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第一章 九月の嵐

契約1

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 「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!」

 私は飛んだ。本能で。
 赤ちゃんが喋っている! 何で!?
 
 「何なの!? あんたは一体……!」

 ルナと名乗った赤ちゃんは、「んっ!」と眉間にシワを寄せた。
 目の端や頬は、まだ涙に濡れている。
 
 「だからぁ。ルナって言ってるでしょ? なんか頼りないなぁ」

 頭の中には生意気な子供の声。

 「それにしてもショボい部屋ね」

 ルナは仰向あおむけのまま、ぐるりと頭を巡らせた。
 何それ、腹立つ。

 恐怖が先立って考えてなかったけど。
 そもそも、何故こんなチビが我が者顔で転がっているのか。
 保護してもらった分際で、家主たる私を差し置いて。

 「ひぃ」

 しかし、目が合うと情けない声が出てしまう。
 やっぱり小さい、怖いよおぉ!

 「あのね、あたしは」

 短い腕で「うんせ」と顔を拭い、ルナが何か言いかけた。
 やっぱりしゃくに触る。この表情。
 絶対に、自分で自分のことを可愛いと思っている。

 「ちゃんと聞いてんの?」

 ルナは険しい顔で、肌着に隠れた腕をふりふりする。
 ほう。構ってもらえないと機嫌を損ねると。

 笑わせる……!

 教えてやろうか。
 人類が皆、赤ちゃんが可愛く見えてるとは限らないってことを!

 口を開きかけたところで、ルナに先を越された。

 「ありがたく思いなさい。わざわざ来てあげたんだから。
 あんた、赤ちゃん欲しいんでしょ?」



 ──アンタ、アカチャンホシインデショ。



 どこの国の言葉だろう。

 アンタ、アカチャン。赤ちゃん。日本語……。
 肌がブワッと粟立った。

 「嬉しくて声も出ない?」

 ルナは、満足そうに指をしゃぶり始める。
 顳顬こめかみのあたりで、ブチッと音がした。
 
 「嬉しいワケがあるかあぁっ!
 あんたらのお陰で、私は未だに独りなんだよ!!」

 アレルギーが遂に爆発した。恐怖ではなく、怒りの方向へ影響するのは初めてだ。
 怒りをぶつけつつも、私は相変わらずルナと一定の距離を保っている。

 「げ。あたし、来る場所間違えちゃった感じ?」

 ルナの方は呑気なものである。

 「知るか!!」

 「まぁいいや。あんた、見たとこヒマそうだし。よろしく頼むわ」

 「断る!」

 私の悲壮な訴えに構うことなく、ルナは「うーん」と言いながら伸びをしている。
 短い体躯たいくでそれをしても、全くサマになっていない。ルナは続けた。

 「あ、でも試用期間あるから。三ヶ月ね。
 不合格にならないように、せいぜい頑張って」

 背筋に冷たいものが走った。

 今、ルナが言ったことって……。
 手元に目を落とす。美しい文字が並んでいる白い紙だ。

 【この子を預かってください。
 三ヶ月後、あなたに審判が下されます。】

 これが書かれた紙と、ルナが言ったこと。
 被っている──。
 
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