魂売りのレオ

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第二話 指のない人形使い

指のない人形使い 二

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 き口の火を消し庭へ出ると、すでにレオが客と話をしていた。
 それにしてもレオはもう少し他人をいたわれないのかな。だって相手はおじいさんだ。見た感じ、もう六十歳は超えている。髪も髭も真っ白で、やや小太り気味のせいかしわは少ないけど、しみだらけの肌を見る限りかなりのご年配だろう。
 右手の杖に体重を乗せて体がかたむいているのを見るに、足腰が悪そうだ。少し震えてる気もする。早く椅子を用意してあげないとかわいそうだよ。それなのにレオったら自分だけ背もたれの長いデックチェアにふんぞり返るみたいに座って、いったいどういう神経してるんだろう。
 ……それにしても変わったおじいさんだな。左腕に人形を抱えている。ドレスを着ておしゃれに着飾った、かわいらしい少女人形だ。顔の感じは十歳くらいで、実際の十歳児よりいく分小さい。まるで孫を小脇に抱えているように見える。こんなところに持って来るなんて、なにか理由があるのかな?
 ——おっと、そんなこと考えてる場合じゃない。椅子だ。
 ぼくは急いで館から手ごろな椅子を持って来て、
「どうぞ、座ってください」
 と、おじいさんの脇に置いた。すると、少女人形が突然こちらを向き、
「ありがとね! このおじいさん腰が悪いの!」
「わあ!」
 に、人形がしゃべった!
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」
 ぼくが驚いたのを見て、おじいさんが笑った。よく見ると人形の背後におじいさんの右腕が伸びていて、それが小刻みに動くと同時に人形の手足や口がちゃきちゃき動いた。
「なあんだ、人形使いか」
 そうだよね、人形がひとりでに動いたりするはずがないよね。でもぼくには本当に生きているように見えたんだ。声もまるっきり女の子だったし、動きもなめらかで、本物以上に本物らしかった。
「驚かせてすまなかったね。つい人形遊びをしてしまうものでな」
 こんどはちゃんとおじいさんがしゃべった。人形のときと違って年相応の低くしわがれた声だった。
「すごいや、ぼく本当に人形がしゃべったのかと思ったよ」
「そうかいそうかい、ありがとうね。人形はわしの生きがいだからのう」
 そう言って、こんどは人形に、
「それは嘘よ。このひと本当はお酒が生きがいなんだから」
 と言わせ、
「そ、そんなことないぞい。最近は一日五本しか飲んどらん」
「飲み過ぎよ!」
 と掛け合いをして見せた。その声の使い分けや語り口はまさにベテランといったふうで、まるで本物の孫と祖父がやりとりしているようだった。
「あははは、おもしろいね」
 とレオに言うと、
「ふん、くだらん」
 レオはあさっての方向に目を逸らした。
「そんな、くだらなくなんかないよ。すごいじゃないか」
「わたしの方がすごい。魔法でなんでもできるからな」
 な、なんてひねくれてるんだ……
 そりゃあレオが魔法を使えば大概たいがいのことはできるだろうさ。なんせ土をこねて人間の体を作ることだってできるんだ。できないことを探す方が難しいかもしれない。
 でもこれは一芸だよ。すばらしい技術だよ。レオは生きた人形を作ることができても、いのちのない人形を自分の手や言葉だけで生きているように見せるなんてできないだろう。それにはきっと、ものすごい努力があったはずだ。こんななめらかな掛け合いは十年二十年じゃ出せない。ぼくも剣を使うから、技術のすごさってのはよくわかるんだ。なのにレオは、
「それがどうした。たかだかお人形遊びだろう。気持ち悪い」
 なんてツバ吐くみたいに言い捨てた。今日のレオはやけに突っかかるなぁ。もしかして機嫌が悪いのかな?
 たしかにレオは口が悪い。相手の短所や間違いをズバッと言ってのけるし、言えば悲しむようなことも平気で言う。だけどこんなふうに余計にいやなことを言ったりはしない。ぼくにはレオがわざといやなことを言っているように見える。
 いったいなにが気に入らないんだろう。もしかしてお風呂を邪魔されたことが気に食わないのかな? まさかメタクソに言って怒って帰るのを待ってるんじゃないのか?
「レオ、いじわる言ってないで、客なんだから話を聞こうよ」
「こんな気持ち悪いじじいの話など聞きたくないな」
「レオ!」
 なんてこと言うんだ。気持ち悪いだなんて、やさしそうなおじいさんじゃないか。そりゃあ歳をとれば肌は汚れるし、加齢臭も出るだろうさ。でもわざわざこんな魔の森と呼ばれるあやしの土地まで杖ついて歩いてきたひとに、そんな言い方はないだろう。ほら見ろ、おじいさんだって眉が垂れ下がって、しゅんとしてるじゃないか。
「あんまりひどいこと言わないでよ。人形使いっていうのはすごい芸なんだよ。子供たちのヒーローだ。レオは子供のころ、街の外で暮らしてたから知らないだろうけど、ぼくらはみんな、お祭りやイベントに来る人形劇がたのしみで、人形使いが来るって聞いたらみんな家の仕事を徹夜も覚悟で終わらせて、父さん母さんに大泣きするいきおいでお願いしてまで見に行ったんだ。ぼくもなんどか見たことがあるけど、こんなに上手な芸は見たことがないよ」
「子供たちのヒーローねぇ……じゃなにか? 子供が見たらみんな大よろこびなのか?」
「もちろん」
 ふふ、とレオは不敵な笑みを浮かべ、
「じゃあ実際に子供に見てもらおうじゃないか」
 レオがそう言うと、館の中からぴょおーと鷹の鳴き声が聞こえた。それからややあって玄関扉が開き、中からヘソ出しミニスカートの少女、アルテルフが現れた。
「レオ様ー、お呼びですかー?」
 アルテルフは相変わらずうやまってるんだかナメてるんだかわからない生意気な口ぶりでレオの前に駆け寄り、大人に変化しはじめる直前の少女の体をぴょんと跳ねさせた。
「このじじいが子供にとって最高におもしろいものを見せてくれるというから、子供のおまえは見せてもらえ」
「ええー? ちょっとレオ様、あたしは子供じゃ——」
 とアルテルフが言いかけると、レオがフッと笑った。するとアルテルフは口をつむぎ、呼応するようにニヤリとほほを上げ、
「おもしろいもの? あたし、おもしろいものだーい好き! だって子供だからー!」
 あ、なにか悪だくみしたな。レオとアルテルフは悪だくみに関しては最高のパートナーだ。ほかにも使い魔がいるのに、やたらアルテルフばかり呼び出すのは単に便利だからだけじゃない。ふたりとも、いたずらや意地悪が大好きで、合図ひとつで息が合うからだ。
「なんでもその人形がおもしろいらしい。ぜひ見せてもらえ。ただしひとつ言っておくが、あまり恥ずかしいことをするなよ。いいか、念を押して言うが、ひと様の前なんだから恥ずかしいことだけはするな。わかるな?」
「恥ずかしいことをするな? はーい、もちろんでーす!」
 そう言ってアルテルフはおじいさんの前に立った。すると人形が言った。
「あら、かわいらしいお嬢さんね」
「やだー、ホントのこと言われると照れちゃうよー!」
 アルテルフはそう言って前屈みになり、人形を覗き込むようにして、
「ねえねえ、お名前なんてーの?」
「わたしはアティク、おじいさんはメンキブって言うの」
「へえー。アティクちゃんもかわいいねー! それにお肌もきれいで本物の人間みたい。触っていい? わあ、プニプニしてるー。いったいなにでできてるの?」
「ウフフ、わたしのお肌はゴムっていう素材でできてるの。だからほかのお人形さんと違って本当の人間みたいでしょ」
「そーなんだー。でもお肌だけじゃなくてお顔もよくできてるね! とくにお口がすごーい! 歯も生えてるし、ベロも動くし、どうなってるの?」
「歯は動物の骨でできてるの。きれいに作ったから、とっても歯並びがいいのよ。舌は体の動きに合わせて動くようになってるの。歯があって、舌が動くと、とってもリアルでしょ。わたしが本当にしゃべってるみたいに見えるのは、細かい作りがしてあるからなのよ」
「すごいねー! そういえば、すごくいいにおいがする! 香水つけてるの?」
 アルテルフは人形に鼻を近づけ、くんくんにおいをかいだ。すると、
「いやん、恥ずかしいわ。いやん、いやん」
 人形は右に左に逃げ、前後に揺れた。
「やだー、逃げないでよー! くんくん」
 アルテルフはひざに手を置き、上半身をのけ反らせて人形を追った。人形の動きに合わせて首を振り、そのたびに持ち上がったお尻がふりふりする。するとスカートが短いからぼくの位置からだと下着が見えそうに——!
 危ない! ぼくは慌てて空を上げた。そうか、これが狙いだな。人形と無邪気に遊んでるふりして、ぼくにいやらしい姿を見せて慌てさせるつもりだったんだ。ひと様の前で恥ずかしいことをするな——ということは、身内のぼくには思い切りいやらしいところを見せてやれ。そういうことだな!? その証拠にアルテルフのヤツ、持ち上げたお尻を左右にふりふりして、それに合わせてミニスカートがふわっ、ふわっと揺れるから、どうやったってぼくの視線はそこに釘付けになる。そうしてぼくがみっともない男に成り下がったところで、
「なんだ、おまえ偉そうなこと言っておきながら、ずいぶんいやらしいヤツだなぁ」
 なんて言い負かすに違いない。そうはさせないぞ。ぼくは騎士だ。絶対に欲望に負けたりなんかしないんだ。
「あれー? おじいさんよだれ出てるー。いてあげよっかー」
「えっ? おっとっと」
 アルテルフに指摘され、メンキブさんはずいぶん驚いた顔で空を見上げ、
「いかんいかん、つい……」
「つい、なーにー?」
「いや、人形繰りが久しぶりでのう。たのしくてついつい夢中になってしまったわい」
「お休みしてたのー? 病気ー?」
「いや、それがの……」
 とメンキブさんは人形に使っていた両手を取り出し、
「この通りでのう……」
 そう言って両手を見せた。
「うわっ……」
 ぼくはつい声をもらしてしまった。
 ひどい手だった。
 右手の小指がなく、薬指と中指は半分ほどで、人差し指も三分の一が消えていた。
 左手に関しては手の真ん中から先がなく、親指も半分の短さだった。
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