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02.惰性

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 あれから十年以上の歳月が過ぎさった今日、俺はとある場所に向かうため馬車に乗り込んでいた。
 辿り着いた目的地――一見すれば貴族か豪商などの邸宅に見えなくもない豪華な館の正体は、聖王国の貴族御用達の娼館だ。
 所属する娼婦達は厳しい基準のもと衛生管理がなされ、聖王国の紳士達を悦ばせる術を身につけている。
 以前に付き合いで連れてこられた場所だったのだが、一度来てからはすっかりとはまり込んでしまったので今では惰性で通い続けている。
 門をくぐり馬車から降りると、いつもの黒服が個室へと案内してくれた。部屋には馴染みの娼婦が待っていた。

「ミシェルさま。またいらしてくださるだなんて光栄ですわ」
「君のことが忘れられなくてな」
「まあ、お上手ですこと」
「今日のドレスもよく似合っている」

 若菜色のロングヘアによく合う淡い黄色のドレスは先日、俺が彼女に買い与えたものだ。
 この女は娼婦にしては派手さは無く清楚な外見をしているので、こういった色合いがよく似合う。

「さあ、まずはお酒でも」
「ああ、いただこうか」

 長椅子に腰掛け、二人並んでワインを煽る。他愛もない世間話をしながらボトルを開け、中身が空になった頃にはどちらからともなく、相手の唇に貪り付いていた。
 ドレスの背中側の編み上げを緩めながら押し倒し、露わになった肩口に舌を這わせる。指先で肌をそっとなぞり愛撫を続けた。

 視界に映る若菜色はあの方を思い出させるが、彼女はこのような下品なことには無縁な存在だ。そもそも臣下である俺が気安く触れられる相手ではない。
 王家から王女との婚約打診が何度か届いているのだが、在る理由から俺はこの全てを断り続けている。
 俺の一族は王家から見て傍系にあたる。長い歴史の中で近親結婚を繰り返し続けた結果が、騎士としては無能ともいえる己の身体能力だ。
 幼いころより公爵家の跡取りとして一通りの武芸は嗜んできているのだが、勇者と称される友人のように体格が良いわけでもなく、腕力も女性よりはあるがそこまで強いという訳でもない。

 人より優れているものといえば家柄ぐらいなものだ。
 容貌など社交辞令で誉めそやしてくるものが多々いるが、どいつもこいつも似たような賛辞しか寄こしてこない。

「何を考えておいででしたの?」
「……君は美しいな、と考えていた」

 首に回された腕が少々癪にさわるが、行為の最中に他のことを考えていたこちらにも非がある。
 幾らあの方に髪の色や背格好が似ているとはいえ相手は商売女だ。その手練手管が俺の脳に『これはあの方ではない』と知らせてくれる。
 いくら割り切った関係とはいえ、女性の機嫌を損ねるのは面倒なので、何度か口づけを落とすと俺は偽りの情愛に身を沈めた。
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