魂売りのレオ

休止中

文字の大きさ
51 / 178
第七話 狙われた魔術師

狙われた魔術師 五

しおりを挟む
 はたして祈りが通じたのか。馬車はコジャッブを乗せたまま館へとたどり着いた。
「よかったな、そいつは本物の友達だ」
「う、うん……よかった」
 ぼくはうわずった声で応え、祈りでガチガチに握っていた手をほどいた。血管に血がめぐるのがわかり、ジーンと痺れてくる。それにずっと肩に力を入れてたから肩が痛い。
「だ、だから言っただろ。おれはバラさねえって」
 とコジャッブは笑って見せたが、彼もぼくとおなじような感じだった。なにせ逃れられない死と隣り合っていたんだ。笑えるだけでもすごいことだ。
 そう、森の判断からはのがれられない。
 魔法は基本的に、ひとつの”もの”に対して効果を与えるか、魔力を変換して炎やいかづちなどの”なにか”を発生させるかの二種類に分類される。
 これらの魔法は濃い魔力を充満させることで防ぐことができる。しかし土地や空間に付与した魔法はそうはいかない。
 俗に”空間魔法”と呼ばれるこのわざは、空間内で特定条件を満たしたものに効果を与えるという特殊なもので、その条件を満たしてしまうといかに魔力で身を守ろうと防ぐことはできない。
 ふつうはひとをさらって延々と森を迷わせるなんて複雑なことはできない。せいぜい通常使う魔法の効果を付与する程度だ。しかしレオの母さんは呪術と組み合わせることでそれを可能とし、これまで数えきれないほどの人間を魔の森の餌食にしてきたという。
 それにしてもレオの母さんってどんなひとだったんだろう。最強の魔力を持つレオでも空間魔法は複雑過ぎて使えないっていうのに、それを呪術と組み合わせちゃうなんて、とんでもないひとだ。ううん、思い出せない。せめて顔だけでも思い出せればなぁ。
「さて」
 馬を降りたレオは疲弊したぼくらのことなど気にも止めず、
「あまり時間がない。これからなにをするか進めながら話すぞ」
 と言って足早に駆け出した。
「なにをするの?」
「土人形だ」
 レオは館の裏手側に向かい、しゃがみ込んで土をこねはじめた。
 土人形とは、もちろん土をこねて作った人形のことだ。しかし魔術師の言う”土人形”は意味が違う。
 いのちのない人間を作り出す——とでも言えばいいだろうか。土で作った人形に魔法をかけると血肉が宿る。死体というわけじゃないけど、生きていない人間ができあがる。これに”かたちのないもの”が取り憑くと、コントロールして動くことができるが、そうしなければ単なる人形だ。はたしてレオは土人形でなにをするつもりなんだろう。
 その質問にレオは、作業から視線を離さず答えた。
「こいつをもうひとり作る」
「コジャッブを?」
「ああ、そして呪術によって敵を見つけ出す」
 レオの作戦はこうだった。
 まずコジャッブの”にせもの”を作る。そしていちどコジャッブから魂を抜き出し、にせものに入れて街に戻す。
 にせもの(とはいえ中身は本物だが)を真夜中、酒に酔わせて徘徊させる。すると敵は、深酒ふかざけして酩酊めいてい状態のコジャッブを見てチャンスだと思い、殺しにくる。
 なのでそのまま殺させてしまう。
 そのとき彼は死の痛みや苦しみを味わい、壮絶な恨みを覚える。その怨恨えんこんを呪いとして使うのだという。
「呪術はこころの力だ。こころを操ったり、こころのエネルギーをみなもととして行うわざだ。殺される恨みほど強いパワーはそうない。苦痛によって生まれた念は、顔を見ずとも殺した相手を感覚で覚えてくれるだろう」
 とレオは土をこねる片手間で簡単に言ったが、当然コジャッブは血相を変えて、
「じ、冗談じゃねえ! それってつまり、おれは死ぬほど痛い思いをするってことじゃねえか!」
「そうだ」
「いやだぜ! おれはドアの入り口に足の小指をぶつけただけで悶絶する男なんだ! それに土人形なんてすぐに崩れちまうもんだろ!」
「安心しろ。わたしがこねた土人形は数日は持つ」
「そんなバカな話あるか! おれンとこの団長は魔術師二十年のベテランだが、それでも半日が限度だったぞ!」
「なんだおまえ、わたしをその辺のザコといっしょにするのか?」
「そういう話じゃねえ、おれは常識の話をしてるんだ!」
「常識ねえ」
 レオはフフ、とあざけるように笑い、
「ところでその常識に縛られてるザコどもは、土人形をこねるとき、どれほど魔力をそそいでいるんだ?」
「どれほどって……」
 と言いかけてコジャッブはハッとし、息をのんだ。彼はレオの手元を見ていた。
 レオの手と土のあいだがうっすら赤く輝いている。
 魔力だ。レオは土に魔力を流し込んでいる。
 なんでも土人形は魔力を粘着剤としてかたちを維持しているらしく、ここで込める魔力の濃度で持ちが違うという。
 コジャッブが驚いたのはその濃度だ。
「あんた、ずっと赤色の魔力を込めてるのか……?」
「そうだが、それがどうした?」
「嘘だろ? だって、土人形一体作るのにずっと赤色魔力を出し続けるっていうのかよ」
「常識では不可能らしいな。だがあいにく、わたしは常識とやらの外にいるんでな」
 コジャッブは閉口し、信じられないとでも言いたげに目を見開いていた。おそらくバケモノでも見ている気分なのだろう。味方の好意を受けているはずなのに、ひたいにうっすら脂汗がにじんでいる。
「あきらめろ」
 レオは言った。
「つらい思いをするのはいやだろうが、ほかに方法がない。いかにわたしでも暗殺者がだれかなど知ることはできん。だからこうして世間から離れて暮らしているんだ。魔術師は一生いのちを狙われ続けるからな」
「……」
「いちど正面から狙われたんだろう? そこで仕留められなかったおまえが悪い」
「……そうだな」
「ならおとなしく従え。わたしが助けてやると言ってるんだ。勉強だと思ってわたしのわざを見ていろ」
 コジャッブは素直にうなずいた。レオの膨大な魔力をまのあたりにすれば、もうだれも彼女に逆らえない。それどころか心酔してしまう。強者は絶対であり、真実だ。それはきっとぼくら人類だけでなく、知性のない動物でもおなじだろう。いまのコジャッブにとってレオは師であり、神であり、しるべだった。
 作業をはじめてから、かれこれ一時間は経っただろうか。
「よし、できた」
 レオは立ち上がり、夏の日差しと土いじりで浮かび上がった汗を腕で拭った。彼女の足元にはコジャッブとおなじくらいの背丈の土人形があった。
 しかし人形と呼ぶにはずいぶんとのっぺりしていた。目鼻や指があるわけではない。たとえるなら、ひとが寝そべった周りに線を引き、その線の通りに土を固めた物体だ。胴体はまっすぐだし、頭もそれらしく飛び出ているだけで、手足も棒でしかない。
 しかしこれに魔法をかけると人間になる。
「それじゃおまえにするぞ」
 そう言ってレオは一瞬、赤い光を放った。それと同時に土人形が赤く輝き、じわじわと人間になりはじめた。
 土が変形しながらかたちを成していく。
 まず頭だった。
 突起が頭の形になり、あごや首ができた。その表面に目鼻や口、耳が生まれ、肌が広がっていく。さらに髪の毛が生え、よく見ると鼻毛やまつ毛もしっかり作られていく。
 次に肩、胸、そして腕と、上から順番に人間になっていく。
「どうだ、見たところおまえはこんな体だろう」
「ああ、すげえ。まさにおれはこんな体だ。それにこんな素早く変わっていくのなんて見たことねえ」
「フフフ、ほめるがいい。わたしはすごいのだからな」
 レオは相変わらず高飛車だが、視線は土人形から離さない。最後の完成まで気を抜かないのがプロだと彼女は言う。
 腹筋のあたりが変わった。腕は二の腕から肘まで変化した。下へ、下へと変わっていく。へそ、腰、そしてもう少しで足の付け根に行こうというあたりで、
「あ! しまった!」
 レオが叫んだ。
「ど、どうしたの!?」
「大事なものを忘れていた!」
 レオは急遽土を握り、股間の部分に貼りつけた。
 それは……とても大事なものだった。
「あっ……」
 その、肉体となった”それ”を見てコジャッブは顔を真っ赤にした。
「あははははは!」
 ぼくとレオは腹を抱えて大笑いした。だってそれ、すごく小さいんだ! 小指よりも小さい!
「み、見るな!」
 きっとコジャッブはほかにもっと言いたいことがあるはずだが、咄嗟とっさに出た言葉はそれだった。それしか出ないほど恥ずかしくてたまらないらしい。
「あーっはっはっはっはっは! よかったなあ! 危うく女性器になってしまうところだったぞ! あはは! あははははは! だ、大丈夫だ! ちゃんと小便はできるはずだから……プフー! あーーっはっはっはっは!」
「わ、笑っちゃ悪いよレオ! そ、そんな、あははははは!」
「くそっ! こんなのおれじゃねえ!」
 やがて土人形は足先まで人間になった。どこからどう見てもコジャッブだった。もっとも、ひとつ大きく違うところが、いや、小さく違うところがあるみたいだけどね。プッ、あははは!
「ちくしょう、おまえら笑いやがって……」
 コジャッブはにせものの手を動かして”それ”を隠しながら言った。まあいいじゃない。必要な機能はついてるんだし、本物は立派なのがついてるんだから。あははは!
 ぼくらはにせものを館まで運び、早速コジャッブの魂を移すことにした。狭いリビングのソファに彼を座らせ、その隣ににせものを置いている。
「なあ、そんなことして本当に大丈夫なんだよな?」
 コジャッブは先ほどまでと打って変わって深刻な顔をしていた。なにせ生きた体から魂を抜き出すというのだから、不安になるのも無理はない。
「なに、心配するな。わたしは魂を扱うプロだ。おまえの肉体も腐らないよう眠りの状態にしておくから安心して死んでこい」
「はぁ……いやだなぁ」
「つべこべ言ってないでさっさと薬を飲め。時間がないと言っただろう」
「は~あ……」
 コジャッブはアクアリウス特製、液体睡眠薬を飲んだ。すると、
「う、うん……ん……くかー、くかー」
 数秒経つか経たないかのうちに彼は意識を朦朧とさせ、だらりと眠ってしまった。
「さすがアクア様の薬だ。よく効く」
 言いながらレオは、コジャッブの側頭部を覆うように両手をかざした。そして一瞬、青白い魔力が彼の頭を通り抜けた。
 すると、
「くかー、くかー」「くかー、くかー」
 彼の姿がぼやけた。いや、よく見ると半透明の彼がわずかにずれて重なっている。魂が抜け出た状態だ。
 それをレオが軽くつかんで引き寄せると、眠ったままの魂がゆらりとこちらへ流れてきた。
「ほお、いい黄緑色じゃないか。陽気で、心根がよくて、輝きもなかなかだ。売れば高いぞ」
「やめなよ、こんなときに」
「ははは。商売がら、ついそんなことを考えてしまう」
 レオはあらかじめ用意していた銀のかごを開き、そこに魂を封じ込めた。
 本来”かたちのないもの”は物質に触れることはできない。しかし唯一、銀だけは霊や魂に触れることができる。コジャッブの魂は黄緑色の光の球となって、かごの中でたゆたっていた。
「うむ、これで準備オーケーだ。死相も消えたしな」
「えっ、死相!?」
「ああ、こいつには死相が出ていた。それもかなり濃いヤツがな」
 死相——それはレオだけが見れる死のサインだ。どういうわけだかレオは死期の近い人間がわかり、それは死相として顔に現れるのだという。
「正直森を通るときは不安だった。まさかそこで死んでしまうのではないかとな。なにせおまえの友人だ。できれば生きていてほしい。だがよかった。やはりここで死ぬ運命だったらしいな」
「そ、そんな大事なことなんで教えてくれなかったのさ」
「こいつがいたからだ。忘れたか。わたしが死相を見れるのは、おまえと使い魔以外には秘密なんだぞ」
 あ、そういえばそうだった。
「それにおまえのことだ。もし知れば間違いなく態度に出ていただろう。疑心を持たれるとメンドウだからな」
 さすがレオ、よくわかんないけどいろいろ考えてたんだね。すごいや。
「さて、魂を移す前にやることがある」
「なに?」
「服を移すんだ。ほれ、腕を持ち上げるから脱がせろ」
 ぼくはレオの指示の元、コジャッブの服を脱がせ、にせものに着せていった。上からはじまり、順調に移していく。するとレオがパンツを脱がせたところで、
「おお!」
 と叫んだ。
「見ろアーサー! こいつ、発情してないのに、こんなにでかいぞ!」
「ちょっとレオ、そんなの見てないで早く脱がすよ!」
「しかもズルムケだ! これ引っ張ったら被るのか!?」
「やめなよ!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけ引っ張ってみよう!」
「やめなって!!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...