魂売りのレオ

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第二話 指のない人形使い

指のない人形使い 五

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「どうだアーサー」
「うん、ちょうどだね」
 ぼくは、お金を持って戻って来たメンキブさんから代金を受け取り、約束の金額に間違いないか数えていた。このあいだのヴルペクラのときみたいに莫大な額じゃないから数分もあれば数えられる。といってもほとんど金貨で持って来てもらえたからだけどね。客によっては銀貨、銅貨をまぜこぜで大量に持って来る場合がある。バンクを利用すればいいのに、バンクを信用してないとか、わけあって街に近寄れないとかで、銅貨を大きなバッグにパンパンに詰めていくつも持ってこられると、ぼくは辟易へきえきしてしまう。魔法ったらいろいろできるくせに、こういうピンポイントでやってほしいことはできないんだから。まあ、しょうがないけどさ。
「さて、これで成立だ。人形に魂を憑依させてやろう。じじい、おまえは椅子を立って、そこに人形を置け」
「ああ、頼みましたぞい」
 メンキブさんは椅子に人形——アティクを座らせ、杖を支えにたたずんだ。そののどがゴクリと音を立てた。緊張か、あるいは期待か。真剣な眼差しで、食い入るように人形を見つめている。
 その人形の前にレオが立ち、かごを開けた。すると中から赤い煙のような光がもわもわと立ち、ふと気づくと半透明の真っ赤な少女が立っていた。
「あれ、ここは?」
 赤い少女の魂は辺りを見回しながら言った。目が覚めたら知らない場所にいた、という感じだ。レオのかごには眠りの効果があるというから、捕まってからずっと眠っていたのだろう。
「あ、あなたたちは?」
 と魂がレオに言うと、
「我々はおまえを助けてやったんだ」
「わたしを助けた……?」
「おまえの肉体は死んで、なくなってしまった。それで、このままでは魂が空気に溶け、消滅してしまうところを保存し、新たな肉体を用意してやったんだ」
「ええっ?」
 少女の魂は困惑していた。そりゃそうだ。長いあいだかごの中で眠っていると記憶が曖昧になってしまい、自分が死んだことも忘れてしまう。彼女はいまはじめて自分の死を知ったようなものだ。それにしてもレオったら嘘ばっかりついて。よくもまあスイスイ嘘が出てくるよ。この状況じゃなにを言われても信じちゃうだろうに。
「見ろ。そこにかわいらしい少女人形がある。あれはそこのじじいが大切にしている操り人形で、じじいは手が使えなくなって人形繰りができなくなってしまった。人形が踊る姿をひとびとに見せることがなによりのしあわせだったのにな。そこで、おまえには人形に取り憑いてもらいたい。そして、踊って子供たちをよろこばせる芸人になってほしいんだ」
「わたしが……お人形に……?」
 少女の魂はやや困惑し、おずおずと人形を見つめた。突然そんなことをしろと言われてもふつう躊躇ちゅうちょするだろう。しかし、
「こんなかわいいお人形さんになれるの?」
 彼女は幼い子供だ。
「うれしい! わたし、ちっちゃいころからお人形さんが大好きなの! 人形劇もいっぱい見たわ。かわいいお人形さんがきれいなお洋服を着て、スカートをひらひらさせてみんなの前で踊って、わたしもあんなお洋服が着たいなってずっと思ってたの」
「そうか。今日から夢が叶うな」
 レオは至極やさしい微笑みを見せた。ああ、レオ……その笑みは嘘だね。ぼくにはわかる。君がそんなにやさしい顔をするはずがない。
「それじゃあ人形の背中から、体を重ねるイメージで入り込んでみろ。なに、難しくない。できなければできるまでやればいい」
 少女は言われた通り、人形の背後から半透明の体を重ねた。するといちどの試行で成功し、少女の姿は見えなくなった。
「よし、入ったな。だがまだ動けないだろう。わたしが魔法をかけてやる」
 そう言ってレオは異国の言葉からなる呪文を唱えはじめた。
 魔法をよく知らない素人は、魔法を使うには呪文や儀式が必要だと勘違いしているひとが多い。中には魔法の杖が必要だと思っているひとまでいる。でも、そんなことは一切しない。魔法は”魔法を使う”と思った時点ですでに終わっている。
 じゃあいまレオが口にしているのはなにか。
 呪術だ。呪術は言葉を使う。そして魔法はひとつのものにひとつしかかけられないのに対し、呪いはいくつもかさねられる。あとで聞いた話だと、このときレオはすでに人形が魂の意思で動くよう魔法をかけていたらしい。そして、この呪文。
「あれは封印だ」
「封印?」
「いちど肉体を離れた魂は、自らの意思で簡単に肉体から出入りできるようになる。そうならないよう、わたしはあの人形に出られない呪いをかけたんだ」
 どうしてそんな呪いをかけたのか。それはすべてが終わったのちに知ることになる。いまのぼくはまだ、この呪文がなにかさえ知らない。
 詠唱を終えたレオは、
「さて、これでおまえはこの人形を自由に動かすことができる。いいか、この人形は人間とおなじだ。おまえが生きていたとき腕を動かそうと思えば自由に動いただろう。歩こうと思えば自由に歩けただろう。それとおなじだ。おまえは自由に動ける。おまえは人間とおなじように体が動く。そうだろう?」
 と、妙に響く声で言った。これはぼくにもわかった。呪術だ。
 いまレオは呪いをかけた。少女の、人形を自分の体として動かしたい、動くはずだ、という感情を、曖昧あいまいなものから真実にしたんだ。
 すると、動いた。
 わずかによろよろと、ぎこちなく揺れるように微動した。
「おお!」
 メンキブさんが声を上げた。
 それから人形は確かめるように手足を上げたり伸ばしたりした。そして椅子からぴょこんと飛び降り、よろこびを表現するようにぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「動いた! 動いたぞい! アティクが動いたぞい!」
 メンキブさんはわなわなと震え、いまにも泣き出しそうな笑顔を見せた。人形アティクは彼を見上げて、
「アティク? このお人形さんはアティクっていうの?」
「ああ、そうじゃ。おまえはアティクじゃ。ああ、アティクよ。我が愛しのアティクよ……!」
 メンキブさんは倒れるように屈み込み、アティクをひしと抱きしめた。
 そういえばこの人形はメンキブさんの初恋の少女をかたち取ったって言ってたっけ。それが動いたんじゃうれしくてたまらないだろうなぁ。
 ……でもなんだろう。そう思うとちょっと変な光景だな。一見おじいさんが孫を抱きしめてるみたいなのに、初恋の相手となるとだいぶ意味合いが違う気がする。初恋ってどういう結果だったんだろう。愛し合ったのかな? それとも片想いだったのかな? もし片想いだとしたら、ぼくだったら抱きしめられない。まるで叶わなかった恋を人形で代用するみたいで、そもそもそんな人形作れない。
 なんだろう、この違和感……
 人形アティクは困惑した顔で、
「おじいさん、おじいさん、わたし、踊りたいわ」
 と身悶みもだえした。
「おお、すまん。ついうれしくて抱きしめてしまった」
 メンキブさんは人形から離れ、
「さあ、踊って見せてくれ」
 と言った。アティクは少しよろめいたかと思うと、ぴたりと足を止め、貴族の挨拶みたいにスカートの両端をひらりと持ち上げながら頭を下げ、ひらひらと踊り出した。
「おお、すばらしい!」
 それはまさに生きていた。ステップを踏み、手をしなやかに伸ばし、跳んで、回って、歌った。それが陽の光に照らされて、キラキラと輝く妖精のようだった。造形がリアルだから、さもすれば本物の人間と区別がつかない。
 やがてアティクは足を止め、深々と貴族風に一礼した。
「最高じゃ! なんとすばらしいんじゃ!」
 メンキブさんは杖を放り捨て、バチバチと拍手をした。老人とは思えないほど興奮していた。
 ぼくも思わず手を叩いた。だって、本当にすばらしかった。人形が動いたからすごいんじゃない。踊りにうといぼくでも目を奪われてしまうほど見事なダンスだった。アルテルフもほほを赤くして「わあー!」と拍手をしている。おそらく本心から感動している。それほど優雅で、きらびやかで、ステキだった。
 ぼくらの拍手に照れてたじろぐアティクに、
 ——パチ、パチ、パチ。
 とレオがゆっくり手を叩き、言った。
「どうだ、踊ってみた感想は」
「気持ちいい!」
 アティクは潤まないはずの作りものの目をキラキラさせて言った。
「すごく気持ちよかったよ。なんだか踊ってると気持ちよくなって、どんどん元気がわいてくるの。みんなの笑顔がわたしの中に入ってくるみたいだった」
「そうだろう。それはひとの念を取り込んでいる証拠だ」
「念?」
 レオはアティクに念の話をした。魂がいかにか細い存在か、そしてどうすれば生きていけるかを事細かに伝えた。
「わかるな。いまおまえが感じた快感は、踊りを見たヤツらのよろこびが念となっておまえの中に注がれたんだ」
「みんなそんなによろこんでくれたの?」
「ああ、いいダンスだったぞ」
「えへへ、うれしいな。じゃあもっと踊ろうっと」
「いや、その辺にしておけ」
「どうして?」
「動かないはずの体を動かすのはかなりエネルギーがいる。我々数人程度の念では割りに合わない。今日はおとなしくして、明日からたくさんの子供たちに芸を見せるといい」
「そっかぁ。もっと踊りたかったなぁ」
 アティクは少し残念そうだった。本当に踊るのが好きらしい。ダンス人形になれたのは幸運かもしれない。
「おい、じじい」
 レオはやや態度を改めて、険しい顔で言った。
「いま言った通り、人形の体を動かすにはかなりエネルギーを消耗する。いくら器に入っているとはいえ、もしろくに念を送らずにいれば数日で魂はなくなってしまうだろう。だからできる限り愛せ。常に愛を注ぎ込め。もっとも、維持するだけなら愛でなくてもいい。それはよろこびでも、憎しみでも、怒りでもいい。とにかく強い想いを持って、こころをぶつけるんだ」
「なにを言っとるんじゃレオさん」
 メンキブさんは呆れるような笑いを見せ、
「こんなにも愛しておるのに、それが途切れることがあるはずがなかろう」
 そう言ってアティクを抱きしめた。
「わあ、伝わってくる。あったかいのがわたしの中に入って、ちょっとずつ元気になるみたい」
 アティクはそう言ってニコニコ微笑んだ。
 レオはそんなアティクの前で屈み込み、
「これを着けておけ」
 と花のブローチを服に着けた。
「わあ、お花のブローチ? ありがとう」
「いいか、これを常に着けておけ。そうすると都合がいい。それと、おまえは体を動かせるが、常に動く必要はない。動かなければエネルギーの消耗はかなり少なくなる。思考だけは止められないから、その分は消耗していくがな」
「うん、わかった!」
 こうして少女の魂は人形アティクに取り憑き、メンキブさんとともに去って行った。
「ありがとうな、レオさんや。この御恩は一生忘れんて」
「レオさん、ありがとー!」
 ぼくらは森の道へと消えていくふたりを見送り、手を振った。少し不思議だったのは、いつも無愛想なレオがめずらしく手を振っていることだった。
 あのレオがだ。ふだんなら知らん顔して行くに任せて、絶対手なんか振らないはずなのに、わざわざ席を立って手を振っていた。……それに、少しだけ苦い顔をしていた。
 どうしてだろう。あんなにしあわせそうなふたりを見送るのに、どうしてそんな顔をするんだろう。
 そのわけを知るのは、その日の夜のことだった。
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