騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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待機と判明

 ”魔女の森”の深い場所に潜む何かが、魔樹の種を持ち込んだ。
 その報は、一気に領内に広がった。
 恐らく、”魔女の森”に近い町や村の櫓では、半鐘を連打し、警戒を強めているはずだ。
 ”魔女の森”の最深部に棲息する魔物はレベル3。
 冒険者ギルドでは、あのグレートウルフですらレベル3に分類している。それを思うと、最深部は私なんかでは想像すらできない化け物の坩堝なのだろう。
 そんな化け物が種を運んだ。
 その魔物の種類。その魔物の行方。生存の有無も含めて確認できるまでは警戒を緩めることはできない。
 一般人は外出禁止だし、一攫千金で集まってきている低ランク冒険者たちも退避勧告が出ている。代わりに投入されるのは、Aランカーになる。もしかすると、幾度となく第2騎士団と共闘しているというボー副ギルド長も駆り出されているかもしれない。
 願わくば、魔物が”魔女の森”の奥へ戻ってくれているといいのだけど…。
 そんな不安を抱える第2騎士団駐屯地では、使用人たちが作業の手を止めて営舎1階の食堂に集まる。2号棟には7名の使用人。1号棟も同じ人数の使用人が避難している。
 使用人とはいえ獣人だ。
 騎士より弱いが、人族の一般人と比べるまでもない。普通に強い。
 さすがにレベル3や4の魔物を相手に戦えるほどではないけど、一矢報いるくらいは強いと思う。これが人族なら反撃すら叶わずあの世逝きだ。
 闘争心も違う。
 人族は息を潜めて危険が去るのを待つのに比べ、獣人の漲る戦意たるや。
 男性陣は剣や短槍を武器庫から持ち出し、「来るなら来い!」根性で窓の外を睨んでいる。女性陣であるマリアとナタリアも負けず劣らず、箒を握りしめて素振りを行う。
 みんなには恐怖心というものがないのか…。
 私もボーガンを借りているけど、ボーガンで倒せる魔物は小型種くらいだ。まぁ、ないよりマシかな程度の気休め武器である。なので、安全圏からちまちま矢を放つくらいしかできない。
 できれば来ないでほしい…根性だ。
「ところで…」
 ふん!と箒を一振りしたマリアが、「ダイナマイトツリーってなに?木?」と首を傾げる。
「マリウスがズタボロになったくらいだから、ただの植物じゃないんだろ?」
 ピーターも眉根を寄せつつ、柄の長いピールでとんとんと肩を叩いている。
 ピールとは舟を漕ぐパドルような形をしたパン焼きに使う道具で、窯の中のパンを、ピールを使って出し入れする。
 第1騎士団はカスティーロにあるので、すぐ近くのパン屋に委託している。
 第3騎士団は人数が人数なので、パン職人が雇われて、パンを焼く厨房が別にあるらしい。
 第2騎士団はピーターとペイビンが早朝と昼前に焼いている。朝は朝食用のパンだけを焼き、昼前には、夜の分も含めて大量に焼く。
 今はパンを焼く時間だ。
 薪のニオイとパンの焼ける香ばしい香りが、殺伐とした雰囲気の中和に励んでいる。
 この香りを嗅いで荒ぶれる人なんていないと思う。
 少なくとも私の心は落ち着く。
 カウンターに寄りかかり、一人すんすんと匂いを楽しんでいると、それに気が付いたナタリアが苦笑する。
「イヴはパンの焼ける香りが好きね」
「ここは肉が焼ける匂いが一番って奴が多いのにな」
 ピーターがからからと笑う。
「で、イヴは知ってるの?そのダイナマイトツリー」
 ナタリアの質問に、7名分の視線が集中する。
 どうやら全員ダイナマイトツリーを知らないらしい。
「魔樹の一種ですよ。魔樹は魔石を核として育った植物のことです。一夜にして芽吹いて、一週間で大木へと育つと図鑑で読んだことがあります。あくまで図鑑からの知識です。ハノンの冒険者ギルドでも魔樹を見たことがある人はいないので」
「一夜で芽吹いて一週間で大木…」
「魔石を核とするっていうのが既にアレだな…」
 ブロック・ファーガソンとジョシュ・キッカートが身震いする。
「それは魔石が種になるということか?」
 と、ナタリアの夫であるダヴォス・ノイだ。
「魔樹の生態は詳しく分かってないんです。魔樹には種らしき実は成るんですけど、そこから芽吹きを確認できてないらしくて。おそらく、種が魔石に取り込まれることで発芽するんじゃないかって言われてます。この時の魔石は自然石の方です」
 魔石について分かっていることは多くない。
 遠い昔、決まった種類の獣から出てくる石に興味を抱いた学者が研究を始め、”体内に石を保有している生き物を魔物、それ以外を獣”と定義づけた。けど、小型種は保有する魔石も微細なために、時を経て獣から魔物に分類される種もいる。
 今では魔力の有無で魔物と獣を分類しているけど、昔は魔力の研究が途上だったこともあり、魔石の有無で大雑把に分類されていたそうだ。当時、魔石という言葉もなく、”胃石の一種”と認識されていた。魔力研究が進み、石に魔力が帯びていると判明した後に”魔石”と命名されている。
 そんな魔物から採取される魔石の調査を進めると、他の魔石と一線を画す宝石化した魔石が発見された。
 トードブルーを筆頭とした希少魔石だ。
 研究が進むにつれ、魔石が動力源になることも分かった。そこからは魔石研究よりも魔道具研究に偉い人たちは傾倒する。
 そうして魔石研究が放置されていた時、偶然発見されたのが、魔鉱石とされる自然石だ。
 再び、魔石研究が脚光を浴びる。
 魔鉱石は鉱山で採れるような金銀宝石の鉱石とは違う。黒く、溶岩石のような軽量で多孔質な石だ。
 持ち帰ることが出来た魔鉱石は子供の手のひらサイズだったそうだが、地中にはもっと大きな魔鉱石があったはずだと言われている。
 そこから推測された魔鉱石の正体は、大量の魔物の死骸が堆積岩となり、自然発生的に魔石と化したものではないかとされる。
 大昔、沼地だった場所によく見られるらしいけど、それらがある場所は危険地帯が多いので調査が進んでいない。
 ”魔女の森”の最深部もそれに当たると
 現時点では魔鉱石はない。持ち帰ったとされる魔鉱石は、研究で削り尽くし、現存しない。
 証拠がないのだ。
 だけど、研究者たちは「存在する」と胸を張る。
 存在していたところで研究がなされないのだから、無いと同義だ。
 故に、現時点での魔石は魔物から採取できるものだけだとされる。
 解明以前に憶測でしか語れない。
 そんな実際にあるのかないのか曖昧な魔鉱石が、魔樹を発芽させると
 魔鉱石は其処彼処に存在しないので、そこですぐに発芽しては次に芽生える魔樹は窮屈すぎて育たない。種は魔鉱石の養分を取り込み、魔石種と化し、発芽条件を整えてから魔物や獣の毛について適度な場所に運んでもらう。
 というのは、魔物学者や植物学者、魔石研究家などのすごい肩書の人たちが出した仮説だ。
 何しろ、危険地帯で魔鉱石を探すことが困難な上、魔樹自体が危険で近づけない。さらには全ての魔樹は大木なので、学者たちの前に披露された時には輪切り状態なのだ。想像を膨らませるしかない。
 そう説明すれば、みんなしょっぱい顔つきになった。
「謎の多い魔樹ですが、危険なことは確かですよ。ダイナマイトツリーは、果実を破裂させることで、種を矢のように飛ばすんです。マリウスが死ななくて良かった、と思えるくらい危険です」
「え!?マリウス、死んじゃうところだったの!?」
 マリアが「ひっ」と悲鳴を上げる。
「伐採隊は大丈夫か?」
 ヴィック・タッカーがそわそわと窓の外へと目を向ける。
板金鎧プレートアーマーで出動してたな。馬を死なせるわけにはいかないから、完全防御で歩いて行くんだろう?」
「晩夏とはいえ、日中は暑いからなぁ」
「南部よりマシだろ?」
 ヴォレアナズ帝国は国土が広いので、北と南では全く様子が異なるらしい。
 帝都は中央部でも南部寄りに位置していて、冬でも殆ど雪が降らないのだとか。羨ましい。
「しかし甲冑で防げるのか?魔樹って言うくらいだ。見てくれは植物の魔物だろう?それも大木の、矢のように種を飛ばす」
 ダヴォスはそわそわと外を見ている。
 不安いっぱいの顔が、ジョシュの「大型盾スクトゥムを抱えてるのを見たぞ」の情報に安堵に染まる。
「さすがに盾を貫通しないわよね?」
 マリアの言葉に、ダヴォスの顔色が曇る。
「今日中に戻って来れるといいけど…」
 ぽつりと心配を口にし窓の外に視線を馳せると、誰かが正門の方向から駆けて来るのが見えた。
 ルタだ。
 ルタは1号棟ではなく、2号棟に飛び込んできた。
 汗だくで、肩で息をしつつ、「はっ…んめい…しま、した…!」と喘ぐ。
 ピーターが慌てて厨房から水をとって来ると、ルタは掠れ声で礼を言い、ごくごくと飲み干していく。
 未だ呼吸が落ち着かない様子ながらも、ルタは胸に手を当て、深く息を吐くとみんなを見渡した。
「ダイナマイトツリーの種を落とした魔物が判明しました。レッドグリズリーです」
 その言葉に、全員の顔から血の気が失せる。
 レッドグリズリーはグリズリー系の中で最小種でありながら、ピカイチの俊敏性と凶暴性、それから土属性の魔法を放つ。
 レベルは4。
 魔物図鑑の中でしか見ない魔物だ。
「ト、トーマスは見たのか?」
 と、ヴィック。
「まさか!レッドグリズリーを見ては生きていませんよ。目視できる範囲は、攻撃可能範囲なのですから。ロッド・シル様よりの情報です。現在、ジャレッド様とモリソン副団長様、数人の騎士が追跡しているとのことです。ここからはかなり離れていますので、安心材料になるかと思います」
 ルタの報告に、私たちは揃って胸に手を当てて安堵の息を吐いた。
 さらなる朗報は、騎士が4名ほど戻って来るという。
「第1騎士団と第3騎士団にも鷹を飛ばしていますので、討伐隊の増員が期待できるはずです。他の大型種が迷い込んでいないかも併せて見回るそうです」
「それにしても、よく森へ行けたものだな。さすがはハジラリーのウサギ獣人と言うべきか」
 はは、とピーターが乾いた笑みを零し、疲労困憊の表情で座り込む。
「私は1号棟に戻ります」
 ルタは小さく頭を下げると、再び駆け足で外へと飛び出して行った。 

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