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百年前
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高く、高く――
都会とは違う、村の夜の空には月だけではなく、小さな星までが煌煌と輝いていた。栞鳳は、夜空をグングン高く昇っていく。
わたしは、栞鳳の背に乗り、そのふわふわの羽に包まれながら夏の夜の風を感じていた。
どこまで、行くんだろう。
全然怖くはなかった。
栞鳳の羽毛は心地よく、最高級のホテルのベッドのようだ。このままずっと、ずっとここにいたい。
そんなことさえ考えてしまう。
「葉月」
突然、栞鳳の声が響いた。
神鳥の口から発せられているその声は、私が知っている栞鳳のきれいな声そのものだった。
「うん、栞鳳」
栞鳳の体に全身で抱き着く。あたたかい、生き物の血のあたたかさ。
「本当は、ちゃんと僕の口から言わなきゃいけなかったんだ。
葉月――見て」
そう言うと、わたしの頭の中に、映像が流れ込んできた。
***
ここは、顎原村、だ。
わたしの意識に流れ込んでくる映像、それはわたしがここ数日過ごしている顎原村そのもの――なのだが、なにかが違う。
全体的に、村の建物がきれいで、村に活気がある。
今ではない、過去の顎原村、だろうか。
季節は今と同じ、夏だ。
痛いほどにまぶしい太陽の光が村道を照り付け、木々の緑は生き生きと輝いている。蝉の声、子供たちの笑い声。見たことはないけれど、みんなの心のノスタルジーとして存在する、田舎の村そのものだ。
一軒の民家の扉が開く。そこから、にゅっと粗末な着物から伸びた足が出てくる。
他の村の少年とは違う、日焼けを知らない白い足。
その顔は、汚れているけれど、目が覚めるように美しく――
「栞鳳」
栞鳳、のように見えた。顔の造りは栞鳳そのものなのだが、何か違う。どこか、栞鳳の持つ神々しさがなく、人間のようだ。
栞鳳の顔をした少年は、家から出てどこかへと走っていく。
映像は、彼の姿を追いかけていく。
少年が向かった先は、村の井戸だった。
井戸の周りには、女たちが集まっている。井戸水を汲むでもなく、集まって談笑をしているようだ。少年は、その輪の中にいる一人の女の腰に抱き着く。
女は少年に気が付くと、驚いて声をあげるが、すぐに少年の仕業だと気づいたようだ。いつものことなのだろう、くすくすと笑いながら、少年の頭を撫でる。
女がこちらを向く、その顔は――。
「わたし……?」
わたしに、そっくりだった。
そこで、映像は途切れる。
そして、意識も、途切れる。
暗転する、世界。
***
「目が覚めた?」
目を開くと、目の前には栞鳳の顔があった。
神鳥の姿ではない、見慣れた少年の姿だ。
わたしはなんだかすごく安心してしまって、急いで体を起こすと栞鳳に抱き着いた。
「しおん……っ!」
栞鳳はわたしの背に手を回し、ぽんぽんとあやすように叩いてくれる。
大切な人と、久しぶりに再会したような気持ちだ。
周囲は暗く、どこにいるのかよくわからなかった。けれど、どこかで嗅いだことのある不思議な甘い香りが漂っている。ここは――最初に栞鳳と出会った祠の中だろうか。
祠の中は、外の世界と隔絶されたように静まり返っている。
どこからか細く差し込む月明かりが、栞鳳とわたしの体を柔らかく照らし、地面に淡い影を落としていた。
「葉月……。
ごめんね、ぼく……」
栞鳳のように、考えていることはわからない。
でも、言いたいことは伝わってくる。
あの女の人――わたしにそっくりだった人は、栞鳳の顔をした少年の大切な人だったのだろう。
彼はずっとあの人を待っていたのだろう。
わたし、ではなく。
私の考えていることがわかるはずの栞鳳は、ただ黙ってわたしを抱きしめている。
「ぼくはね、人間の少年の存在を借りて栞鳳として村を訪れているんだ。その少年の魂は神鳥としての栞鳳の中にも、ずっと生き続けているんだ」
ぽつり、と栞鳳が語る。
「あの女の人の面影を、ずっとずっと探していた。そうしているうちに百年が経っていた。歴代の村長からは、秘祭の目的を完遂してほしいと、何度も言われてきた。でも、ぼくのなかにいるあの子が、それを許さなかった」
栞鳳はわたしのなかに、誰かを見ていた。
それは、ずっと感じていたことだった。
「でもね、誤解しないでほしいんだ。ぼくはね、葉月。ほんとうに葉月のことを待っていたって、そう思ったんだよ。あの人の面影とか、そんなの関係なく。これが、あの子と魂が混ざったかなのか、それはわからないけど……」
栞鳳の頬に手を置くと、言葉を遮るように口づけをする。
驚いたその顔は、神さまなんかじゃない、でもあの人間の子でもない、ただの栞鳳の顔だった。
「……葉月」
「いいよ、きっかけがどんなことであったとしても、わたしと栞鳳は出会って、いっしょに夏を過ごしたんだよ」
栞鳳がぎゅっとわたしの手を握る。
「ねえ、葉月。この村の災いを守るためとか、そんなんじゃなくて。
ぼくは、ただ葉月と子どもが作りたいって、そう思ってるんだ。葉月は、どう……?」
熱っぽい視線でわたしを見上げる栞鳳の姿は、とても美しかった。
神の血を引く子どもを、つくる。
本当は、とても恐ろしいことなんだろう。研究のこととか、将来のこととか、考えなければならないのかもしれない。
でも、きっと大丈夫。
ここにいるのは神さまだから。
わたしが小さくうなずくと、栞鳳は優しく私の体を押し倒し。そして、ゆっくりと、深く、キスをした。
都会とは違う、村の夜の空には月だけではなく、小さな星までが煌煌と輝いていた。栞鳳は、夜空をグングン高く昇っていく。
わたしは、栞鳳の背に乗り、そのふわふわの羽に包まれながら夏の夜の風を感じていた。
どこまで、行くんだろう。
全然怖くはなかった。
栞鳳の羽毛は心地よく、最高級のホテルのベッドのようだ。このままずっと、ずっとここにいたい。
そんなことさえ考えてしまう。
「葉月」
突然、栞鳳の声が響いた。
神鳥の口から発せられているその声は、私が知っている栞鳳のきれいな声そのものだった。
「うん、栞鳳」
栞鳳の体に全身で抱き着く。あたたかい、生き物の血のあたたかさ。
「本当は、ちゃんと僕の口から言わなきゃいけなかったんだ。
葉月――見て」
そう言うと、わたしの頭の中に、映像が流れ込んできた。
***
ここは、顎原村、だ。
わたしの意識に流れ込んでくる映像、それはわたしがここ数日過ごしている顎原村そのもの――なのだが、なにかが違う。
全体的に、村の建物がきれいで、村に活気がある。
今ではない、過去の顎原村、だろうか。
季節は今と同じ、夏だ。
痛いほどにまぶしい太陽の光が村道を照り付け、木々の緑は生き生きと輝いている。蝉の声、子供たちの笑い声。見たことはないけれど、みんなの心のノスタルジーとして存在する、田舎の村そのものだ。
一軒の民家の扉が開く。そこから、にゅっと粗末な着物から伸びた足が出てくる。
他の村の少年とは違う、日焼けを知らない白い足。
その顔は、汚れているけれど、目が覚めるように美しく――
「栞鳳」
栞鳳、のように見えた。顔の造りは栞鳳そのものなのだが、何か違う。どこか、栞鳳の持つ神々しさがなく、人間のようだ。
栞鳳の顔をした少年は、家から出てどこかへと走っていく。
映像は、彼の姿を追いかけていく。
少年が向かった先は、村の井戸だった。
井戸の周りには、女たちが集まっている。井戸水を汲むでもなく、集まって談笑をしているようだ。少年は、その輪の中にいる一人の女の腰に抱き着く。
女は少年に気が付くと、驚いて声をあげるが、すぐに少年の仕業だと気づいたようだ。いつものことなのだろう、くすくすと笑いながら、少年の頭を撫でる。
女がこちらを向く、その顔は――。
「わたし……?」
わたしに、そっくりだった。
そこで、映像は途切れる。
そして、意識も、途切れる。
暗転する、世界。
***
「目が覚めた?」
目を開くと、目の前には栞鳳の顔があった。
神鳥の姿ではない、見慣れた少年の姿だ。
わたしはなんだかすごく安心してしまって、急いで体を起こすと栞鳳に抱き着いた。
「しおん……っ!」
栞鳳はわたしの背に手を回し、ぽんぽんとあやすように叩いてくれる。
大切な人と、久しぶりに再会したような気持ちだ。
周囲は暗く、どこにいるのかよくわからなかった。けれど、どこかで嗅いだことのある不思議な甘い香りが漂っている。ここは――最初に栞鳳と出会った祠の中だろうか。
祠の中は、外の世界と隔絶されたように静まり返っている。
どこからか細く差し込む月明かりが、栞鳳とわたしの体を柔らかく照らし、地面に淡い影を落としていた。
「葉月……。
ごめんね、ぼく……」
栞鳳のように、考えていることはわからない。
でも、言いたいことは伝わってくる。
あの女の人――わたしにそっくりだった人は、栞鳳の顔をした少年の大切な人だったのだろう。
彼はずっとあの人を待っていたのだろう。
わたし、ではなく。
私の考えていることがわかるはずの栞鳳は、ただ黙ってわたしを抱きしめている。
「ぼくはね、人間の少年の存在を借りて栞鳳として村を訪れているんだ。その少年の魂は神鳥としての栞鳳の中にも、ずっと生き続けているんだ」
ぽつり、と栞鳳が語る。
「あの女の人の面影を、ずっとずっと探していた。そうしているうちに百年が経っていた。歴代の村長からは、秘祭の目的を完遂してほしいと、何度も言われてきた。でも、ぼくのなかにいるあの子が、それを許さなかった」
栞鳳はわたしのなかに、誰かを見ていた。
それは、ずっと感じていたことだった。
「でもね、誤解しないでほしいんだ。ぼくはね、葉月。ほんとうに葉月のことを待っていたって、そう思ったんだよ。あの人の面影とか、そんなの関係なく。これが、あの子と魂が混ざったかなのか、それはわからないけど……」
栞鳳の頬に手を置くと、言葉を遮るように口づけをする。
驚いたその顔は、神さまなんかじゃない、でもあの人間の子でもない、ただの栞鳳の顔だった。
「……葉月」
「いいよ、きっかけがどんなことであったとしても、わたしと栞鳳は出会って、いっしょに夏を過ごしたんだよ」
栞鳳がぎゅっとわたしの手を握る。
「ねえ、葉月。この村の災いを守るためとか、そんなんじゃなくて。
ぼくは、ただ葉月と子どもが作りたいって、そう思ってるんだ。葉月は、どう……?」
熱っぽい視線でわたしを見上げる栞鳳の姿は、とても美しかった。
神の血を引く子どもを、つくる。
本当は、とても恐ろしいことなんだろう。研究のこととか、将来のこととか、考えなければならないのかもしれない。
でも、きっと大丈夫。
ここにいるのは神さまだから。
わたしが小さくうなずくと、栞鳳は優しく私の体を押し倒し。そして、ゆっくりと、深く、キスをした。
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