みをするような目つきで、征矢をじろじろと見つめる。正直、あまり友好的な目つきではない。
「ふぅん。あなた、ここで働く予定なのですって?」
「そうだけど……」
「なるほどね。だったら、こっちへいらっしゃいな」
 鳥少女はカウンターの中へ征矢を連れて行った。
 征矢はここも経験者の目でさっとチェック。
 カウンターキッチンも新しくてピカピカだった。オーブンもコンロもすべて業務用のが揃っている。配置はちゃんと計算され、整頓も行き届いていた。設備も広さもカフェのキッチンとしては立派すぎるくらいだった。
 鳥少女は、ちょっと気取って自分の胸に手を当てる。
「わたくしはポエニッサ。いちおう、この〈クリプティアム〉のフロア長ということになってますわ。そのつもりでいてちょうだいね」
 そうなのか。まあたしかに、今まで会った子の中ではいちばんしっかりしてそうだ。
 ……性格はちょっとキツそうだけど。
「まあ、自称だけどねえ、フロア長なんて」
 ひょいっと横から顔を出した白髪の一角美少女が、ポエニッサの自己紹介に付け加える。さっきユニカと呼ばれていたのはこの子だろう。
「そうなのか?」
「そうよぉ。この子が勝手にそう言ってるだけだもん」
 一角少女のユニカはカウンターに入ってくると、クスクス笑いながらポエニッサの肩に手を置く。
 少し赤面しながらも、ポエニッサはムキになって言い返す。
「お、お黙りなさいっ! あなたがたが不真面目だから、わたくしが統率役を引き受けているんでしょう!」
 ユニカは柳に風で、相変わらず人を小馬鹿にしたようなニコニコ顔だ。
「あーん、こわぁい。いばりんぼさんねえ」
「ユニカ! 玄関先のお掃除はどうなってますの!?」
「はいはい、今やりますよぉだ」
 厨房を出る間際、ユニカはふと振り返ってポエニッサの足元を指差し、こわばった顔で叫んだ。
「やだ! そこにゴキブリちゃんが!」
「いやああああああああ!」
 ポエニッサは悲鳴をあげて、近くにいた征矢に飛びついた。
 抱きつくなんて生やさしい勢いではなかった。全力で床を蹴って飛び上がったせいで、結果として征矢からお姫様抱っこ状態された格好になる。
「どこ!? あの忌まわしい虫はどこですの!?」
 パニック状態で叫ぶポエニッサ。
 征矢も床を目で探すが、それらしい黒い影は見当たらない。
 ユニカの端正すぎる顔に、またあのいたずらっぽい笑顔が戻ってくる。舌をぺろりと出してのおちゃめポーズ。
「――――なあんちゃって☆うっそー」
「あ、あなた……またひとをからかって……!」
 一杯食わされたと気づいたポエニッサは、全身が小刻みに震えだす。
 ユニカはさらに意地悪の追い打ちをかける。
「あらあら、新人くんに抱っこされちゃって。ポエニッサったら、ふ・し・だ・ら」
 ここでようやく、ポエニッサは自分が征矢の腕の中でお姫様抱っこポジションになっていることに気づいた。その顔が、かあっと赤くなる。
「な、なんですのあなたは! 離して! 離してちょうだい!」
「勝手に飛びついてきたのはそっちだぞ。とんだとばっちりだ」
 征矢はむすっとしてポエニッサの軽い体を床に降ろしてやる。
(それにしてもこいつ、ずいぶん体温高いな。鳥人間は平熱が高いんだろうか)
「ではお二人はごゆっくり~。あ、ポエニッサ、あんまり怒るとまた恥の上塗りになっちゃうわよぉ? では、ユニカめはお掃除に行ってまいりまぁす」
 スカートをつまんで芝居がかった挨拶をすると、ユニカは箒を手に鼻歌交じりで外へ出ていく。
 残ったポエニッサは、憤怒でなおも全身の震えがひどくなっていく。
「ユ、ユニカ~~~~あなたってひとは~~~~」
 征矢は、ポエニッサの頭の上にゆらゆらと陽炎が立っているのに気づいた。
「なんだ!?」
 怒りで頭から湯気が出るとは言うが、この鳥少女、本当に熱気が出ている。さっき抱っこしたときも尋常ではない体温だったけれど、今や離れていても征矢は顔がジリジリ熱いくらいだ。
「お、おい、君、大丈夫か!? なんか体熱いぞ!」
 返事はない。
 代わりに、オレンジ色の髪から突然「ぼっ」と炎が上がった。
「げっ!」
 炎はみるみる全身に広がる。ポエニッサはたちまち、猛火に包まれていた。
 これはヤバい!
 驚愕しながらも、征矢の判断は常に沈着だ。
 征矢は手近の大鍋にたっぷり水を入れると、ポエニッサの頭からぶっかけた。
 じゅーっ。
 白い蒸気がたちこめ、炎は消えた。繊維が焦げる匂いが鼻を突く。
 どういうわけかポエニッサはまったく火傷をしていない。髪も、肌も、まるで変わりがなかった。
 ただし着ていた制服はそうはいかなかったようだ。
 頭からかけられた水とともに、すっかり灰になったメイドドレスが床に流れ落ちていく。ブラジャーもショーツもソックスもまた然り。
 ポエニッサは、焼け残った靴だけを残して、完全に裸になっていた。
「むおっ!?」
 征矢は思わず視線が釘付けである。
 ツンと控えめにふくらんだ胸。淡い桜色の乳首。くびれたウエスト。ほっそりした太もも。水に濡れてつやめく肌。
「きゃああああああ!」
 両腕で体を隠してポエニッサはしゃがみ込む。
 なにか掛けてやるものはないかと征矢はあたりをきょろきょろするが、カウンターにあるのはせいぜい小さな布巾くらい。
 とりあえずこの場所を出ようと首を巡らせた征矢は、そこで凍りついた。
 カウンターの向こうに、見知った顔があったのだ。
「椿おばさん……」
 叔母さんはカウンターに肘をついて、あきれ顔でこっちを見ていた。
「さっそく満喫してるねえ、征矢」
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