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第七話 狙われた魔術師
狙われた魔術師 五
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はたして祈りが通じたのか。馬車はコジャッブを乗せたまま館へとたどり着いた。
「よかったな、そいつは本物の友達だ」
「う、うん……よかった」
ぼくはうわずった声で応え、祈りでガチガチに握っていた手をほどいた。血管に血がめぐるのがわかり、ジーンと痺れてくる。それにずっと肩に力を入れてたから肩が痛い。
「だ、だから言っただろ。おれはバラさねえって」
とコジャッブは笑って見せたが、彼もぼくとおなじような感じだった。なにせ逃れられない死と隣り合っていたんだ。笑えるだけでもすごいことだ。
そう、森の判断からは逃れられない。
魔法は基本的に、ひとつの”もの”に対して効果を与えるか、魔力を変換して炎やいかづちなどの”なにか”を発生させるかの二種類に分類される。
これらの魔法は濃い魔力を充満させることで防ぐことができる。しかし土地や空間に付与した魔法はそうはいかない。
俗に”空間魔法”と呼ばれるこのわざは、空間内で特定条件を満たしたものに効果を与えるという特殊なもので、その条件を満たしてしまうといかに魔力で身を守ろうと防ぐことはできない。
ふつうはひとをさらって延々と森を迷わせるなんて複雑なことはできない。せいぜい通常使う魔法の効果を付与する程度だ。しかしレオの母さんは呪術と組み合わせることでそれを可能とし、これまで数えきれないほどの人間を魔の森の餌食にしてきたという。
それにしてもレオの母さんってどんなひとだったんだろう。最強の魔力を持つレオでも空間魔法は複雑過ぎて使えないっていうのに、それを呪術と組み合わせちゃうなんて、とんでもないひとだ。ううん、思い出せない。せめて顔だけでも思い出せればなぁ。
「さて」
馬を降りたレオは疲弊したぼくらのことなど気にも止めず、
「あまり時間がない。これからなにをするか進めながら話すぞ」
と言って足早に駆け出した。
「なにをするの?」
「土人形だ」
レオは館の裏手側に向かい、しゃがみ込んで土をこねはじめた。
土人形とは、もちろん土をこねて作った人形のことだ。しかし魔術師の言う”土人形”は意味が違う。
いのちのない人間を作り出す——とでも言えばいいだろうか。土で作った人形に魔法をかけると血肉が宿る。死体というわけじゃないけど、生きていない人間ができあがる。これに”かたちのないもの”が取り憑くと、コントロールして動くことができるが、そうしなければ単なる人形だ。はたしてレオは土人形でなにをするつもりなんだろう。
その質問にレオは、作業から視線を離さず答えた。
「こいつをもうひとり作る」
「コジャッブを?」
「ああ、そして呪術によって敵を見つけ出す」
レオの作戦はこうだった。
まずコジャッブの”にせもの”を作る。そしていちどコジャッブから魂を抜き出し、にせものに入れて街に戻す。
にせもの(とはいえ中身は本物だが)を真夜中、酒に酔わせて徘徊させる。すると敵は、深酒して酩酊状態のコジャッブを見てチャンスだと思い、殺しにくる。
なのでそのまま殺させてしまう。
そのとき彼は死の痛みや苦しみを味わい、壮絶な恨みを覚える。その怨恨を呪いとして使うのだという。
「呪術はこころの力だ。こころを操ったり、こころのエネルギーを源として行うわざだ。殺される恨みほど強いパワーはそうない。苦痛によって生まれた念は、顔を見ずとも殺した相手を感覚で覚えてくれるだろう」
とレオは土をこねる片手間で簡単に言ったが、当然コジャッブは血相を変えて、
「じ、冗談じゃねえ! それってつまり、おれは死ぬほど痛い思いをするってことじゃねえか!」
「そうだ」
「いやだぜ! おれはドアの入り口に足の小指をぶつけただけで悶絶する男なんだ! それに土人形なんてすぐに崩れちまうもんだろ!」
「安心しろ。わたしがこねた土人形は数日は持つ」
「そんなバカな話あるか! おれンとこの団長は魔術師二十年のベテランだが、それでも半日が限度だったぞ!」
「なんだおまえ、わたしをその辺のザコといっしょにするのか?」
「そういう話じゃねえ、おれは常識の話をしてるんだ!」
「常識ねえ」
レオはフフ、とあざけるように笑い、
「ところでその常識に縛られてるザコどもは、土人形をこねるとき、どれほど魔力を注いでいるんだ?」
「どれほどって……」
と言いかけてコジャッブはハッとし、息をのんだ。彼はレオの手元を見ていた。
レオの手と土のあいだがうっすら赤く輝いている。
魔力だ。レオは土に魔力を流し込んでいる。
なんでも土人形は魔力を粘着剤としてかたちを維持しているらしく、ここで込める魔力の濃度で持ちが違うという。
コジャッブが驚いたのはその濃度だ。
「あんた、ずっと赤色の魔力を込めてるのか……?」
「そうだが、それがどうした?」
「嘘だろ? だって、土人形一体作るのにずっと赤色魔力を出し続けるっていうのかよ」
「常識では不可能らしいな。だがあいにく、わたしは常識とやらの外にいるんでな」
コジャッブは閉口し、信じられないとでも言いたげに目を見開いていた。おそらくバケモノでも見ている気分なのだろう。味方の好意を受けているはずなのに、ひたいにうっすら脂汗がにじんでいる。
「あきらめろ」
レオは言った。
「つらい思いをするのはいやだろうが、ほかに方法がない。いかにわたしでも暗殺者がだれかなど知ることはできん。だからこうして世間から離れて暮らしているんだ。魔術師は一生いのちを狙われ続けるからな」
「……」
「いちど正面から狙われたんだろう? そこで仕留められなかったおまえが悪い」
「……そうだな」
「ならおとなしく従え。わたしが助けてやると言ってるんだ。勉強だと思ってわたしのわざを見ていろ」
コジャッブは素直にうなずいた。レオの膨大な魔力をまのあたりにすれば、もうだれも彼女に逆らえない。それどころか心酔してしまう。強者は絶対であり、真実だ。それはきっとぼくら人類だけでなく、知性のない動物でもおなじだろう。いまのコジャッブにとってレオは師であり、神であり、しるべだった。
作業をはじめてから、かれこれ一時間は経っただろうか。
「よし、できた」
レオは立ち上がり、夏の日差しと土いじりで浮かび上がった汗を腕で拭った。彼女の足元にはコジャッブとおなじくらいの背丈の土人形があった。
しかし人形と呼ぶにはずいぶんとのっぺりしていた。目鼻や指があるわけではない。たとえるなら、ひとが寝そべった周りに線を引き、その線の通りに土を固めた物体だ。胴体はまっすぐだし、頭もそれらしく飛び出ているだけで、手足も棒でしかない。
しかしこれに魔法をかけると人間になる。
「それじゃおまえにするぞ」
そう言ってレオは一瞬、赤い光を放った。それと同時に土人形が赤く輝き、じわじわと人間になりはじめた。
土が変形しながらかたちを成していく。
まず頭だった。
突起が頭の形になり、あごや首ができた。その表面に目鼻や口、耳が生まれ、肌が広がっていく。さらに髪の毛が生え、よく見ると鼻毛やまつ毛もしっかり作られていく。
次に肩、胸、そして腕と、上から順番に人間になっていく。
「どうだ、見たところおまえはこんな体だろう」
「ああ、すげえ。まさにおれはこんな体だ。それにこんな素早く変わっていくのなんて見たことねえ」
「フフフ、ほめるがいい。わたしはすごいのだからな」
レオは相変わらず高飛車だが、視線は土人形から離さない。最後の完成まで気を抜かないのがプロだと彼女は言う。
腹筋のあたりが変わった。腕は二の腕から肘まで変化した。下へ、下へと変わっていく。へそ、腰、そしてもう少しで足の付け根に行こうというあたりで、
「あ! しまった!」
レオが叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「大事なものを忘れていた!」
レオは急遽土を握り、股間の部分に貼りつけた。
それは……とても大事なものだった。
「あっ……」
その、肉体となった”それ”を見てコジャッブは顔を真っ赤にした。
「あははははは!」
ぼくとレオは腹を抱えて大笑いした。だってそれ、すごく小さいんだ! 小指よりも小さい!
「み、見るな!」
きっとコジャッブはほかにもっと言いたいことがあるはずだが、咄嗟に出た言葉はそれだった。それしか出ないほど恥ずかしくてたまらないらしい。
「あーっはっはっはっはっは! よかったなあ! 危うく女性器になってしまうところだったぞ! あはは! あははははは! だ、大丈夫だ! ちゃんと小便はできるはずだから……プフー! あーーっはっはっはっは!」
「わ、笑っちゃ悪いよレオ! そ、そんな、あははははは!」
「くそっ! こんなのおれじゃねえ!」
やがて土人形は足先まで人間になった。どこからどう見てもコジャッブだった。もっとも、ひとつ大きく違うところが、いや、小さく違うところがあるみたいだけどね。プッ、あははは!
「ちくしょう、おまえら笑いやがって……」
コジャッブはにせものの手を動かして”それ”を隠しながら言った。まあいいじゃない。必要な機能はついてるんだし、本物は立派なのがついてるんだから。あははは!
ぼくらはにせものを館まで運び、早速コジャッブの魂を移すことにした。狭いリビングのソファに彼を座らせ、その隣ににせものを置いている。
「なあ、そんなことして本当に大丈夫なんだよな?」
コジャッブは先ほどまでと打って変わって深刻な顔をしていた。なにせ生きた体から魂を抜き出すというのだから、不安になるのも無理はない。
「なに、心配するな。わたしは魂を扱うプロだ。おまえの肉体も腐らないよう眠りの状態にしておくから安心して死んでこい」
「はぁ……いやだなぁ」
「つべこべ言ってないでさっさと薬を飲め。時間がないと言っただろう」
「は~あ……」
コジャッブはアクアリウス特製、液体睡眠薬を飲んだ。すると、
「う、うん……ん……くかー、くかー」
数秒経つか経たないかのうちに彼は意識を朦朧とさせ、だらりと眠ってしまった。
「さすがアクア様の薬だ。よく効く」
言いながらレオは、コジャッブの側頭部を覆うように両手をかざした。そして一瞬、青白い魔力が彼の頭を通り抜けた。
すると、
「くかー、くかー」「くかー、くかー」
彼の姿がぼやけた。いや、よく見ると半透明の彼がわずかにずれて重なっている。魂が抜け出た状態だ。
それをレオが軽くつかんで引き寄せると、眠ったままの魂がゆらりとこちらへ流れてきた。
「ほお、いい黄緑色じゃないか。陽気で、心根がよくて、輝きもなかなかだ。売れば高いぞ」
「やめなよ、こんなときに」
「ははは。商売がら、ついそんなことを考えてしまう」
レオはあらかじめ用意していた銀のかごを開き、そこに魂を封じ込めた。
本来”かたちのないもの”は物質に触れることはできない。しかし唯一、銀だけは霊や魂に触れることができる。コジャッブの魂は黄緑色の光の球となって、かごの中でたゆたっていた。
「うむ、これで準備オーケーだ。死相も消えたしな」
「えっ、死相!?」
「ああ、こいつには死相が出ていた。それもかなり濃いヤツがな」
死相——それはレオだけが見れる死のサインだ。どういうわけだかレオは死期の近い人間がわかり、それは死相として顔に現れるのだという。
「正直森を通るときは不安だった。まさかそこで死んでしまうのではないかとな。なにせおまえの友人だ。できれば生きていてほしい。だがよかった。やはりここで死ぬ運命だったらしいな」
「そ、そんな大事なことなんで教えてくれなかったのさ」
「こいつがいたからだ。忘れたか。わたしが死相を見れるのは、おまえと使い魔以外には秘密なんだぞ」
あ、そういえばそうだった。
「それにおまえのことだ。もし知れば間違いなく態度に出ていただろう。疑心を持たれるとメンドウだからな」
さすがレオ、よくわかんないけどいろいろ考えてたんだね。すごいや。
「さて、魂を移す前にやることがある」
「なに?」
「服を移すんだ。ほれ、腕を持ち上げるから脱がせろ」
ぼくはレオの指示の元、コジャッブの服を脱がせ、にせものに着せていった。上からはじまり、順調に移していく。するとレオがパンツを脱がせたところで、
「おお!」
と叫んだ。
「見ろアーサー! こいつ、発情してないのに、こんなにでかいぞ!」
「ちょっとレオ、そんなの見てないで早く脱がすよ!」
「しかもズルムケだ! これ引っ張ったら被るのか!?」
「やめなよ!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけ引っ張ってみよう!」
「やめなって!!!」
「よかったな、そいつは本物の友達だ」
「う、うん……よかった」
ぼくはうわずった声で応え、祈りでガチガチに握っていた手をほどいた。血管に血がめぐるのがわかり、ジーンと痺れてくる。それにずっと肩に力を入れてたから肩が痛い。
「だ、だから言っただろ。おれはバラさねえって」
とコジャッブは笑って見せたが、彼もぼくとおなじような感じだった。なにせ逃れられない死と隣り合っていたんだ。笑えるだけでもすごいことだ。
そう、森の判断からは逃れられない。
魔法は基本的に、ひとつの”もの”に対して効果を与えるか、魔力を変換して炎やいかづちなどの”なにか”を発生させるかの二種類に分類される。
これらの魔法は濃い魔力を充満させることで防ぐことができる。しかし土地や空間に付与した魔法はそうはいかない。
俗に”空間魔法”と呼ばれるこのわざは、空間内で特定条件を満たしたものに効果を与えるという特殊なもので、その条件を満たしてしまうといかに魔力で身を守ろうと防ぐことはできない。
ふつうはひとをさらって延々と森を迷わせるなんて複雑なことはできない。せいぜい通常使う魔法の効果を付与する程度だ。しかしレオの母さんは呪術と組み合わせることでそれを可能とし、これまで数えきれないほどの人間を魔の森の餌食にしてきたという。
それにしてもレオの母さんってどんなひとだったんだろう。最強の魔力を持つレオでも空間魔法は複雑過ぎて使えないっていうのに、それを呪術と組み合わせちゃうなんて、とんでもないひとだ。ううん、思い出せない。せめて顔だけでも思い出せればなぁ。
「さて」
馬を降りたレオは疲弊したぼくらのことなど気にも止めず、
「あまり時間がない。これからなにをするか進めながら話すぞ」
と言って足早に駆け出した。
「なにをするの?」
「土人形だ」
レオは館の裏手側に向かい、しゃがみ込んで土をこねはじめた。
土人形とは、もちろん土をこねて作った人形のことだ。しかし魔術師の言う”土人形”は意味が違う。
いのちのない人間を作り出す——とでも言えばいいだろうか。土で作った人形に魔法をかけると血肉が宿る。死体というわけじゃないけど、生きていない人間ができあがる。これに”かたちのないもの”が取り憑くと、コントロールして動くことができるが、そうしなければ単なる人形だ。はたしてレオは土人形でなにをするつもりなんだろう。
その質問にレオは、作業から視線を離さず答えた。
「こいつをもうひとり作る」
「コジャッブを?」
「ああ、そして呪術によって敵を見つけ出す」
レオの作戦はこうだった。
まずコジャッブの”にせもの”を作る。そしていちどコジャッブから魂を抜き出し、にせものに入れて街に戻す。
にせもの(とはいえ中身は本物だが)を真夜中、酒に酔わせて徘徊させる。すると敵は、深酒して酩酊状態のコジャッブを見てチャンスだと思い、殺しにくる。
なのでそのまま殺させてしまう。
そのとき彼は死の痛みや苦しみを味わい、壮絶な恨みを覚える。その怨恨を呪いとして使うのだという。
「呪術はこころの力だ。こころを操ったり、こころのエネルギーを源として行うわざだ。殺される恨みほど強いパワーはそうない。苦痛によって生まれた念は、顔を見ずとも殺した相手を感覚で覚えてくれるだろう」
とレオは土をこねる片手間で簡単に言ったが、当然コジャッブは血相を変えて、
「じ、冗談じゃねえ! それってつまり、おれは死ぬほど痛い思いをするってことじゃねえか!」
「そうだ」
「いやだぜ! おれはドアの入り口に足の小指をぶつけただけで悶絶する男なんだ! それに土人形なんてすぐに崩れちまうもんだろ!」
「安心しろ。わたしがこねた土人形は数日は持つ」
「そんなバカな話あるか! おれンとこの団長は魔術師二十年のベテランだが、それでも半日が限度だったぞ!」
「なんだおまえ、わたしをその辺のザコといっしょにするのか?」
「そういう話じゃねえ、おれは常識の話をしてるんだ!」
「常識ねえ」
レオはフフ、とあざけるように笑い、
「ところでその常識に縛られてるザコどもは、土人形をこねるとき、どれほど魔力を注いでいるんだ?」
「どれほどって……」
と言いかけてコジャッブはハッとし、息をのんだ。彼はレオの手元を見ていた。
レオの手と土のあいだがうっすら赤く輝いている。
魔力だ。レオは土に魔力を流し込んでいる。
なんでも土人形は魔力を粘着剤としてかたちを維持しているらしく、ここで込める魔力の濃度で持ちが違うという。
コジャッブが驚いたのはその濃度だ。
「あんた、ずっと赤色の魔力を込めてるのか……?」
「そうだが、それがどうした?」
「嘘だろ? だって、土人形一体作るのにずっと赤色魔力を出し続けるっていうのかよ」
「常識では不可能らしいな。だがあいにく、わたしは常識とやらの外にいるんでな」
コジャッブは閉口し、信じられないとでも言いたげに目を見開いていた。おそらくバケモノでも見ている気分なのだろう。味方の好意を受けているはずなのに、ひたいにうっすら脂汗がにじんでいる。
「あきらめろ」
レオは言った。
「つらい思いをするのはいやだろうが、ほかに方法がない。いかにわたしでも暗殺者がだれかなど知ることはできん。だからこうして世間から離れて暮らしているんだ。魔術師は一生いのちを狙われ続けるからな」
「……」
「いちど正面から狙われたんだろう? そこで仕留められなかったおまえが悪い」
「……そうだな」
「ならおとなしく従え。わたしが助けてやると言ってるんだ。勉強だと思ってわたしのわざを見ていろ」
コジャッブは素直にうなずいた。レオの膨大な魔力をまのあたりにすれば、もうだれも彼女に逆らえない。それどころか心酔してしまう。強者は絶対であり、真実だ。それはきっとぼくら人類だけでなく、知性のない動物でもおなじだろう。いまのコジャッブにとってレオは師であり、神であり、しるべだった。
作業をはじめてから、かれこれ一時間は経っただろうか。
「よし、できた」
レオは立ち上がり、夏の日差しと土いじりで浮かび上がった汗を腕で拭った。彼女の足元にはコジャッブとおなじくらいの背丈の土人形があった。
しかし人形と呼ぶにはずいぶんとのっぺりしていた。目鼻や指があるわけではない。たとえるなら、ひとが寝そべった周りに線を引き、その線の通りに土を固めた物体だ。胴体はまっすぐだし、頭もそれらしく飛び出ているだけで、手足も棒でしかない。
しかしこれに魔法をかけると人間になる。
「それじゃおまえにするぞ」
そう言ってレオは一瞬、赤い光を放った。それと同時に土人形が赤く輝き、じわじわと人間になりはじめた。
土が変形しながらかたちを成していく。
まず頭だった。
突起が頭の形になり、あごや首ができた。その表面に目鼻や口、耳が生まれ、肌が広がっていく。さらに髪の毛が生え、よく見ると鼻毛やまつ毛もしっかり作られていく。
次に肩、胸、そして腕と、上から順番に人間になっていく。
「どうだ、見たところおまえはこんな体だろう」
「ああ、すげえ。まさにおれはこんな体だ。それにこんな素早く変わっていくのなんて見たことねえ」
「フフフ、ほめるがいい。わたしはすごいのだからな」
レオは相変わらず高飛車だが、視線は土人形から離さない。最後の完成まで気を抜かないのがプロだと彼女は言う。
腹筋のあたりが変わった。腕は二の腕から肘まで変化した。下へ、下へと変わっていく。へそ、腰、そしてもう少しで足の付け根に行こうというあたりで、
「あ! しまった!」
レオが叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「大事なものを忘れていた!」
レオは急遽土を握り、股間の部分に貼りつけた。
それは……とても大事なものだった。
「あっ……」
その、肉体となった”それ”を見てコジャッブは顔を真っ赤にした。
「あははははは!」
ぼくとレオは腹を抱えて大笑いした。だってそれ、すごく小さいんだ! 小指よりも小さい!
「み、見るな!」
きっとコジャッブはほかにもっと言いたいことがあるはずだが、咄嗟に出た言葉はそれだった。それしか出ないほど恥ずかしくてたまらないらしい。
「あーっはっはっはっはっは! よかったなあ! 危うく女性器になってしまうところだったぞ! あはは! あははははは! だ、大丈夫だ! ちゃんと小便はできるはずだから……プフー! あーーっはっはっはっは!」
「わ、笑っちゃ悪いよレオ! そ、そんな、あははははは!」
「くそっ! こんなのおれじゃねえ!」
やがて土人形は足先まで人間になった。どこからどう見てもコジャッブだった。もっとも、ひとつ大きく違うところが、いや、小さく違うところがあるみたいだけどね。プッ、あははは!
「ちくしょう、おまえら笑いやがって……」
コジャッブはにせものの手を動かして”それ”を隠しながら言った。まあいいじゃない。必要な機能はついてるんだし、本物は立派なのがついてるんだから。あははは!
ぼくらはにせものを館まで運び、早速コジャッブの魂を移すことにした。狭いリビングのソファに彼を座らせ、その隣ににせものを置いている。
「なあ、そんなことして本当に大丈夫なんだよな?」
コジャッブは先ほどまでと打って変わって深刻な顔をしていた。なにせ生きた体から魂を抜き出すというのだから、不安になるのも無理はない。
「なに、心配するな。わたしは魂を扱うプロだ。おまえの肉体も腐らないよう眠りの状態にしておくから安心して死んでこい」
「はぁ……いやだなぁ」
「つべこべ言ってないでさっさと薬を飲め。時間がないと言っただろう」
「は~あ……」
コジャッブはアクアリウス特製、液体睡眠薬を飲んだ。すると、
「う、うん……ん……くかー、くかー」
数秒経つか経たないかのうちに彼は意識を朦朧とさせ、だらりと眠ってしまった。
「さすがアクア様の薬だ。よく効く」
言いながらレオは、コジャッブの側頭部を覆うように両手をかざした。そして一瞬、青白い魔力が彼の頭を通り抜けた。
すると、
「くかー、くかー」「くかー、くかー」
彼の姿がぼやけた。いや、よく見ると半透明の彼がわずかにずれて重なっている。魂が抜け出た状態だ。
それをレオが軽くつかんで引き寄せると、眠ったままの魂がゆらりとこちらへ流れてきた。
「ほお、いい黄緑色じゃないか。陽気で、心根がよくて、輝きもなかなかだ。売れば高いぞ」
「やめなよ、こんなときに」
「ははは。商売がら、ついそんなことを考えてしまう」
レオはあらかじめ用意していた銀のかごを開き、そこに魂を封じ込めた。
本来”かたちのないもの”は物質に触れることはできない。しかし唯一、銀だけは霊や魂に触れることができる。コジャッブの魂は黄緑色の光の球となって、かごの中でたゆたっていた。
「うむ、これで準備オーケーだ。死相も消えたしな」
「えっ、死相!?」
「ああ、こいつには死相が出ていた。それもかなり濃いヤツがな」
死相——それはレオだけが見れる死のサインだ。どういうわけだかレオは死期の近い人間がわかり、それは死相として顔に現れるのだという。
「正直森を通るときは不安だった。まさかそこで死んでしまうのではないかとな。なにせおまえの友人だ。できれば生きていてほしい。だがよかった。やはりここで死ぬ運命だったらしいな」
「そ、そんな大事なことなんで教えてくれなかったのさ」
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あ、そういえばそうだった。
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「なに?」
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「おお!」
と叫んだ。
「見ろアーサー! こいつ、発情してないのに、こんなにでかいぞ!」
「ちょっとレオ、そんなの見てないで早く脱がすよ!」
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「やめなよ!」
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