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19.王妃の恋
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冬宮殿と称される、セヴェロリンスクの王宮に、壁に繊細な金の細工と名画の数々が並び、素晴らしい彫刻と、天井には、天使たちの天井画、それに、煌めく輝きを放つシャンデリアが備えられて、床から調度品から、部屋の隅々まで一際、優美にしつらえられた部屋があった。
そして、春のように温かく保たれたその部屋には、この寒い時期、一体どこから運ばれて来るのか、数百本に及ぶ百合の花々が飾られ、萎れるかと思えば、蕾をつけた新鮮なものがただちに用意され、新たに飾られて、気高く匂い咲き誇っていた。
アンヌとエマが、ボリシャコフ伯爵の屋敷で、落ち合っていた同日、その、誰しも驚嘆するほど、上品で優雅に作られた部屋の主、クリスティーヌは、天蓋付きのベットの上に伏せったままだった。
もう昼を迎えようとするのに、ベッドのカーテンも、窓のカーテンも閉じたままで、部屋の中は薄暗く、陰気だった。
時折、クリスティーヌの涙をこらえる嗚咽が、ベッドの外にまで漏れ聞こえて、少し離れた場所に侍る女官も侍女も、成す術がなく、顔を見合わせた。
「クリスティーヌ様・・・」
「向こうへ行って」
カーテンの向こうに伏せるクリスティーヌに、トルスタヤ女官長が声をかけたものの、即座に拒まれた。
クリスティーヌが、セヴェロリンスクの王宮へ来てからと言うもの、度々、このようなことがあり、女官も侍女たちも手づまりだった。
クリスティーヌは、突如、誰とも共有することのできない哀しみに襲われて、もうこのまま消えてしまいたいと思うのだった。
クリスティーヌは、孤独だった。
お父様も、お母様も、妹のアンヌも、誰ひとりとして味方などいないのだと、孤独を噛みしめていた。
例え、今、この場で自らを憐れんで、自害したとしても、誰ひとり哀しむ者などいないのだと思えば、このままここで朽ち果てたとしても、後悔はなかった。
今、ベッドを囲むカーテンの向こうで、気をもむ女官や侍女たちも、結局のところ、わたくしを心配している者など、ひとりもいない。
わたくしに何かあれば、アレクセイ国王の怒りを買うから、その怒りを恐れているから、気を揉んでいるにすぎない。
クリスティーヌは、そう思っていた。
ジャン王に嫁いだことも、アルカンスィエルの陥落も、そして、クリスティーヌがこの王宮に連れて来られたことも、全て、ラングラン公爵の策略だったと、セヴェロリンスクへ向かう道中、母、フランセットから教えられた。
アレクセイ国王は、ユースティティアの領土を奪って、ラングラン公爵に譲り、その見返りに、クリスティーヌは差し出されたのだと。
その衝撃に、クリスティーヌは激しく動揺した。
あまりに残酷な策謀に、呼吸ができずに苦しくなるほどだった。
一体、その利己的な欲望のために、いったいどれほどの尊い命が失われたのか。
捕えられたユースティティアの地から、このグラディウスの王都セヴェロリンスクまで、軍隊と共にアレクセイ国王自らが、クリスティーヌを運んだ。
決して、クリスティーヌの身に間違いがあってはならないとでもいうように、手厚く護衛されて。
クリスティーヌはそのことを、アレクセイ国王にとって、自分は、何か重大な外交手段なのだと、何か大きな利用価値があるのだと、理解した。
今度は、どのように、わたくしを利用するおつもりですの、国王陛下?
新たな涙が、頬を伝った。
父、ラングラン公爵の残虐性は、知っていた。
幼い頃から、その人格を目の当たりにしてきた。
ミラージュと言う、闇の組織の存在も。
アンヌほど、その組織に深くかかわっているわけではなかったが、ラングラン公爵が、暗躍する地下組織の黒幕であることは、折々、耳に入った。
だから、今回のこの一件に、深く傷つきながらも、心のどこかで、お父様なら、やりかねないと思った。
けれども、アレクセイ国王は、何故、そのような父の陰謀に加担したのか。
フランセットから、経緯を知らされても尚、奪ったユースティティア領土を、ラングラン公爵に譲り渡し、クリスティーヌを手に入れようとするのか、その動機がわからなかった。
フランセットは、アレクセイ国王が、クリスティーヌを切望した、と告げた。
そうまでして、このわたくしにどのような価値があるというの。
一度も、そう・・・、一度も、夫であるジャン王にさえ、望まれたことはないというのに。
クリスティーヌには、アレクセイ国王の動機が、見えなかった。
ユースティティアで捕えられた際、一度アレクセイ国王と顔を合わせた。
捕えられ、グラディウスの兵に囲まれて、馬車の中で青ざめて震えるクリスティーヌを、軍服に身を包んだアレクセイ国王は、小窓からほんの一瞬、覗きこんだ。
ジャン王は、捕えられて、殺されたと聞いた。
ジャン王は・・・、夫は、クリスティーヌと同じ馬車に乗ることを、拒んだ。
あのような、火急のときにさえ。
だから、その最期を見たわけではなかった。
そのせいなのか、クリスティーヌは、ジャン王が殺されたと聞いても、どこか人ごとのようですらあった。
そして、夫の死に対して、特別何の感情も覚えない自分自身に、驚きうろたえた。
自分が、冷酷な人間のように思えて、それもまたクリスティーヌを苦しめた。
グラディウスに向かう道中も、王宮に到着してからも、アレクセイ国王は、一度も、クリスティーヌに会いに来ようとはしなかった。
そして、何の伝言もなかった。
クリスティーヌは、この部屋は、牢屋なのだと思った。
逃がさないために閉じ込めて、必要な時が来たら、クリスティーヌの意思など関係なく、目的のために利用される。
豪華な、手の込んだ牢屋だこと。
クリスティーヌは、皮肉な笑みを浮かべた。
アレクセイ国王も、お父様と同じように、わたくしには心が存在しないとお考えなのね。
女は、美しい物に取り囲まれてさえいれば、満足なのだと、そうお考えなのね。
クリスティーヌの胸に、無念の思いがこみ上げてくるものの、結局、その怒りの矛先を、どこに向けることもできなかった。
クリスティーヌは四年前、まだジャン王に嫁ぐ前、一度、このセヴェロリンスクを訪れて、アレクセイ国王に会ったことがあった。
その頃は、グラディウスとユースティティアの関係も、険悪ではなく、両国の友好の交流として、ユースティティアの名門貴族であるラングラン一家が、セヴェロリンスクに招かれたものだった。
その時の、アレクセイ国王の印象は、決して悪いものではなかった。
事前に、女官から、アレクセイ国王のことを、伝えられていた。
その六年前、天然痘にかかって、醜く顔が崩れてしまったこと。
以来、すっかり気性が変わり、人を寄せ付けなくなってしまったこと。
言わば、そのあたり十分に配慮して、ご交流くださいとの、忠告に他ならなかった。
ラングラン一家を迎えての、王宮での盛大な晩餐会で、クリスティーヌは、初めて、アレクセイ国王に会った。
アレクセイ国王は、冷徹で、無慈悲な支配者と、世に知られていた。
けれども、クリスティーヌが眼にするアレクセイ国王は、そのようには映らなかった。
世間の評判と、眼の前の、アッシュブロンドの髪で顔の半分を隠すように覆う、顔を伏せがちで、どちらかと言えば痩身の当時三十二才の国王とでは、あまりにも差がありすぎた。
晩餐会の後、勧められて、アレクセイ国王と話す機会を得た際も、クリスティーヌの方を直接、見るようなことはしなかった。
視線を逸らし、ぽつぽつと呟くように、とりとめのない話をした。
まるで内気な少年のよう。
クリスティーヌは、決して見下した訳ではなく、十六歳も年上のアレクセイ国王を、本当に微笑ましく思った。
そのアレクセイ国王の瞳が、一瞬、輝いた瞬間があった。
それは、話の輪の中にいた、貴婦人たちの会話から、クリスティーヌが一際、声楽に秀でていると知られた時だった。
「歌が・・・、お好きなのですね」
アレクセイ国王は、青い瞳を輝かせて、クリスティーヌをまっすぐに見つめた。
澄んだ青空を思わせる爽やかな瞳に、一瞬、クリスティーヌの胸が、どきん、と打った。
十六歳という、歳若いクリスティーヌだったが、決して軽んじられることはなく、丁寧な、言葉遣いだった。
「はい、そうでございます。陛下もお好きでございますか?」
アレクセイ国王の顔が、明るく輝いた。
「もし・・・、もしもよかったら・・・・」
「はい?」
けれども、再び、アレクセイ国王は、顔を伏せた。
「いや・・・、いい」
小さくそう呟くと、アレクセイ国王は、席をたつまで、クリスティーヌの方を見ることはなかった。
アンヌからは、三度、手紙が届いた。
いずれの手紙にも、会って話をしたいと言う趣旨の内容が、したためられていた。
クリスティーヌは、全て拒否した。
わたくしに会って、今さら何を話そうと言うの、アンヌ。
ミラージュの・・・、所詮あなたも、お父様の言いなりでしょうに。
そういえば、と、涙で湿ったベッドから顔を上げて、クリスティーヌは、フランセットから聞かされた、ブロンディーヌという娘のことを思い出していた。
アンヌは今、どうしているのかという、クリスティーヌの問いかけに、アンヌは今、ブロンディーヌと一緒に、セヴェロリンスクに向かっているはず、と、フランセットが答えた。
ラングラン公爵は、長くそのブロンディーヌと言う娘にご執心なのだと、フランセットは、伏し眼がちに答えた。
フランセットが、夫であるラングラン公爵に何の意見もしないことは、ラングラン公爵家では、当然のことだった。
しないというよりも、できないという方が正しかったかもしれない。
けれども、夫が、妻である自分以外の年若い娘に心を奪われて、一体フランセットは、どのような心境なのだろうか、クリスティーヌは、そう思わずにはいられなかった。
ブロンディーヌ・・・。
クリスティーヌは、一度もその娘に会ったことはなかった。
その娘は、今、どのような胸の内なのだろう。
フランセットのように全てを諦めて、ラングラン公爵の元へ来ようとしているのだろうか。
それとも、わたくしのように、心を否定されて、連れて来られたのか。
クリスティーヌは、一度も会ったことないブロンディーヌに、自分の境遇を重ね合わせて、深い哀しみと同情を覚えた。
そして、春のように温かく保たれたその部屋には、この寒い時期、一体どこから運ばれて来るのか、数百本に及ぶ百合の花々が飾られ、萎れるかと思えば、蕾をつけた新鮮なものがただちに用意され、新たに飾られて、気高く匂い咲き誇っていた。
アンヌとエマが、ボリシャコフ伯爵の屋敷で、落ち合っていた同日、その、誰しも驚嘆するほど、上品で優雅に作られた部屋の主、クリスティーヌは、天蓋付きのベットの上に伏せったままだった。
もう昼を迎えようとするのに、ベッドのカーテンも、窓のカーテンも閉じたままで、部屋の中は薄暗く、陰気だった。
時折、クリスティーヌの涙をこらえる嗚咽が、ベッドの外にまで漏れ聞こえて、少し離れた場所に侍る女官も侍女も、成す術がなく、顔を見合わせた。
「クリスティーヌ様・・・」
「向こうへ行って」
カーテンの向こうに伏せるクリスティーヌに、トルスタヤ女官長が声をかけたものの、即座に拒まれた。
クリスティーヌが、セヴェロリンスクの王宮へ来てからと言うもの、度々、このようなことがあり、女官も侍女たちも手づまりだった。
クリスティーヌは、突如、誰とも共有することのできない哀しみに襲われて、もうこのまま消えてしまいたいと思うのだった。
クリスティーヌは、孤独だった。
お父様も、お母様も、妹のアンヌも、誰ひとりとして味方などいないのだと、孤独を噛みしめていた。
例え、今、この場で自らを憐れんで、自害したとしても、誰ひとり哀しむ者などいないのだと思えば、このままここで朽ち果てたとしても、後悔はなかった。
今、ベッドを囲むカーテンの向こうで、気をもむ女官や侍女たちも、結局のところ、わたくしを心配している者など、ひとりもいない。
わたくしに何かあれば、アレクセイ国王の怒りを買うから、その怒りを恐れているから、気を揉んでいるにすぎない。
クリスティーヌは、そう思っていた。
ジャン王に嫁いだことも、アルカンスィエルの陥落も、そして、クリスティーヌがこの王宮に連れて来られたことも、全て、ラングラン公爵の策略だったと、セヴェロリンスクへ向かう道中、母、フランセットから教えられた。
アレクセイ国王は、ユースティティアの領土を奪って、ラングラン公爵に譲り、その見返りに、クリスティーヌは差し出されたのだと。
その衝撃に、クリスティーヌは激しく動揺した。
あまりに残酷な策謀に、呼吸ができずに苦しくなるほどだった。
一体、その利己的な欲望のために、いったいどれほどの尊い命が失われたのか。
捕えられたユースティティアの地から、このグラディウスの王都セヴェロリンスクまで、軍隊と共にアレクセイ国王自らが、クリスティーヌを運んだ。
決して、クリスティーヌの身に間違いがあってはならないとでもいうように、手厚く護衛されて。
クリスティーヌはそのことを、アレクセイ国王にとって、自分は、何か重大な外交手段なのだと、何か大きな利用価値があるのだと、理解した。
今度は、どのように、わたくしを利用するおつもりですの、国王陛下?
新たな涙が、頬を伝った。
父、ラングラン公爵の残虐性は、知っていた。
幼い頃から、その人格を目の当たりにしてきた。
ミラージュと言う、闇の組織の存在も。
アンヌほど、その組織に深くかかわっているわけではなかったが、ラングラン公爵が、暗躍する地下組織の黒幕であることは、折々、耳に入った。
だから、今回のこの一件に、深く傷つきながらも、心のどこかで、お父様なら、やりかねないと思った。
けれども、アレクセイ国王は、何故、そのような父の陰謀に加担したのか。
フランセットから、経緯を知らされても尚、奪ったユースティティア領土を、ラングラン公爵に譲り渡し、クリスティーヌを手に入れようとするのか、その動機がわからなかった。
フランセットは、アレクセイ国王が、クリスティーヌを切望した、と告げた。
そうまでして、このわたくしにどのような価値があるというの。
一度も、そう・・・、一度も、夫であるジャン王にさえ、望まれたことはないというのに。
クリスティーヌには、アレクセイ国王の動機が、見えなかった。
ユースティティアで捕えられた際、一度アレクセイ国王と顔を合わせた。
捕えられ、グラディウスの兵に囲まれて、馬車の中で青ざめて震えるクリスティーヌを、軍服に身を包んだアレクセイ国王は、小窓からほんの一瞬、覗きこんだ。
ジャン王は、捕えられて、殺されたと聞いた。
ジャン王は・・・、夫は、クリスティーヌと同じ馬車に乗ることを、拒んだ。
あのような、火急のときにさえ。
だから、その最期を見たわけではなかった。
そのせいなのか、クリスティーヌは、ジャン王が殺されたと聞いても、どこか人ごとのようですらあった。
そして、夫の死に対して、特別何の感情も覚えない自分自身に、驚きうろたえた。
自分が、冷酷な人間のように思えて、それもまたクリスティーヌを苦しめた。
グラディウスに向かう道中も、王宮に到着してからも、アレクセイ国王は、一度も、クリスティーヌに会いに来ようとはしなかった。
そして、何の伝言もなかった。
クリスティーヌは、この部屋は、牢屋なのだと思った。
逃がさないために閉じ込めて、必要な時が来たら、クリスティーヌの意思など関係なく、目的のために利用される。
豪華な、手の込んだ牢屋だこと。
クリスティーヌは、皮肉な笑みを浮かべた。
アレクセイ国王も、お父様と同じように、わたくしには心が存在しないとお考えなのね。
女は、美しい物に取り囲まれてさえいれば、満足なのだと、そうお考えなのね。
クリスティーヌの胸に、無念の思いがこみ上げてくるものの、結局、その怒りの矛先を、どこに向けることもできなかった。
クリスティーヌは四年前、まだジャン王に嫁ぐ前、一度、このセヴェロリンスクを訪れて、アレクセイ国王に会ったことがあった。
その頃は、グラディウスとユースティティアの関係も、険悪ではなく、両国の友好の交流として、ユースティティアの名門貴族であるラングラン一家が、セヴェロリンスクに招かれたものだった。
その時の、アレクセイ国王の印象は、決して悪いものではなかった。
事前に、女官から、アレクセイ国王のことを、伝えられていた。
その六年前、天然痘にかかって、醜く顔が崩れてしまったこと。
以来、すっかり気性が変わり、人を寄せ付けなくなってしまったこと。
言わば、そのあたり十分に配慮して、ご交流くださいとの、忠告に他ならなかった。
ラングラン一家を迎えての、王宮での盛大な晩餐会で、クリスティーヌは、初めて、アレクセイ国王に会った。
アレクセイ国王は、冷徹で、無慈悲な支配者と、世に知られていた。
けれども、クリスティーヌが眼にするアレクセイ国王は、そのようには映らなかった。
世間の評判と、眼の前の、アッシュブロンドの髪で顔の半分を隠すように覆う、顔を伏せがちで、どちらかと言えば痩身の当時三十二才の国王とでは、あまりにも差がありすぎた。
晩餐会の後、勧められて、アレクセイ国王と話す機会を得た際も、クリスティーヌの方を直接、見るようなことはしなかった。
視線を逸らし、ぽつぽつと呟くように、とりとめのない話をした。
まるで内気な少年のよう。
クリスティーヌは、決して見下した訳ではなく、十六歳も年上のアレクセイ国王を、本当に微笑ましく思った。
そのアレクセイ国王の瞳が、一瞬、輝いた瞬間があった。
それは、話の輪の中にいた、貴婦人たちの会話から、クリスティーヌが一際、声楽に秀でていると知られた時だった。
「歌が・・・、お好きなのですね」
アレクセイ国王は、青い瞳を輝かせて、クリスティーヌをまっすぐに見つめた。
澄んだ青空を思わせる爽やかな瞳に、一瞬、クリスティーヌの胸が、どきん、と打った。
十六歳という、歳若いクリスティーヌだったが、決して軽んじられることはなく、丁寧な、言葉遣いだった。
「はい、そうでございます。陛下もお好きでございますか?」
アレクセイ国王の顔が、明るく輝いた。
「もし・・・、もしもよかったら・・・・」
「はい?」
けれども、再び、アレクセイ国王は、顔を伏せた。
「いや・・・、いい」
小さくそう呟くと、アレクセイ国王は、席をたつまで、クリスティーヌの方を見ることはなかった。
アンヌからは、三度、手紙が届いた。
いずれの手紙にも、会って話をしたいと言う趣旨の内容が、したためられていた。
クリスティーヌは、全て拒否した。
わたくしに会って、今さら何を話そうと言うの、アンヌ。
ミラージュの・・・、所詮あなたも、お父様の言いなりでしょうに。
そういえば、と、涙で湿ったベッドから顔を上げて、クリスティーヌは、フランセットから聞かされた、ブロンディーヌという娘のことを思い出していた。
アンヌは今、どうしているのかという、クリスティーヌの問いかけに、アンヌは今、ブロンディーヌと一緒に、セヴェロリンスクに向かっているはず、と、フランセットが答えた。
ラングラン公爵は、長くそのブロンディーヌと言う娘にご執心なのだと、フランセットは、伏し眼がちに答えた。
フランセットが、夫であるラングラン公爵に何の意見もしないことは、ラングラン公爵家では、当然のことだった。
しないというよりも、できないという方が正しかったかもしれない。
けれども、夫が、妻である自分以外の年若い娘に心を奪われて、一体フランセットは、どのような心境なのだろうか、クリスティーヌは、そう思わずにはいられなかった。
ブロンディーヌ・・・。
クリスティーヌは、一度もその娘に会ったことはなかった。
その娘は、今、どのような胸の内なのだろう。
フランセットのように全てを諦めて、ラングラン公爵の元へ来ようとしているのだろうか。
それとも、わたくしのように、心を否定されて、連れて来られたのか。
クリスティーヌは、一度も会ったことないブロンディーヌに、自分の境遇を重ね合わせて、深い哀しみと同情を覚えた。
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