幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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まんちこさんの残念な制服

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「さ、皆さん、そろそろ着替えますわよ。開店準備にかからないと」
 手を打ち鳴らしながらポエニッサが席を立つ。
 幻獣娘たちはみんな思い思いの部屋着姿だ。いつもなら、一度各自の部屋に戻って制服に着替え、それから〈クリプティアム〉の準備作業だ。
「うち、ここの片づけやるんだなも」
 ミノンがテーブルの上の空いた食器に手を伸ばす。
 だが。
 すかさず征矢が「ぱー」の手を突き出して、幻獣娘たちを制する。
「いや、それも無用だ。ここの片づけもおれがやる。開店準備はもう終わっているのでそれもしないでかまわない。それと、着替えも少し待ってくれ。制服についてあとでちょっと話がある」
 ポエニッサが気まずそうに尋ねる。
「わたくしゆうべ、また制服を燃やしてしまいましたわ。みんなもボロボロにしてしまって……まだ予備があるとはいえ、あれはまずかったのですわね?」
「いや、そのことは気にしないでいい。別件だ。とりあえずみんな、少しリビングで待機しててくれ」
 征矢から穏やかに促されて、幻獣娘たちは戸惑いながらも隣のリビングルームに移動する。
 ただひとりメルシャだけはまるで話をきていない。
 「制服、制服」とつぶやきながら自室へ駆け戻っていった。
 手早く洗い物をすませた征矢は、リビングに大きな段ボール箱を抱えて入ってくる。
 箱の側面には、「村岡縫製」と印字されている。
「なんなのですか、それ?」
 アルルが訊く。
 征矢は箱の口を止めているテープを引き剥がした。
「おれたちがゆうべゴタゴタしている間に、これが届いたらしい。椿さんの伝言で、今日からしばらくこっちを使ってみてほしいとのことだ」
 箱を開け、征矢は中身を見せた。
 幻獣娘たちの口から、「わあっ」という喚声があがった。
 ところが、その声を遮るように。
「征矢どの! 今日はオレ、この制服で店に出るからな!」
 メルシャがずかずかとリビングに戻ってきた。
 その格好を見て、全員が固まった。


 それはなんというか、〈クリプティアム〉の制服をメルシャ式の魔王軍風にアレンジしたような風体だった。
 初めてここに現れたときにまとっていた革鎧の素材を使って、斬新にリメイクしたらしい。
 メルシャは征矢たちの前に、なんとも自慢げに仁王立ちする。
「見ろ! ひらひらヘッドドレスの代わりに革の鉢巻! 鋼鉄のトゲトゲがイカすアクセントだ。左右の手首にもトゲ付き革のリストバンドでハードな攻撃性をアピール! ウエストにはまるでチャンピオンベルトのような超幅広革ベルトで腹部の防御は鉄壁だ! スカートの下はロング革パンで生足ガードもばっちり! ブーツは鋭いクロー付きで悪魔性抜群!」
 絶句する征矢たちに向かって、メルシャはさらに高笑いする。
「ふはははははは! どうだ! 強そうだろう! この春一歩先行く魔王軍コーデだぞ! 最近ちょっと慣らされてきたとはいえ、やはりああいう軟弱な服装は性に合わん! 今日のこの日は待ちに待った絶好のチャンス! せっかくだから、今日のオレはこれで行くぞ! かまわないな、征矢どの!?」
 征矢の返答は、間髪を入れなかった。
「もちろんダメ」
 メルシャは征矢に詰め寄る。
「なんでだ! 今日はなにしても怒らないって言った!」
 いまだ征矢は笑みを崩さない。
 もっともその笑みは、不気味な仮面のようだったけれど。
「もちろん怒ってはいないさ」
 征矢は、メルシャのすぐ前まで歩を進める。
「だが、ダメなものはダメ」
「だからなんでだ!」
「だってそれ、可愛くないからな。強そうな幻獣ウエイトレスなんてお客さまの需要ないから」
 がーん! メルシャはけっこう素でショックを受ける。
「需要……ない……だと……?」
「ないな。だからすぐ脱いでこい。わかったな?」
「なんだよう、せっかくコツコツ作ったのに……」
 小声でぶつくさ言うメルシャ。
 征矢が、声のボリュームを一段大きくした。口角は上がっているけど、目はもうまったく笑っていない。
「わかったな?」
 事情がどうあれ、それ以上征矢に逆らうガッツは、メルシャにはなかった。
「わかったよう」
 メルシャは回れ右して、自室に戻りかける。歩きながら、まだぶつぶつ言っている。
「ま、いいか。いつもの制服にもだいぶ慣れてきたことだし」
 そんなメルシャの背中に、征矢が声をかける。
「それなんだがな、まんち子。今日から制服がリニューアルだ」
「ふぇっ!?」
 征矢は段ボール箱から、ビニール袋に入った出来たての制服を取り出してみせる。
 メルシャは足を止め、目を丸くする。
「だって、この店、開店してまだ一ヶ月にもならないだろう!? もう衣替えか?」
「そうよ」
 椿の声が割って入った。
 徹夜明けのけだるそうな椿が、ブラックコーヒーのカップを手に現れた。
「前のも悪くなかったけど、ちょっと地味だったでしょ? いいデザインが浮かんだから、発注してあったのよ。予定外に早く難燃性の魔法繊維も入荷したからって、メーカーさんが急遽サンプル仕上げて届けてくれたの」
「椿さん、そういうところほんと出費を惜しみませんよね」
 あきれ気味に征矢が言うと、椿はくすりと笑ってウインクする。
「だって、せっかくこんなとびきりきれいな女の子が集まったお店だもん。いろいろ可愛い制服着せてあげたいじゃない? これからもあたしの気分や季節でちょくちょく変えるからね」
 幻獣娘たちの顔が、ぱあっと輝く。
 やっぱりみんな女の子。可愛い服をたくさん着せてもらえると聞けば、気持ちも上がる。
 もちろん、メルシャを除いてだが。
「くだらん。服なんかなんでも一緒だろ」
 とまたぶつぶつ。
 ちらりと時計を見た征矢が、あらたまった声で号令をかける。
「ではみんな、着替えてフロアに集合!」
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