幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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おもらし禁止のまんちこさん

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 ビクゥン!
 メルシャの脚の震えがますますひどくなる。
 顔中が脂汗でテッカテカになり、見開かれた目はこれ以上ないほど泳いでいる。
「ナ、ナンノコトダカ……」
 くすくす。〈殲雷の魔女ぴかりそ〉は低く笑う。
「うそ。あなた、バサドバ要塞の戦いで東側の守備隊にいたでしょう。私とっても目がいいし、そのときもマンティコアは珍しいって思ったからよく覚えてるんですよ」
(バレてるー! オレの素性完っ全にバレてるー!)
 メルシャはもう声も出ない。
 少し後ろに立ってお目付け役をしている征矢は、メルシャの顔をそっとのぞきこんだ。
(げっ! やばいぞこいつ!)
 どうやらメルシャは、恐怖の限界点を越えたらしい。
 瞳はガラス玉みたいにウツロで、もはや焦点を結んでいない。わななく唇はカッサカサ。顔色は蒼白を通り越して土気色だ。
「…………る」
 メルシャの乾いた唇から、かすかな声がした。
(なんだ? どうした?)
 征矢はそっと、メルシャの脇腹をつつく。
 メルシャは征矢の方を向き、消え入りそうな声でつぶやく。
「……出る……洩れる……」
 見ればしっぽは完全に股間に畳み込まれ、膝の震えは立っているのが不思議なほどだ。
 どう見ても毒液放水待ったなし状態である。
「バカ、ダメだ!」
 思わず征矢は叫んでしまう。
 光莉がきょとんとして尋ねる。
「はい? なにがですか?」
 征矢、全力でごまかす。
「いえ、なんでも! なんでもないです。ははは」
「あの、お忙しいようなので、もしよければインタビューをすぐに……」
「えっ!? あっ、そうですね!」
 メルシャを見る。
 自分の指をガリガリと噛み、懸命に内ももをすり合わせて放出を堪えている。
 ぴかりそはメモ帳を開いたり携帯端末のビデオカメラを起動させたりで、まだその様子に気づいていない。
(耐えろ! ほんの数分耐えればいい! 絶対にここで洩らすな!)
 とにかく征矢は目でメルシャを励ます。
 ぴかりそは動画撮影モードにした携帯端末をメルシャに向けた。
「それでは、いくつか聞かせてくださいね。お名前は……メルシャさんでしたね。魔王軍にいたことは伏せておいたほうがいいかしら?」
「は……は……はひ……」
 空気の抜けるような返事を、やっとのことで返す。
「なにかご趣味はありますか? あるいは、こちらの世界でやってみたいこととか」
「と……とくに……な……はうンッ!」
 悲鳴を押しとどめるようにメルシャは両手で口を押さえる。お尻がビクンビクンしている。
 この絶望的な状況に、征矢もすでに為す術がない。
(うおお、ダメだ! もうこいつ限界だ!)
 ぴかりそはふと、悲しそうな表情でメルシャを見上げた。
「もしかして、私のこと、お嫌いでしょうか? たしかに一度は敵味方に分かれて戦った仲ですから私にいい印象がないのはわかります。でも、こっちの世界に来たらもう過去のことはお互い水に流しませんか? ね?」
「水……流す……ッ!? んくうッ!」
 メルシャは涙のにじんだ目をぎゅーっと閉じ、いよいよ全身を硬直させる。
「もし私に思うところがあるなら、この場で全部ぶちまけてくれてもいいんですよ?」
「ぶ……ぶちまけ……はうっ!」
(ヤバい! 言葉の連想がますますヤバい! これはもう本当にダメだ!)
 もはや破局の回避は不可能だろう。ことここに至ってはメルシャをトイレへと移動させることもできない。トイレにたどり着く前に、歩きながら決壊することだろう。
 ここまで事態を悪化させた責任は自分にもある。
 征矢は観念して、せめてもの気休めを用意することにした。
 素早くカウンターに戻って、そこにあるいちばん大きなメイソンジャーを持ってきたのだ。すでに蓋は外してある。それをちらりとメルシャに示す。
(いよいよ最期のときには、これを使って果てろ。せめて床は汚すな。骨は拾ってやる)
 メルシャもすぐ征矢のメッセージに気づいた。死地に赴く兵士の悲壮な表情で、こくん、とうなずく。
 一方ぴかりそは、メルシャの奇妙な態度を自分への拒絶だと思いこんでいるようだ。
「そうです、水に流すの。せっかくこの平和な世界に来たんですもの。私たち、お友だちになれないかしら。ね?」
 いきなり立ち上がったぴかりそは、強引にメルシャの両手を取る。
 それがダメ押しになった。
「ひッ……!」
 ぴかりその手を振り払ったメルシャは、征矢が用意したガラスの広口ジャーをひったくる。
 そしてそれをスカートの中に押し込んだ。
 決壊である。

 じょぼじょぼじょぼじょぼ。

 勢いよくほとばしる水音が、ぴかりそ@帰還兵の耳にもはっきり届いた。
「ああ……あっ、あっ、あーっ……」
 こらえにこらえてきた欲求を解放するこの上ない快感に、メルシャは恍惚の表情。
 ぴかりそこと奥屋敷光莉嬢は、目の前で起こっていることが理解できないのか、ぽかんと口を開けたまま微動だにしない。
 征矢は眉間を押さえてがっくりとうなだれていた。
(終わった……なにもかも終わった)
 こともあろうに飲食店の営業中に、従業員が股間からナゾの液体を漏出させたのである。しかもフォロワー数十五万人を誇るカリスマネットレビュアーの前で。
「あーっ、止まらないっ。止まらないっ。恥ずかしいっ」
 マンティコアの悲痛な泣き声と、じょぼぼぼとグラスが満たされていく音は続く。

 地獄絵図だ。

 しかもその地獄絵図は、あまさず録画されている。ぴかりそは当然この件をネットに拡散させるだろうし、そうなったらこの〈クリプティアム〉はおしまいだ。
 気づけば椿も、惨劇の現場に駆けつけていた。他の幻獣娘たちも、近くで、あるいは遠巻きにこの状況を見ていた。
 みな一様に世界の終わりみたいな面持ちだった。
 ようやく流出がやんで、恥辱と悦楽の狭間でもーなにもかもどーでもいいやという虚脱の表情になったメルシャがうめく。
「殺してー……殺してくれー……」
 椿が聖女の微笑みを浮かべ、そんなメルシャの肩をやさしく叩いた。
「いいわよ。いちばん苦しいやり方で殺してあげる」

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