幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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決着!

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「迂闊でしたね。杖の魔力の源泉はこのコアオーブにあるの。これさえ無事なら、装飾が壊れようと折れようと、杖はまだ力を失っていないのですよ! あーっははは!」
 ひしゃげた装飾に囲まれた青白い球体を指差して、光莉はヒステリックに高笑いする。
 征矢は相変わらず表情もなく、「そうなのか。知らなかった」とだけ言う。
 光莉は取り憑かれたようにまくしたてる。
「わかっています。すべてあのいまいましいマンティコアがいけないのですよね。あいつが私と征矢さまの邪魔をしているのですね。あいつさえいなくなれば、征矢さまは永遠に私のもとに……見ていてください征矢さま。今からあの怪物を殺します。そして征矢さま、あなたは私と一緒にパンタゲアに行くの! どこへも! どこへも! どこへも行かせませんから!」
 光莉の頭上では、魔法円の輝きと回転速度が最高潮になっていた。
 壇上に並ぶ燭台と炎がぐにゃりと曲がって見える。

 時空の歪曲が始まったのだ。

 グノーメンダーストが言っていた「臨界」状態だ。
「マクサス・ウォクサス・ア……」
 光莉は杖を突きつけ、再び呪文を唱え始める。
 コアオーブが、また電光を強めていく。
 むっつりした表情のまま、征矢はバットケースを開ける。
「おれにはこの世界にいる理由がない、か」
 ケースから、愛用の金属バットを取り出す。
「考え違いもいいところだったな、まったく」
 鈍く銀色に光るアルティマスラッガーを右手にひっさげ、征矢は大股で光莉に向かって歩を進める。
「とりあえず、おれはあの幻獣たちに礼と詫びを入れなくちゃならない。その義理ができた」
 光莉は唱呪を続けながら、表情をこわばらせる。
(ちょっ……そんな棒きれでなにするつもりですか?)
 征矢はカッと目を見開き、バットを大きく振りかぶる。
「なので、おれは、家に、帰る!」
 征矢は鋭く、速いレベルスイングで杖の先端を殴りつけた。

 ガッギィィィィン!

 金属バットはスイートスポットでコアオーブをジャストミート。
 正視できないほどの閃光と稲妻がほとばしる。
 しかしそれも刹那の間だった。
 魔力の結晶は、あっけなく砕け散っていた。
 光莉の手には、今度こそ本当に、ただの短い棒きれが残った。
「うそでしょ……ただのバットで……パンタゲアでも指折りのウルトラレア級魔法アイテムを、たった一撃のもとに破壊するなんて……」
 光莉がうめく。
 征矢はふんと鼻を鳴らした。
「忠告しておく。本気でケンカに勝とうとするなら、自分の優位点をいちいちドヤ顔で相手に教えないことだ」
 とはいうものの、実のところ、驚いていたのは征矢も同様だった。
「まさか本当にこいつでいけるとは思わなかったけどな。なんでもやってみるもんだ」
 征矢は自分の金属バットを感心して眺めた。
 銀色のバットの表面にはへこみひとつない。しばらくパチパチする帯電とぼんやりした放射光が残っていた。が、ほんの数秒でそれも消えた。


 星矢たちの頭上で回転を続けていた魔法円は、突然その動きを止めた。
 空間の歪みも消え、幾何学模様はゆっくりと見えなくなっていった。
 征矢がいるべき場所から離れたせいか、メルシャが暴れたおかげで、この祭壇自体が破壊されたからか、それとも強力な魔宝具が消滅したからか、理由はよくわからない。
 光莉はへなへなと床にへたり込んで泣き叫びだした。
「ひどい! ひどいひどい! どうしてこんなひどいことができるの!?」
「人をさんざんストーキングしたあげく、おれのバイト仲間に暴行し、無理やり異世界へ拉致誘拐しようとしたその口で言うか」
 征矢はあきれ顔だ。
「この儀式の準備に何千万円かかったと思ってるんですか!?」
「知らん」
「杖まで壊して! あれがどれだけのレアアイテムだがわかってるんですか!?  パンタゲアなら城ひとつと交換だってできるんですよ!?」
「知らん」
「こんなに、こんなにお慕いしているのに! 私のこの思いをどうしてわかっていただけないの!」
「だから知らん。クソ迷惑だ」
 アルティマスラッガーを肩に、征矢は鉄仮面顔をぐっと光莉に近づけた。
「いいか。君がこれからおれをどうしたいのかは知らん。興味もないし、好きにしろ。だが今後、あの子たちにもういっぺん毛ほどのキズでもつけてみろ。君が魔女だろうとネットの有名人だろうとふつうの女の子だろうと関係ない。絶対に許さない。なにもかも、あの杖と同じに叩き壊してやる。肝に銘じて忘れるな」
 ただでさえ冷たい征矢の三白眼が、さらに氷のように冷厳になる。
 光莉は心の底から縮み上がって、何度もうなずく。

 ガルルルルルルル……!

 獣の唸りが、二人のやりとりを遮った。
「おっと、あいつのことを忘れるところだった」
 征矢が祭壇の下に目を向ける。
 光莉の魔力が尽き、電気羊たちが動きを止めた。マンティコアを足止めするものがなくなったのだ。
 煙と爆炎の中、マンティコアが凶暴な黄色い瞳でじっとこちらをにらんでいた。
「ああ……私……殺される……!」
 震える声で、光莉がつぶやいた。
 身を守る魔法の杖は、もうない。
「だろうな」
 平然と、征矢は答える。
「なに落ち着いてるんですか!? あれは、そもそもあなたを暗殺しに派遣されたんですよ!? あなただって殺される!」
「そうかもなあ」
 荒ぶるマンティコアを見つめたまま、ぼへーっと征矢は言う。
「なにその自信! 自分は平気だって根拠でもあるんですか!?」
「ないけど」
「じゃあもうちょっとあたふたおろおろして!」
 光莉はヒステリックにばんばん床を叩き始めた。
 まるで、それが合図になったかのように。
 マンティコアが、祭壇の頂上目指して猛然と階段を駆け上がる。
「ひいいっ!」
 光莉が頭を抱えてうずくまる。
 黒い翼を広げて、マンティコアが舞い上がった。
 牙が、爪が、毒針が、鋭く光る。
 殺戮の権化となった全身凶器の幻獣は、まっすぐ光莉に飛びかかった。


 その、鼻先に。
 金属バットがすっと向けられた。
 征矢が、マンティコアの正面に立ちはだかっていた。
 幻獣の突進が、ぴたりと止まった。四つん這いで着地し、牙を剥き低く唸る。
「終わりだ、まんち子。もういい。終わった」
 静かに征矢が告げる。
 まんち子と呼ばれた途端、マンティコアの顔から凶暴さが失われていく。
 黄色い冷たい双眸は、もとの愛らしい瞳に戻る。爪も引っ込み、膨らんだ筋肉もしぼんでいく。
「征矢……どの……」
 メルシャが口を開いた。
 征矢はバットを持っていない左腕で、その体を抱き寄せた。
「よく助けにきてくれたな。えらいぞまんち子」
 思いがけない征矢の行動に、メルシャは目を白黒させる。
「ふぇっ!? 征矢どの!?」
 征矢はなおも、メルシャの砂色の髪をわしわししてやる。
「さあ、帰るぞ。みんなも外で待ってるんだろ?」
「あ……うん。あの、オレ……オレはいったいなにを……?」
 メルシャはきょろきょろする。
 あたり一面、火と、瓦礫と、煤と、動かなくなった羊人間が積み重なった惨状である。
 征矢は尋ねる。
「覚えてないのか?」
「うん」
「そうか。じゃあ、それでいい」
 征矢は少し笑って、メルシャの髪をまたくしゃくしゃする。
 くすぐったそうにしていたメルシャは、祭壇の上に小さくなっている魔女ぴかりその姿に気づいた。
「あ。あいつ……あいつもどうしたんだ?」
 黒髪も装束も乱れ、美しい顔は涙と汗でべしょべしょ。だらしなく尻もちをついたその姿に、かつての絶対的威厳はもうなかった。
 征矢は尋ねる。
「まだあれが怖いか?」
 メルシャは当惑しながらもかぶりを振る。
「ううん、ぜんぜん。でも、なんでだろ」
「なんでだろうなあ」
 征矢は愉快そうに、メルシャの肩を抱いたまま歩きだす。
 メルシャは混乱しっぱなしだ。
「せ、征矢どのがやたら優しい! 嬉しい! でもなんかこわい! オレ、とても落ち着かない! なに? なんなのだ?」
 メルシャを引き連れ、バットを担いで悠然と祭壇の階段を降りていく征矢の後ろ姿を、光莉はぼんやりと見送っていた。
(魔法の杖を顔色ひとつ変えず叩き潰し……暴走モードのマンティコアを恐れ気もなく制し服従させた……あれが、予言の勇者の力……)
 我知らず光莉は立ち上がり、叫んでいた。
「征矢さま! あなたはやっぱり、明日のパンタゲアを統べる勇者です! あなたはきっといつか、予言どおり異世界へ行く!」
 征矢はうるさそうに振り返り、ぼそりと応えた。

「無理。だっておれ、バイトあるから」
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