【完結】改稿版 ベビー・アレルギー

キツナ月。

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第三章 十一月の受難

不確かな関係2

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 誘拐事件がニュースになった当初から懸念はあった。
 
 【この子を預かってください。
 三ヶ月後、あなたに審判が下されます】

 不思議なメッセージに従うだけの状態は、誘拐とそう変わらないかも。
 あの時、漠然とそんなことを考えた。

 それでも自分が誘拐をしていないことくらい自覚できる。
 ベビー・アレルギーの私が、わざわざそんな罪を犯す必要もない。
 ルナが、たまたま梨奈ちゃんによく似ているというだけだ。

 ただ、世間や警察がそれを信じてくれるかどうかは別問題である。

 ここにいるのはルナで、私は三ヶ月の試用期間の真っ最中。
 紛れもない事実だ。

 しかし、私にはそれを他人に証明するすべがない。

 あの不思議なメッセージがしたためられた一片の紙。
 それだけでは確かな証明とは言い難い。



 私とルナの間には、こんな不確かな繋がりしかないのだ。



 「パパに会いたいなぁ」

 乳母車のカゴに収まって毛布を被り、鼻先をやや赤くしたルナが呟いた。
 私の歩く速度は自然と緩む。

 「そういえば来なかったわね」

 本当はとっくに気づいている。
 佐山は昨日、来なかった。
 今日もまだ……。

 佐山にだって都合はあるだろう。
 仕事が忙しいのかもしれない。
 理由は、いくらでも作れるけど。

 昨日からずっと、気づけば壁を眺めている。
 部屋と部屋とを仕切る壁。



 ──明日も、お邪魔しますので。



 口約束は、吹けば消えてしまうくらいもろい。
 私のためではなく、ピーコのために決めたこと。

 なんで来ないの。
 なんて、私が問い詰める権利はない。

 私と佐山の関係もまた、吹けば消えるほど不確かだ。

 佐山はニュースを観ただろうか。
 梨奈ちゃんの写真を目にしただろうか。

 彼は、目の前にある事実をそのまま受け取る。
 言い様のない不安が喉まで迫り上がった。
 
 ルナは梨奈ちゃんだ。
 佐山は、そう思ったのではないか。

 ふいに思考の波が途切れた。
 目の前の水溜まりに、街頭の光が弱々しく反射している。
 よく知った道が急に寂しく思われた。

 来てくれないから。
 だから、どんどん悪い方へ考えてしまう。

 乳母車を動かして水溜りを避ける。
 大人しくカゴの中に収まっているルナを見やり、私は再び歩き出した。

 ──ちょっと似すぎじゃない?

 ただ似てるだけ。
 そう答えることもできる。

 でも、ルナを見かけた誰かが、そのまま警察に通報してしまうことだって有り得る。
 顔写真が公開されるということは、そういうことだ。

 逃げたくなる。
 今にも、この薄暗がりから手が伸びて来そうで。

 首元が心許ない。
 私が誘拐した訳じゃないのに。
 もし、通報されたら──。



 遠い親戚の子なんです……駄目だ。
 私が産んだ子です……駄目だ。

 どちらも、ちょっと調べれば分かってしまう。

 本当のことを言おうか。
 でも言ったところで誰が信じるだろう。
 狂った女だと判断されて病院に送られるのがオチではないか。

 さっきから、考えれば考えるほど救いがない。
 少しでも警察の目に触れた時点でアウトだ。


 「くしゅっ」

 ルナがくしゃみをした。
 確かに冷えるな。
 早く帰らなきゃ。

 梨奈ちゃんに関するニュースは、勿論ルナにも伝えてある。
 公開された写真も見せた。しかし。

 「全然似てない。あたしの方がカワイイ」
 
 などと呑気に言うだけだ。
 自分に関わることなのに。
 所詮はベビーで、事の重大さを分かっていないらしい。

 私だけが悩んでる。
 私だけが焦ってる。

 鼻の奥がツンとした。
 自宅までの道のりが、今日は遠い。
 暗くなったら急に景色が変わった気がして。
 こんなに足を動かしても部屋に辿り着ける気がしない。

 人恋しい。
 いい大人が。

 自嘲して、鼻から息を吐いた時。
 背後で微かに音がした。

 誰かが歩いている……?
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