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第八話 聖者ははかなくも夢を語る
聖者ははかなくも夢を語る 一
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世の中にはいろんな仕事がありますね。まさか同業者からいのちを狙われるような仕事は現実にはありませんが、我々もけっこう危ないことをしています。
わたしはドカタ方面の仕事をしていますが、一歩間違えば高所から落ちたり、電線に触れて感電して、いつ死んでもおかしくありません。元々接客業を長くやっていたので、この仕事をはじめたころは「ずいぶんこわい仕事に就いちゃったなぁ」と後悔したものです。
でも本当はそんなもんなんですよね。生き物って簡単に死ぬんです。本来動物というのは常に捕食者に狙われ、明日の食事も定かではなく、暑さ寒さに襲われ、雨風に打たれ、ほんのささいなミスでいのちを落とすんです。ミスは許されないどころか、右と左どちらの道を選んだか、それだけで殺されてしまうんです。
人間って贅沢ですよね。こんな快適な暮らしをして、まだなにかを望むんですから。
第八話 聖者ははかなくも夢を語る
ぼくはアーサー。元騎士で、いまは魂売りのレオとともに”魔の森”で生活している。
夏も前半が終わり、これからもっともっと暑くなる。世間はキッと照りつける熱射から目を覆うように手をかざして歩き、日陰を見れば逃げ込む始末だろう。
でも森はそうでもない。上空にはギラギラの太陽が出ているけど、地上は樹々の緑に塞がれて程よい気候となっている。むしろ涼しくて、あんまり薄着だと冷えるくらいだ。
そんな魔の森には一本の川が通っている。川幅は一軒家がひとつ収まるかどうかくらいで、水深は深いところで太ももが半分沈むほどだ。拳大のつるんとした石が浜を演じており、大きな岩や小石の砂利を経て、土と樹々の世界へと移り変わっている。水はきれいに澄み切って、魚やサワガニが多く棲息している。都会では失われてしまった、いのちあふれるすばらしい川だ。
ぼくらは今日、その川——通称”レオの川”に遊びに来ていた。なんでレオの川と呼ぶかって? それは、
「わたしの森に流れる川なんだから、わたしの川に決まっているだろう」
というレオの独断から来ている。さすが傲慢なレオ。きっとこころの中では魔の森も”レオの森”と呼んでいるに違いない。
ところでなぜ今日は川に来ているかというと、獣耳の里からウォルフが来ているからだ。
人間でありながら獣の耳が生えた特殊な種族——獣耳。その里の殺人集団”旅人狩り”の隊長であるウォルフは黒髪黒目の凛とした美女で、日焼けした肌の上の表情は強くけわしいが、それ以上にお姉さんと呼びたくなるようなやさしく頼もしい雰囲気があり、彼女の口から出る荒っぽい田舎言葉を聞くと、ぼくはつい叱られたい衝動にかられてしまう。
そんなウォルフは獣耳の里に伝わる”芋酒”を定期的にレオの館まで運ぶ手はずになっており、昨日の日中、彼女は来訪した。
「よく来たな、わたしのかわいいウォルフよ。存分にもてなしてやる」
レオはそう言ってウォルフを恋人みたいにかわいがり、そして夜はぼくの寝ている隣に連れ込んで、魔法を使ってあれやこれやと襲いかかった。
「やめろー! おれは女だ! そんなもんつけるんでねえー!」
ウォルフは必死に抵抗したが、ぼくにはわかってるんだ。レオの女になっちゃったんだろ? じゃなきゃ「ただ寝るだけだかんな」なんて言って部屋に入って来ないもの。まったく、おかげで寝不足だよ。よそでやってほしいや。ぼくという夫がいながらさ。
「すまんなアーサー。だがわたしは美女に目がないんだ」
そんなふうに謝られたけどちょっと嫉妬するよ。ま、女が相手なら別にいいけどさ。それに……ぼくも加わったしね。ああもう、最低だよ。ぼくは騎士だってのにさ。騎士っていうのは高潔なんだ。妻以外の女には一切の欲を持たず、生涯ひとりの女を愛するものなんだ。それが、妻と妾と三人でなんて……は~あ、なにやってるんだろう。きっと天国の父さん母さんがぼくを見たら呆れてものが言えないだろうなぁ。
ま、とにかくぼくらは川に来ていた。ウォルフが「この森の魚が食ってみてえ」と言うから川魚を釣り、塩焼きにして食べようという話になった。そんなわけでレオとウォルフは並んで釣竿を垂らし、たまたま手の空いていたアルテルフがぼくといっしょに火の準備をしている。
しかしぼくの不機嫌は態度に出ていたらしい。ツインテールの美少女——アルテルフが言った。
「アーサー様、なにため息吐いてるんですかー?」
「え、ああ。別になんでもないよ」
「嘘つきー。ウォルフ様に嫉妬してるんでしょー」
「別にしてないよ」
「じゃあなんでさっきからチラチラレオ様たちの背中見てるんですかー?」
「そ、それは……」
「あたしといっしょじゃつまんないんですかー?」
「そ、そんなことないよ! アルテルフと火起こしできてうれしいよ!」
「ホントー? じゃあちゃんとこっち見てくださいよ。どっか見ちゃいやですからねー」
「もちろんだよ」
「騎士として約束ですよ」
「うん、騎士として誓うよ」
「わーい、約束、約束ー!」
そう言ってアルテルフはかわいらしくバンザイをした。
あちゃ、ぼくとしたことが悪いことをしたなぁ。たしかに嫉妬してたよ。ついレオのことを見てた。それじゃいっしょにいるアルテルフが無視されてるみたいで、気分悪くなって当然だよね。ごめんよ、アルテルフ。いっしょにたのしく火起こししよう。
「それにしてもぜんぜん火がつきませんねー」
「そうだね」
ぼくは太い木の枝の表面に木くずを落とし、そこに細い木の枝を立てて両手でこすって回転させていた。
しかしまったく着火する様子がない。むかし父さんに教わった通りやってるんだけど、なにか違うのかな? ふだんは魔法を使えるレオとゾスマが火をつけてくれるから、最近じゃ火打ち石さえ触ってないし、このままだと煙も出ずに終わってしまう。
どうにもまずいなぁ。実はレオに言ったんだ。
「今日はぼくが火をつけるから見ててね」
って。そしたらレオが、
「なぜだ? わたしがやれば一瞬だろう」
と言い、ぼくは、
「いつも守ってもらってばかりだから、たまにはぼくが立派な騎士だってところを見せたいんだ」
と強がった。もちろんそれで立派なんてことにはならないし、火起こししたところで騎士でもなんでもない。でもきっとウォルフに嫉妬して格好つけちゃったんだろう。なんでもいいからできるってところを見せたくて。
あーあ、バカなこと言ったよ。こんなの魔法でつけりゃいいじゃないか。魔術師がいるんだから。それなのに木の棒こすって、手のひら痛くして、汗だくだくになってさ。なんだかバカみたいだよ。
「アーサー様、交代しましょうか?」
「え、でも君はさっきやったじゃないか」
「あたし、いーこと思いついちゃったんです」
そう言ってアルテルフはぼくから木の棒を受け取り、にんまりと笑った。
「知ってます~? 人間って~、手の力より足の力の方が強いんですよ~。てことは~」
そう言ってアルテルフは後ろ手をつき、仰向けになって靴と靴下を脱ぎ出した。
「ち、ちょっと! なにしてるの!?」
「だから~、あんよでコシコシするんですよ~」
そ、そりゃあ手より足の方が強いかもしれないけど、高速でこするような動きは向いてないんじゃない? というかそのポーズまずいよ! ただでさえスカートが短いからちょっと動いただけでショーツが見えちゃいそうなのに、そんな両ひざを左右に持ち上げるみたいな格好したら、あわわ、ギリギリ! ギリギリだよ!
「ちょっと~、アーサー様ちゃんと見てくださいよ~」
「見るって、見えちゃうよ!」
「見えるとか見えないとかじゃないでしょー? さっき約束しましたよねー。あたしのことちゃんと見るって。それとも騎士って嘘つくんですかー? へー、騎士って約束守らないんだー」
うっ! そ、そんなことはない! ぼくは騎士だ! 騎士は嘘をついたり約束を破ったりしないぞ!
「じゃああたしが火起こしするところちゃんと見てくださいよ~。いっしょにがんばってるんでしょ~」
う、う……
「ほら、あんよで挟みましたよ~。そしたらこの棒を~、コ~シ、コ~シ、こうやってぇ~、コシコシコシ~」
い、いけない……こんなの見ちゃダメだ。ダメなのに、ダメなのに!
「あれ~? アーサー様お顔真っ赤だよー? どしたのー?」
どしたのって、どうかするよ! そんな挑発的な声でまっすぐぼくの目を見つめて、足が動くたびに太ももがもぞもぞして、それに合わせてスカートが上下にずれて、見えそうで見えなくて、あああ。
「あれれれぇ~? どしたのかなそれー? もしかしてぇ、木の棒じゃなくってそっちの棒をあんよでコシコシされたいのかな~?」
「ち、違うよ!」
ぼくは慌てて股間を手で隠した。しかしすでに見られた以上、恥ずかしい事実は隠すことができず、
「でも棒さんはお外に出たい出たいしてますよ~? 窮屈でしょー?」
とアルテルフはほほをニンマリさせてクスクスあざ笑った。
「ほらぁ~、出しちゃいましょうよ~。あたしがあんよでコシコシしてあげるから~。こんなふうに~、コ~シ、コ~シ」
アルテルフはいやらしい腰つきをしながら、木の棒を挟み込んだ素足をねっとりねちねちこすり合わせた。ぼくは催眠術をかけられたみたいにとりこになって、脚と、腰と、足先のなまめかしい動きから目が離せなくなってしまった。もう自分が騎士だなんて意識さえ頭にない。そこに、
「クスクスッ」
アルテルフがフッと体を起こし、ぼくの肩に飛びついた。そして耳のすぐ傍でこしょこしょ声で、
「ねっ、出しちゃお。気持ちいいのピュッピュしちゃお」
——ゾクゾクっ!
「わあー!」
ぼくは真っ赤になって飛び退き、尻餅をついて、
「ダメ! ダメー!」
と顔を振ってわめき散らした。アルテルフのくぐもった声と吐息が耳をくすぐった瞬間、ぼくの耳からゾクゾクが流れ込み、背骨を伝って全身を貫いていた。
「あははははは! アーサー様かわいー!」
慌てふためくぼくとは裏腹に、アルテルフは芯からたのしそうに笑っていた。
ああ、なんてヤツだ。アルテルフってば本当にいたずらが大好きなんだから。それも子供がするようなかわいげのあるヤツじゃなくて、ピチピチでムンムンないやらしいいたずらばかりする。ぼくは騎士だよ。それがこんな子供姿の使い魔に欲情していいわけないじゃないか! もう!
「おい、おまえたち火はどうした?」
ふと気がつくと桶いっぱいに魚を積んだレオとウォルフが傍に立っていた。
「あ、いや……」
「我々はこんなに魚を釣ったというのに、おまえたちはなにもしてなかったのか」
「そ、そういうわけじゃないよ! ただ……難しくて」
「騎士が言いわけするのか?」
「うっ……」
そ、それを言われるとツラい……
「さ、魚を焼くぞ」
言いながらレオはぼくが散々苦労した火起こしの木に一瞬で火をつけ、
「アルテルフ、ウォルフを手伝え」
「はーい!」
そうしてウォルフとアルテルフに魚の準備をさせ、自分は川で冷やしておいたウィスキーをビンのままあおりはじめた。
「あ、あのさ……ぼくはどうしよう」
ぼくはなにもできなかった情けなさからレオに仕事を求めた。すると、
「別に寝てればいいじゃないか」
「でも……なにかしたいよ」
「しかしおまえは料理ができないだろう?」
「……うん」
「なら火に焚き木でもくべておけ。おまえでもそれくらいはできよう」
そ、そんなひどいや。”おまえでもそれくらい”だなんて。そりゃなんにもできなかったけどさ。ちょっと傷つくよ。レオはいつもそうなんだ。相手が傷つくことも気に触ることも、気遣いなしでぜんぶストレートに言う。もちろん最愛の夫であるぼくにもだ。
まあ、しょうがないし言われた通り火の管理でもしてよう。剣のこと以外はなんにもできないんだからさ。ちぇっ。
「ああ、そうだ」
思い出したようにレオが言った。ぼくは自分にできる仕事が見つかったのかと思ってパッと振り返った。
「なに?」
「魚が焼けるまで多少かかる。そのあいだ、川の中で愛し合うというのはどうだ?」
「はあ!?」
「きっと冷んやりして、火照った体に気持ちいいぞ。おまえにはこれ以上ないくらいうってつけの仕事だ。さあ、服を脱いでこっちに来い」
「火を見てくるよ!」
ああもう、なに言ってるんだよ! どうかしてるんじゃないのか!? 昼間っから、ひとの見てる横でそんなことできるわけないじゃないか! 相変わらずいやらしいことばかり考えてるんだから、もう!
ぼくは肩をぷりぷり怒らせ火を見にいった。背後からレオの「あははは」という笑い声が聞こえた。
わたしはドカタ方面の仕事をしていますが、一歩間違えば高所から落ちたり、電線に触れて感電して、いつ死んでもおかしくありません。元々接客業を長くやっていたので、この仕事をはじめたころは「ずいぶんこわい仕事に就いちゃったなぁ」と後悔したものです。
でも本当はそんなもんなんですよね。生き物って簡単に死ぬんです。本来動物というのは常に捕食者に狙われ、明日の食事も定かではなく、暑さ寒さに襲われ、雨風に打たれ、ほんのささいなミスでいのちを落とすんです。ミスは許されないどころか、右と左どちらの道を選んだか、それだけで殺されてしまうんです。
人間って贅沢ですよね。こんな快適な暮らしをして、まだなにかを望むんですから。
第八話 聖者ははかなくも夢を語る
ぼくはアーサー。元騎士で、いまは魂売りのレオとともに”魔の森”で生活している。
夏も前半が終わり、これからもっともっと暑くなる。世間はキッと照りつける熱射から目を覆うように手をかざして歩き、日陰を見れば逃げ込む始末だろう。
でも森はそうでもない。上空にはギラギラの太陽が出ているけど、地上は樹々の緑に塞がれて程よい気候となっている。むしろ涼しくて、あんまり薄着だと冷えるくらいだ。
そんな魔の森には一本の川が通っている。川幅は一軒家がひとつ収まるかどうかくらいで、水深は深いところで太ももが半分沈むほどだ。拳大のつるんとした石が浜を演じており、大きな岩や小石の砂利を経て、土と樹々の世界へと移り変わっている。水はきれいに澄み切って、魚やサワガニが多く棲息している。都会では失われてしまった、いのちあふれるすばらしい川だ。
ぼくらは今日、その川——通称”レオの川”に遊びに来ていた。なんでレオの川と呼ぶかって? それは、
「わたしの森に流れる川なんだから、わたしの川に決まっているだろう」
というレオの独断から来ている。さすが傲慢なレオ。きっとこころの中では魔の森も”レオの森”と呼んでいるに違いない。
ところでなぜ今日は川に来ているかというと、獣耳の里からウォルフが来ているからだ。
人間でありながら獣の耳が生えた特殊な種族——獣耳。その里の殺人集団”旅人狩り”の隊長であるウォルフは黒髪黒目の凛とした美女で、日焼けした肌の上の表情は強くけわしいが、それ以上にお姉さんと呼びたくなるようなやさしく頼もしい雰囲気があり、彼女の口から出る荒っぽい田舎言葉を聞くと、ぼくはつい叱られたい衝動にかられてしまう。
そんなウォルフは獣耳の里に伝わる”芋酒”を定期的にレオの館まで運ぶ手はずになっており、昨日の日中、彼女は来訪した。
「よく来たな、わたしのかわいいウォルフよ。存分にもてなしてやる」
レオはそう言ってウォルフを恋人みたいにかわいがり、そして夜はぼくの寝ている隣に連れ込んで、魔法を使ってあれやこれやと襲いかかった。
「やめろー! おれは女だ! そんなもんつけるんでねえー!」
ウォルフは必死に抵抗したが、ぼくにはわかってるんだ。レオの女になっちゃったんだろ? じゃなきゃ「ただ寝るだけだかんな」なんて言って部屋に入って来ないもの。まったく、おかげで寝不足だよ。よそでやってほしいや。ぼくという夫がいながらさ。
「すまんなアーサー。だがわたしは美女に目がないんだ」
そんなふうに謝られたけどちょっと嫉妬するよ。ま、女が相手なら別にいいけどさ。それに……ぼくも加わったしね。ああもう、最低だよ。ぼくは騎士だってのにさ。騎士っていうのは高潔なんだ。妻以外の女には一切の欲を持たず、生涯ひとりの女を愛するものなんだ。それが、妻と妾と三人でなんて……は~あ、なにやってるんだろう。きっと天国の父さん母さんがぼくを見たら呆れてものが言えないだろうなぁ。
ま、とにかくぼくらは川に来ていた。ウォルフが「この森の魚が食ってみてえ」と言うから川魚を釣り、塩焼きにして食べようという話になった。そんなわけでレオとウォルフは並んで釣竿を垂らし、たまたま手の空いていたアルテルフがぼくといっしょに火の準備をしている。
しかしぼくの不機嫌は態度に出ていたらしい。ツインテールの美少女——アルテルフが言った。
「アーサー様、なにため息吐いてるんですかー?」
「え、ああ。別になんでもないよ」
「嘘つきー。ウォルフ様に嫉妬してるんでしょー」
「別にしてないよ」
「じゃあなんでさっきからチラチラレオ様たちの背中見てるんですかー?」
「そ、それは……」
「あたしといっしょじゃつまんないんですかー?」
「そ、そんなことないよ! アルテルフと火起こしできてうれしいよ!」
「ホントー? じゃあちゃんとこっち見てくださいよ。どっか見ちゃいやですからねー」
「もちろんだよ」
「騎士として約束ですよ」
「うん、騎士として誓うよ」
「わーい、約束、約束ー!」
そう言ってアルテルフはかわいらしくバンザイをした。
あちゃ、ぼくとしたことが悪いことをしたなぁ。たしかに嫉妬してたよ。ついレオのことを見てた。それじゃいっしょにいるアルテルフが無視されてるみたいで、気分悪くなって当然だよね。ごめんよ、アルテルフ。いっしょにたのしく火起こししよう。
「それにしてもぜんぜん火がつきませんねー」
「そうだね」
ぼくは太い木の枝の表面に木くずを落とし、そこに細い木の枝を立てて両手でこすって回転させていた。
しかしまったく着火する様子がない。むかし父さんに教わった通りやってるんだけど、なにか違うのかな? ふだんは魔法を使えるレオとゾスマが火をつけてくれるから、最近じゃ火打ち石さえ触ってないし、このままだと煙も出ずに終わってしまう。
どうにもまずいなぁ。実はレオに言ったんだ。
「今日はぼくが火をつけるから見ててね」
って。そしたらレオが、
「なぜだ? わたしがやれば一瞬だろう」
と言い、ぼくは、
「いつも守ってもらってばかりだから、たまにはぼくが立派な騎士だってところを見せたいんだ」
と強がった。もちろんそれで立派なんてことにはならないし、火起こししたところで騎士でもなんでもない。でもきっとウォルフに嫉妬して格好つけちゃったんだろう。なんでもいいからできるってところを見せたくて。
あーあ、バカなこと言ったよ。こんなの魔法でつけりゃいいじゃないか。魔術師がいるんだから。それなのに木の棒こすって、手のひら痛くして、汗だくだくになってさ。なんだかバカみたいだよ。
「アーサー様、交代しましょうか?」
「え、でも君はさっきやったじゃないか」
「あたし、いーこと思いついちゃったんです」
そう言ってアルテルフはぼくから木の棒を受け取り、にんまりと笑った。
「知ってます~? 人間って~、手の力より足の力の方が強いんですよ~。てことは~」
そう言ってアルテルフは後ろ手をつき、仰向けになって靴と靴下を脱ぎ出した。
「ち、ちょっと! なにしてるの!?」
「だから~、あんよでコシコシするんですよ~」
そ、そりゃあ手より足の方が強いかもしれないけど、高速でこするような動きは向いてないんじゃない? というかそのポーズまずいよ! ただでさえスカートが短いからちょっと動いただけでショーツが見えちゃいそうなのに、そんな両ひざを左右に持ち上げるみたいな格好したら、あわわ、ギリギリ! ギリギリだよ!
「ちょっと~、アーサー様ちゃんと見てくださいよ~」
「見るって、見えちゃうよ!」
「見えるとか見えないとかじゃないでしょー? さっき約束しましたよねー。あたしのことちゃんと見るって。それとも騎士って嘘つくんですかー? へー、騎士って約束守らないんだー」
うっ! そ、そんなことはない! ぼくは騎士だ! 騎士は嘘をついたり約束を破ったりしないぞ!
「じゃああたしが火起こしするところちゃんと見てくださいよ~。いっしょにがんばってるんでしょ~」
う、う……
「ほら、あんよで挟みましたよ~。そしたらこの棒を~、コ~シ、コ~シ、こうやってぇ~、コシコシコシ~」
い、いけない……こんなの見ちゃダメだ。ダメなのに、ダメなのに!
「あれ~? アーサー様お顔真っ赤だよー? どしたのー?」
どしたのって、どうかするよ! そんな挑発的な声でまっすぐぼくの目を見つめて、足が動くたびに太ももがもぞもぞして、それに合わせてスカートが上下にずれて、見えそうで見えなくて、あああ。
「あれれれぇ~? どしたのかなそれー? もしかしてぇ、木の棒じゃなくってそっちの棒をあんよでコシコシされたいのかな~?」
「ち、違うよ!」
ぼくは慌てて股間を手で隠した。しかしすでに見られた以上、恥ずかしい事実は隠すことができず、
「でも棒さんはお外に出たい出たいしてますよ~? 窮屈でしょー?」
とアルテルフはほほをニンマリさせてクスクスあざ笑った。
「ほらぁ~、出しちゃいましょうよ~。あたしがあんよでコシコシしてあげるから~。こんなふうに~、コ~シ、コ~シ」
アルテルフはいやらしい腰つきをしながら、木の棒を挟み込んだ素足をねっとりねちねちこすり合わせた。ぼくは催眠術をかけられたみたいにとりこになって、脚と、腰と、足先のなまめかしい動きから目が離せなくなってしまった。もう自分が騎士だなんて意識さえ頭にない。そこに、
「クスクスッ」
アルテルフがフッと体を起こし、ぼくの肩に飛びついた。そして耳のすぐ傍でこしょこしょ声で、
「ねっ、出しちゃお。気持ちいいのピュッピュしちゃお」
——ゾクゾクっ!
「わあー!」
ぼくは真っ赤になって飛び退き、尻餅をついて、
「ダメ! ダメー!」
と顔を振ってわめき散らした。アルテルフのくぐもった声と吐息が耳をくすぐった瞬間、ぼくの耳からゾクゾクが流れ込み、背骨を伝って全身を貫いていた。
「あははははは! アーサー様かわいー!」
慌てふためくぼくとは裏腹に、アルテルフは芯からたのしそうに笑っていた。
ああ、なんてヤツだ。アルテルフってば本当にいたずらが大好きなんだから。それも子供がするようなかわいげのあるヤツじゃなくて、ピチピチでムンムンないやらしいいたずらばかりする。ぼくは騎士だよ。それがこんな子供姿の使い魔に欲情していいわけないじゃないか! もう!
「おい、おまえたち火はどうした?」
ふと気がつくと桶いっぱいに魚を積んだレオとウォルフが傍に立っていた。
「あ、いや……」
「我々はこんなに魚を釣ったというのに、おまえたちはなにもしてなかったのか」
「そ、そういうわけじゃないよ! ただ……難しくて」
「騎士が言いわけするのか?」
「うっ……」
そ、それを言われるとツラい……
「さ、魚を焼くぞ」
言いながらレオはぼくが散々苦労した火起こしの木に一瞬で火をつけ、
「アルテルフ、ウォルフを手伝え」
「はーい!」
そうしてウォルフとアルテルフに魚の準備をさせ、自分は川で冷やしておいたウィスキーをビンのままあおりはじめた。
「あ、あのさ……ぼくはどうしよう」
ぼくはなにもできなかった情けなさからレオに仕事を求めた。すると、
「別に寝てればいいじゃないか」
「でも……なにかしたいよ」
「しかしおまえは料理ができないだろう?」
「……うん」
「なら火に焚き木でもくべておけ。おまえでもそれくらいはできよう」
そ、そんなひどいや。”おまえでもそれくらい”だなんて。そりゃなんにもできなかったけどさ。ちょっと傷つくよ。レオはいつもそうなんだ。相手が傷つくことも気に触ることも、気遣いなしでぜんぶストレートに言う。もちろん最愛の夫であるぼくにもだ。
まあ、しょうがないし言われた通り火の管理でもしてよう。剣のこと以外はなんにもできないんだからさ。ちぇっ。
「ああ、そうだ」
思い出したようにレオが言った。ぼくは自分にできる仕事が見つかったのかと思ってパッと振り返った。
「なに?」
「魚が焼けるまで多少かかる。そのあいだ、川の中で愛し合うというのはどうだ?」
「はあ!?」
「きっと冷んやりして、火照った体に気持ちいいぞ。おまえにはこれ以上ないくらいうってつけの仕事だ。さあ、服を脱いでこっちに来い」
「火を見てくるよ!」
ああもう、なに言ってるんだよ! どうかしてるんじゃないのか!? 昼間っから、ひとの見てる横でそんなことできるわけないじゃないか! 相変わらずいやらしいことばかり考えてるんだから、もう!
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