2 / 178
第一話 貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす
レオとアーサー
しおりを挟む
レオとアーサー
街に住むひとびとは、ここを「魔の森」と呼んで近寄らなかった。
魔の森——街外れの交易路から見える広大な森で、へたに足を踏み入れれば生きて帰ることはできない。
というのも、ここでは磁石が効かない。それに樹々の密集が濃く、そのため空が見えない。昼でも夜のような暗さがにおい立ち、深更ともなればもはや真の闇が広がる。
そんな場所だから遭難者が絶えない。領域の観測を求める者や、迷い込んだ旅人、遊び半分で探索する者、いずれもみな、いのちを落としてしまう。
やがて世間では、あそこは魔物が徘徊し、人間を食ってしまうと噂した。そうして”魔の森”などというあだ名がついた。
しかし実際には魔物など住んでいない。ぼくはここに来てもうすぐ一年になるけど、いちどもそんなもの見たことがない。
そのかわり魔物なんかよりもっと恐ろしい者が住んでいる。森の奥に館を構え、魂売りというおどろおどろしい商売をしている。きっと彼女が怒ったら、どんなにすごい魔術師も、どんな屈強な軍隊も、まるで歯が立たない。
しかしぼくもここに来るまで魔の森にこんな大きな館があるなんて知らなかった。彼女が言うには、ここに来れるのは来るべき人間だけで、それ以外のひとは魔法の力で迷ってしまうらしい。だからここに貴族が住むような豪華な館が建っていることも、レオという世にも美しい美女が住んでいることも、だれも知らない。
そう、レオは美しい。
ぼくと同い年のはずだから、今年で十七、八になるはずだ。
どこの国の生まれなのか、だいだい色の肌はうっすら緑がかっていて、瞳の色はエメラルド。腰まで伸びるさらさらの髪も鮮やかな緑色で、それが陽の光を浴びるとまるで新緑をまとう女神のように神秘的に映る。
細くもなく太くもない体は色気にあふれ、呼吸するたびに上下するふくよかな胸や、足を組み替えたときにチラリと見える腰のラインはもちろん、指先から髪の毛一本に至るまでどこを見てもこころ惑わずにいられない。
なにより目がきれいだ。鋭くもやわらかい眼差しはこの世のなにより美しく、長いまつ毛と眠たげなふたえの下から覗く宝石のような瞳に見つめられると、ぼくはいまだにドキドキしてしまう。
そんなレオのために、ぼくはいまウィスキーとあてを用意していた。無駄に広いキッチンで、簡単にサラミとレモンをスライスし、少々の塩を添えて、ウィスキーは大きめのグラスにロックで注いだ。こんなの料理の得意な使い魔に頼めばいいのに、
「おまえが作ったものが食いたいんだ」
なんて言うからわざわざ用意してるんだけど、ぼくなんてせいぜい材料を切るくらいしかできないのになぁ。まあ、どうせ今日もやることなんてないし、こんなことでレオによろこんでもらえるなら悪い気はしないけどさ。
ぼくは絶対に倒れないという魔法のトレイに酒とつまみを乗せ、両開きの玄関扉を開いた。すると陽の当たった空気が肌を包み、全身に春を感じた。
扉を抜けるとそこはほどよい広さの庭になっている。この鬱蒼と生い茂る森の中で、なぜかこの館周りだけは木が生えていない。抜いたり切ったりしたわけじゃなく、元からここだけ生えてない感じだ。これも魔法の力だろうか。なにせ魔法ったらいろんなことができるからなぁ。
そんな庭の真ん中に石造りの池がある。人工の溜め池で、そこそこに広い。魚や水草を住まわせており、ときどき魚の跳ねる音が聞こえるとなんとなく風雅な感じがして悪くない。
レオはその池の傍にいた。背もたれの長いデッキチェアに寝そべり、森の草花を眺めてぼくを待っていた。
ぼくは後ろから近寄り、そっと肩越しにトレイを差し出した。
「おまちどうさま」
「ん? ……あ、ああ。酒か」
どうやらレオは眠っていたらしい。ぼくに仕事を頼んでおいて悠長なことだ。でもまあ、たしかに昼寝したくなるほど気持ちいい。なにせ花真っ盛りの季節だ。空気はあたたかいし、草木の緑は鮮やかで、そこらじゅうに花が咲き乱れている。一面自然の芸術だ。街にいたころはせいぜい花壇や乱雑な街路樹でしか見なかった花の香りが、ここでは空気すべてに溶け込んでいる。風が吹けば花粉が目に見えて遊ばれ、ざあざあと葉の擦れる音が心地よく耳に届く。こんなところで寝ていたらうとうとするのも無理はない。
「ふあ、あ……」
とレオは体を伸ばしてあくびをし、
「ふぅ……ありがとう、アーサー。ちょうどのどが渇いたところだ」
と言ってグラスに手を伸ばした。薄着で手足があらわになっているから、そのしなやかな動きすべてがぼくの目に映る。
彼女はグラスに口をつけ、ごくっ、ごくっ、とのどを鳴らしてウィスキーを流し込んだ。ただ飲み物を飲むだけの姿が芸術的な美しさと官能的ないやらしさにあふれている。もうなんども見ているはずなのに、その動作ひとつひとつが妖艶で目を離すことができない。思わず息をのんでしまう。
「はあっ、うまい」
レオはチェアの手すりに乗せた魔法のトレイにグラスを置き、サラミをひとつ口に含んだ。
それにしても魔法は不思議だ。だっていまトレイはほんの端っこしか手すりに乗っていないのに、平らな床に置いたみたいに安定している。レオと暮らしていると慣れて当たり前になってくるけど、改めて見ると不思議でならない。ぼくも使えるようになりたいと思ってときどき教えてもらうけど、魔法は才能が重要らしくて、結局、
「おまえは魔法なんか使えなくていい。わたしの傍で、わたしにかわいがられていればそれでいいんだ」
なんて言われておしまいになっちゃう。ぼくも魔法でカンテラの火をつけたり消したりしたいのになぁ。
そんなことを考えていると、レオが背もたれから顔を覗かせ、
「アーサー、おまえもゆっくりと花を見たらどうだ。いましか見れないんだ。季節のものは味わっておかないと損だぞ。それにあたたかくて気持ちがいい」
と言った。そうかもしれない。ぼくは去年までごみごみした都で過ごして来たから、草花を眺めるたのしみなんて知らなかったけど、こうしてのんびり暮らしていると、それがどれだけ気持ちいいことかよくわかる。でも、
「その寝れるチェアはまだあったっけ?」
ぼくがそう尋ねると、レオはゆるい笑みを浮かべて、
「なに、わたしの隣に寝そべればいい。ほら、狭いが開けてやったぞ。さあ、来い」
「でも……」
「なにを恥ずかしがっている。いまさら恥ずかしがる仲でもないだろう。それともいやなのか?」
「そんな、いやじゃないけど……」
「なら来ればいい」
「だって、そんなことしたらどうせ花見なんか忘れて……」
「いいじゃないか」
「そんな、昼間から、それも外でなんて……」
「別にだれが見ているわけでもあるまい。それに、きっと悪くないぞ」
悪くない……かもしれない。このあたたかい日差しの中で、世界一の美女と言っても過言じゃないレオとふたり抱き合って、ぬるい汗を肌の上で混じり合わせて……
でもいいのかな? それってすごくいやらしくておかしいことな気がする。そんなこと騎士のぼくはやっちゃいけない気がする。
「フフフ……もじもじして、かわいいヤツだな」
レオはそう言っていたずらっぽく笑った。ああもう、ぼくはかわいいって言われるのが好きじゃないのに。だってぼくは男だ。それも代々近衛兵長を務めた騎士の家系だ。たしかに顔は母親似かもしれない。遠くから見ると女みたいだなんて言われることもあるし、体も細くて背も低い。背の高いレオと並んで歩くと、姉と弟、下手をすれば妹にさえ見られかねない。
でも剣の腕はだれにも負けない自信がある。模擬戦で遅れをとったことはないし、ここに来るまでの数年間兵士をしていたころは、盗賊狩りや暴徒鎮圧でいつもベテラン兵士に並ぶほどの結果を出してきた。はっきり言ってぼくは”かわいい”なんて貧弱な男じゃない。だけど——
「いいから早く来い。わたしはもう昂ってしまった。早くこっちに来てかわいいところを見せてくれ。そしてわたしをみだらに鳴かせてくれ。さあ」
そ、そんなこと言われたら頭がクラクラしちゃうじゃないか……
ぼくはゴクリとつばを飲み込み、引き寄せられるようにレオの隣に座った。もう体が熱い。レオの肌も、ぼくの肌も、触れ合うすべてが燃えるように熱くなっている。
「レオ……」
ぼくらはチェアの上でギチギチになって、汗のにじむ手を絡め合った。真夏の空気に似たレオの吐息がぼくの顔を叩く。きっとレオもおなじ空気をかいでいる。そしてぼくらはその呼吸をひとつに繋げようとゆっくり顔を寄せた。そのとき——
「おや?」
レオは館の庭に通じる道に目をやった。そこには一匹の黒猫——シェルタンがジッと佇みぼくらの様子をうかがっていた。
「わあっ!」
ぼくは転げ落ちるようにチェアを降りた。シェルタンはレオの飼い猫で、いつも突然現れる。それは食事のときでも、仕事のときでも、そしてこんなときでもだ。
「おいおい、どうした」
「だって、シェルタンが……」
「シェルタンは猫だろう」
レオは呆れっぽく笑って言った。
たしかにシェルタンは猫だ。でも、猫でもこういうところを見られるのは恥ずかしい。それにシェルタンはふつうの猫じゃない。
「別に見られてなにか失うわけでもあるまい。むしろわたしは、おまえに愛されているところを見られると思うと、もっと熱くなる」
「いやだよそんな、ひとに見られるなんて」
「ひとじゃない、猫だ」
「でもシェルタンは人間の言葉がわかるじゃないか」
そう、シェルタンは人語がわかる。そしてレオもシェルタンの言葉がわかる。
シェルタンが”にゃあ”と鳴いた。すると、
「なに、客だと?」
とレオが答えた。こんなのわかってぼくらのことを見てるに決まってるじゃないか。だって言葉がわかるんだよ。
シェルタンはこくりと人間のようにうなずき、スタスタと森の道へと歩いて行った。どうやら”客”を迎えに行ったらしい。シェルタンはいつもそうやってレオの客をここへ案内する。
「こんどは本当にひとが来るよ」
「そうだな……」
レオはふぅ、とため息を吐き、
「まったく、間の悪いことだ」
と不機嫌そうにウィスキーを飲んだ。ぼくも昂った気持ちがまだ残っていたけど、さすがにひと前であんなことはできない。それなのにレオは、
「フフフ、いっそ見せつけてやるか?」
「しないよ!」
まったく、レオはぼくが困るのをわかって言ってるんだ。もっともレオなら本当に構わず続けかねない。レオはそういうひとなんだ。魔法の達人で、呪術や幻術にも通じていて、どんな強者も敵わないほどの強さと気高さを持っているのに、反面ひどくいやらしいことを好む。騎士と違って強さと高潔さを両立しない。
心身ともに鍛え上げ、強きに向かい弱きを助け、いついかなるときも恥ずかしくない振る舞いをするのが騎士道だけど、レオは相手が強かろうが弱かろうが虫けらみたいに扱い、昼間からお酒を飲んでダラダラ過ごし、騎士道を貫こうとするぼくにとことんみだらなことをする。騎士が陽中であんなことしていいわけないじゃないか。それなのに、もう。
「ほう、女か」
レオはシェルタンに誘導され森から現れた女を見て言った。”客”が来るのはおよそ二十日ぶりのことだった。
街に住むひとびとは、ここを「魔の森」と呼んで近寄らなかった。
魔の森——街外れの交易路から見える広大な森で、へたに足を踏み入れれば生きて帰ることはできない。
というのも、ここでは磁石が効かない。それに樹々の密集が濃く、そのため空が見えない。昼でも夜のような暗さがにおい立ち、深更ともなればもはや真の闇が広がる。
そんな場所だから遭難者が絶えない。領域の観測を求める者や、迷い込んだ旅人、遊び半分で探索する者、いずれもみな、いのちを落としてしまう。
やがて世間では、あそこは魔物が徘徊し、人間を食ってしまうと噂した。そうして”魔の森”などというあだ名がついた。
しかし実際には魔物など住んでいない。ぼくはここに来てもうすぐ一年になるけど、いちどもそんなもの見たことがない。
そのかわり魔物なんかよりもっと恐ろしい者が住んでいる。森の奥に館を構え、魂売りというおどろおどろしい商売をしている。きっと彼女が怒ったら、どんなにすごい魔術師も、どんな屈強な軍隊も、まるで歯が立たない。
しかしぼくもここに来るまで魔の森にこんな大きな館があるなんて知らなかった。彼女が言うには、ここに来れるのは来るべき人間だけで、それ以外のひとは魔法の力で迷ってしまうらしい。だからここに貴族が住むような豪華な館が建っていることも、レオという世にも美しい美女が住んでいることも、だれも知らない。
そう、レオは美しい。
ぼくと同い年のはずだから、今年で十七、八になるはずだ。
どこの国の生まれなのか、だいだい色の肌はうっすら緑がかっていて、瞳の色はエメラルド。腰まで伸びるさらさらの髪も鮮やかな緑色で、それが陽の光を浴びるとまるで新緑をまとう女神のように神秘的に映る。
細くもなく太くもない体は色気にあふれ、呼吸するたびに上下するふくよかな胸や、足を組み替えたときにチラリと見える腰のラインはもちろん、指先から髪の毛一本に至るまでどこを見てもこころ惑わずにいられない。
なにより目がきれいだ。鋭くもやわらかい眼差しはこの世のなにより美しく、長いまつ毛と眠たげなふたえの下から覗く宝石のような瞳に見つめられると、ぼくはいまだにドキドキしてしまう。
そんなレオのために、ぼくはいまウィスキーとあてを用意していた。無駄に広いキッチンで、簡単にサラミとレモンをスライスし、少々の塩を添えて、ウィスキーは大きめのグラスにロックで注いだ。こんなの料理の得意な使い魔に頼めばいいのに、
「おまえが作ったものが食いたいんだ」
なんて言うからわざわざ用意してるんだけど、ぼくなんてせいぜい材料を切るくらいしかできないのになぁ。まあ、どうせ今日もやることなんてないし、こんなことでレオによろこんでもらえるなら悪い気はしないけどさ。
ぼくは絶対に倒れないという魔法のトレイに酒とつまみを乗せ、両開きの玄関扉を開いた。すると陽の当たった空気が肌を包み、全身に春を感じた。
扉を抜けるとそこはほどよい広さの庭になっている。この鬱蒼と生い茂る森の中で、なぜかこの館周りだけは木が生えていない。抜いたり切ったりしたわけじゃなく、元からここだけ生えてない感じだ。これも魔法の力だろうか。なにせ魔法ったらいろんなことができるからなぁ。
そんな庭の真ん中に石造りの池がある。人工の溜め池で、そこそこに広い。魚や水草を住まわせており、ときどき魚の跳ねる音が聞こえるとなんとなく風雅な感じがして悪くない。
レオはその池の傍にいた。背もたれの長いデッキチェアに寝そべり、森の草花を眺めてぼくを待っていた。
ぼくは後ろから近寄り、そっと肩越しにトレイを差し出した。
「おまちどうさま」
「ん? ……あ、ああ。酒か」
どうやらレオは眠っていたらしい。ぼくに仕事を頼んでおいて悠長なことだ。でもまあ、たしかに昼寝したくなるほど気持ちいい。なにせ花真っ盛りの季節だ。空気はあたたかいし、草木の緑は鮮やかで、そこらじゅうに花が咲き乱れている。一面自然の芸術だ。街にいたころはせいぜい花壇や乱雑な街路樹でしか見なかった花の香りが、ここでは空気すべてに溶け込んでいる。風が吹けば花粉が目に見えて遊ばれ、ざあざあと葉の擦れる音が心地よく耳に届く。こんなところで寝ていたらうとうとするのも無理はない。
「ふあ、あ……」
とレオは体を伸ばしてあくびをし、
「ふぅ……ありがとう、アーサー。ちょうどのどが渇いたところだ」
と言ってグラスに手を伸ばした。薄着で手足があらわになっているから、そのしなやかな動きすべてがぼくの目に映る。
彼女はグラスに口をつけ、ごくっ、ごくっ、とのどを鳴らしてウィスキーを流し込んだ。ただ飲み物を飲むだけの姿が芸術的な美しさと官能的ないやらしさにあふれている。もうなんども見ているはずなのに、その動作ひとつひとつが妖艶で目を離すことができない。思わず息をのんでしまう。
「はあっ、うまい」
レオはチェアの手すりに乗せた魔法のトレイにグラスを置き、サラミをひとつ口に含んだ。
それにしても魔法は不思議だ。だっていまトレイはほんの端っこしか手すりに乗っていないのに、平らな床に置いたみたいに安定している。レオと暮らしていると慣れて当たり前になってくるけど、改めて見ると不思議でならない。ぼくも使えるようになりたいと思ってときどき教えてもらうけど、魔法は才能が重要らしくて、結局、
「おまえは魔法なんか使えなくていい。わたしの傍で、わたしにかわいがられていればそれでいいんだ」
なんて言われておしまいになっちゃう。ぼくも魔法でカンテラの火をつけたり消したりしたいのになぁ。
そんなことを考えていると、レオが背もたれから顔を覗かせ、
「アーサー、おまえもゆっくりと花を見たらどうだ。いましか見れないんだ。季節のものは味わっておかないと損だぞ。それにあたたかくて気持ちがいい」
と言った。そうかもしれない。ぼくは去年までごみごみした都で過ごして来たから、草花を眺めるたのしみなんて知らなかったけど、こうしてのんびり暮らしていると、それがどれだけ気持ちいいことかよくわかる。でも、
「その寝れるチェアはまだあったっけ?」
ぼくがそう尋ねると、レオはゆるい笑みを浮かべて、
「なに、わたしの隣に寝そべればいい。ほら、狭いが開けてやったぞ。さあ、来い」
「でも……」
「なにを恥ずかしがっている。いまさら恥ずかしがる仲でもないだろう。それともいやなのか?」
「そんな、いやじゃないけど……」
「なら来ればいい」
「だって、そんなことしたらどうせ花見なんか忘れて……」
「いいじゃないか」
「そんな、昼間から、それも外でなんて……」
「別にだれが見ているわけでもあるまい。それに、きっと悪くないぞ」
悪くない……かもしれない。このあたたかい日差しの中で、世界一の美女と言っても過言じゃないレオとふたり抱き合って、ぬるい汗を肌の上で混じり合わせて……
でもいいのかな? それってすごくいやらしくておかしいことな気がする。そんなこと騎士のぼくはやっちゃいけない気がする。
「フフフ……もじもじして、かわいいヤツだな」
レオはそう言っていたずらっぽく笑った。ああもう、ぼくはかわいいって言われるのが好きじゃないのに。だってぼくは男だ。それも代々近衛兵長を務めた騎士の家系だ。たしかに顔は母親似かもしれない。遠くから見ると女みたいだなんて言われることもあるし、体も細くて背も低い。背の高いレオと並んで歩くと、姉と弟、下手をすれば妹にさえ見られかねない。
でも剣の腕はだれにも負けない自信がある。模擬戦で遅れをとったことはないし、ここに来るまでの数年間兵士をしていたころは、盗賊狩りや暴徒鎮圧でいつもベテラン兵士に並ぶほどの結果を出してきた。はっきり言ってぼくは”かわいい”なんて貧弱な男じゃない。だけど——
「いいから早く来い。わたしはもう昂ってしまった。早くこっちに来てかわいいところを見せてくれ。そしてわたしをみだらに鳴かせてくれ。さあ」
そ、そんなこと言われたら頭がクラクラしちゃうじゃないか……
ぼくはゴクリとつばを飲み込み、引き寄せられるようにレオの隣に座った。もう体が熱い。レオの肌も、ぼくの肌も、触れ合うすべてが燃えるように熱くなっている。
「レオ……」
ぼくらはチェアの上でギチギチになって、汗のにじむ手を絡め合った。真夏の空気に似たレオの吐息がぼくの顔を叩く。きっとレオもおなじ空気をかいでいる。そしてぼくらはその呼吸をひとつに繋げようとゆっくり顔を寄せた。そのとき——
「おや?」
レオは館の庭に通じる道に目をやった。そこには一匹の黒猫——シェルタンがジッと佇みぼくらの様子をうかがっていた。
「わあっ!」
ぼくは転げ落ちるようにチェアを降りた。シェルタンはレオの飼い猫で、いつも突然現れる。それは食事のときでも、仕事のときでも、そしてこんなときでもだ。
「おいおい、どうした」
「だって、シェルタンが……」
「シェルタンは猫だろう」
レオは呆れっぽく笑って言った。
たしかにシェルタンは猫だ。でも、猫でもこういうところを見られるのは恥ずかしい。それにシェルタンはふつうの猫じゃない。
「別に見られてなにか失うわけでもあるまい。むしろわたしは、おまえに愛されているところを見られると思うと、もっと熱くなる」
「いやだよそんな、ひとに見られるなんて」
「ひとじゃない、猫だ」
「でもシェルタンは人間の言葉がわかるじゃないか」
そう、シェルタンは人語がわかる。そしてレオもシェルタンの言葉がわかる。
シェルタンが”にゃあ”と鳴いた。すると、
「なに、客だと?」
とレオが答えた。こんなのわかってぼくらのことを見てるに決まってるじゃないか。だって言葉がわかるんだよ。
シェルタンはこくりと人間のようにうなずき、スタスタと森の道へと歩いて行った。どうやら”客”を迎えに行ったらしい。シェルタンはいつもそうやってレオの客をここへ案内する。
「こんどは本当にひとが来るよ」
「そうだな……」
レオはふぅ、とため息を吐き、
「まったく、間の悪いことだ」
と不機嫌そうにウィスキーを飲んだ。ぼくも昂った気持ちがまだ残っていたけど、さすがにひと前であんなことはできない。それなのにレオは、
「フフフ、いっそ見せつけてやるか?」
「しないよ!」
まったく、レオはぼくが困るのをわかって言ってるんだ。もっともレオなら本当に構わず続けかねない。レオはそういうひとなんだ。魔法の達人で、呪術や幻術にも通じていて、どんな強者も敵わないほどの強さと気高さを持っているのに、反面ひどくいやらしいことを好む。騎士と違って強さと高潔さを両立しない。
心身ともに鍛え上げ、強きに向かい弱きを助け、いついかなるときも恥ずかしくない振る舞いをするのが騎士道だけど、レオは相手が強かろうが弱かろうが虫けらみたいに扱い、昼間からお酒を飲んでダラダラ過ごし、騎士道を貫こうとするぼくにとことんみだらなことをする。騎士が陽中であんなことしていいわけないじゃないか。それなのに、もう。
「ほう、女か」
レオはシェルタンに誘導され森から現れた女を見て言った。”客”が来るのはおよそ二十日ぶりのことだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる