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レオポルト・ステープフォード侯爵令息②
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西の庭園のことが何処で漏れたのか。
午後からの授業は針の筵だった。
憧れの生徒会副会長かつ侯爵家嫡男かつ眉目秀麗なるステープフォード様と東屋で同席していた私は、憎悪と嫉妬の眼差し。それから仄暗い色をした糸を一身に受けたのだ。すれ違いざまの「身の程を知れ」や「高尚な学園に娼婦が紛れてるわ」などの嫌味には、あまり変化は見られなかったかな。
所詮、お貴族様。
罵詈雑言のバリエーションがあまりないようだ。
真新しい単語は娼婦くらいね。
嫌味と、チクチクした嫉妬の視線くらいではダメージは負わないけど、それでも多少のストレスは背負う。
心の中で、ワンツーと性格ブスたちをフルボッコしているのは内緒だ。
実際に殴りはしないけど、心の中くらいはね。自由にワンツーと殴ってみる。
ちなみに、心の中の私は騎士のようにマッチョイメージ。そうでなければ、人を殴れない。
私の手が折れちゃうもの。
孤立無援の教室で耐えること3時間。
ワンツー、ワンツーしながら西の庭園に行けば、既に2人がいた。
相変わらず、糸でぐるぐる巻きにされたステープフォード様が恐怖だわ…。
蚕の繭を赤く染めて、すっぽり頭に被っているような見た目には狂気しかない。
あの狂気を見ると、令嬢たちの嫌味は爪のない猫パンチと同じね。
「僕の可愛い妹は孤軍奮闘だったようだね。お疲れ様」
にやり、と兄が笑い、その隣のステープフォード様が「孤軍奮闘?」と首を傾げている……らしい。繭が傾いだ。
「ステープフォード副会長殿。妹はね、成り上がりの元平民だと孤立無援の学園生活を送っているんだよ。席を立つ度に重い鞄を持ち歩くのも、嫌がらせ防止の危機管理だ」
「そんな…」と呟いたステープフォード様の声は苦い。
ボッチには慣れたけど、指摘されると恥ずかしさが生じる。
同情も然り。
「妹のぱんぱんに膨らんだ鞄を見てくれたまえ」
なぜか兄が自慢げに胸を張っている。
ステープフォード様は無言。きっと、ぱんぱんに膨らんだ鞄を見ているのだろう。
多くの生徒は、不要な教材はロッカーに置いて帰る。全てを持ち帰るには、ひ弱な令嬢では無理だからだ。かといって、生徒ではない使用人は学舎内に入ることができない。
ということで、教室には荷物置きのロッカーが設置されているのだ。
私のロッカーは、鍵をかけても開いていることが多いので、ほぼ使ったことはない。
「僕は幸運にも、君という友に恵まれたせいか、大っぴらに嫌がらせは受けないけどね。まぁ、嫌がらせを受けても報復するんだけど。子供というのは親を見て育つ。この学園は、攻撃対象を明確にしている家庭で育った生徒たちが多いということだね。しかも、相手を見て攻撃対象を定めている節があるので、ただただ高潔なるお貴族様には感服するよ」
おお…兄が黒いわ。
これでもシスコンの素質があるのよね…。
ステープフォード様の表情は分からないけど、「デニス…」とちょっと引いている。
「レオ。君は非貴族主義者だし、成り上がりの僕にも平等に接してくれている。だから、これは優しさだ。身分だけで見下すと、いずれ手痛い目に遭う。もし大事な友人が貴族主義者なら、注意をした方が良い」
口元は微笑。
でも、瑠璃色の双眸はステープフォード様を気圧すほど冷たい。
「さて。我が家は門限があるから、さっさと済ませようか」
「そ…そうだな」
こほん、とステープフォード様が気を取り直すように咳払いした。
「ザラ嬢が解決するとは説明されたが、具体的にはどうするのだ?」
ステープフォード様から灰色の糸が私に伸びてきている。
この灰色は不安の意味。
そりゃそうだ。
「ステープフォード様。詳細な解決方法はお教えできません。強いて言えば、霊感…みたいな?」
「みたいな?」
は?
と呆けた声が聞こえる。
まぁ、初対面の女子から「私霊感あるんですよ~」とか言われれば引くわね。
「あ~~~つまり、説明ができない特技です」
「なるほど…?」
混乱してる?
表情が見えないと、やり辛さがあるわ。
兄はニヤニヤしてるけど。
「レオ。これはジュンキ家の秘伝、門外不出の技みたいなものなんだ。でも、友人が苦しんでいるのを見るに堪えなくてね」
うぅ…と泣き真似してるけど、ガラス工房の契約が欲しいって言ってたでしょ!
商売の為に妹を売るなんて!
「僕にはその才はないが、妹が受け継いでいるから安心してくれ」
「デニス。感謝する」
たぶん、兄に向けて頭を下げたのだと思う。糸にぐるぐる巻きの頭部が、僅かに傾いだ。
というか、私に感謝してほしい。
「それでザラ嬢。私に生霊でも憑いているのだろうか?」
生霊かぁ…。
中らずと雖も遠からずね。
「ステープフォード様は婚約者がいるんですよね。学園に通われてますか?」
「いや。隣国…ウェシェタ公国の令嬢なので、1年に1度会うか会わないかだが…」
僅かに言い淀んだのは、ウェシェタ公国こそが20年前の対戦国だからだと思う。
引き金は、ウェシェタ公国の保有する鉱山を欲したルブラン王国が戦争を吹っ掛けのだ。一対一ならばルブラン王国の圧勝だったのだろうけど、ウェシェタ公国はスタークス王国の助けを借りて戦争に挑んだ。
戦争期間は56日。
スタークス和平協定締結により終戦した。
和平協定とは表向きなことで、実際はルブラン王国は敗戦国であり、スタークス王国の従属国へ下っている。
本来であれば、ルブラン王国は地図から消えていてもおかしくはなかった。従属として国名が残ったのは、単にウェシェタ公国もスタークス王国もルブラン王国の領土を欲しなかったから。ルブラン王国はスタークス王国の従属国となり、ウェシェタ公国に多額の賠償金を支払って手打ちとなった。
その賠償金を支払ったのが、ジェンキ家だ。
理由は単純明快。
ルブラン王国とウェシェタ公国は、接する領地は極僅か。その接地面だけを防御し、または力で押し切れば良いと、当時のベネディクト国王は考えていたのだ。それが蓋を開ければ、これまた隣国。それも大部分で国境を接しているスタークス王国が加勢した。軍事大国として名を馳せるスタークス王国に勝てるはずがない。
多くの領地が損害を受けた。
戦争は白旗を振れば終わりじゃない。荒れた領地を復興させなければならないし、傷ついた民の生活を保障しなくてはならない。
ベネディクト国王は罪を問われて退位、そしてルブラン王国の国教が掲げる禁忌”強欲”の大罪を犯したとされて幽閉。代わりに王位に就いたのは、スタークス王国から指名された王弟ルヴィシャだ。
これに王家は何もかもがひっくり返された。王太子も盤上がひっくり返され、継承権争いで順位を落とした。王弟の息子ジェロームが立太子し、宰相を始めとするお偉方も一新するという波乱尽くめだ。そんな中での賠償金。
国庫は底を付き、ルヴィシャ新国王が頼ったのがジュンキ家だった。
ルヴィシャ国王は歴史家であり、博識な常識人。王侯貴族の中で、平民のジェンキ家を尊重する珍しい御方だ。
当時、ジュンキ家当主だった祖父もルヴィシャ国王に好意的で、私財を投じて賠償金全額を負担することを請け負った。
そういう経緯があるのを知りつつバッシングしてくる貴族家の思考回路は謎だけど!
我が家は賠償金を負担したけど、どうやらステープフォード侯爵家は政略としての婚約で息子を差し出したようだ。
貴族特有の政略云々の義務はよく分からないけど、ステープフォード様からすっと空に伸びた濃淡の異なる青い撚糸の意味は分かる。
青の意味は、ポジティブなら誠実、知性、冷静。でも、ネガティブなら冷淡、消極的、義務になる。
恐らく隣国へ続く青い糸は、貴族では珍しくはない色味なのかもしれない。
それでも、お互いに義務と割り切った結婚なんて辛いわ。うちが恋愛結婚推奨派だから余計にね。
気鬱になりつつ、次の糸を探る。
緑と黒もあるわ。
緑のポジティブな意味はリラックスの他に健康、安全、調和などがある。
黒は恐怖や絶望、劣等感のようなネガティブな意味が多いけど、ポジティブな意味も多い。例えば力強さや威厳、重厚さなどといった意味で、貴族には珍しくない色の糸だ。
緑と黒の糸が幾重にも重なり、太くなった撚糸は、たぶん家族からステープフォード様に向けられたものかな。
どれも手や胸に向かって伸びていて、健全な糸になる。
それらを一つ一つ確認し、ヤバげな赤い糸を残せば、全てが頭部に巻き付いている。
単純な赤い糸ではなく、よくよく観察してみれば赤と紫、ピンク、白の撚糸だ。
恐ろしく禍々しい!
家族から向けられた緑と黒の糸は太かったけど、この鮮やかな撚糸は4色も集まりながら絹糸のように細く長い。
赤の意味は祝福や勝利、情熱と言った熱烈なポジティブさがあるけど、ネガティブになると一転して苛烈さが出てくる。暴力や野心、興奮などだ。
ピンクは恋愛要素がある一方、ネガティブに転じると甘えや媚びになる。
紫は優雅や癒しなどのポジティブの裏で、嫉妬や不満などのネガティブさがある。
そして白は、祝福や無垢、清潔などのイメージで婚礼衣装として好まれている通りだ。ただ、ネガティブなものも存在していて、孤独や空虚、自己否定などがある。
単純に赤とかピンクとか紫とか言っても、色の濃さや糸の状態でイメージが異なるので一概には言えないのだけど、この禍々しさは色合い云々ではない。
トータル的に危険な色味だ。
糸の状態は、主体となる糸が太く、補足的な糸が細い撚糸が好ましいと習った。太いのは、それだけ信頼や期待を寄せている証拠なので、緑と黒の太い撚糸は家族仲のいい家庭で見られるので珍しくはない。
でも、全ての糸が頭部をぐるぐる巻きにするほど細くて長いのはダメだ。
執着心の現れで、まさにストーカー。
禍々しい糸で絡みつくほどの狂愛は、ステープフォード様の心身に影響を及ぼす。
それも3本だ。
「では、1人ずつ対応して行きましょう」
「…1人ずつと言ったのかな?」
「はい。3人います」
「3人!」
ステープフォード様の驚嘆の声に、兄は「やっぱ複数人か~」と朗らかに笑った。
午後からの授業は針の筵だった。
憧れの生徒会副会長かつ侯爵家嫡男かつ眉目秀麗なるステープフォード様と東屋で同席していた私は、憎悪と嫉妬の眼差し。それから仄暗い色をした糸を一身に受けたのだ。すれ違いざまの「身の程を知れ」や「高尚な学園に娼婦が紛れてるわ」などの嫌味には、あまり変化は見られなかったかな。
所詮、お貴族様。
罵詈雑言のバリエーションがあまりないようだ。
真新しい単語は娼婦くらいね。
嫌味と、チクチクした嫉妬の視線くらいではダメージは負わないけど、それでも多少のストレスは背負う。
心の中で、ワンツーと性格ブスたちをフルボッコしているのは内緒だ。
実際に殴りはしないけど、心の中くらいはね。自由にワンツーと殴ってみる。
ちなみに、心の中の私は騎士のようにマッチョイメージ。そうでなければ、人を殴れない。
私の手が折れちゃうもの。
孤立無援の教室で耐えること3時間。
ワンツー、ワンツーしながら西の庭園に行けば、既に2人がいた。
相変わらず、糸でぐるぐる巻きにされたステープフォード様が恐怖だわ…。
蚕の繭を赤く染めて、すっぽり頭に被っているような見た目には狂気しかない。
あの狂気を見ると、令嬢たちの嫌味は爪のない猫パンチと同じね。
「僕の可愛い妹は孤軍奮闘だったようだね。お疲れ様」
にやり、と兄が笑い、その隣のステープフォード様が「孤軍奮闘?」と首を傾げている……らしい。繭が傾いだ。
「ステープフォード副会長殿。妹はね、成り上がりの元平民だと孤立無援の学園生活を送っているんだよ。席を立つ度に重い鞄を持ち歩くのも、嫌がらせ防止の危機管理だ」
「そんな…」と呟いたステープフォード様の声は苦い。
ボッチには慣れたけど、指摘されると恥ずかしさが生じる。
同情も然り。
「妹のぱんぱんに膨らんだ鞄を見てくれたまえ」
なぜか兄が自慢げに胸を張っている。
ステープフォード様は無言。きっと、ぱんぱんに膨らんだ鞄を見ているのだろう。
多くの生徒は、不要な教材はロッカーに置いて帰る。全てを持ち帰るには、ひ弱な令嬢では無理だからだ。かといって、生徒ではない使用人は学舎内に入ることができない。
ということで、教室には荷物置きのロッカーが設置されているのだ。
私のロッカーは、鍵をかけても開いていることが多いので、ほぼ使ったことはない。
「僕は幸運にも、君という友に恵まれたせいか、大っぴらに嫌がらせは受けないけどね。まぁ、嫌がらせを受けても報復するんだけど。子供というのは親を見て育つ。この学園は、攻撃対象を明確にしている家庭で育った生徒たちが多いということだね。しかも、相手を見て攻撃対象を定めている節があるので、ただただ高潔なるお貴族様には感服するよ」
おお…兄が黒いわ。
これでもシスコンの素質があるのよね…。
ステープフォード様の表情は分からないけど、「デニス…」とちょっと引いている。
「レオ。君は非貴族主義者だし、成り上がりの僕にも平等に接してくれている。だから、これは優しさだ。身分だけで見下すと、いずれ手痛い目に遭う。もし大事な友人が貴族主義者なら、注意をした方が良い」
口元は微笑。
でも、瑠璃色の双眸はステープフォード様を気圧すほど冷たい。
「さて。我が家は門限があるから、さっさと済ませようか」
「そ…そうだな」
こほん、とステープフォード様が気を取り直すように咳払いした。
「ザラ嬢が解決するとは説明されたが、具体的にはどうするのだ?」
ステープフォード様から灰色の糸が私に伸びてきている。
この灰色は不安の意味。
そりゃそうだ。
「ステープフォード様。詳細な解決方法はお教えできません。強いて言えば、霊感…みたいな?」
「みたいな?」
は?
と呆けた声が聞こえる。
まぁ、初対面の女子から「私霊感あるんですよ~」とか言われれば引くわね。
「あ~~~つまり、説明ができない特技です」
「なるほど…?」
混乱してる?
表情が見えないと、やり辛さがあるわ。
兄はニヤニヤしてるけど。
「レオ。これはジュンキ家の秘伝、門外不出の技みたいなものなんだ。でも、友人が苦しんでいるのを見るに堪えなくてね」
うぅ…と泣き真似してるけど、ガラス工房の契約が欲しいって言ってたでしょ!
商売の為に妹を売るなんて!
「僕にはその才はないが、妹が受け継いでいるから安心してくれ」
「デニス。感謝する」
たぶん、兄に向けて頭を下げたのだと思う。糸にぐるぐる巻きの頭部が、僅かに傾いだ。
というか、私に感謝してほしい。
「それでザラ嬢。私に生霊でも憑いているのだろうか?」
生霊かぁ…。
中らずと雖も遠からずね。
「ステープフォード様は婚約者がいるんですよね。学園に通われてますか?」
「いや。隣国…ウェシェタ公国の令嬢なので、1年に1度会うか会わないかだが…」
僅かに言い淀んだのは、ウェシェタ公国こそが20年前の対戦国だからだと思う。
引き金は、ウェシェタ公国の保有する鉱山を欲したルブラン王国が戦争を吹っ掛けのだ。一対一ならばルブラン王国の圧勝だったのだろうけど、ウェシェタ公国はスタークス王国の助けを借りて戦争に挑んだ。
戦争期間は56日。
スタークス和平協定締結により終戦した。
和平協定とは表向きなことで、実際はルブラン王国は敗戦国であり、スタークス王国の従属国へ下っている。
本来であれば、ルブラン王国は地図から消えていてもおかしくはなかった。従属として国名が残ったのは、単にウェシェタ公国もスタークス王国もルブラン王国の領土を欲しなかったから。ルブラン王国はスタークス王国の従属国となり、ウェシェタ公国に多額の賠償金を支払って手打ちとなった。
その賠償金を支払ったのが、ジェンキ家だ。
理由は単純明快。
ルブラン王国とウェシェタ公国は、接する領地は極僅か。その接地面だけを防御し、または力で押し切れば良いと、当時のベネディクト国王は考えていたのだ。それが蓋を開ければ、これまた隣国。それも大部分で国境を接しているスタークス王国が加勢した。軍事大国として名を馳せるスタークス王国に勝てるはずがない。
多くの領地が損害を受けた。
戦争は白旗を振れば終わりじゃない。荒れた領地を復興させなければならないし、傷ついた民の生活を保障しなくてはならない。
ベネディクト国王は罪を問われて退位、そしてルブラン王国の国教が掲げる禁忌”強欲”の大罪を犯したとされて幽閉。代わりに王位に就いたのは、スタークス王国から指名された王弟ルヴィシャだ。
これに王家は何もかもがひっくり返された。王太子も盤上がひっくり返され、継承権争いで順位を落とした。王弟の息子ジェロームが立太子し、宰相を始めとするお偉方も一新するという波乱尽くめだ。そんな中での賠償金。
国庫は底を付き、ルヴィシャ新国王が頼ったのがジュンキ家だった。
ルヴィシャ国王は歴史家であり、博識な常識人。王侯貴族の中で、平民のジェンキ家を尊重する珍しい御方だ。
当時、ジュンキ家当主だった祖父もルヴィシャ国王に好意的で、私財を投じて賠償金全額を負担することを請け負った。
そういう経緯があるのを知りつつバッシングしてくる貴族家の思考回路は謎だけど!
我が家は賠償金を負担したけど、どうやらステープフォード侯爵家は政略としての婚約で息子を差し出したようだ。
貴族特有の政略云々の義務はよく分からないけど、ステープフォード様からすっと空に伸びた濃淡の異なる青い撚糸の意味は分かる。
青の意味は、ポジティブなら誠実、知性、冷静。でも、ネガティブなら冷淡、消極的、義務になる。
恐らく隣国へ続く青い糸は、貴族では珍しくはない色味なのかもしれない。
それでも、お互いに義務と割り切った結婚なんて辛いわ。うちが恋愛結婚推奨派だから余計にね。
気鬱になりつつ、次の糸を探る。
緑と黒もあるわ。
緑のポジティブな意味はリラックスの他に健康、安全、調和などがある。
黒は恐怖や絶望、劣等感のようなネガティブな意味が多いけど、ポジティブな意味も多い。例えば力強さや威厳、重厚さなどといった意味で、貴族には珍しくない色の糸だ。
緑と黒の糸が幾重にも重なり、太くなった撚糸は、たぶん家族からステープフォード様に向けられたものかな。
どれも手や胸に向かって伸びていて、健全な糸になる。
それらを一つ一つ確認し、ヤバげな赤い糸を残せば、全てが頭部に巻き付いている。
単純な赤い糸ではなく、よくよく観察してみれば赤と紫、ピンク、白の撚糸だ。
恐ろしく禍々しい!
家族から向けられた緑と黒の糸は太かったけど、この鮮やかな撚糸は4色も集まりながら絹糸のように細く長い。
赤の意味は祝福や勝利、情熱と言った熱烈なポジティブさがあるけど、ネガティブになると一転して苛烈さが出てくる。暴力や野心、興奮などだ。
ピンクは恋愛要素がある一方、ネガティブに転じると甘えや媚びになる。
紫は優雅や癒しなどのポジティブの裏で、嫉妬や不満などのネガティブさがある。
そして白は、祝福や無垢、清潔などのイメージで婚礼衣装として好まれている通りだ。ただ、ネガティブなものも存在していて、孤独や空虚、自己否定などがある。
単純に赤とかピンクとか紫とか言っても、色の濃さや糸の状態でイメージが異なるので一概には言えないのだけど、この禍々しさは色合い云々ではない。
トータル的に危険な色味だ。
糸の状態は、主体となる糸が太く、補足的な糸が細い撚糸が好ましいと習った。太いのは、それだけ信頼や期待を寄せている証拠なので、緑と黒の太い撚糸は家族仲のいい家庭で見られるので珍しくはない。
でも、全ての糸が頭部をぐるぐる巻きにするほど細くて長いのはダメだ。
執着心の現れで、まさにストーカー。
禍々しい糸で絡みつくほどの狂愛は、ステープフォード様の心身に影響を及ぼす。
それも3本だ。
「では、1人ずつ対応して行きましょう」
「…1人ずつと言ったのかな?」
「はい。3人います」
「3人!」
ステープフォード様の驚嘆の声に、兄は「やっぱ複数人か~」と朗らかに笑った。
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