51 / 55
逆襲の征矢
しおりを挟む
「まんち子……なのか?」
征矢も驚きに言葉を失う。
それほど、マンティコアの形相は征矢の知っているメルシャとは違っていた。
黄色く光る両眼、凶悪な長さの鉤爪、不吉なシルエットを描く黒い翼、そして蛇のように獲物を求めてうねる尻尾。
グノーメンダーストの言うように、そして本人がかつてそう名乗ったように、そこにいたのはまごうことなき魔王軍の猛将だった。
「あいつを足止めして、電気羊たち! 時間を稼いで!」
光莉が魔法の杖アルギスアーヴをふるった。放電が八方に散る。
暗がりから何十という数の羊人間がわらわらと湧き出て、マンティコアを包囲した。
その間に光莉――――いや、魔女ぴかりそは、杖を頭上に高く掲げる。
奥義である魔法雷撃を使う気だ。かつて魔王軍の大群を蹴散らしたという必殺の大量殺戮魔法。
「マクサス・ウォクサス・アブラクサス。雲上の聖霊、諸天体の天使、虚空の龍よ。秘せられたる法に則りて雷霆この杖に宿るべし。そは槌なり。そは罰なり。そは……」
アルギスアーヴの先端にある球体が激しく発光し、太い放電を断続的にスパークさせ始めた。
征矢は目を細める。
どうやらあの杖の奥義発動には長ったらしい呪文が必要らしい。羊人間たちに「時間を稼げ」と言ったのはそのためだろう。
羊人間たちが、一斉にマンティコアに踊りかかった。
マンティコアは微動だにしなかった。
ただ、毒針を持った尾の先を四方へ向けてぐるん、と三百六十度回転させただけだった。
ババババババババッ。
高性能爆薬と化した毒を納めた針の水平連射。
マンティコアの周囲に爆炎の環ができた。羊人間たちが消し飛ぶ。
轟音と熱風が巻き起こり、それは高い壇上にある征矢たちにまで届いた。
突っ立っていた光莉はその衝撃をまともにくらった。呪文は中断し、「きゃっ!」と尻もちをつく。
勢いで、杖が、手から離れる。
アルギスアーヴは大きな弧を描いて征矢のほうへ飛ぶ。
これだ。
最初で、最後のチャンスだ。
征矢は、さっきから抜けかけていた手枷から、力いっぱい右腕を引いた。
ずるっ。
革ベルトから、手首が外れた。
皮膚が擦り剥けて痛かったけど、そんなこと言ってられない。
征矢は右手を飛んでくる杖に向かって思い切り伸ばした。
届いた!
征矢は魔法の杖をしっかりと握りしめた。
光莉が起き上がって、杖の行方を目で追う。貴重な魔宝具が征矢の手の中にあるのに気づいて、さっと顔色が変わる。
「征矢さま……いやだわ。それ、返してちょうだい」
駄々っ子をあやす過保護ママみたいな口調だった。
征矢はお得意の、無表情・無言で光莉を見つめ返す。
「……………………」
「あなたが持ってたって、魔法は使えないでしょう? それに、自由なのは右手だけよ? 左手も、足も、拘束されたままでしょう? いい子だから返してちょうだい? ね?」
「ふむ。それはその通りだな」
征矢も素直にうなずく。光莉は安心して口元を緩める。
「よかった、わかってくれて。さ、返してください」
光莉はじりじりと近寄ってくる。
「だが、断る」
なにを思ったか、征矢は杖を大きく振りかぶった。
そして、右足の鎖に向かって叩き降ろした。
ガギャン!
火花が散った。鎖はびくともしないが、杖の頭の美しい装飾は無残に破壊された。
「ちょっ……やめ……!」
光莉の言葉など気にもとめず、征矢は無表情のまま、杖をガンガンと鎖に振り下ろし続けた。一打ちごとに、杖の頭はむごたらしくひしゃげていく。
とうとう光莉は泣き出した。
「やめてえーーー! ほんとに壊れちゃうからあーーーっ! 鎖なら外してあげるから、お願いもうやめてえーーーっ!」
ぴた。征矢の破壊行為が止まった。
光莉が短い呪文を唱えると、征矢の手足を捉えている革ベルトがすっと開いた。
杖を握ったまま、征矢はのっそりと拘束台から降りた。
「い、言うこと聞いたでしょ? 杖を返して!」
征矢はものも言わず、また台の角に向けて杖をフルスイングしはじめる。何度も。何度も。
ガチーン! バキーン! グシャーン!
「いやーーーーーっ! 言うこと聞いたら返すって約束したじゃないですかーっ!」
泣き叫ぶ光莉。
ぽきん!
ついに杖の柄が、真ん中で折れた。
征矢はただの短い金属棒になり果てた魔法の杖を、無造作に光莉に突き出した。
「ん。そんな約束はしてないが、返す。おれは帰らせてもらう」
光莉は唖然として短い金属棒を受け取る。
征矢は自分のバットケースを拾い上げ、祭壇の下に目を向けた。
下ではマンティコアが、あとからあとから湧いてくる電気羊たちを吹き飛ばし、あるいは爪で切り裂いていた。流れ弾がそこら中でドカンドカン爆発し、いたるところで火の手が上がっていた。熱風と轟音と振動が凄まじい。
このぶんでは、建物全体が崩れ落ちるまで時間はかからないだろう。
グノーメンダースト卿の姿は見えなかった。騒ぎに紛れてちゃっかり逃亡したようだ。
「やれやれ、こりゃすごいな」
征矢は頭を掻いた。
今の今までただのポンコツだと思っていたが、やったらできるんだな、あいつ。
さて、あいつをどうしたもんか。
「征矢さまったら。帰らせないって、言ったじゃないですか……」
背後で、「バチバチッ」という電気のスパークする音がした。
振り返ると光莉が、折れた杖の頭のほうを握っていた。
杖の先端の宝玉は、まだ光輝と火花を放っていた。
征矢も驚きに言葉を失う。
それほど、マンティコアの形相は征矢の知っているメルシャとは違っていた。
黄色く光る両眼、凶悪な長さの鉤爪、不吉なシルエットを描く黒い翼、そして蛇のように獲物を求めてうねる尻尾。
グノーメンダーストの言うように、そして本人がかつてそう名乗ったように、そこにいたのはまごうことなき魔王軍の猛将だった。
「あいつを足止めして、電気羊たち! 時間を稼いで!」
光莉が魔法の杖アルギスアーヴをふるった。放電が八方に散る。
暗がりから何十という数の羊人間がわらわらと湧き出て、マンティコアを包囲した。
その間に光莉――――いや、魔女ぴかりそは、杖を頭上に高く掲げる。
奥義である魔法雷撃を使う気だ。かつて魔王軍の大群を蹴散らしたという必殺の大量殺戮魔法。
「マクサス・ウォクサス・アブラクサス。雲上の聖霊、諸天体の天使、虚空の龍よ。秘せられたる法に則りて雷霆この杖に宿るべし。そは槌なり。そは罰なり。そは……」
アルギスアーヴの先端にある球体が激しく発光し、太い放電を断続的にスパークさせ始めた。
征矢は目を細める。
どうやらあの杖の奥義発動には長ったらしい呪文が必要らしい。羊人間たちに「時間を稼げ」と言ったのはそのためだろう。
羊人間たちが、一斉にマンティコアに踊りかかった。
マンティコアは微動だにしなかった。
ただ、毒針を持った尾の先を四方へ向けてぐるん、と三百六十度回転させただけだった。
ババババババババッ。
高性能爆薬と化した毒を納めた針の水平連射。
マンティコアの周囲に爆炎の環ができた。羊人間たちが消し飛ぶ。
轟音と熱風が巻き起こり、それは高い壇上にある征矢たちにまで届いた。
突っ立っていた光莉はその衝撃をまともにくらった。呪文は中断し、「きゃっ!」と尻もちをつく。
勢いで、杖が、手から離れる。
アルギスアーヴは大きな弧を描いて征矢のほうへ飛ぶ。
これだ。
最初で、最後のチャンスだ。
征矢は、さっきから抜けかけていた手枷から、力いっぱい右腕を引いた。
ずるっ。
革ベルトから、手首が外れた。
皮膚が擦り剥けて痛かったけど、そんなこと言ってられない。
征矢は右手を飛んでくる杖に向かって思い切り伸ばした。
届いた!
征矢は魔法の杖をしっかりと握りしめた。
光莉が起き上がって、杖の行方を目で追う。貴重な魔宝具が征矢の手の中にあるのに気づいて、さっと顔色が変わる。
「征矢さま……いやだわ。それ、返してちょうだい」
駄々っ子をあやす過保護ママみたいな口調だった。
征矢はお得意の、無表情・無言で光莉を見つめ返す。
「……………………」
「あなたが持ってたって、魔法は使えないでしょう? それに、自由なのは右手だけよ? 左手も、足も、拘束されたままでしょう? いい子だから返してちょうだい? ね?」
「ふむ。それはその通りだな」
征矢も素直にうなずく。光莉は安心して口元を緩める。
「よかった、わかってくれて。さ、返してください」
光莉はじりじりと近寄ってくる。
「だが、断る」
なにを思ったか、征矢は杖を大きく振りかぶった。
そして、右足の鎖に向かって叩き降ろした。
ガギャン!
火花が散った。鎖はびくともしないが、杖の頭の美しい装飾は無残に破壊された。
「ちょっ……やめ……!」
光莉の言葉など気にもとめず、征矢は無表情のまま、杖をガンガンと鎖に振り下ろし続けた。一打ちごとに、杖の頭はむごたらしくひしゃげていく。
とうとう光莉は泣き出した。
「やめてえーーー! ほんとに壊れちゃうからあーーーっ! 鎖なら外してあげるから、お願いもうやめてえーーーっ!」
ぴた。征矢の破壊行為が止まった。
光莉が短い呪文を唱えると、征矢の手足を捉えている革ベルトがすっと開いた。
杖を握ったまま、征矢はのっそりと拘束台から降りた。
「い、言うこと聞いたでしょ? 杖を返して!」
征矢はものも言わず、また台の角に向けて杖をフルスイングしはじめる。何度も。何度も。
ガチーン! バキーン! グシャーン!
「いやーーーーーっ! 言うこと聞いたら返すって約束したじゃないですかーっ!」
泣き叫ぶ光莉。
ぽきん!
ついに杖の柄が、真ん中で折れた。
征矢はただの短い金属棒になり果てた魔法の杖を、無造作に光莉に突き出した。
「ん。そんな約束はしてないが、返す。おれは帰らせてもらう」
光莉は唖然として短い金属棒を受け取る。
征矢は自分のバットケースを拾い上げ、祭壇の下に目を向けた。
下ではマンティコアが、あとからあとから湧いてくる電気羊たちを吹き飛ばし、あるいは爪で切り裂いていた。流れ弾がそこら中でドカンドカン爆発し、いたるところで火の手が上がっていた。熱風と轟音と振動が凄まじい。
このぶんでは、建物全体が崩れ落ちるまで時間はかからないだろう。
グノーメンダースト卿の姿は見えなかった。騒ぎに紛れてちゃっかり逃亡したようだ。
「やれやれ、こりゃすごいな」
征矢は頭を掻いた。
今の今までただのポンコツだと思っていたが、やったらできるんだな、あいつ。
さて、あいつをどうしたもんか。
「征矢さまったら。帰らせないって、言ったじゃないですか……」
背後で、「バチバチッ」という電気のスパークする音がした。
振り返ると光莉が、折れた杖の頭のほうを握っていた。
杖の先端の宝玉は、まだ光輝と火花を放っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる