52 / 178
第七話 狙われた魔術師
狙われた魔術師 六
しおりを挟む
「気分はどうだ?」
レオはコジャッブの魂が入った”にせもの”に言った。
「うん、まあ……」
コジャッブは煮え切らない様子で曖昧に応え、感覚を確かめるように手足を動かした。
「やはりあれが小さいと気になるか?」
「ち、違えよ!」
コジャッブは顔を赤くし、
「……これから死ぬと思うとよぉ」
と顔からすぐに血の気が引いて青くなった。言葉の端々にため息が混じっている。
気持ちはわかるよ。だって仮の肉体とはいえ死の苦痛を味わうんだ。想像しただけで吐き気がするに違いない。生気を保っているのが不思議なくらいだ。
そんなコジャッブはぼくに助けを求めるようにじっとり視線を向け、
「やっぱ故郷に帰ろうかなぁ……」
と言った。やっぱり怖いんだな。そんな潤んだ瞳を向けて……そうか、きっと勇気がほしいんだ。背中を押してほしいんだね。
「大丈夫、きっとうまくいくよ!」
ぼくはできる限りの笑顔でそう言ってあげた。すると彼は、
「はぁ~あ」
とゲッソリ生気の抜けた声を漏らした。ありゃ、元気出なかったか。まあしょうがないね。こればっかりは本人のやる気だもの。ぼくにできるのは祈ることだけだよ。
「じゃあ早速街に行くぞ。そろそろ日が沈む。のんびりしてる時間はない」
ぼくらは馬車に乗り、再び街へと向かった。その車中で、今夜どうするか、いまいちど打ち合わせをした。
行きとおなじく、レオは手綱を握りながらで言った。
「いいか、酒はそこそこにするんだ。あまり飲み過ぎてはいかん」
「え、酔っ払うんじゃなかったのか?」
コジャッブはやや残念そうに言った。どうやら思い切り酔って恐怖をかき消すつもりだったらしい。
しかしレオは違うと言った。
「顔が赤くなる程度には飲んでもらいたい。だが酒が回り過ぎればまともな思考ができず、感情で行動する恐れがある。それに呪術をやるにはしっかり苦しまなければならない」
「な、なんでだよ」
「言ったろう。呪術はこころの力だ。もし酒で意識が飛んで、なにをされても痛みを感じない状態で殺されてみろ。おまえの魂は死んだことも気づかずどこぞへと行ってしまうぞ。そうなっては困る。しっかり苦しんで、絶対に復讐してやるという気持ちで死んでもらわねばならん」
「うう……」
コジャッブが少し吐きそうになった。かわいそうに……ぼくは彼の背中をさすりながら言った。
「ねえ、レオが敵を倒すって手はないの?」
「なに?」
「たとえばコジャッブがおとりになって、敵がそれを狙ってるのを見つけて返り討ちにしちゃうとかさ」
「まあ、できるかもしれん。だがそれはできない」
「どういうこと?」
「おまえ、もしなにかを達成しようというときに赤の他人が邪魔に入って殺されたらどう思う?」
「そりゃ邪魔した相手を心底恨むだろうね」
「だろう。幽霊になってそいつを呪い殺したいと思わないか?」
「う~ん、たしかに」
「そういうことだ。たしかにわたしならやれるかもしれん。だが確実ではないし、そうなれば恨まれるのはわたしだ。話を聞くに大した怨念ではなさそうだから、恨まれたところでさして苦労はせんだろうが、それでもメンドウなことになるのは間違いない。それに下手に活動してだれかに見られでもしたら困るからな」
レオはひとに見られることをひどく恐れていた。
「ひとつのものにかけられる魔法はひとつ切りだ。わたしは今夜”聞かれない魔法”で音を消すつもりだから”顔を覚えられない魔法”や”見えなくなる魔法”を使えない。下手に動いてだれかに見られたらどうする。もうあの街に行けなくなるぞ」
コジャッブの住む街はレオのお気に入りで、劇場が三つもある。もしここでだれかに顔を覚えられればもう二度と行けなくなるかもしれない。魔術師である以上、いのちを狙われる可能性は徹底的に潰さなければならない。だから本当ならレオは今回の手助けだってしたくないと言う。
「我々は見るだけだ。遠巻きにこいつがどうなるか監視して、いざ殺されたら魂を回収してすぐに館へ戻る。それ以上のことは絶対にせん」
そんな……レオがやってくれればコジャッブは苦しまずに済むのになぁ。でもまあ、しょうがないか。ぼくもあの街に行けなくなるのはいやだし、元々ぼくらには関係ないことだしね。悪いけど彼にはがんばってもらおう。
やがてぼくらは街に着いた。急いで来たがもう日は沈み、闇討ちにはピッタリな暗雲が星を塞いでいる。
大きな街はどこも夜になると門が閉まり、理由なしに出入りができなくなってしまう。しかし住民のコジャッブが馬車で出かけていたと門番に話すと、ぼくらも含めてすんなり入ることができた。都から遠いほど、この手の管理はずさんだ。だらしないと思うけど、今回だけは地方都市のいいかげんさに感謝している。
「さて、アーサーと友人の再開祝いだ。今日はわたしがおごってやる。高くてうまい店を選べ」
そうレオに言われ、コジャッブはそこそこに賑わう酒場を選んだ。ぼくは久々の外食ディナーにわくわくしたが、コジャッブはあまり食欲がなさそうに見えた。
「おいおい、なんだその顔は。おまえはこれからいのちを賭けた勝負に出るんだぞ。少しはしゃっきりしろ」
「こんなときに元気なんか出るかよ……」
レオはいかにも栄養のつきそうな料理をいくつも注文した。毎日食べればお腹が出っ張ってしまいそうなものばかりだ。どれもコッテリして、たまらなくおいしい。ひとくち食べただけでほっぺたがにんまりしてしまう。
ぼくはあんまりおいしくて、一杯だけアップルシードルを飲むことにした。ゴテゴテの肉に、苦味のあるシュワシュワしたお酒が合う! ぼくは下戸だってのに、これじゃもっと飲みたくなっちゃうよ!
「おいしいね、コジャッブ!」
「……」
コジャッブはあまり料理に手をつけていなかった。食べてはいるものの顔色は悪く、もしかしたら味なんか感じてないのかもしれない。
「まったく、それでプロの魔術師になるつもりか」
レオは呆れ気味に言った。
「いいか、魔術師業界はだましだまされの陰険な世界だ。どんなときでも余裕がなくてはならん。そんな暗い顔でどうする。もし敵に怪しいと思われればそれまでなんだぞ。気が進まなくても食え。最後にものを言うのは体力だ」
コジャッブはうなずくのも曖昧に肉のかたまりをほおばった。顔は「うまい」と言っていなかった。
「ところでさ」
ぼくはふとあることを思った。
「レオは今夜敵が攻撃してくる前提で話してるけど、そんなに都合よく襲ってくるかな?」
「来る」
レオは断定した。
「どうして?」
「ひとのいのちを狙うというのは並ならぬ神経を使う。狙われる方が疲弊するのは当然だが、狙う方もかなり疲れることだ。向こうも早く終わらせたいと思っているだろう。そんなことを気分が乗ったときだけ狙いに行くなんてするはずがない。敵はできる限り粘着しているはずだ」
「それじゃいまも見張られてるの?」
「いや、いまはわたしが顔を覚えられない魔法を使っているからわからないはずだ。だがいい時間になったらこいつだけ魔法を解き、適当にふらふらさせる。そうなればどんな鈍感なヤツでも気づくだろう」
ふうん、そういうもんかぁ。
「ま、元騎士ならそれなりに根性はあるんだろう? なあに、はじまってしまえばもう逃げられんのだ。腹をくくれ。下手な演技で失敗すればあとは知らん。そのときはあきらめて田舎に帰れ」
そう言ってレオはウィスキーのロックをゴクゴク飲んだ。コジャッブは酒を飲んでいるのになかなか赤くならなかった。
やがて、いい時間になった。
夜が終わり、真夜中という言葉が似合う時分が訪れた。空は相変わらず暗雲が広がっている。商店の灯りがなければ真っ暗だったろう。
おもてを歩く人間はほとんどいない。世間はとっくに寝静まっている。いま外に出ているのはごくわずかで、そのうちほとんどが酔っ払いだった。しかし中にはしらふの人間もいて、
「おや、あんたずいぶん酔っ払ってるねぇ。大丈夫かい?」
とコジャッブを介抱しようとした。
「あぁ~い、歩けるよぉ~」
彼は陽気に応え、
「心配いらねぇ~、おれんちはすぐそこ~」
と世話焼き者を振り払い、鼻歌混じりで歩き出した。
「うむ、下手だがまあいいだろう」
レオはぼくとともに民家の屋根の上にしゃがみ込み、彼の様子を見張っていた。ぼくらは黒いローブをまとい、顔は黒仮面で隠していた。
「この様子ならそのうちだれもいなくなるだろう。さっさとやってほしいものだ」
レオは仮面の下にウィスキーの小ビンを潜り込ませ、クイっとやった。音が漏れないよう”聞かれない魔法”をかけているとはいえ、かなり不用心だ。仕事の緊張感じゃない。
「別に気を張るほどのことでもあるまい。ただ見物して、終わったら魂を回収するだけなんだからな」
まあ、そうだけどさ。ぼくはちょっと気が重いよ。だってこれから親友が殺されるところを見るんだから。
コジャッブはふらふらと街を徘徊し、ときどき座り込んだり寝転んだりした。なかなか酔っ払いの演技が上手い。たまにひとに声をかけられるが、彼はそのどれもをうまくすり抜け、徘徊を続けた。
そして、そのときが来た。
辺りから人影がなくなり、酒場の灯りも落ちた。
道を照らすものはひとつもない。見渡す限り闇が広がっている。
暗いというのはそれだけで恐ろしい。レオの傍にいるぼくでさえ闇には恐怖を覚える。察するに、コジャッブの恐怖は尋常じゃないだろう。彼の影はときおり固まってきょろきょろしたり、物音で肩が跳ねたりした。
「おや」
レオがなにかに気づいた。
「あれは通行人か?」
コジャッブが裏道を通っていると、その背後に別の人影があった。
「敵かな?」
「そうだろうな。一定の距離を保ってついて来ている。後ろ手に持っているのはナイフじゃないか?」
あ、本当だ。あの人影、右手を背中に回して、なにやら白っぽいものを持っている。たぶんナイフに違いない。
「よし、早くやれ! さっさと終わらせろ!」
レオは両手を握って「やれ、やれ!」と振った。ひどいなぁ。きっと死ぬほど痛いよ。だって死ぬんだもん。せめて苦しまないよう一瞬で致命傷を与えてほしいな。いや、苦しんだ方が呪術の効果が高いんだっけ。ああいやだ。
コジャッブはさらに裏道を進んだ。そのあとを影が追った。ふたりの距離は徐々に縮まっていく。そしてコジャッブがふらりとよろけて民家の壁に手をついたとき、影が一気に距離を縮めた。
「あ、やられる!」
「よし、やれ!」
ぼくは恐怖で拳を握った。
レオは歓喜で拳を握った。
そして影が握った白いものを振りかぶり、コジャッブ目掛けて突っ込んで行った。そのとき、
「わあああー!」
コジャッブは振り返り、大声を上げた。追っ手はビクリと跳ね、そのまますっ転んでしまった。
「あ、あのバカ!」
レオがひとんちの屋根をブッ叩いた。
「なぜ振り向いた! ああもう、こうなったら殺せ! おまえがそいつをいま殺せ!」
レオは”聞かれない魔法”をかけていることも忘れてはやし立てた。しかしコジャッブは、
「わあああああーー!」
と女みたいな声で泣き叫んで逃げてしまった。
「逃げるなー! 殺せー!」
「レオ、聞こえてないよ」
「ああもう! せっかくわたしがここまでしてやったというのに、あの根性なしが! あとであいつのあれをちょん切って女にしてやる!」
レオは自分の計画を他人にぶち壊されるのを許さない。まさか本当にそんなことしないよね……?
……それにしても失敗か。残念だけどちょっとホッとしたよ。だって、たとえ偽りの体でも親友が殺されるのなんて見たくないもの。苦しい思いもしてほしくないしさ。
そんな安堵の笑みを浮かべるぼくに、
「おい」
レオがジロリと横目で睨み、
「なに笑ってる。失敗したのになぜよろこんでいる。おまえ、お仕置きだ」
え? なんで!? なんでぼくが!?
「わたしがムカついてるのに笑っているからだ」
そ、そんな! わ、やめて! ああ、ローブが破かれて、下着まで!
「くっくっく、いい格好だな。お靴と仮面以外は生まれたまんまじゃないか」
なんてことするんだ! これじゃいくら真夜中だからって歩けないよ!
「まったく、安物は生地がもろくていかんなぁ。早く館に戻って着替えんと風邪をひいてしまう。おっと、ヤツの叫び声で辺りが騒がしくなって来たぞ。早く帰ろう。なあに、心配するな。見られたくないところはわたしがこうして握って隠しておいてやる。おやおや、握りやすくなるよう上に向けてくれたのか。素直でいい子だ。ククク、あははは! あーっはっはっは!」
レオはコジャッブの魂が入った”にせもの”に言った。
「うん、まあ……」
コジャッブは煮え切らない様子で曖昧に応え、感覚を確かめるように手足を動かした。
「やはりあれが小さいと気になるか?」
「ち、違えよ!」
コジャッブは顔を赤くし、
「……これから死ぬと思うとよぉ」
と顔からすぐに血の気が引いて青くなった。言葉の端々にため息が混じっている。
気持ちはわかるよ。だって仮の肉体とはいえ死の苦痛を味わうんだ。想像しただけで吐き気がするに違いない。生気を保っているのが不思議なくらいだ。
そんなコジャッブはぼくに助けを求めるようにじっとり視線を向け、
「やっぱ故郷に帰ろうかなぁ……」
と言った。やっぱり怖いんだな。そんな潤んだ瞳を向けて……そうか、きっと勇気がほしいんだ。背中を押してほしいんだね。
「大丈夫、きっとうまくいくよ!」
ぼくはできる限りの笑顔でそう言ってあげた。すると彼は、
「はぁ~あ」
とゲッソリ生気の抜けた声を漏らした。ありゃ、元気出なかったか。まあしょうがないね。こればっかりは本人のやる気だもの。ぼくにできるのは祈ることだけだよ。
「じゃあ早速街に行くぞ。そろそろ日が沈む。のんびりしてる時間はない」
ぼくらは馬車に乗り、再び街へと向かった。その車中で、今夜どうするか、いまいちど打ち合わせをした。
行きとおなじく、レオは手綱を握りながらで言った。
「いいか、酒はそこそこにするんだ。あまり飲み過ぎてはいかん」
「え、酔っ払うんじゃなかったのか?」
コジャッブはやや残念そうに言った。どうやら思い切り酔って恐怖をかき消すつもりだったらしい。
しかしレオは違うと言った。
「顔が赤くなる程度には飲んでもらいたい。だが酒が回り過ぎればまともな思考ができず、感情で行動する恐れがある。それに呪術をやるにはしっかり苦しまなければならない」
「な、なんでだよ」
「言ったろう。呪術はこころの力だ。もし酒で意識が飛んで、なにをされても痛みを感じない状態で殺されてみろ。おまえの魂は死んだことも気づかずどこぞへと行ってしまうぞ。そうなっては困る。しっかり苦しんで、絶対に復讐してやるという気持ちで死んでもらわねばならん」
「うう……」
コジャッブが少し吐きそうになった。かわいそうに……ぼくは彼の背中をさすりながら言った。
「ねえ、レオが敵を倒すって手はないの?」
「なに?」
「たとえばコジャッブがおとりになって、敵がそれを狙ってるのを見つけて返り討ちにしちゃうとかさ」
「まあ、できるかもしれん。だがそれはできない」
「どういうこと?」
「おまえ、もしなにかを達成しようというときに赤の他人が邪魔に入って殺されたらどう思う?」
「そりゃ邪魔した相手を心底恨むだろうね」
「だろう。幽霊になってそいつを呪い殺したいと思わないか?」
「う~ん、たしかに」
「そういうことだ。たしかにわたしならやれるかもしれん。だが確実ではないし、そうなれば恨まれるのはわたしだ。話を聞くに大した怨念ではなさそうだから、恨まれたところでさして苦労はせんだろうが、それでもメンドウなことになるのは間違いない。それに下手に活動してだれかに見られでもしたら困るからな」
レオはひとに見られることをひどく恐れていた。
「ひとつのものにかけられる魔法はひとつ切りだ。わたしは今夜”聞かれない魔法”で音を消すつもりだから”顔を覚えられない魔法”や”見えなくなる魔法”を使えない。下手に動いてだれかに見られたらどうする。もうあの街に行けなくなるぞ」
コジャッブの住む街はレオのお気に入りで、劇場が三つもある。もしここでだれかに顔を覚えられればもう二度と行けなくなるかもしれない。魔術師である以上、いのちを狙われる可能性は徹底的に潰さなければならない。だから本当ならレオは今回の手助けだってしたくないと言う。
「我々は見るだけだ。遠巻きにこいつがどうなるか監視して、いざ殺されたら魂を回収してすぐに館へ戻る。それ以上のことは絶対にせん」
そんな……レオがやってくれればコジャッブは苦しまずに済むのになぁ。でもまあ、しょうがないか。ぼくもあの街に行けなくなるのはいやだし、元々ぼくらには関係ないことだしね。悪いけど彼にはがんばってもらおう。
やがてぼくらは街に着いた。急いで来たがもう日は沈み、闇討ちにはピッタリな暗雲が星を塞いでいる。
大きな街はどこも夜になると門が閉まり、理由なしに出入りができなくなってしまう。しかし住民のコジャッブが馬車で出かけていたと門番に話すと、ぼくらも含めてすんなり入ることができた。都から遠いほど、この手の管理はずさんだ。だらしないと思うけど、今回だけは地方都市のいいかげんさに感謝している。
「さて、アーサーと友人の再開祝いだ。今日はわたしがおごってやる。高くてうまい店を選べ」
そうレオに言われ、コジャッブはそこそこに賑わう酒場を選んだ。ぼくは久々の外食ディナーにわくわくしたが、コジャッブはあまり食欲がなさそうに見えた。
「おいおい、なんだその顔は。おまえはこれからいのちを賭けた勝負に出るんだぞ。少しはしゃっきりしろ」
「こんなときに元気なんか出るかよ……」
レオはいかにも栄養のつきそうな料理をいくつも注文した。毎日食べればお腹が出っ張ってしまいそうなものばかりだ。どれもコッテリして、たまらなくおいしい。ひとくち食べただけでほっぺたがにんまりしてしまう。
ぼくはあんまりおいしくて、一杯だけアップルシードルを飲むことにした。ゴテゴテの肉に、苦味のあるシュワシュワしたお酒が合う! ぼくは下戸だってのに、これじゃもっと飲みたくなっちゃうよ!
「おいしいね、コジャッブ!」
「……」
コジャッブはあまり料理に手をつけていなかった。食べてはいるものの顔色は悪く、もしかしたら味なんか感じてないのかもしれない。
「まったく、それでプロの魔術師になるつもりか」
レオは呆れ気味に言った。
「いいか、魔術師業界はだましだまされの陰険な世界だ。どんなときでも余裕がなくてはならん。そんな暗い顔でどうする。もし敵に怪しいと思われればそれまでなんだぞ。気が進まなくても食え。最後にものを言うのは体力だ」
コジャッブはうなずくのも曖昧に肉のかたまりをほおばった。顔は「うまい」と言っていなかった。
「ところでさ」
ぼくはふとあることを思った。
「レオは今夜敵が攻撃してくる前提で話してるけど、そんなに都合よく襲ってくるかな?」
「来る」
レオは断定した。
「どうして?」
「ひとのいのちを狙うというのは並ならぬ神経を使う。狙われる方が疲弊するのは当然だが、狙う方もかなり疲れることだ。向こうも早く終わらせたいと思っているだろう。そんなことを気分が乗ったときだけ狙いに行くなんてするはずがない。敵はできる限り粘着しているはずだ」
「それじゃいまも見張られてるの?」
「いや、いまはわたしが顔を覚えられない魔法を使っているからわからないはずだ。だがいい時間になったらこいつだけ魔法を解き、適当にふらふらさせる。そうなればどんな鈍感なヤツでも気づくだろう」
ふうん、そういうもんかぁ。
「ま、元騎士ならそれなりに根性はあるんだろう? なあに、はじまってしまえばもう逃げられんのだ。腹をくくれ。下手な演技で失敗すればあとは知らん。そのときはあきらめて田舎に帰れ」
そう言ってレオはウィスキーのロックをゴクゴク飲んだ。コジャッブは酒を飲んでいるのになかなか赤くならなかった。
やがて、いい時間になった。
夜が終わり、真夜中という言葉が似合う時分が訪れた。空は相変わらず暗雲が広がっている。商店の灯りがなければ真っ暗だったろう。
おもてを歩く人間はほとんどいない。世間はとっくに寝静まっている。いま外に出ているのはごくわずかで、そのうちほとんどが酔っ払いだった。しかし中にはしらふの人間もいて、
「おや、あんたずいぶん酔っ払ってるねぇ。大丈夫かい?」
とコジャッブを介抱しようとした。
「あぁ~い、歩けるよぉ~」
彼は陽気に応え、
「心配いらねぇ~、おれんちはすぐそこ~」
と世話焼き者を振り払い、鼻歌混じりで歩き出した。
「うむ、下手だがまあいいだろう」
レオはぼくとともに民家の屋根の上にしゃがみ込み、彼の様子を見張っていた。ぼくらは黒いローブをまとい、顔は黒仮面で隠していた。
「この様子ならそのうちだれもいなくなるだろう。さっさとやってほしいものだ」
レオは仮面の下にウィスキーの小ビンを潜り込ませ、クイっとやった。音が漏れないよう”聞かれない魔法”をかけているとはいえ、かなり不用心だ。仕事の緊張感じゃない。
「別に気を張るほどのことでもあるまい。ただ見物して、終わったら魂を回収するだけなんだからな」
まあ、そうだけどさ。ぼくはちょっと気が重いよ。だってこれから親友が殺されるところを見るんだから。
コジャッブはふらふらと街を徘徊し、ときどき座り込んだり寝転んだりした。なかなか酔っ払いの演技が上手い。たまにひとに声をかけられるが、彼はそのどれもをうまくすり抜け、徘徊を続けた。
そして、そのときが来た。
辺りから人影がなくなり、酒場の灯りも落ちた。
道を照らすものはひとつもない。見渡す限り闇が広がっている。
暗いというのはそれだけで恐ろしい。レオの傍にいるぼくでさえ闇には恐怖を覚える。察するに、コジャッブの恐怖は尋常じゃないだろう。彼の影はときおり固まってきょろきょろしたり、物音で肩が跳ねたりした。
「おや」
レオがなにかに気づいた。
「あれは通行人か?」
コジャッブが裏道を通っていると、その背後に別の人影があった。
「敵かな?」
「そうだろうな。一定の距離を保ってついて来ている。後ろ手に持っているのはナイフじゃないか?」
あ、本当だ。あの人影、右手を背中に回して、なにやら白っぽいものを持っている。たぶんナイフに違いない。
「よし、早くやれ! さっさと終わらせろ!」
レオは両手を握って「やれ、やれ!」と振った。ひどいなぁ。きっと死ぬほど痛いよ。だって死ぬんだもん。せめて苦しまないよう一瞬で致命傷を与えてほしいな。いや、苦しんだ方が呪術の効果が高いんだっけ。ああいやだ。
コジャッブはさらに裏道を進んだ。そのあとを影が追った。ふたりの距離は徐々に縮まっていく。そしてコジャッブがふらりとよろけて民家の壁に手をついたとき、影が一気に距離を縮めた。
「あ、やられる!」
「よし、やれ!」
ぼくは恐怖で拳を握った。
レオは歓喜で拳を握った。
そして影が握った白いものを振りかぶり、コジャッブ目掛けて突っ込んで行った。そのとき、
「わあああー!」
コジャッブは振り返り、大声を上げた。追っ手はビクリと跳ね、そのまますっ転んでしまった。
「あ、あのバカ!」
レオがひとんちの屋根をブッ叩いた。
「なぜ振り向いた! ああもう、こうなったら殺せ! おまえがそいつをいま殺せ!」
レオは”聞かれない魔法”をかけていることも忘れてはやし立てた。しかしコジャッブは、
「わあああああーー!」
と女みたいな声で泣き叫んで逃げてしまった。
「逃げるなー! 殺せー!」
「レオ、聞こえてないよ」
「ああもう! せっかくわたしがここまでしてやったというのに、あの根性なしが! あとであいつのあれをちょん切って女にしてやる!」
レオは自分の計画を他人にぶち壊されるのを許さない。まさか本当にそんなことしないよね……?
……それにしても失敗か。残念だけどちょっとホッとしたよ。だって、たとえ偽りの体でも親友が殺されるのなんて見たくないもの。苦しい思いもしてほしくないしさ。
そんな安堵の笑みを浮かべるぼくに、
「おい」
レオがジロリと横目で睨み、
「なに笑ってる。失敗したのになぜよろこんでいる。おまえ、お仕置きだ」
え? なんで!? なんでぼくが!?
「わたしがムカついてるのに笑っているからだ」
そ、そんな! わ、やめて! ああ、ローブが破かれて、下着まで!
「くっくっく、いい格好だな。お靴と仮面以外は生まれたまんまじゃないか」
なんてことするんだ! これじゃいくら真夜中だからって歩けないよ!
「まったく、安物は生地がもろくていかんなぁ。早く館に戻って着替えんと風邪をひいてしまう。おっと、ヤツの叫び声で辺りが騒がしくなって来たぞ。早く帰ろう。なあに、心配するな。見られたくないところはわたしがこうして握って隠しておいてやる。おやおや、握りやすくなるよう上に向けてくれたのか。素直でいい子だ。ククク、あははは! あーっはっはっは!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる