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第一章 九月の嵐

契約2

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 それ以前に、赤ちゃんが喋ること自体おかしい。
 ムキになって、つい相手をしてしまったけれど。

 「ねえ。あんた、ホントに大丈夫?」

 ルナは仰向あおむけのまま短い腕を持ち上げ、自分の頭をちょいちょいと触った。
 柔らかそうな細い髪が生えている。

 「大丈夫じゃない」

 必死で訴えようとするも、私が発した声はかすれていた。
 あり得ない。
 もしかして、この生物は赤ちゃんじゃなくて宇宙人なのか。
 または──。

 ドッキリとかか?

 ルナは、精巧にできた人形なんだ。
 誰かが遠隔で喋っているに違いない。
 反射的に部屋の四隅へ目を走らせた。
 カメラを仕込むとしたら何処だろう。
 いやだ、恥ずかしい、こんな汚い部屋。

 「何をキョロキョロしてるの?」

 そう言って、ルナはもぞもぞと身体をよじる。
 この一連の流れで、私はルナが人形ではあり得ないことを確信した。
 ドッキリではない。私、一般人。
 じゃあ、やっぱりルナは……。

 「さっきも言ったけど、お試し期間は三ヶ月。
 あたしを満足させるお世話ができたら合格よ」

 ルナは短い足を振り上げる。

 「ま、このままだと不合格だね」

 ルナは、今度は小さな指で鼻を堀り始めた。

 「不合格だと、あたし帰っちゃうから」

 とっとと、お帰りください!
 どこへ帰るか知らないけれど。

 「ねえ。今の話って、この紙と関係あるの?」



 【この子を預かってください。
 三ヶ月後、あなたに審判が下されます。】

 例の紙片を掲げてみせると、ルナの黒目がちな瞳が揺れる。

 「う、うん……」

 ルナは急にそわそわと頭を動かすと、くしゅっとくしゃみをした。
 本当に分かってるのか。

 「差出人も住所も書いてないけど、どこに連絡すりゃいいのよ」

 「えっ?」

 例の紙片をもう一度眺めてみる。裏返しても連絡先は記されていない。
 私は務めて冷静に宣言した。

 「あのね。私はベビー・アレルギーなの」

 「何なのよぅ。アレルギーって」

 ルナが不服そうに口をすぼめる。

 「赤ちゃんが超苦手ってことよ」

 「げ。あんた、変わってんね」

 ルナは、べぇっと舌を出した。
 分かり易く説明してやったのに、何という不遜な態度だろう。

 「そういうワケだから。
 お試しも何もしませんので、お帰りください!」

 ビシィッ! と、指先を玄関に向ける。

 「あたし、歩けないんだけど」

 ルナは、ぴこぴこと交互に両足を動かし、至極当然のことを言った。
 ため息が出る。

 「送ってあげるから。家、どの辺なの?」

 厄介なことだが、ルナを家へ帰すのに協力してくれる人物に当てがないわけでもない。
 ルナは、再び短い腕を上げて頭を抱えた。

 「分かんなーい」
 
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