幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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奇妙な朝

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 カーテンから洩れる日差しが、メルシャの頬に触れる。窓の外から、スズメの鳴き声が聞こえる。
「ん……」
 メルシャはむっくりと半身を起こした。
 周りを見渡す。〈クリプティアム〉の二階の小部屋。メルシャの部屋だ。椿がくれたベッド以外、ほとんど私物のないがらんとした部屋だった。
「むー」
 目をこすりながら枕元の時計を見る。八時過ぎ。
 昨夜のことはまだ記憶が混乱していて、はっきりと思い出せない。
 記憶はごちゃごちゃしているが、ひとつ絶対に忘れてはならない事項にメルシャは気づく。
「わあああああ、寝坊したあああああ!」
 今日は朝食の用意を手伝う当番の日だった。遅くとも七時にはキッチンにいないといけない。
 大遅刻だ。
「ああああ征矢どのぶちのめされるううううう!」
 Tシャツとショーツという格好でベッドから転がり出ると、とりあえずジャージを着て部屋を飛び出す。
 全速力で階段を駆け下り、キッチンに滑り込む。ズザー。
 そこにはエプロンを着けた征矢がいた。
 朝食の支度はもうほとんど終わっていて、サラダの仕上げをしているところだった。
「すまないっ、寝過ごしたー!」
 メルシャは大きく頭を下げたあと、征矢を見上げる。
 まず、墓場のような長い沈黙。
 そして生ゴミを見るような軽蔑の視線。
 次いで耳か鼻をギリギリつねられる。
 そんな征矢の反応を、息を殺して待つ。いつもの征矢ならそうだ。
 ところが。
 征矢は「にこ」と微笑んだのだ。裏表のない、素直な笑顔。
「ん? 今日はゆっくりしてていいって言っただろ? 準備は全部おれがやるから」
「え?」
 あっけにとられて、メルシャは立ちすくむ。
「あの、オレ、寝坊……」
「うん、なんならもう少し寝ててもいいんだぞ」
 征矢の穏やかな笑顔は崩れない。
 メルシャは逆に心配になってくる。
「お、怒らない……のか?」
「怒らないさ。今日はな。ほら、顔洗ってこいよ。すぐに朝飯できるから」
 つん。征矢は指先で、メルシャのほっぺをやさしくつつく。
(ええええええ……?)
 メルシャはキツネにつままれたような面持ちでキッチンを出た。
 ダイニングテーブルには、すでに幻獣娘たちが揃っていた。
「征矢どのが、おかしくなった。ぜんぜん怒らない」
 開口一番、メルシャは訴える。
 笑顔でユニカが答える。
「お詫びとお礼だって」
「なんのだ!?」
 ポエニッサが、「やれやれ」という顔になる。昨日痛めた脇腹も、一晩眠ったらすっかり回復したようで、その顔色は健康そのものだ。
「あなた、まだなんにも覚えていませんの?」
「なにをだ!?」
「あきれた子ですわね。ほら、ちょうどテレビでやってますわ」
 メルシャはダイニングの壁に架かったテレビに目を向ける。
 地元のローカルニュースだった。
 昨晩、ひまわり台の造成地で一棟だけ完成していた家が全焼した。入居者はおらず怪我人はなし。自然発火とみられ事件性はない模様。
 それだけだった。時間にして三十秒ほど。
 映像も映し出されたが、黒焦げになった家が見えただけ。周囲に大量に遺棄されていたはずの電気羊たちの丸焼きも、羊巨人の死体も、誰が片づけたのか痕跡すらなかった。
「昨日、みんなであそこに行ったのは覚えてるんだなも?」
 ミノンが尋ねる。
「うん……征矢どのを助けに行って、なんかでっかいのに突撃したところまでは覚えてるんだが……そこから先は記憶がわやくちゃだな」
 メルシャは頼りなく首をひねる。
 ミノンが、メルシャに椅子をすすめる。
「とにかく座って、まんち子さん。征矢さん、今日は朝のお仕事、全部ひとりでやってくれてるんだなも。うちら、そんなことしなくていいって言ったんだけど……」
「ひとりで!? 椿どのは?」
 ユニカが苦笑交じりに答える。
「椿さんはゆうべ徹夜仕事でダウン中。多分お昼まで起きられないわねえ」
 昨夜、征矢と幻獣娘たちがボロボロになって帰宅すると、椿はそれこそ腰を抜かさんばかりに驚いていた。
 それからすぐさま全員にケガがないか確認して、ポエニッサが軽い打ち身になった以外おおむね無事とわかるとほっと胸をなでおろし、ただちに征矢を部屋に呼んで事情聴取。
 事情が把握できた椿は、今度は征矢も自室に帰して、「大人の話をする」とあちこちに電話をかけ始めた。
 いったいどこになんの電話をしたのかは誰にもわからないが、それでこの一件は落着だった。
 征矢にも、幻獣娘たちにも、お小言はナシ。
 全部片付いたときにはとっくに日付けが変わっていたが、椿はそこからまた夜明けまでイラストの仕事に取り掛かったというわけだ。
 幻獣娘たちの食卓に、征矢が大きなトレイを抱えてやってくる。
「みんなお待たせ。どうぞ召し上がれ」
 幻獣娘たちの料理の腕はまだ練習中レベルなので、今のところ食事作りは椿と征矢の交代制だ。征矢が朝食を作るのも今日がはじめてではない。
 でも、今朝はいつものメニューよりちょっとだけ手が込んでいた。
 トーストの代わりに、クリームを添えた分厚いリコッタパンケーキ。インスタントスープの代わりに、ざく切りトマトを崩れないよう丁寧に煮た口当たりの軽いコンソメ。目玉焼きの代わりに、湯煎で作ったとろんとろんのスクランブルエッグ。アボカドサラダにかかっているのはひと手間かけたクリームチーズドレッシング。
「やだあ、おいしい!」
「すごいごちそうなのです」
「こ、これはなかなかですわね」
 みんなが目を輝かせてぱくつく中、とうとう涙ぐむミノン。
「朝からこんなぜいたくしてたらバチ当たるんだなも……」
 征矢は少し照れくさそうに言う。
「今日だけ特別な。昨日はみんなに大変な思いをさせたから。せめてもの感謝の印だよ」
 しかしメルシャは。
(遅刻の罰として、絶対、絶対オレのだけワサビてんこ盛りの激辛罰ゲームになっている! 間違いない!)
 怯えながらも、次々ともぐもぐ。
(あれ? 辛くない……)
 どれも見事に超おいしい。
(なんでだ!?)
 こうなるとむしろガッカリ感さえ含んだ目でじーっと征矢を見つめたりしてみる。
「ん? どうしたまんち子。おかわりか? ほかに食べたいものがあったら言えよ。すぐ作ってやるから」
 征矢はほがらかに言う。
 おそるおそる、メルシャは口にしてみる。
「じゃ、じゃあチャーハン」
「おっ、朝から食うなー。よしきた」
 征矢はキッチンに戻ると、ものの五分でチャーハンを仕上げてくる。
 油と火力と体力を使う、朝作るのは多分に面倒な料理だが、征矢は嫌な顔ひとつしなかった。いつもの征矢なら、「寝ぼけたこと抜かすな。あるもの食え殺すぞ」と一蹴だろう。
 ぱく。今度も、なんの仕掛けもない。ふつうの美味しいチャーハンだ。食いしん坊のメルシャは、それもぺろりとたいらげてしまう。
(ほんとに、怒らないのか?)
 メルシャは試しに、グラスに半分残ったトマトジュースをわざと床にこぼしてみる。
「あらあらあら」
 幻獣娘たちが立ち上がろうとするが、それより早くモップを持った征矢が駆けつける。
「いいからいいから。君たちは座ってて」
 たちどころに汚れを片づけた征矢は、ちらりとメルシャを一瞥。
(ふえっ、これはさすがに怒られる!)
 身構えるメルシャ。
 しかし征矢は、また柔和に微笑んだだけだった。
「気をつけろよ」
 マジか。メルシャは驚きに震える。
 なにらばダメ押しだ。
「うえ~~~い」
 メルシャは両手で、征矢の髪をくしゃくしゃに乱す。
 平時の征矢にこんなことをすれば、問答無用でカナディアン・バックブリーカーだ。
 しかしやはり征矢は、「やめろよ~」とふやけた笑顔で軽く身を引くだけだった。
 本当に、征矢は今日、なにしても怒らないみたいだ。
 メルシャの顔に、悪い笑みが浮かぶ。
 うぷぷぷぷ。
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