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18、世界一の幸せ者
しおりを挟む「国王が来たから、何だと言うのだ!?」
慌てた様子の使用人を、睨みながらそう聞く。
この人は、自分が国王よりも偉いと思っているのだから、当然の反応だ。
アンディ様は、なぜこの邸に来たのだろうか。
ドリアード侯爵が証拠を受け取ってアンディ様に渡したのだとしても、到着が早すぎる。
「陛下は、軍を率いて来ました!」
「何!?」
それを聞いた父の顔色が変わった。
アンディ様は、父を捕まえに来たのだろう。
早かったのは、ドリアード侯爵から証拠が手に入ると聞いていたからかもしれない。
ようやく、アンディ様が本物の国王になれる。
「ロゼッターッ!! ロゼッターーーッ!!!」
なぜか、アンディ様が私の名を呼んでいる。
これは、幻聴? アンディ様に名前を呼んで欲しいと、ずっとずっと思っていたから幻聴が聞こえているの?
開け放たれたドアの隙間から、アンディ様の姿が見えた。彼の瞳にも、私が映し出されている。
ほんの一瞬なのに、まるで時が止まったかのように、私達はお互いを見つめていた。
両腕を使用人に掴まれて引きずられそうになっている姿を、彼に見られたくはなかった……。
そして彼は真っ直ぐ私に近付いて、私の腕を掴んでいた使用人達を引き離した。
「無事か!?」
次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。
何が起きているのか理解出来ないまま、固まってしまう。
あんなに触れたいと思っていたアンディ様に、私は今抱きしめられている……の?
「……アンディ……様?」
思わず、名前で呼んでしまった。
彼が私を心配してくれて、抱きしめてくれていることが信じられなくて、これは夢なのではと思えて来る。
「陛下! これは、どういうことですか!? 私の邸に、兵を連れて来たのですか!?」
父の声で、現実なのだと実感する。
そして数人の兵が、部屋の中に入って来た。
「ブルーク公爵、あなたを邸に軟禁します。邸は包囲しました。この邸から、一歩も外には出しません。理由は、あなたが一番分かっているはずです」
アンディ様は私を抱きしめた腕を緩めることなく、父にそう告げた。
「ふざけるな!! 私に逆らえばどうなるか分かっているのか!?」
「黙れ! いつまでも私がお前の操り人形でいると、本気で思っていたのか? お前にとって、娘も道具だというのか……」
アンディ様は腕を緩め、私の顔を切なげな目で見つめながら赤く腫れ上がった頬に優しく触れる。
彼の目は、幼い頃に出会ったあの時と一緒だった。
「まさか、ロゼッタに惚れているのか!? これは愉快だ! 何の役にも立たないと思っていた娘が、国王の心を奪っていたとはな。私はロゼッタの父だ。私を断罪するというなら、ロゼッタも断罪しなければならないということだ。その覚悟が、陛下におありですか?」
理由は分からないけれど、アンディ様が私の顔を真っ直ぐに見つめてくださった。私はそれだけで、世界一の幸せ者だ。
頬に触れている彼の手に触れ、ゆっくりとその手を頬から離す。そして、彼の目を見つめて微笑む。そのまま、彼から離れた。
「お父様、もうおやめ下さい。お父様の犯して来た罪は、全て明らかになるでしょう。あなたのことを父だと思ったことはありませんが、私があなたの娘であることは変えようのない事実。あなたを地獄送りに出来るなら、私も共に地獄へ行きます。一番近くで、あなたの破滅を見届けて差し上げます」
父は間違っている。
アンディ様が、私を愛しているはずがない。
「ロゼッタ、お前……育ててやった恩を忘れたのか!?」
恩など、あるはずがない。
「お前のような者が、彼女の名を口にするな。お前が彼女に何をして来たか、全て知っている。心配するな。ロゼッタは、私が必ず守る」
私の手を取り、怒りの含んだ声でそう言った。
彼は、幼い時に出会った少女が私だと気付いているようだ。それだけでなく、全てを知っている……。
彼に手を引かれ、部屋から連れ出させる。連れられるまま、邸の外に出た。
「陛下、お待ちください!」
外に出たところで、アンディ様を呼び止める。
足を止めてくれたと思った瞬間、振り返った彼に力いっぱい抱きしめられていた。
「君が公爵に会いに行ったと聞き、心臓が止まるかと思った。あまり、無茶をしないでくれ。どれほど心配したと思っているのだ……」
今にも泣きそうなほど掠れた声で、アンディ様はそう言った。
これは、現実? まるでアンディ様が、私を愛しているみたいに思える。
「陛下……? どうされたのですか? 私は、憎い仇の娘です。このようなことは、おやめ下さい」
このようなことをされては、アンディ様の側に居たいと思ってしまう。
私は、大罪人の娘。彼の側に居ていい人間ではない。
「デイモンに全て聞いた。私の為にしてくれていたことも。それなのに私は、何も知らずに君を傷付けて来た。今度は、私の番だ。君を守る為なら、何だってする」
アンディ様……私は、本当に幸せ者です。
けれど私は、彼に愛されることを望んでいない。
私が彼の重荷になるなんて、耐えられない。それを伝えたところで、彼は納得してくれないだろう。
全てが終わったら、私から身を引こう。
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