魂売りのレオ

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第一話 貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす

貴女は悋気に狂いて呪殺を好しとす 一

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第一話 貴女きじょ悋気りんきくるいて呪殺じゅさつしとす


 女は森を歩くには不似合いな格好をしていた。
 パーティーに出るほどじゃないけれど、それなりに値の張りそうなスカートドレスにハイヒールで、見たところけっこうな身分だと思う。顔立ちもきれいで、ぼくより年上に見えるけど、苦労なんてしたことないって感じのおさなさが目元に現れていて、多少なりとも頭を使うことを知っていればこんな格好で森を歩いたりしない。まさか王族ってことはないだろうから、貴族の娘が共も連れずにひとりで来たんだろう。服も肌も汚れたり擦り切れたりして、ヒールなんか履いてるから大変だったろうなぁ。
 レオはというと、ゆったりチェアでくつろいで、サラミに塩とレモンを絞ってウィスキーで流し込んでいた。ボロボロの客なんてお構いなしって感じだ。まあ、客に無愛想なのはいつものことだけどさ。
 ぼくはそんな彼女のうしろで、なんであの女はこんなところまで来ちゃったんだろうなぁ、なんて考えていた。
 ほどなくして女がぼくらの前に立った。
「あの、こちらに”魂売りのレオ”様がいらっしゃるとお聞きしたのですが……」
 歩き疲れて肩で息をしているけど、言葉使いはかなり上品で丁寧だった。ただ、この光景を見て怪訝けげんに思っているらしい。そうだよね。だってまさか魔の森にこんな立派な館があって、その庭で美女がお酒飲んでくつろいでるなんて思うはずがないもの。さぞ異様な光景だろうなぁ。
「わたしがレオだが?」
 レオはグラスをカランと鳴らして、どこか見下すような声色で言った。レオはけっこう性格が悪い。腕が立つうえ美人だからか、自分意外を総じて下に見るきらいがある。たとえ王族相手でも態度を改めることはない。
「あなたが?」
 女はハッと驚いた顔をした。たぶん彼女もほかの客とおなじで、魂売りをもっとおどろおどろしい姿でイメージしてたんだろう。無理もない。だって、魂売りっていうのは文字通り人間の魂を商品として扱う闇の商人だ。決して世間には存在しない、たとえるなら伝説やおとぎ話に近いものだ。そういう言葉は知っていても、現実に目にすることはまずない。そもそも魂売りという単語を知るひと自体が少ない。
 ぼくも子供のころにいちど本で読んだきりだった。その本はたしか怖い話を集めた本で、描写は、
 ——洞窟の奥に、決して消えない魔法の燭台しょくだいともす、真っ黒なローブを身にまとう半裸の老人がいた。それはひどく痩せこけ、体じゅう汚物と土で汚れ、しかし目だけは黄色くギラギラ輝いていた。その手には生きたコウモリを握り、キイキイとわめくそいつを、まるで悲鳴をたのしむかのようにガリガリと食らっていた。老人は言った。「魂がほしいのかい? ヒヒ、ヒヒ、ヒヒ」
 ぼくはそのあたりで怖くて読むのをやめてしまった。いつだったかそれをレオに話すと、
「アハハハ、それはいい。わたしもローブ一枚で洞窟にひそんでみようか。おまえがどうなってしまうかたのしみだなぁ」
 と言って笑ったっけ。まったく、レオはすぐいやらしいことを考えるんだから、もう。
 女は目の前の美女が魂売りのレオだと知ると、途端にしゃんとして、スカートの左右をつまんで頭を下げた。
「これは失礼しました。わたくし、アンサー家の三女、ヴルペクラと申します」
「それで?」
 レオは名などどうでもいいって感じで言った。たぶん相手がなんだろうと興味ないんだろうなぁ。
「はい、今日わたくしがわざわざここまで足を運んだのは、若い女の魂がほしいからでございます」
……?」
 レオは気に入らないと言わんばかりに眉をひそめた。どうやらヴルペクラはけっこうな身分らしい。セカンドネームを持っているのがなによりの証拠だ。
 高貴な人間はえてして傲慢ごうまんな言葉を使う。きっと悪意なんてない、ごく自然に出た言葉だろう。でも、どうであろうがレオは相手が自分より少しでも上に立つことを許さない。その気配を察したのか、ヴルペクラは、
「あ、いえ、言葉のあやでございます。わたくし、あせるあまりについ」
 そう言って深々と頭を下げた。レオは許したのか、
「フン、まあいい。で、なんでまた若い女の魂がほしいんだ?」
 と、足を組んで、手すりに肘をつけた右手にほほをもたれ、現状できる限りの偉そうな態度で聞く耳を見せた。ヴルペクラもレオの気難しさを肌で感じたらしく、
「はい、実は——」
 と、低い姿勢で話しはじめた。

 ヴルペクラには恋仲こいなかの男がいた。
 大貴族アンサー家の娘としていずれとつ許嫁いいなづけがいたが、こともあろうか彼女は近隣の農夫の息子と恋に落ちた。決して美男ではない、しかし男子の潜在的な力強さがはっきりと顔、体に体現されたなんとも魅力的な男だった。
 愛してはいけない、と頭でわかっても抑えられなかった。むしろそれが余計にこころを熱くしたのかもしれない。
 やがて、いけないと知りつつ体を重ねた。
 いちどだけ、と言ってなんども逢った。
 そんなことをすれば当然子供ができる。それをわかっていながら、やめられなかった。
 というより、できてしまえと思っていた。たとえ許嫁いいなづけがあろうと、子供ができてしまえばもうだれもふたりの仲をくことなどできまいと思った。
 そして当然、身籠みごもった。
 まだだれにもばれてはいない。腹も膨らんではいない。しかし、月のものが来ない。話に聞くつわりらしきものが起きた。はらんだと見て間違いない。
 しかしそれを男に告げると、よろこんでもらえるとばかり思っていたのに、彼の顔色は決してうれしそうではなかった。しかもそれ以降連絡が取れなくなってしまった。
 彼に逢いたい。また愛してほしい。しかし逢えない。
 なぜ? どうして?
 彼女は顔を隠して情報屋を雇い、男の身辺を探らせた。すると信じがたいことがわかった。
 男は幾人もの女と体を重ねていた。日ごとに別の女と出かけ、物陰に隠れてはくちびるを吸い、闇夜に紛れて古小屋へと連れ込んだ。中を覗かずとも耳をそばだてればなにをしているかわかった。
 ヴルペクラは怒り狂った。男が許せなかった。愛し合っているとばかり思っていたのに、彼にとって自分は遊びのひとりでしかなかった。
 殺してやる——その一念にった。
 しかしどう殺すか。男は屈強である。おそらく闇討ちをかけても敵わない。殺し屋を雇うという手もあるが、どこにいて、どう連絡を取ればいいのかもわからない。そもそも殺し屋なんてものが現実にいるかもさだかではない。かといって下手に素人しろうとを雇えばそこから足がつく恐れがある。
 いろいろと考えた結果、呪殺という結論に至った。
 見たことはないが、世の中には呪いというものがあるらしい。そしてそれは、魔法の才能がなくても方法さえたがえなければだれにでもできると聞く。
 彼女は書庫を漁った。呪いに関わりそうなものを手当たり次第拾い、一心不乱に読み漁った。
 すると、あるものに興味を引かれた。
 ——悪魔召喚術。
 内容は、儀式により悪魔を呼び出し、願いを叶えてもらうというものだった。
 彼女は早速試みた。
 真夜中、ひとりこっそりとだれもいない空き部屋に潜り込み、解説図の通りに魔法陣や蝋燭ろうそくを用意し、儀式を行った。
 すると、本当に悪魔が現れた。
 ヴルペクラは悪魔に願いを言った。
「悪魔様、どうか彼を呪い殺してください」
 すると、悪魔はこう答えた。
「いいだろう。しかしそのかわりおまえの魂をもらうぞ」
 その対価にヴルペクラは躊躇ちゅうちょした。復讐はしたいが、悪魔に魂を売るなど考えられない。それは死ぬということだろうし、それ以上に恐ろしいことの気がする。
 ふうむ、と悪魔は考え、
「なら、おまえのかわりにだれか若い女の魂を差し出せ」
 と言った。
「三日、待ってやろう。それまでに若い女の魂を用意するのだ。生きていてはいけない。死んですぐの女を持ってくるか、魂を捕らえて持ってこい。そうすれば願いを叶えてやる。それから銀の食器を持って来い。銀の皿、銀のフォーク、銀のナイフだ。われを呼んだ以上かならずこれを持って三日以内に呼び出さなければならない」
 彼女はうなずき、悪魔は消えた。
 しかし、その用意が難しかった。
 死んですぐの女か、捕らえた魂。
 果たして自分にひとが殺せるだろうか。しくじれば大事件だ。それに成功したとしても、ひとをその手で殺すという事実には変わりない。魂を捕らえるというが、その方法もわからない。
 結局わからないままベッドに潜り、寝つけないのでブランデーをあおって眠った。すると、不思議な夢を見た。
 自分は魔の森の近くにいた。すると、
「レオ様はこちらです」
 森の中から声がした。
「魂売りのレオ様はこちらにいます」
 見ると、森の中に黒猫が一匹、こちらを見て口を動かしていた。
「若い女の魂がほしいのでしょう? それなら、魂売りから買うのが一番です。魂売りのレオ様はこちらです」
 黒猫はそう言って森の奥へと歩いて行った。
 そこで彼女は目が覚めた。
 目覚めてみれば、まだ真夜中だった。
 魂売り——はじめて聞く言葉だった。
 妙に鮮明な夢だった。しかし、あくまで夢だと思った。
 きっと変なことばかり考えているから、それが夢に出てしまったに違いない。酒も飲んでいたし、頭がどうかしていたのだろう。
 彼女はのどの渇きを覚え、飲み物を探しに厨房へ向かおうとした。すると、部屋を出てすぐの廊下でお付きのメイドと鉢合わせた。
 こんな真夜中になにをしているのかと訊いた。すると、
「実はヴルペクラ様が心配になりまして」
 と言った。なんでもおかしな夢を見て、ヴルペクラの様子を見に来る途中だったという。
「夢の中のヴルペクラ様は森にいました。そして、黒い猫のあとを追ってどんどん奥へと進んでいくのです。そこで目が覚め、わたくしはなにやら恐ろしくなり、もしやあなた様が部屋にいらっしゃらないのでは、と気になって見に行こうと思ったのです」
 それは奇妙な一致だった。偶然とは思えない。明らかに不思議な力が働いている。
 そこで翌日の今日、彼女はひとの目を避けてひとり森へ訪れた。夢の通りなら森に黒猫がいるはずだった。
 そして実際に黒猫がいた。
 それはまるで、彼女を待っているかのようにたたずんでいた。
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