幻獣カフェのまんちこさん

高倉宝

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逆襲の征矢

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「まんち子……なのか?」
 征矢も驚きに言葉を失う。
 それほど、マンティコアの形相は征矢の知っているメルシャとは違っていた。
 黄色く光る両眼、凶悪な長さの鉤爪、不吉なシルエットを描く黒い翼、そして蛇のように獲物を求めてうねる尻尾。
 グノーメンダーストの言うように、そして本人がかつてそう名乗ったように、そこにいたのはまごうことなき魔王軍の猛将だった。
「あいつを足止めして、電気羊たち! 時間を稼いで!」
 光莉が魔法の杖アルギスアーヴをふるった。放電が八方に散る。
 暗がりから何十という数の羊人間がわらわらと湧き出て、マンティコアを包囲した。
 その間に光莉――――いや、魔女ぴかりそは、杖を頭上に高く掲げる。
 奥義である魔法雷撃を使う気だ。かつて魔王軍の大群を蹴散らしたという必殺の大量殺戮魔法。
「マクサス・ウォクサス・アブラクサス。雲上の聖霊、諸天体の天使、虚空の龍よ。秘せられたる法に則りて雷霆この杖に宿るべし。そは槌なり。そは罰なり。そは……」
 アルギスアーヴの先端にある球体が激しく発光し、太い放電を断続的にスパークさせ始めた。
 征矢は目を細める。
 どうやらあの杖の奥義発動には長ったらしい呪文が必要らしい。羊人間たちに「時間を稼げ」と言ったのはそのためだろう。
 羊人間たちが、一斉にマンティコアに踊りかかった。
 マンティコアは微動だにしなかった。
 ただ、毒針を持った尾の先を四方へ向けてぐるん、と三百六十度回転させただけだった。
 ババババババババッ。
 高性能爆薬と化した毒を納めた針の水平連射。
 マンティコアの周囲に爆炎の環ができた。羊人間たちが消し飛ぶ。
 轟音と熱風が巻き起こり、それは高い壇上にある征矢たちにまで届いた。
 突っ立っていた光莉はその衝撃をまともにくらった。呪文は中断し、「きゃっ!」と尻もちをつく。
 勢いで、杖が、手から離れる。
 アルギスアーヴは大きな弧を描いて征矢のほうへ飛ぶ。
 これだ。
 最初で、最後のチャンスだ。
 征矢は、さっきから抜けかけていた手枷から、力いっぱい右腕を引いた。
 ずるっ。
 革ベルトから、手首が外れた。
 皮膚が擦り剥けて痛かったけど、そんなこと言ってられない。
 征矢は右手を飛んでくる杖に向かって思い切り伸ばした。

 届いた!

 征矢は魔法の杖をしっかりと握りしめた。
 光莉が起き上がって、杖の行方を目で追う。貴重な魔宝具が征矢の手の中にあるのに気づいて、さっと顔色が変わる。
「征矢さま……いやだわ。それ、返してちょうだい」
 駄々っ子をあやす過保護ママみたいな口調だった。
 征矢はお得意の、無表情・無言で光莉を見つめ返す。
「……………………」
「あなたが持ってたって、魔法は使えないでしょう? それに、自由なのは右手だけよ? 左手も、足も、拘束されたままでしょう? いい子だから返してちょうだい? ね?」
「ふむ。それはその通りだな」
 征矢も素直にうなずく。光莉は安心して口元を緩める。
「よかった、わかってくれて。さ、返してください」
 光莉はじりじりと近寄ってくる。
「だが、断る」
 なにを思ったか、征矢は杖を大きく振りかぶった。
 そして、右足の鎖に向かって叩き降ろした。
 ガギャン!
 火花が散った。鎖はびくともしないが、杖の頭の美しい装飾は無残に破壊された。
「ちょっ……やめ……!」
 光莉の言葉など気にもとめず、征矢は無表情のまま、杖をガンガンと鎖に振り下ろし続けた。一打ちごとに、杖の頭はむごたらしくひしゃげていく。
 とうとう光莉は泣き出した。
「やめてえーーー! ほんとに壊れちゃうからあーーーっ! 鎖なら外してあげるから、お願いもうやめてえーーーっ!」
 ぴた。征矢の破壊行為が止まった。
 光莉が短い呪文を唱えると、征矢の手足を捉えている革ベルトがすっと開いた。
 杖を握ったまま、征矢はのっそりと拘束台から降りた。
「い、言うこと聞いたでしょ? 杖を返して!」
 征矢はものも言わず、また台の角に向けて杖をフルスイングしはじめる。何度も。何度も。
 ガチーン! バキーン! グシャーン!
「いやーーーーーっ! 言うこと聞いたら返すって約束したじゃないですかーっ!」
 泣き叫ぶ光莉。
 ぽきん!
 ついに杖の柄が、真ん中で折れた。
 征矢はただの短い金属棒になり果てた魔法の杖を、無造作に光莉に突き出した。
「ん。そんな約束はしてないが、返す。おれは帰らせてもらう」
 光莉は唖然として短い金属棒を受け取る。


 征矢は自分のバットケースを拾い上げ、祭壇の下に目を向けた。
 下ではマンティコアが、あとからあとから湧いてくる電気羊たちを吹き飛ばし、あるいは爪で切り裂いていた。流れ弾がそこら中でドカンドカン爆発し、いたるところで火の手が上がっていた。熱風と轟音と振動が凄まじい。
 このぶんでは、建物全体が崩れ落ちるまで時間はかからないだろう。
 グノーメンダースト卿の姿は見えなかった。騒ぎに紛れてちゃっかり逃亡したようだ。
「やれやれ、こりゃすごいな」
 征矢は頭を掻いた。
 今の今までただのポンコツだと思っていたが、やったらできるんだな、あいつ。
 さて、あいつをどうしたもんか。


「征矢さまったら。帰らせないって、言ったじゃないですか……」
 背後で、「バチバチッ」という電気のスパークする音がした。
 振り返ると光莉が、折れた杖の頭のほうを握っていた。
 杖の先端の宝玉は、まだ光輝と火花を放っていた。
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