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21.新国王 フィリップ
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グラディウスの兵が、アルカンスィエルから敗走し、一夜明けた朝、サヴァティエ総司令官と、その息子エルネスト、ジュリアンを先頭にして、数名の指揮官と将校たちが、かつて、ユースティティアの栄華の証であった、そして、今は至る場所が無残に崩れ落ち、壁面には無数の銃痕が残る、ブロンピュール宮殿の前に立った。
サヴァティエ総司令官の命で、その一群の末尾に、フィリップも加わっていた。
純白の宮殿は、粉塵にまみれて薄汚れ、かつての栄光は、一かけらもなかった。
グラディウスの司令部となっていた、ブロンピュール宮殿には、グラディウスの旗がたなびき、グラディウスの兵士の遺体が、そのまま残されたが、それらは、昨夜の間に、撤去されていた。
風は冷たく頬を刺したが、ほとんど雲はなかった。
けれどもまだ、アルカンスィエルの街は、火薬のにおいが強く残り、煙っていた。
フィリップが、ブロンピュール宮殿を訪れるのは、初めてのことだった。
父が、兄が、かつて、この王宮に君臨していたという事実が、フィリップの脳裏に一瞬よぎったものの、それ以上の感慨は、なにも呼び起こさなかった。
そんなことよりも、フィリップの胸に去来するのは、昨夕、フィリップの腕の中で息を引き取った、セザールのことだった。
何故、セザールが亡くならなければならなかったのか。
婚約者との将来を夢見たセザールが、なぜ、あのように無残な死を遂げなくてはならなかったのか。
紙片に描かれた婚約者の頬を、愛しげに撫でてから逝ったセザールを思えば、胸が締め付けられるように苦しかった。
いや、セザールだけではない。
この戦いで亡くなっていった者にはみな、将来があったはずだ。
その将来を奪う権利が、一体誰にあったと言うのか。
もし、もしも・・・、いつかウッドフィールドで話したように、グラディウスの王が、本当にクリスティーヌ王妃を手に入れる目的のために、ユースティティアに手を出したのだとすれば、グラディウスのアレクセイ国王は・・・、何もわかってない、大馬鹿者だ!
そして、なにより自分も、なにひとつわかってはいなかった。
争うということ、戦うということ、国の為に、多くの命が、塵のように失われていくことが、どういうことかを、なにひとつ、わかってはいなかった。
お前も、大馬鹿者だ!
フィリップは、心の中で自分自身を罵った。
できることなら、ところ構わず、大声で叫びたかった。
そうしなければ、気がおかしくなってしまいそうだった。
サヴァティエ総司令官は、最後尾から、青白い頬のまま、一群についてくるフィリップの顔に、それとなく眼をやった。
ふん、若造め、昨日の戦闘が、かなり応えたとみえる。
それにしても・・・、よく生き残ったものだ。
どうやら、強運の持ち主では、あるようだ。
サヴァティエ総司令官は、フィリップの顔を見つめて、そう思った。
無残な姿のブロンピュール宮殿に足を踏み入れつつ、サヴァティエ総司令官は、リヴィングストン伯爵からの手紙の内容を、思い出していた。
手紙には、甥に当たるフィリップのことを、くれぐれもよろしく頼む、と。
そしていずれは、フィリップがユースティティアの王位につけるように、尽力してほしいと、記されてあった。
手紙を読んで、サヴァティエ総司令官は、一笑した。
血迷ったか、ロバート。
新しいユースティティアの指導者になるのは、このわしだ。
海千山千、老獪なサヴァティエ総司令官には、リヴィングストン伯爵の考えが手に取る様にわかった。
リヴィングストン伯爵は、フォルティスの国政に大きく関わっている。
そう遠くない将来、大臣、いや、あるいは、国のトップについてもおかしくない。
そして、イーオン。
イーオンでは、リヴィングストン伯爵の親戚が、フォルティスの協力を得て、グラディウスの圧政から逃れるために、奔走しているときく。
ここで、フィリップがユースティティアの王位につけば、フォルティス、ユースティティア、イーオンが協力して、グラディウスに対峙することが可能になる。
そして・・・、その協力関係の中核を担うのが、リヴィングストン伯爵。
その地位は、不動のものに、いや、それどころか、リヴィングストン伯爵は、とてつもない権力を手に入れることができる。
謀ったか、ロバート。
だが、わしは、譲らんぞ。
誰が考えても、わしが新たなユースティティアを作り上げるのが、筋だ。
サヴァティエ総司令官は、愛弟子からの手紙を、握りつぶした。
けれども・・・、それから数日も経たないうちに、サヴァティエ総司令官が、考えを改めずにはいられない事態が起きた。
サヴァティエ総司令官は、突如、喀血した。
幸い、誰にも見つかることはなかった。
けれども、喀血は、毎日、続いていた。
ユースティティアを再建し、人々を二度と路頭に迷わせることのない国へと導く自信はあった。
そのための知力も、気力も、体力も、培っていた・・・、はずだった。
だが・・・、考えてみれば、わしも、もう六十八。
もしも、道半ばで、わしが倒れるようなことがあれば、息子の、エルネストとジュリアンが、その後釜を狙うだろう。
サヴァティエ総司令官は、息子たちの性格を見抜いていた。
息子たちは、今は、権力と人望を束ねるサヴァティエ総司令官に、従順だった。
けれども、サヴァティエ総司令官になにかあれば、たちまち、本性を露呈して、その後釜を狙って、醜い争いを繰り広げるに違いなかった。
エルネストもジュリアンも、戦いの悲惨さも、残酷さも、本当のところ、何も分かってはいまい。
権力を手中に収めるために、今回のような悲惨な争いが、わしの亡きあと、今度は同国人同士で始まる・・・。
そう考えると、サヴァティエ総司令官は、暗澹たる思いになった。
二階へと上がる階段が、眼に入った。
手すりは、ところどころ崩れていたが、階上に上がるのには、問題なさそうだった。
サヴァティエ総司令官は、階段を上った。
他の者たちも、そのあとに続く。
サヴァティエ総司令官の心中を察する者は、誰もなかった。
サヴァティエ総司令官が、新たなユースティティアの指導者となることを、その場にいる誰もが、信じて疑わなかった。
今、サヴァティエ総司令官の目指す部屋は、ブロンピュール宮殿の玉座の間だった。
アルカンスィエルを占領するグラディウス軍が、このブロンピュール宮殿に、軍の司令部を置いて戦いに臨んでいたせいだろう。
宮殿内の、机の上、床の上などいたる場所に、食べ物、瓶、紙片、あるいは毛布などが乱雑に散らかってあって、攻撃を受けたグラディウス軍の混乱を、目の当たりにするようだった。
数々の砲弾を浴びたブロンピュール宮殿ではあったが、玉座の間までは、足元が途切れることなく、辿り着くことができた。
エルネストと、ジュリアンが、扉を開ける。
真正面に、玉座が飛び込んできた。
玉座の間の窓ガラスは割れ、破片が飛び散り、床に散らばっていた。
この玉座の間でも、兵士たちが寝起きしていたと見えて、空き瓶や、毛布が、床の上に散らかったままだった。
それは、ユースティティアの者にとって、屈辱以外の何物でもなかった。
けれども、一段高い場所にある玉座だけは、不思議と少しもその位置を変えることなく、その場に、据え置かれたままになっていた。
座る主のない、玉座だった。
塵にまみれた、深紅の玉座だった。
けれども、その玉座の持つ、誇り高い風格と威厳は、何者にも犯しがたい神聖さを漂わせていた。
一群の最後方から、玉座を見つめるフィリップも、見えない圧倒的な力をじわりと感じ取っていた。
「さあ・・・、父上、あちらへ」
エルネストが、玉座を半ば睨むようにして動かない、サヴァティエ総司令官を促した。
サヴァティエ総司令官は、しばし、玉座を睨んだ。
あとどのくらい生きられるのか。
このわしが、どのくらい、導いてやれるのか。
サヴァティエ総司令官は、振り返った。
「いや・・・、わしではない」
一同を前にして、サヴァイエ総司令官は、フィリップの青い瞳を、まっすぐに捕え、
「あの玉座に座るのは、わしではない。君だ」
そう告げた。
サヴァティエ総司令官の命で、その一群の末尾に、フィリップも加わっていた。
純白の宮殿は、粉塵にまみれて薄汚れ、かつての栄光は、一かけらもなかった。
グラディウスの司令部となっていた、ブロンピュール宮殿には、グラディウスの旗がたなびき、グラディウスの兵士の遺体が、そのまま残されたが、それらは、昨夜の間に、撤去されていた。
風は冷たく頬を刺したが、ほとんど雲はなかった。
けれどもまだ、アルカンスィエルの街は、火薬のにおいが強く残り、煙っていた。
フィリップが、ブロンピュール宮殿を訪れるのは、初めてのことだった。
父が、兄が、かつて、この王宮に君臨していたという事実が、フィリップの脳裏に一瞬よぎったものの、それ以上の感慨は、なにも呼び起こさなかった。
そんなことよりも、フィリップの胸に去来するのは、昨夕、フィリップの腕の中で息を引き取った、セザールのことだった。
何故、セザールが亡くならなければならなかったのか。
婚約者との将来を夢見たセザールが、なぜ、あのように無残な死を遂げなくてはならなかったのか。
紙片に描かれた婚約者の頬を、愛しげに撫でてから逝ったセザールを思えば、胸が締め付けられるように苦しかった。
いや、セザールだけではない。
この戦いで亡くなっていった者にはみな、将来があったはずだ。
その将来を奪う権利が、一体誰にあったと言うのか。
もし、もしも・・・、いつかウッドフィールドで話したように、グラディウスの王が、本当にクリスティーヌ王妃を手に入れる目的のために、ユースティティアに手を出したのだとすれば、グラディウスのアレクセイ国王は・・・、何もわかってない、大馬鹿者だ!
そして、なにより自分も、なにひとつわかってはいなかった。
争うということ、戦うということ、国の為に、多くの命が、塵のように失われていくことが、どういうことかを、なにひとつ、わかってはいなかった。
お前も、大馬鹿者だ!
フィリップは、心の中で自分自身を罵った。
できることなら、ところ構わず、大声で叫びたかった。
そうしなければ、気がおかしくなってしまいそうだった。
サヴァティエ総司令官は、最後尾から、青白い頬のまま、一群についてくるフィリップの顔に、それとなく眼をやった。
ふん、若造め、昨日の戦闘が、かなり応えたとみえる。
それにしても・・・、よく生き残ったものだ。
どうやら、強運の持ち主では、あるようだ。
サヴァティエ総司令官は、フィリップの顔を見つめて、そう思った。
無残な姿のブロンピュール宮殿に足を踏み入れつつ、サヴァティエ総司令官は、リヴィングストン伯爵からの手紙の内容を、思い出していた。
手紙には、甥に当たるフィリップのことを、くれぐれもよろしく頼む、と。
そしていずれは、フィリップがユースティティアの王位につけるように、尽力してほしいと、記されてあった。
手紙を読んで、サヴァティエ総司令官は、一笑した。
血迷ったか、ロバート。
新しいユースティティアの指導者になるのは、このわしだ。
海千山千、老獪なサヴァティエ総司令官には、リヴィングストン伯爵の考えが手に取る様にわかった。
リヴィングストン伯爵は、フォルティスの国政に大きく関わっている。
そう遠くない将来、大臣、いや、あるいは、国のトップについてもおかしくない。
そして、イーオン。
イーオンでは、リヴィングストン伯爵の親戚が、フォルティスの協力を得て、グラディウスの圧政から逃れるために、奔走しているときく。
ここで、フィリップがユースティティアの王位につけば、フォルティス、ユースティティア、イーオンが協力して、グラディウスに対峙することが可能になる。
そして・・・、その協力関係の中核を担うのが、リヴィングストン伯爵。
その地位は、不動のものに、いや、それどころか、リヴィングストン伯爵は、とてつもない権力を手に入れることができる。
謀ったか、ロバート。
だが、わしは、譲らんぞ。
誰が考えても、わしが新たなユースティティアを作り上げるのが、筋だ。
サヴァティエ総司令官は、愛弟子からの手紙を、握りつぶした。
けれども・・・、それから数日も経たないうちに、サヴァティエ総司令官が、考えを改めずにはいられない事態が起きた。
サヴァティエ総司令官は、突如、喀血した。
幸い、誰にも見つかることはなかった。
けれども、喀血は、毎日、続いていた。
ユースティティアを再建し、人々を二度と路頭に迷わせることのない国へと導く自信はあった。
そのための知力も、気力も、体力も、培っていた・・・、はずだった。
だが・・・、考えてみれば、わしも、もう六十八。
もしも、道半ばで、わしが倒れるようなことがあれば、息子の、エルネストとジュリアンが、その後釜を狙うだろう。
サヴァティエ総司令官は、息子たちの性格を見抜いていた。
息子たちは、今は、権力と人望を束ねるサヴァティエ総司令官に、従順だった。
けれども、サヴァティエ総司令官になにかあれば、たちまち、本性を露呈して、その後釜を狙って、醜い争いを繰り広げるに違いなかった。
エルネストもジュリアンも、戦いの悲惨さも、残酷さも、本当のところ、何も分かってはいまい。
権力を手中に収めるために、今回のような悲惨な争いが、わしの亡きあと、今度は同国人同士で始まる・・・。
そう考えると、サヴァティエ総司令官は、暗澹たる思いになった。
二階へと上がる階段が、眼に入った。
手すりは、ところどころ崩れていたが、階上に上がるのには、問題なさそうだった。
サヴァティエ総司令官は、階段を上った。
他の者たちも、そのあとに続く。
サヴァティエ総司令官の心中を察する者は、誰もなかった。
サヴァティエ総司令官が、新たなユースティティアの指導者となることを、その場にいる誰もが、信じて疑わなかった。
今、サヴァティエ総司令官の目指す部屋は、ブロンピュール宮殿の玉座の間だった。
アルカンスィエルを占領するグラディウス軍が、このブロンピュール宮殿に、軍の司令部を置いて戦いに臨んでいたせいだろう。
宮殿内の、机の上、床の上などいたる場所に、食べ物、瓶、紙片、あるいは毛布などが乱雑に散らかってあって、攻撃を受けたグラディウス軍の混乱を、目の当たりにするようだった。
数々の砲弾を浴びたブロンピュール宮殿ではあったが、玉座の間までは、足元が途切れることなく、辿り着くことができた。
エルネストと、ジュリアンが、扉を開ける。
真正面に、玉座が飛び込んできた。
玉座の間の窓ガラスは割れ、破片が飛び散り、床に散らばっていた。
この玉座の間でも、兵士たちが寝起きしていたと見えて、空き瓶や、毛布が、床の上に散らかったままだった。
それは、ユースティティアの者にとって、屈辱以外の何物でもなかった。
けれども、一段高い場所にある玉座だけは、不思議と少しもその位置を変えることなく、その場に、据え置かれたままになっていた。
座る主のない、玉座だった。
塵にまみれた、深紅の玉座だった。
けれども、その玉座の持つ、誇り高い風格と威厳は、何者にも犯しがたい神聖さを漂わせていた。
一群の最後方から、玉座を見つめるフィリップも、見えない圧倒的な力をじわりと感じ取っていた。
「さあ・・・、父上、あちらへ」
エルネストが、玉座を半ば睨むようにして動かない、サヴァティエ総司令官を促した。
サヴァティエ総司令官は、しばし、玉座を睨んだ。
あとどのくらい生きられるのか。
このわしが、どのくらい、導いてやれるのか。
サヴァティエ総司令官は、振り返った。
「いや・・・、わしではない」
一同を前にして、サヴァイエ総司令官は、フィリップの青い瞳を、まっすぐに捕え、
「あの玉座に座るのは、わしではない。君だ」
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