〖完結〗あなたに愛されることは望みません。

藍川みいな

文字の大きさ
17 / 26

17、覚悟

しおりを挟む


 アビーが使用人を連れ出すと、ベッドから起き上がり客室を出る。そして警戒しながら、父の書斎へ行く。
 母が殺された後、父を破滅させようと何度も思った。もちろん、行動もした。けれど、私は邸に近付くことさえ出来なかった。
 あの時、絶望などせずにすぐに行動していたらと、何度も後悔をした。だからもう、後悔はしたくない。

 書斎のドアには、鍵がかかっていた。これは、私が邸を追い出される前からだ。父は誰も信用していない。離れに追いやられた時、鍵を開ける練習をした。どんな鍵でも開けられるわけではないけれど、貴族の邸に使われている鍵は限られていて、鍵の種類さえ把握していれば、そんなに難しいことではなかった。
 持って来た道具で素早く鍵を開けて中に入る。
 
 一番先に調べるのは机の引き出しの中。
 鍵をかけていないところをみると、この中には重要な物はなさそうだ。
 棚の引き出しも全て見たけれど、何も見つからない。書斎に鍵をかけて誰も入らせなかったことと、几帳面で慎重な性格だから、絶対に何かしらあると思ったのだけれど、何もないことに焦り始める。

 几帳面……そう考えると、本棚に違和感を感じた。
 本棚にはびっしりと本が置かれていて、種類別に並んでいる。でも、一箇所だけ種類が異なる本が間に挟まれている場所があった。
 その本を手に取り、開いてみる……

 背表紙は、他国の語学書と書かれている。けれど中身は、今までの悪事が事細かに記されていた。
 何年何月何日に、○○が○○をした……など。書かれている内容は、いつ誰が何をしたか。
 前国王様と前王妃様の毒殺や、母のことまで記されていた。実行した者の名には、バツ印がつけられているものもある。つまり、その印がついている者は、もうこの世にはいないということだろう。
 この本には、父の名は記されていない。けれど、父の命令でなければ、これほど詳細に書けるはずがない。ほとんどが揉み消されていて、罪が明らかになっていないものばかりだ。
 ここに書かれている人達を問い詰めれば、父の罪を証言してくれるだろう。彼らの罪の証拠は、この中にある。
 果たしてこの中の何人が、父に本物の忠誠を誓っているのか。恐怖で支配して来た父を、守ろうとする人なんていないだろう。

 本を持ち、書斎を出て、急いで客室へと戻ってベッドに入る。
 しばらくすると、お茶を持ってアビーが入って来る。

 「ロゼッタ様、お目覚めですか? お身体の具合いはいかがでしょう?」

 アビーはわざとらしく大きな声でそう聞いて来た。使用人が廊下にいるという合図だろう。

  「……少し良くなったわ」

 そう言いながら、本をアビーに渡す。

 「アビー、あなたは先に戻って。私はまだ王宮に戻れないと、陛下に伝えてくれる?」

 廊下にいる使用人に聞こえるように、大きな声で話す。
 医者はもうすぐ来てしまう。私が身ごもっていないことが知られるのも、時間の問題だ。この証拠を無事にドリアード侯爵に届けられれば、私はどうなっても構わなかった。
 もちろん、アビーは猛反対した。けれど、私が言い出したら聞かないことを彼女は知っている。

 「かしこまりました」

 私の手を握りしめ、アビーは辛そうに顔を歪める。
 妊娠していないと分かれば、証拠を手に入れたことも気付かれるだろう。きっと私は、拷問される。

 「行って!」

 小声で、アビーに命じた。

 アビーは証拠の本を隠し、深々と私に頭を下げてから客室を出て行った。 
 彼女には、辛い役目をお願いしてしまった。
 アビー、ごめんね……

 アビーが無事に邸を出てしばらくすると、医者が到着した。
 結果はもちろん……

 「妊娠は、していないようです」

 申し訳なさそうに目を伏せながら、医者はそう言った。

 「な!? バカなことを言うな! 主治医が、妊娠していると言ったのだぞ!?」

 最初は、医者の診断を信じようとはしなかった。

 「……間違いございません」

 断言をする医者を見て、怒りの矛先が私へと向けられる。

 「お前……まさか、私を騙したのか!?」

 今更気付いても、もう遅い。
 アビーは今頃、王宮に到着してドリアード侯爵に証拠を渡しているだろう。
 騙されたとわかった父のあまりにも間抜けな顔に、思わず笑ってしまう。

 「ふふっ……お父様は、あれほど疑り深い方でしたのに、子を授かったと言っただけで私を信じたのですか? 私を信じるなんて、本当に浅はかです。引退した方が、良いのではありませんか?」

 お父様、あなたはもう終わりです。

 「だ、黙れ!!!」

 その瞬間、パシンっという乾いた音が響き渡った。
 左頬がジンジンする。父は私の頬を、力いっぱい叩いていた。

 「ロゼッタを地下に連れて行け!!」

 使用人達に腕を掴まれ、ベッドから引きずり下ろされる。
 その時、慌てたように足音をバタバタとさせて使用人が部屋に飛び込んで来た。

 「だ、旦那様! へ、陛下がお見えです!!」

 使用人は真っ青な顔で、そう告げた。
 どうして、アンディ様が??

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

【完結】その約束は果たされる事はなく

かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。 森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。 私は貴方を愛してしまいました。 貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって… 貴方を諦めることは出来そうもありません。 …さようなら… ------- ※ハッピーエンドではありません ※3話完結となります ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

処理中です...