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14.All I need is you
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リックは、不機嫌だった。
そして、不愉快だった。
それは、リヴィングストン伯爵に対する不満ではなく、レティシアに対する不満だった。
昨夜遅く、ウッドフィールドに無事着いた。
そして、暗殺者にあやうく殺されそうになったリックのことを心配して、瞳に涙を浮かべるレティシアのことを、心から愛しく思った。
昨夜は、仕方ないとしよう。
あんな事件のあった後だったし、ウッドフィールドへ到着したのも遅かった。
リックも、正直、蹴られた腹がひどく痛んでいた。
だから、リック、ハリー、レティシア、それぞれにあてがわれた、使用人の部屋で大人しく休んだ。
手厚くねぎらわれ、与えられた部屋は、地下でもなく、屋根裏でもなく、更には、たっぷりの温かな食事と、真新しい寝心地のいいベッドが用意され、文句のつけようがなかった。
そして、一晩ゆっくり休んで、リックは、今朝からようやくレティシアと落ち着いて過ごせると、期待していた。
もしかしたら、朝、起こしに来てもらえるかもしれないと、心待ちにしていた。
けれども、起こしに来るどころか、顔一つ見せに来なかった。
リヴィングストン伯爵の屋敷くらい壮大になると、男女の使用人の住まいとなる建物が、屋敷の両端に、隔たれてあったのだが、これは、リヴィングストン伯爵に限らず、使用人同士の恋愛をよしとしない、主人の意向だった。
風紀が乱れては困ると言う、主の考えがあった。
それで、十分に用意された朝食のあと、リックの方から、レティシアを探し歩くはめになった。
女中のひとりに、レティシアの部屋を見て来てもらったが、部屋にはいないということだった。
ウッドフィールドに着いても、アンヌが、レティシアをこき使っているのかと思ったが、そうではなかった。
本来、自分がいるべき場所に戻って来たアンヌは、いつもより威厳が増しているようにすら感じた。
アンヌは、レティシアの行き先を問うリックに、
「わたくしは、レティシアに休むよう伝えてあります。ここでは、わたくしの世話をする者が十分にいるので、あなたが忙しく働く必要はありません、と伝えてあります」
と、冷やかに言い放った。
もっと他に、優しい言いようはないのかと、リックは思ったが、反論する気にはならなかった。
そんなことよりも、レティシアを探す方が先決だった。
屋敷の内外をうろうろする、身分をわきまえない大柄な男に、使用人たちは、一様に奇異な眼を向けて、歓迎はしていなかったが、主人の甥が慕う御者、という微妙な立場のリックに、意見する者は誰もいなかった
リックはあちこち探し回って、ようやく、炊事場で、せっせと皿洗いをするレティシアを見つけた。
リックは、遠慮なく炊事場に入り込んだ。
他の女中たちの、明らかに迷惑だという顔を、無視して。
「何故、こんなところで皿洗いをしているんだ?」
「何故って・・・。仕事をしているだけですわ」
「あの女は、休んでていいって言ったんだろう?素直に休めよ」
「そうはいきませんわ。私は、ごやっかいになっているわけですから」
と、レティシアは、皿を洗う手を止めようとはしなかった。
「もっと、気楽に考えろよ。二、三日もすれば、ブリストンへ帰るんだ。休暇だと思えばいい」
「私は、あなたとは立場が違いますもの。リック、私、仕事中ですの。ちょっとそこをどいてくださる?」
と、取りつく島がない。
こういった具合で、手持無沙汰なリックが、時々、炊事場を覗きにいくものの、レティシアは、他の年若い女中に交じって、あれこれと忙しそうに働いていた。
今日は、ゆっくり今後のことを話しあおうとしていたのに、夕方になっても、一向にレティシアが休む気配は無く、苛立ったリックは、レティシアを半ば強引に炊事場から外へ、連れだした。
「リック、私、仕事がありますの」
レティシアは皿洗いで濡れた手を、エプロンで拭いながら言った。
「俺と話す時間より、皿洗いの方が大事なのか?」
レティシアは不満げだったが、リックはそれ以上に不満げだった。
「私を困らさないって、約束でしたのに」
「話がある」
「何でしょう?」
「俺と一緒に、ブリストンへ行くことを、あの女には、話したのか?」
「それは・・・、まだですわ」
「お前が話しにくいのなら、今から俺が話をつけてきてやる」
「リック、どうか、そんな乱暴なことはやめてください。昨日の今日ですもの。アンヌ様だって、お疲れだと思います」
「じゃあ、一体いつ話すんだ?」
「では・・・、明日」
「約束だぞ」
「わかりました」
レティシアは、ため息をついて、リックを避けるように、炊事場へ戻ろうとする。
リックは、そのレティシアの腕を掴んだ。
「待てよ」
「リック、何度も言いますけど、私、仕事中ですの」
レティシアは、本当に迷惑そうだった。
「今夜、お前の部屋へ行く」
「今夜?それは無理ですわ」
レティシアは、心底驚いたように眼を丸くした。
「何故だ?」
「リック、ここは、リヴィングストン伯爵のお屋敷ですのよ。街中のタヴァンとは、違います。アンヌ様に付いて来た私が、隠れてそんなことをすれば、示しがつかないですし、アンヌ様が恥をかくことになりますもの」
恥でも泥でもぶっかけてやれ、リックは内心そう思っていた。
奉公とは無縁のリックには、いまひとつそのあたりの認識がなかった。
「私、本当に忙しくしておりますの。もう行きますわね」
立ち去ろうとするレティシアの腕を掴んで、リックは引き寄せた。
「私が、困るようなことはしないっていう約束です」
リックは、むむっ、と不機嫌な表情のまま、つれない態度のレティシアを睨んだ。
「おやすみのキスだ」
「まだ、夕食前・・・」
「うるさい」
リックは、強引にレティシアの唇を塞いだ。
それは、当然、おやすみのキスなどという可愛いものでは、済まされなかった。
そして、不愉快だった。
それは、リヴィングストン伯爵に対する不満ではなく、レティシアに対する不満だった。
昨夜遅く、ウッドフィールドに無事着いた。
そして、暗殺者にあやうく殺されそうになったリックのことを心配して、瞳に涙を浮かべるレティシアのことを、心から愛しく思った。
昨夜は、仕方ないとしよう。
あんな事件のあった後だったし、ウッドフィールドへ到着したのも遅かった。
リックも、正直、蹴られた腹がひどく痛んでいた。
だから、リック、ハリー、レティシア、それぞれにあてがわれた、使用人の部屋で大人しく休んだ。
手厚くねぎらわれ、与えられた部屋は、地下でもなく、屋根裏でもなく、更には、たっぷりの温かな食事と、真新しい寝心地のいいベッドが用意され、文句のつけようがなかった。
そして、一晩ゆっくり休んで、リックは、今朝からようやくレティシアと落ち着いて過ごせると、期待していた。
もしかしたら、朝、起こしに来てもらえるかもしれないと、心待ちにしていた。
けれども、起こしに来るどころか、顔一つ見せに来なかった。
リヴィングストン伯爵の屋敷くらい壮大になると、男女の使用人の住まいとなる建物が、屋敷の両端に、隔たれてあったのだが、これは、リヴィングストン伯爵に限らず、使用人同士の恋愛をよしとしない、主人の意向だった。
風紀が乱れては困ると言う、主の考えがあった。
それで、十分に用意された朝食のあと、リックの方から、レティシアを探し歩くはめになった。
女中のひとりに、レティシアの部屋を見て来てもらったが、部屋にはいないということだった。
ウッドフィールドに着いても、アンヌが、レティシアをこき使っているのかと思ったが、そうではなかった。
本来、自分がいるべき場所に戻って来たアンヌは、いつもより威厳が増しているようにすら感じた。
アンヌは、レティシアの行き先を問うリックに、
「わたくしは、レティシアに休むよう伝えてあります。ここでは、わたくしの世話をする者が十分にいるので、あなたが忙しく働く必要はありません、と伝えてあります」
と、冷やかに言い放った。
もっと他に、優しい言いようはないのかと、リックは思ったが、反論する気にはならなかった。
そんなことよりも、レティシアを探す方が先決だった。
屋敷の内外をうろうろする、身分をわきまえない大柄な男に、使用人たちは、一様に奇異な眼を向けて、歓迎はしていなかったが、主人の甥が慕う御者、という微妙な立場のリックに、意見する者は誰もいなかった
リックはあちこち探し回って、ようやく、炊事場で、せっせと皿洗いをするレティシアを見つけた。
リックは、遠慮なく炊事場に入り込んだ。
他の女中たちの、明らかに迷惑だという顔を、無視して。
「何故、こんなところで皿洗いをしているんだ?」
「何故って・・・。仕事をしているだけですわ」
「あの女は、休んでていいって言ったんだろう?素直に休めよ」
「そうはいきませんわ。私は、ごやっかいになっているわけですから」
と、レティシアは、皿を洗う手を止めようとはしなかった。
「もっと、気楽に考えろよ。二、三日もすれば、ブリストンへ帰るんだ。休暇だと思えばいい」
「私は、あなたとは立場が違いますもの。リック、私、仕事中ですの。ちょっとそこをどいてくださる?」
と、取りつく島がない。
こういった具合で、手持無沙汰なリックが、時々、炊事場を覗きにいくものの、レティシアは、他の年若い女中に交じって、あれこれと忙しそうに働いていた。
今日は、ゆっくり今後のことを話しあおうとしていたのに、夕方になっても、一向にレティシアが休む気配は無く、苛立ったリックは、レティシアを半ば強引に炊事場から外へ、連れだした。
「リック、私、仕事がありますの」
レティシアは皿洗いで濡れた手を、エプロンで拭いながら言った。
「俺と話す時間より、皿洗いの方が大事なのか?」
レティシアは不満げだったが、リックはそれ以上に不満げだった。
「私を困らさないって、約束でしたのに」
「話がある」
「何でしょう?」
「俺と一緒に、ブリストンへ行くことを、あの女には、話したのか?」
「それは・・・、まだですわ」
「お前が話しにくいのなら、今から俺が話をつけてきてやる」
「リック、どうか、そんな乱暴なことはやめてください。昨日の今日ですもの。アンヌ様だって、お疲れだと思います」
「じゃあ、一体いつ話すんだ?」
「では・・・、明日」
「約束だぞ」
「わかりました」
レティシアは、ため息をついて、リックを避けるように、炊事場へ戻ろうとする。
リックは、そのレティシアの腕を掴んだ。
「待てよ」
「リック、何度も言いますけど、私、仕事中ですの」
レティシアは、本当に迷惑そうだった。
「今夜、お前の部屋へ行く」
「今夜?それは無理ですわ」
レティシアは、心底驚いたように眼を丸くした。
「何故だ?」
「リック、ここは、リヴィングストン伯爵のお屋敷ですのよ。街中のタヴァンとは、違います。アンヌ様に付いて来た私が、隠れてそんなことをすれば、示しがつかないですし、アンヌ様が恥をかくことになりますもの」
恥でも泥でもぶっかけてやれ、リックは内心そう思っていた。
奉公とは無縁のリックには、いまひとつそのあたりの認識がなかった。
「私、本当に忙しくしておりますの。もう行きますわね」
立ち去ろうとするレティシアの腕を掴んで、リックは引き寄せた。
「私が、困るようなことはしないっていう約束です」
リックは、むむっ、と不機嫌な表情のまま、つれない態度のレティシアを睨んだ。
「おやすみのキスだ」
「まだ、夕食前・・・」
「うるさい」
リックは、強引にレティシアの唇を塞いだ。
それは、当然、おやすみのキスなどという可愛いものでは、済まされなかった。
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