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第四話 アクアリウスの罠
アクアリウスの罠 七
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どこからか風が吹いた。
それは冷たく、しかし不思議とあたたかかった。
レオの周囲は嵐が吹き荒れていた。
しかしぼくのいるところ、アクアリウスの傍は晴れた日の高原のようにさわやかな風がたゆたっていた。
そのふたつの空気は決して混じることなく、実態のない壁を作った。嵐とそよ風がぶつかり合い、その激突面は赤く輝く光の壁となった。
「やっぱり魔力の量はあなたの方が上ね」
光の壁はゆっくりとアクアリウスに迫った。いわく、これはふたつの魔力が押し合っているのだという。濃度の高い方、量の多い方が押していき、最終的に相手を包み込んだ方の勝ちになる。これを魔法合戦という。
魔法合戦——より濃い魔力で相手を覆い、魔法を封じ合う戦いだ。魔法の使えない魔術師など”かかし”とかわらない。あとは煮るなり焼くなり好きにできる。
その魔法合戦において、師匠であるアクアリウスは押されていた。
しかし笑っていた。なにひとつ負ける気がしないと目が言っていた。
「アーサー君、ごめんね。あなたの大切なレオが負けるところを見せちゃって」
アクアリウスは勝利宣言とも取れる言葉をつぶやいた。
「わたしが負けるだと?」
レオは怒りで眉を吊り上げ、ぎろりと犬歯を見せた。
「バカを言わないでいただきたい! わたしに敵う者などこの世に存在しない! たとえ師匠であるあなたとてだ!」
じわじわと迫る光の壁が一気に速度を上げ、アクアリウスを包み込んだ。ゆったりとした風が消え、一帯を嵐が吹き荒れた。
その瞬間アクアリウスの動きが止まった。どうやら魔力を封じると同時にレオが”動けない魔法”をかけたらしい。首から上だけがわずかに揺れている。
「どうだ、わたしの勝ちでしょう! さあ、どうしてくれようか! アーサーを泣かせた報いを受ける覚悟はできているか! 淫乱なあなたのことだ! 裸にひん剥いて街に放り出しでもすれば、さぞよろこぶことでしょう! そうだ、それがいい!」
そう言ってレオは山賊の首領が酒を飲んだときのように笑った。気高いと言うより高飛車で、わりと離れてるのにこっちまでツバが飛んできそうないきおいだ。
「あら、ひどいこと言うのね。そんな悪い子にはきつーいお仕置きをしてあげなきゃ」
「お仕置きだと!? 魔力を封じられてなにをほざく! お仕置きされるのはあなただ!」
レオは周囲に稲妻を落としながらゆっくりと歩いた。その貌は美しくも悪意に歪み、ワハハハハと悪党じみた笑い声を上げながら、のっし、のっし、と大股で闊歩してくる。
たしかにレオは勝っていた。しかしぼくにはアクアリウスが負けたようには見えなかった。だって、まだ笑っている。なんとなくレオとおなじにおいがする。勝ち誇り、弱者をいたぶる強者の余裕が笑顔に込められている。
「まずは衣服をすべてひん剥いてあげましょう! そしてわたしのクローゼットから乳房や恥部が丸見えになる淫乱下着を持って来て、それを着せて街のど真ん中に放り捨ててさしあげましょう! 大人気間違いなしでしょうなあ!」
せ、性格悪いなぁ。相手は師匠だよ。二年ぶりに再開した恩人だよ。いくら怒ったからって、そんなことするか?
「あら、あなたそんなもの持ってるの? こんどわたしにも貸してほしいわ」
「興味がおありですか! ご安心ください、これから着るのです!」
レオはそう言ってアクアリウスの上着に手をかけた。その瞬間、
「いいえ、着るのはあなたよ」
アクアリウスの体表が黄金色に輝いた。
「なっ!?」
レオは咄嗟に飛びのいた。しかし直後、
「うっ!」
着地と同時にレオの動きが止まった。嵐が止み、辺りをゆるやかな風が支配した。
「これは……!?」
「黄金色の魔力よ」
「なに……?」
「ウフフ、魔力の濃さは赤が限界というのが常識でしょ? でもね、その上があったの。それが黄金色」
魔力は濃さによって色が変わる。薄いとまったくの無色で、濃くなれば青、緑、赤と変色していく。それ以上はないとされていたが、アクアリウスの放った超密度の魔力は金色に輝いていた。
「そんなものが……」
レオはギリッと奥歯を噛んだ。動かないところを見ると、黄金色の魔力を押し返せないらしい。
こんどは逆にアクアリウスが歩み寄った。
「ごめんなさい。知ってたら教えたんだけど、わたしも習得したのは去年だから」
「……」
「ほら、わたしって最強じゃない? どうして最強かって、常に新しい魔法の研究をしてるからよね。自分の強さにおごることなく、日々進歩するから最強であり続けるのよね。ああ、試そうとしてるの? たぶん無理よ。そう簡単に黄金色は出せないわ。赤色を練り上げるまでだって相当努力したでしょう。金はもっと難しいの。いくらあなたが天才でも、いますぐは無理。さあ、服を脱がせてあげる。そしてあなたの考えたステキなプランを実行しましょう」
そ、そんな、まさかレオを恥ずかしい格好で街に放り出すつもりか!?
「やめて!」
ぼくは咄嗟に叫んだ。そんなこと絶対に許せなかった。
「お願い、それだけはやめて!」
「あら」
アクアリウスはにこやかに振り返った。
「でもこの子が言ったのよ。負けたらやられるのは当然よね」
「いやだ! レオがぼく以外に裸を見せるなんて耐えられない! お願いだからやめてよ!」
「ダメよ。この子はわたしに生意気な口を利いたの。このわたしによ。悪い子には罰を与えなくちゃいけないわ」
「そんな、言葉くらいいいじゃないか! お願い……頼むからぼくのレオを汚さないで……うっ、ううっ……」
「あらあら、泣いちゃったわ」
「えぐっ、えぐっ! ちくしょう、レオはぼくだけのものだ! 指一本でも触れたら殺してやる! えぐっ!」
「アーサー……」
レオは唯一動く頭をぼくに向け、にじむような声を漏らした。
その瞬間、彼女の髪や瞳が緑色に戻った。それは怒りが消失した証拠だ。
「おまえというヤツは……」
レオの目からひと筋の涙がこぼれた。その眼差しは、子を想う母親のようにやさしかった。
「レオ……」
ああ、レオが泣いている……ちくしょう、レオが泣いてる!
「動け! ちくしょう動けえ!」
ぼくは奥歯がガタガタになりそうなほど力を込めた。しかし体には伝わらない。首から下は、糸の切れた操り人形のように、まったくの無力でいる。
それでもぼくは手足に向かって叫び続けた。動け! 動かなきゃいけないんだ! レオが泣いてるんだ! ここで動かなきゃ、いのちより大切なレオが汚されてしまうんだ!
「やめろアーサー! 歯茎から血が出てる!」
「レオ!」
ぼくは叫んだ。
「大丈夫だよ! ぼくが守るから! こんなヤツぼくがブッ殺してやるから! 絶対に手出しなんかさせないから!」
「あ、アーサー……!」
レオはボロボロ泣いた。ぼくもなぜか涙が止まらなくなった。視界が涙でドロドロになり、もうレオの顔もアクアリウスの顔もわからなかった。それでもぼくは叫び続けた。たとえ歯がすべて砕けようと、頭の血管がブチ破れようと、絶対にレオを助けなければならなかった。
そんなぼくの前に、なにかが立った。
「……負けたわ」
「えっ?」
「わたしの負け。だって、こんなに強い愛を見せられたら、もうレオにひどいことできないもの」
細い指がぼくのなみだを拭った。目の前に、哀しげに微笑むアクアリウスがいた。
「ウフフ、久しぶりにいいもの見せてもらったわ。本物の愛ってヤツね。まったく、うらやましいわぁ」
「は、はあ……」
なんだか知らないけどレオが汚されずに済んだのかな? それならいいんだけれど……
「さあ、魔法を解いてあげましょう。早くそれをしまわないとね。レグルスちゃんは恥ずかしくて気絶しちゃったみたいだし」
え? あ、本当だ。立ったまま目をぐるぐる渦巻きにして「きゅ~」って言ってる。どうりで静かだと思ったよ。ていうかこんなんじゃ、どうやって子孫を残すんだろう。
「あ、でもレオを許したわけじゃないわよ。多少は罰を与えないとね。お尻百叩きなんてどうかしら?」
そう言ってアクアリウスはいたずらっぽく笑った。
ああ、よかった。気配が違う。さっきまであった容赦のない威圧感が消えている。もう怒ってなんかないんだろう。愛ってすごいなぁ。がんばって叫んだかいがあったよ。
「そうそう、あの子はしいたけが苦手なの。罰としてしいたけを食べさせるっていうのは……」
とアクアリウスが言いかけたところで、突然ぎくりと止まった。
「え? どうしたんですか?」
アクアリウスは応えなかった。大きく目を見開き、ぼくを見ているのに見ていなかった。そのひたいに汗がじわっと浮かんでいく。
彼女は必死の形相で振り返った。
その視線の先にレオがいた。
「アクア様、アーサーの愛に免じて、わたしもあなたを罰するのはやめましょう」
レオは歩いていた。ニコリ、とレオらしくないやさしい笑みを浮かべ、動かないはずの足を一歩一歩優雅に進めていた。
「嘘! 魔法は解いてないはずよ!」
「自分で解きました」
「そんな、だって黄金色の魔力で押さえつけてたのよ! あなたに返せるはずがないわ!」
「それが返せるのです」
そう言うと、レオの体から青色の魔力が浮かび、炎のように揺らめいた。
次に緑色の魔力が現れた。するとその二色の境い目が黄色く変化した。
そこに赤色が増えた。そして紫やオレンジ色が現れ、それらが混然とし、虹色の揺らめきに変わった。
「に……虹色の魔力?」
アクアリウスは震えていた。さもすれば恐怖していたのかもしれない。
レオはふふと笑った。
「あなたが最強であろうと努力していたのとおなじく、わたしも魔法を研究していました。するとある不思議なことがわかりました。それは、赤、緑、青の三色の魔力を混ぜ合わせると、赤をはるかに超える虹色の魔力になることです」
「そんな……わたしの黄金魔力より濃いっていうの……?」
「どうやらそのようです。申し訳ありません」
そう言ってレオは小さく頭を下げた。しかし謙遜している様子はない。大人が子供との勝負でわざと負けてあげるときのような笑顔をしている。
それを見たアクアリウスは、
「はあ……はじめて本当に負けたわ」
と肩を落とした。訊くと、アクアリウスは魔術師として独り立ちしてから、いちども、なににも負けなかったという。
「弟子の成長はうれしいけれど、くやしいったらないわね。それ、あとで教えなさいよ」
「ええ、かならず。でもその前にランチにしましょう。なにせ我々は昼メシ抜きで腹ペコなのです。だれか様が気まぐれで、いたずら好きなおかげでね」
それは冷たく、しかし不思議とあたたかかった。
レオの周囲は嵐が吹き荒れていた。
しかしぼくのいるところ、アクアリウスの傍は晴れた日の高原のようにさわやかな風がたゆたっていた。
そのふたつの空気は決して混じることなく、実態のない壁を作った。嵐とそよ風がぶつかり合い、その激突面は赤く輝く光の壁となった。
「やっぱり魔力の量はあなたの方が上ね」
光の壁はゆっくりとアクアリウスに迫った。いわく、これはふたつの魔力が押し合っているのだという。濃度の高い方、量の多い方が押していき、最終的に相手を包み込んだ方の勝ちになる。これを魔法合戦という。
魔法合戦——より濃い魔力で相手を覆い、魔法を封じ合う戦いだ。魔法の使えない魔術師など”かかし”とかわらない。あとは煮るなり焼くなり好きにできる。
その魔法合戦において、師匠であるアクアリウスは押されていた。
しかし笑っていた。なにひとつ負ける気がしないと目が言っていた。
「アーサー君、ごめんね。あなたの大切なレオが負けるところを見せちゃって」
アクアリウスは勝利宣言とも取れる言葉をつぶやいた。
「わたしが負けるだと?」
レオは怒りで眉を吊り上げ、ぎろりと犬歯を見せた。
「バカを言わないでいただきたい! わたしに敵う者などこの世に存在しない! たとえ師匠であるあなたとてだ!」
じわじわと迫る光の壁が一気に速度を上げ、アクアリウスを包み込んだ。ゆったりとした風が消え、一帯を嵐が吹き荒れた。
その瞬間アクアリウスの動きが止まった。どうやら魔力を封じると同時にレオが”動けない魔法”をかけたらしい。首から上だけがわずかに揺れている。
「どうだ、わたしの勝ちでしょう! さあ、どうしてくれようか! アーサーを泣かせた報いを受ける覚悟はできているか! 淫乱なあなたのことだ! 裸にひん剥いて街に放り出しでもすれば、さぞよろこぶことでしょう! そうだ、それがいい!」
そう言ってレオは山賊の首領が酒を飲んだときのように笑った。気高いと言うより高飛車で、わりと離れてるのにこっちまでツバが飛んできそうないきおいだ。
「あら、ひどいこと言うのね。そんな悪い子にはきつーいお仕置きをしてあげなきゃ」
「お仕置きだと!? 魔力を封じられてなにをほざく! お仕置きされるのはあなただ!」
レオは周囲に稲妻を落としながらゆっくりと歩いた。その貌は美しくも悪意に歪み、ワハハハハと悪党じみた笑い声を上げながら、のっし、のっし、と大股で闊歩してくる。
たしかにレオは勝っていた。しかしぼくにはアクアリウスが負けたようには見えなかった。だって、まだ笑っている。なんとなくレオとおなじにおいがする。勝ち誇り、弱者をいたぶる強者の余裕が笑顔に込められている。
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「あら、あなたそんなもの持ってるの? こんどわたしにも貸してほしいわ」
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レオはそう言ってアクアリウスの上着に手をかけた。その瞬間、
「いいえ、着るのはあなたよ」
アクアリウスの体表が黄金色に輝いた。
「なっ!?」
レオは咄嗟に飛びのいた。しかし直後、
「うっ!」
着地と同時にレオの動きが止まった。嵐が止み、辺りをゆるやかな風が支配した。
「これは……!?」
「黄金色の魔力よ」
「なに……?」
「ウフフ、魔力の濃さは赤が限界というのが常識でしょ? でもね、その上があったの。それが黄金色」
魔力は濃さによって色が変わる。薄いとまったくの無色で、濃くなれば青、緑、赤と変色していく。それ以上はないとされていたが、アクアリウスの放った超密度の魔力は金色に輝いていた。
「そんなものが……」
レオはギリッと奥歯を噛んだ。動かないところを見ると、黄金色の魔力を押し返せないらしい。
こんどは逆にアクアリウスが歩み寄った。
「ごめんなさい。知ってたら教えたんだけど、わたしも習得したのは去年だから」
「……」
「ほら、わたしって最強じゃない? どうして最強かって、常に新しい魔法の研究をしてるからよね。自分の強さにおごることなく、日々進歩するから最強であり続けるのよね。ああ、試そうとしてるの? たぶん無理よ。そう簡単に黄金色は出せないわ。赤色を練り上げるまでだって相当努力したでしょう。金はもっと難しいの。いくらあなたが天才でも、いますぐは無理。さあ、服を脱がせてあげる。そしてあなたの考えたステキなプランを実行しましょう」
そ、そんな、まさかレオを恥ずかしい格好で街に放り出すつもりか!?
「やめて!」
ぼくは咄嗟に叫んだ。そんなこと絶対に許せなかった。
「お願い、それだけはやめて!」
「あら」
アクアリウスはにこやかに振り返った。
「でもこの子が言ったのよ。負けたらやられるのは当然よね」
「いやだ! レオがぼく以外に裸を見せるなんて耐えられない! お願いだからやめてよ!」
「ダメよ。この子はわたしに生意気な口を利いたの。このわたしによ。悪い子には罰を与えなくちゃいけないわ」
「そんな、言葉くらいいいじゃないか! お願い……頼むからぼくのレオを汚さないで……うっ、ううっ……」
「あらあら、泣いちゃったわ」
「えぐっ、えぐっ! ちくしょう、レオはぼくだけのものだ! 指一本でも触れたら殺してやる! えぐっ!」
「アーサー……」
レオは唯一動く頭をぼくに向け、にじむような声を漏らした。
その瞬間、彼女の髪や瞳が緑色に戻った。それは怒りが消失した証拠だ。
「おまえというヤツは……」
レオの目からひと筋の涙がこぼれた。その眼差しは、子を想う母親のようにやさしかった。
「レオ……」
ああ、レオが泣いている……ちくしょう、レオが泣いてる!
「動け! ちくしょう動けえ!」
ぼくは奥歯がガタガタになりそうなほど力を込めた。しかし体には伝わらない。首から下は、糸の切れた操り人形のように、まったくの無力でいる。
それでもぼくは手足に向かって叫び続けた。動け! 動かなきゃいけないんだ! レオが泣いてるんだ! ここで動かなきゃ、いのちより大切なレオが汚されてしまうんだ!
「やめろアーサー! 歯茎から血が出てる!」
「レオ!」
ぼくは叫んだ。
「大丈夫だよ! ぼくが守るから! こんなヤツぼくがブッ殺してやるから! 絶対に手出しなんかさせないから!」
「あ、アーサー……!」
レオはボロボロ泣いた。ぼくもなぜか涙が止まらなくなった。視界が涙でドロドロになり、もうレオの顔もアクアリウスの顔もわからなかった。それでもぼくは叫び続けた。たとえ歯がすべて砕けようと、頭の血管がブチ破れようと、絶対にレオを助けなければならなかった。
そんなぼくの前に、なにかが立った。
「……負けたわ」
「えっ?」
「わたしの負け。だって、こんなに強い愛を見せられたら、もうレオにひどいことできないもの」
細い指がぼくのなみだを拭った。目の前に、哀しげに微笑むアクアリウスがいた。
「ウフフ、久しぶりにいいもの見せてもらったわ。本物の愛ってヤツね。まったく、うらやましいわぁ」
「は、はあ……」
なんだか知らないけどレオが汚されずに済んだのかな? それならいいんだけれど……
「さあ、魔法を解いてあげましょう。早くそれをしまわないとね。レグルスちゃんは恥ずかしくて気絶しちゃったみたいだし」
え? あ、本当だ。立ったまま目をぐるぐる渦巻きにして「きゅ~」って言ってる。どうりで静かだと思ったよ。ていうかこんなんじゃ、どうやって子孫を残すんだろう。
「あ、でもレオを許したわけじゃないわよ。多少は罰を与えないとね。お尻百叩きなんてどうかしら?」
そう言ってアクアリウスはいたずらっぽく笑った。
ああ、よかった。気配が違う。さっきまであった容赦のない威圧感が消えている。もう怒ってなんかないんだろう。愛ってすごいなぁ。がんばって叫んだかいがあったよ。
「そうそう、あの子はしいたけが苦手なの。罰としてしいたけを食べさせるっていうのは……」
とアクアリウスが言いかけたところで、突然ぎくりと止まった。
「え? どうしたんですか?」
アクアリウスは応えなかった。大きく目を見開き、ぼくを見ているのに見ていなかった。そのひたいに汗がじわっと浮かんでいく。
彼女は必死の形相で振り返った。
その視線の先にレオがいた。
「アクア様、アーサーの愛に免じて、わたしもあなたを罰するのはやめましょう」
レオは歩いていた。ニコリ、とレオらしくないやさしい笑みを浮かべ、動かないはずの足を一歩一歩優雅に進めていた。
「嘘! 魔法は解いてないはずよ!」
「自分で解きました」
「そんな、だって黄金色の魔力で押さえつけてたのよ! あなたに返せるはずがないわ!」
「それが返せるのです」
そう言うと、レオの体から青色の魔力が浮かび、炎のように揺らめいた。
次に緑色の魔力が現れた。するとその二色の境い目が黄色く変化した。
そこに赤色が増えた。そして紫やオレンジ色が現れ、それらが混然とし、虹色の揺らめきに変わった。
「に……虹色の魔力?」
アクアリウスは震えていた。さもすれば恐怖していたのかもしれない。
レオはふふと笑った。
「あなたが最強であろうと努力していたのとおなじく、わたしも魔法を研究していました。するとある不思議なことがわかりました。それは、赤、緑、青の三色の魔力を混ぜ合わせると、赤をはるかに超える虹色の魔力になることです」
「そんな……わたしの黄金魔力より濃いっていうの……?」
「どうやらそのようです。申し訳ありません」
そう言ってレオは小さく頭を下げた。しかし謙遜している様子はない。大人が子供との勝負でわざと負けてあげるときのような笑顔をしている。
それを見たアクアリウスは、
「はあ……はじめて本当に負けたわ」
と肩を落とした。訊くと、アクアリウスは魔術師として独り立ちしてから、いちども、なににも負けなかったという。
「弟子の成長はうれしいけれど、くやしいったらないわね。それ、あとで教えなさいよ」
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