6 / 23
小さな変化
しおりを挟むパンの作り方を習い、街の施設を周り、野菜を育てる。毎日が忙しく過ぎて行きます。
今がものすごく楽しい。
生まれてからずっと、城から出た事がなかったのに、今は自由に街へ出かけられる。
本当は、一国の王妃が頻繁に街に出る事は良くないのかもしれません。シルビアにも、護衛の人達にも迷惑をかけているのは自覚しています。
私のわがままに付き合わせてしまってごめんなさい。
「パンの味が変わったか?」
朝食をとりながら、ビンセント様がそう言った。
「美味しくありませんでしたか?」
今日のパンは、私が焼いたものでした。
パン作りを習い始めて1ヶ月が経ち、料理長が初めて認めてくれたのが嬉しくて、ビンセント様にお出ししてしまいました。
やっぱり、美味しくなかったのでしょうか……
「いや……なんだか、優しい味だな。」
優しい味? それは、褒めてくれているのでしょうか?
ビンセント様に褒められたのが嬉しくて、顔がにやけてしまう。
「何をニヤついているんだ? 気色悪い。」
き、気色悪い!?
「パンを褒めていただいたので、嬉しかったんです!」
気色悪いなんて、ビモードでも言われた事ない! (違う悪口は散々言われましたけど……)
「このパンは、君が作ったのか?」
「はい。
勝手にお出ししてしまい、申し訳ありませんでした。次からは、料理長が焼いたパンをお出しします。」
初めて美味しく出来たから、ビンセント様にも食べていただきたかった。目的は果たせたので、問題はありません。
「このままでいい。」
「……え? このままで、とは?」
「君が焼いたパンでいいと言っている。
それにしても、色々やっているとは思っていたが、パンまで焼いていたとはな。すごい行動力だな。」
行動力なんて、ビモードにいた時には全くなかった。私が何かすることは、王妃様やエレノアやジェイソンが許してくれませんでした。まさに籠の鳥。こっそり本を読んだり勉強するのが精一杯で、やりたい事をやるなんて考えが全くなかった。
「色々な事が出来るのは、陛下が自由にさせてくださっているからです。私は今、すごく幸せなんです!」
満面の笑顔を浮かべるセリーナ。ビンセント王は、初めて妻の顔を真っ直ぐ見ていた。
ただのお飾りだったはずのセリーナから、目が離せなくなっていた。
「……無理はするな。」
今……無理はするなって言いました?
ビンセント様は、私を心配してくださっているのでしょうか?
そんなはずありませんね。私はただのお飾り王妃なのですから。
その日から買ったパンではなく、自分で焼いたパンを配り始めました。
皆さんが美味しいって言ってくれるのが嬉しくて、いくらでも頑張れそうな気がします。
「いつもありがとうございます。今日のパンは、一段と美味しいです!」
「私にはこんな事位しか出来ませんが、皆さんが笑顔になってくれるのが、すごく嬉しいです。」
「こんな事ではありません。王妃様が毎日、私達の為に頑張ってくださっていることを存じております!」
あれ……?
「あの……私が王妃だと、気づいていたんですか?」
気づかれないように平民の服を着て、護衛の方達には離れてもらっていたのに……
「私達の為にここまでしてくださる方はいませんでした。王妃様がこの国に嫁いでいらしてから、セリーナ様が現れたのですから、バレバレでしたよ。」
そこまで考えていませんでした……
「気づかれていないと思っていたので、バレバレだったなんて恥ずかしいですね……」
「私共は国王様と王妃様に感謝しております。この国の民で、本当に良かった!」
それを聞いたら、ビンセント様がお喜びになりますね。私も、この国の王妃で良かったと思っています。
私には手の届く範囲……この城下にある街くらいまでしか行くことが出来ないけど、街の皆さんの話によると、今地方に住んでる人達は仕事があったり、畑を持っていたりして、苦しい暮らしを強いられてはいないようです。
その理由は、ビンセント様が平民の税を極力安くして、貴族から高い税を取っているからだそうです。仕事も土地も畑も持たない民は、こうして城下の街に来て仕事を探さなければならないということのようです。
その頃、ビモード王国にもセリーナ王妃の噂が流れ始めていた。
「セリーナ様が、デリター王国の民に愛されているという話を聞いたか!?」
「やはり、ローズ様の忘れ形見だな。」
「それに比べて、この国の王子も王女も王妃でさえどうしようもないな。」
「おい! 誰かに聞かれたら大変だぞ!?」
「かまうものか! この国の国王は、あの王妃の言いなりだぞ!? こんな国に、未来なんかない!」
セリーナの噂は瞬く間にビモードに広がり、王城にも噂が流れていた。
64
あなたにおすすめの小説
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?
ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」
「はあ……なるほどね」
伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。
彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。
アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。
ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。
ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる