幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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幻獣少女の問題点

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 それからほどなくすると、ユニカの予測どおり、ぽつりぽつりと客が入り始めた。
(やっとバイトらしくなってきたな)
 征矢は慣れた手つきで注文されたコーヒーや紅茶を淹れ、スイーツの用意をする。
 幻獣娘のウエイトレスたちも、ようやく本来の仕事にとりかかった。
 それはいいのだが。
 ガチャン!
「ご、ごめんなさいだなも!」
 ミノンはよく食器を取り落とす。
 グラスに水を注ぎすぎてこぼしたりもする。
(極度に不器用だな、あの子。ええと、名前なんていったっけ)
 ミノンがカウンターに戻ってくると、征矢は優しい調子で忠告する。
「給仕をするときはもっと手元を見て。お客さまにかかったりしたら大変だから」
「み、見てるだども……よく見えないんだなも」
 見えない? いったいどういうことか。
 征矢はひとつ試してみることにした。
「このグラスに水を注いでみて」
「はいだなも」
 お腹のところで手にしたグラスに、ミノンはおっかなびっくりポットの水を注ぎだす。水は最初手元にかかり、床にこぼれ、ようやくグラスに狙いが定まる。
 たしかにまったく見えていない。
 征矢は瞬時に原因を見抜いた。
(胸だ! 巨乳で完全に手元の視界が遮られている!)
 しかしそれをそのまま指摘すればセクハラになる。征矢はなんとか言葉を探す。
「あー、とりあえず飲み物を注ぐときはグラスを高く持って。テーブルに食器を置くときは体を横にするといいんじゃないかな」
 ミノンは少し不服そうだった。
「なんだかかっこ悪いんだなも。それにお客さまにはいつもまっすぐ向いてって教わったんだなも」
「そ、そうだな。でも、皿を落としたりこぼしたりするよりマシだろ?」
「なんでうちだけこんなに不器用なんだなも……?」
 しょんぼりと肩を落とすミノン。
(うーむ、ズバリ巨乳のせいだと言うわけにはいかない。なるべく本人を傷つけず、セクハラにもならず婉曲に伝える方法はないものか……)
 征矢が眉間に皺を寄せあーでもないこーでもないと考えていると。
 そばを通り抜けざまに、ポエニッサがあっさりと言う。
「その大きなお胸のせいでしょ?」
 ガーン! と音が聞こえたくらいのショックを受けた表情になるミノン。
(オウ! 台無し!)
 頭を抱える征矢。
 ミノンは自分の巨乳に手を当て、茫然とする。
「き、気づかなかったなも……」
(いや、それはそれでもっと早く気づけ!)
「ま、まあ、わたくしみたいに、す、すらりとした体型の者にはわからないしょーもない悩みですわ……くっ!」
 そう言うポエニッサは血が滲みそうなほど奥歯を噛み締めている。その胸元は人並み以上に平坦だ。
(こっちはこっちで負け惜しみ感著しい!)


 そのポエニッサだが、こちらも問題ありまくりである。
「注文の仕方が気に入りませんわね。オーダーのあとには『お願いします』をお付けなさい、この平民!」
 お客に向かって、居丈高に言い放ったのだ。
 カウンターの中で征矢は仰天である。
(なんだあれ!? いや、もしかして特殊な客向けの特殊なサービスだったりするのか!?)
 どうもそうではないようだ。
 ここがどういう店かよくわからず入ってきたらしい初老の男性客は、ムッとして出ていってしまった。
 カウンターに戻ってきたポエニッサは、なぜかぷりぷりしている。
「なんですのあのお客は。無礼にもほどがありますわ」
「あのー、ポ、ポ、ポなんだっけ」
「ポエニッサですわ! 名前はちゃんと覚えて!」
「ああ、うん。ちょっと聞くが、世にいうツンデレ対応とかいうやつかあれは? おれにはよくわからんのだが」
 極力声を抑えて、征矢は訊く。
 ポエニッサはきょとんとする。
「はあ? なんですのそれ? わたくしはただ礼をわきまえない平民に正しい態度を教えてあげただけですわ」
「だったらすぐやめたほうが……お客さま帰っちゃったぞ」
「んまっ、新入りの分際でなんですのその態度は!」
「態度に問題があるのは君だ。道理でこの店ヒマなわけだ」
 口調こそ抑えめだが、征矢は退かない。
 むーっ。口をへの字にしてポエニッサは征矢をにらむ。脳天からはプスプスと白い煙が上がり始めている。
 ポエニッサは店の一角を指差した。
「わたくしの態度に問題があるというなら、あの子はどうですの!?」

 指の先には、白髪の一本角がいた。女の子二人組の接客をしている。
 ユ……なんとかだ。
 ユニカは満面の笑顔で、一人の女の子の前にチーズケーキを置く。女の子は不思議そうに尋ねる。
「あの、頼んでませんけど……」
「こちらわたしからのサービスですっ。どうぞ召し上がれ」
 あらら。勝手なサービスなんかして。
(しかしここは開店間もない店で集客は芳しくない。長期的な評判を考えれば、あのくらいのサービスはあってもいいのか……)
 征矢がそう考えていると。
 もう一人の女の子が、笑顔で言う。
「あーっ、いいなあ。私にはサービスないの?」
 ユニカの表情が、さっと石のようになる。
「はあ。それじゃ水道水でもどうぞ」
 もう一人の女の子にはどぼとぼとお冷だけ足す。女の子は二人ともあっけに取られて言葉もない。
 征矢は猛ダッシュでその席へ飛んでいき、水道水を出された女の子に「失礼しました」とチーズケーキを差し出す。
 それから征矢は、カウンターへ戻ってきたユニカに詰問する。
「今のはなんだ」
 ユニカは体をくねくねする。
「だってえ。言ったでしょお、わたし、処女が好き、中古女キライって」
「そーゆーことでお客さまを区別するな! だいたいなんでそんなことわかるんだ!?」
「見たらわかるの。わたしユニコーンだから。ちなみにあの子とあの子も処女」
「お客さまを指差さない!」
「えー、あなた処女キライ?」
 ふくれっ面でユニカは言う。
「お客さまに好き嫌いを出すなと言っている! お客さまにはまんべんなく愛想よくしないと!」
 ユニカの美しい顔が、「床のワタボコリを食え」と言われたみたいな絶望の表情でどよーんとくもる。
「中古にも?」
「まず中古って言うな! 中古の人間などいない!」
「え? いるよ?」
「とにかく相手によって態度を変えない! わかったな!?」
 ユニカとポエニッサを解放すると、征矢は自分用のアイスコーヒーをぐいっとあおる。
 征矢は日頃から、とくにこういう仕事の場では感情的にならないよう心がけている。
 のだが。
 そんな征矢でも、抑えきれない焦りと苛立ちがじりじり募ってくる。
(まったく、なんて奴らだ。サービス業の基本の基本もできてないじゃないか)

 それに較べて。
 征矢は緑の髪のちびっ子に目をやった。
 ア……なんだっけ名前。とにかく、動作はいささかスローだが、ウエイトレスとしての仕事に落ち度はない。
 小さな体でちょこまかと働く姿はいじらしくさえある。
(ふう、この子がいることだけが救いだな、この店は……名前は思い出せないが)
 征矢も思わず目を細める。
 ひと仕事すませてとぼとぼとカウンターに戻ったアルルは、腰に手を当てて大きく体を伸ばした。
「疲れたのです」
「どうした急に」
「このトシになると疲れが腰に来るのですよ」
「老婆か」
 アルルは眼をしばしばさせる。
「目もかすむし」
「老婆か」
 カウンター近くの空いているソファ席に、アルルは「よっこらせ」と倒れ込んだ。
「アルル、ちょっと横になるのです」
「だから老婆か。いや、だめだろう。仕事中だし」
 ところがアルルは、そのまま本当にすうすう寝息をたて始めた。
「おい寝るな寝るな! 休憩時間はまだだぞ」
 アルルはもう、いくら揺さぶっても起きようとしない。
「くっ……この子の欠点は深刻なスタミナ不足か」
 どいつもこいつも。
 厨房の真ん中で、征矢はうつむき、右手で顔を覆う。

   (……この店、ヤバい!)

 ああ、ほんの十数分前、とりあえずみんな見た目はカワイイなーなんて浮かれていた自分が呪わしい。
 大して客が入っていない現状ですらコレだ。
 これで満席になったりしたら……まさに地獄だ。
 いや、この接客ではここが満席になることなど夢のまた夢か。
 だが店の経営状態を思うならば、それもまた地獄。
 なにしろ当分、征矢にはほかに身を寄せる場所はないのである。ここが経営不振につき閉店、なんてことになれば、征矢にはもう住む家もなくなり、本格的にホームレスになる可能性大なのだ。
(早急に改善しなくては)
 征矢は頭のなかの〈クリプティアム〉今後の課題メモをまとめる。
 そんな中。
 またドアが開いて、新しい客が入ってきた。
 征矢は思わず目を奪われる。それほど印象的な人物だった。
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