魂売りのレオ

休止中

文字の大きさ
上 下
55 / 178
第八話 聖者ははかなくも夢を語る

聖者ははかなくも夢を語る 二

しおりを挟む
「うむ、うまい」
 レオは焼き魚をかじり、満足そうに言った。
 ぼくらは焚き火を囲い、ウォルフの焼き魚を口にしていた。四人に対してちょうど八匹釣れて、それらをウォルフが下処理をして木の枝に口から突き刺し、火に当てるよう立ててある。
「塩だけなのにこれほどうまいとはな」
 とレオが感心するように、味付けは塩だけだ。しかしこれがおいしい。パリパリの皮の下のふっくらした白身がジューシーで、多めに塗りつけた塩がほどよく溶けて一層うま味を引き立てている。
「まったく、常識というヤツはいかんな。魚はあれこれ調理したものにソースを作って食うものだとばかり考えていたが、それは大きな間違いだ。ただ塩を振って焼く。それだけでこんなにうまいんだからな」
「ホントですねー。こんなにおいしーもの食べられるなんて、あたしも獣耳の里に行ってみたいなー」
 アルテルフもご満悦だ。ふだんは魚料理をきらう彼女も今日ばかりはよろこんでいる。そんなぼくらにウォルフは、
「おれから言わせっと、ソースだなんだっつー方が変だけどよオ」
 と涼しげに魚をかじり、
「だいたいおめえらは贅沢なんだべ」
「ほう?」
「だってよオ、肉も野菜もいくらだって食えっぺよ。それに調味料もいっぱいあっぺ。おれたちの里にゃ魚くれえしかねーんだべ。それに野菜も山菜くれえしかねーから、んなソースだなんだやってらんねえべよ。だからしゃーねー、塩ぶっかけて食ってんだべ。その塩だって旅人ブッ殺すか、いのちがけで街まで行ってやっと買ってこれんだべ。ゼータクなんだ、おめえら」
「なるほどな」
 レオはふむ、とうなずき言った。
「たしかに我々は魚なんぞ滅多に食わんからな。いつも肉ばかりだ。だから肉に近づけようとして魚をゴテゴテに調理し、結果本来の味わいを捨てているのかもしれん」
「んだべ。肉っつったらご馳走だぞ。魚食え、魚」
 とウォルフが言うと、レオはフフ、と笑い、
「ありがとう、ウォルフ」
「な、なんだべ!?」
 ウォルフは顔を真っ赤にして後じさった。
「こんなうまい魚を食わせてくれたうえに、世のことまで教えてくれるなんてな」
「ば、バカ言うでねえ! あたりまえのことでねえか! そ、それに、おめえはおれたちの里を救ってくれたんだから、こんぐれえ当然だべ」
「だがわたしが要求したのは芋酒を定期的に送ることだけだ。焼き魚は勘定の外じゃないか」
「んな、おめ……」
 ウォルフはくすぐったそうに頭をかき、
「う、うるせえなア! 黙って食え! ホントはおめえなんかきらいなんだぞ! 女同士だってのに、あんなことしやがって……恩人じゃなきゃブッ殺してんだかんな!」
「フフフ、そうかそうか。悪かったな。ま、いいようにしてやるから機嫌を治してくれ。そうだ、肉をたらふく食わせてやる。何日か泊まっていけ、わたしのかわいいウォルフ」
 そう言ってレオはウォルフの頭を撫でた。するとウォルフは眉をつり上げ視線を逸らしたが、目元がとろんと溶けて、瞳がうるうるきらめいていた。ほんのりほほが赤い。言葉とは裏腹に、こころと体はレオに持っていかれている。
「に、肉食わせてくれんならしゃーねーなあ。そのかわり、あ、あんま変なことすんでねーぞ? おれはいやなんだかんな?」
 ああ、されたいんだなぁ、変なこと。このひとけっこうわかりやすいなぁ。もう完全にレオの手玉だ。
 それにしてもまだ泊まってくのか……レオはぼくだけのものなんだけどなぁ。早くふたりっきりでイチャイチャしたいよ。
 なんだかんだと話しているうちにぼくらは魚を食べ終わった。
「さて、館に戻るとしよう」
 そう言ってレオは魚の残骸を草むらに放り捨てた。すると、
「おい、おめえなにやってるべ!」
 ウォルフが慌てて止めのポーズをし、
「食った跡はしっかり処理しねえとダメだっぺー!」
「なにをそんなに驚いているんだ?」
「なーにをって、おめえ食いカス適当にほっぽっといたら、においに釣られてねずみや猛獣が寄って来ちまうべ! んなこともわかんねえのか!」
「ああ、それなら大丈夫だ。わたしの害になるものはこの森には入って来れん」
「はぁ!?」
「この森はひとを食うんだ」
 そう、魔の森はひとを食う。いまは亡きレオの母親が森に魔法と呪術をかけ、レオの害となるものが森に入ると死ぬまで道に迷うようになっている。ひとはもちろん、動物や”かたちのないもの”も、いちど森に入ればこの術からは逃れられない。
 レオがそれを説明すると、ウォルフは「はぁ~」と感心した。
「んな便利な魔法があんのかア~。おれんとこにもほしいべエ~」
「だろうな。だがこれは難しくてわたしにもできない。空間魔法は技術とセンスが必要なんだ」
「んだべか……教えてくれって言いたかったけど、おめえでもできねんじゃおれにゃ無理だべな~」
「いや、案外わからんぞ。この魔法は魔力の量より技術だからな。書庫に本がある。せっかくだから勉強してみてはどうだ? なんなら貸してやってもいいぞ」
「ホントか!?」
「ああ。でも……おまえはわたしのこときらいなんだったな」
 レオがため息混じりにそう言うと、ウォルフは思わぬ攻撃を受けたとばかりにムッとし、
「べ、別におれは……」
「さっき言ってたじゃないか。きらいだって」
「そら、言葉のあやっつーか……なんだ、その」
「気にするな。わたしが無理やりおまえを手込めにしているんだ。きらってくれてかまわんよ。それにきらいでも本は貸してやる。なにせわたしはおまえが大好きだからな」
 レオがそう言うと、ウォルフはムムムともどかしそうに黙ってしまった。
 本当はみんなわかってる。ウォルフはレオのとりこだ。きらいだなんて嘘もいいとこだ。そしてウォルフも自分の気持ちはわかっているはずだ。
「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。不満そうな顔をして。フフ、言えないならわたしがかわりに言ってやろう。本当はわたしが好きなんだろう? それなのについ強がってしまうんだろう? 女同士で愛し合うなんて変だからな。だがおまえはもうわたしの女だ。身もこころもわたしのものになってしまった。そうだろう?」
 レオは妖艶な眼差を撫でつけるように語りかけ、真っ赤になって口ごもるウォルフをなじった。
 しかし彼女は叩けば跳ね返る意地っ張りだった。
「バカ言うんでねえ! おめえなんか大きらいだ! 女同士で愛し合うなんて、んな気持ち悪りぃ!」
 そう言ってウォルフはレオの横を通り過ぎるように歩き去ろうとした。しかし同時にレオの片手を握り、
「行くべよ! もう釣りは終わったべよ!」
「お、おい」
「早く勉強してえからさっさと行くべ!」
 ウォルフはプンプン肩をいからせ、レオの顔なんか見ずにずかずか引っ張った。レオはフフと笑い、
「おいおい、強引だな」
「おめえがトロいからだべ!」
 ウォルフは相変わらずぶつかるような口調で、しかし説明するみたいに言った。
「まったくよー、ホントならさっさと帰りてえとこだけどよー! 本も読みてえし、肉食わしてくれるっつーからよー、しゃーねー、もうちっと泊まってってやっぺ! ああいやだ!」
 ずいぶんと意地を張るなぁ。素直に好きだって言えばいいのに。男だろうが女だろうが、レオの美貌と気高さに触れてとりこにならないひとなんていないんだから。
 それにしてもレオはウォルフを気に入っている。ふつうなら相手が自分より上に立つことを一切許さないはずなのに、ウォルフがどれだけ口汚く罵倒しようが笑っている。むしろそれをたのしんでいるきらいさえある。館に向かう道中もウォルフは怒る素振りを見せたけど、ずっと手を握って肩並べて歩いて、ずいぶん仲がいいじゃないか。レオったらぼくという夫がいるのに、ふたりっきりみたいにしてさ。あ、よく見たら繋いだ手と手が指を絡め合ってる。なんだよもう。どっちからしたのさ。まさかレオからじゃないだろうな?
 ぼくがそんなことを考えていると、
「アーサー様~」
 とアルテルフがぼくの腕に絡みついてきた。
「あ、アルテルフ!?」
「なにこわい顔してるんですか? ずーっとレオ様のうしろ姿見つめて、まさかヤキモチですかー?」
「べ、別にそんなんじゃないよ」
「ふーん、なんでもいいけどひどいですよー。あたしのこと無視してさー」
「えっ?」
「あたしさっきからずーっと話しかけてたんですよー」
「そ、そうだったの? ごめん……」
「もしかしてあたしのこときらいなんですかー?」
「そ、そんなことないよ!」
「じゃあ好きー?」
「う、うん……好きだよ」
「へぇ~……」
 アルテルフはにまぁ~っと意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「好きなんだ~。こんな幼い女の子を好きになっちゃうんだ~」
「えっ!?」
 いや、そういう意味じゃ……
「あたしそんな魅力ないんだけどな~。見てよこの体~。すごく未熟だよねー。お胸もほとんどぺったんこでさ~、こーやって服をぴちっとさせてもちょっとしか膨らんでないもんね~」
 あっ……!
 ぼくは咄嗟に目を逸らした。だって、この子ブラジャーをしてないから先端が服にくっきりと浮き出て……!
「ちょっとー、やっぱり無視するんですかー?」
「あ、いや、その……」
「ねえ見てよー。話しかけてるんですよー。無視ー?」
 あわわわ……
「ほら、ぺったんこでしょー。こんなのふつう興奮しないよねー?」
「も、もちろんだよ……」
「じゃあなんで顔赤いのー? なんで息荒くしてるのー? ねえー、どーしてここ膨らんでるのー?」
 わっ! そ、そこは……!
「ねえ、どーしてこんなになっちゃってるのかなー? ふつうこんな幼い子で発情しないよねー?」
「で、でも君は成鳥だし……」
「あ、認めちゃうんだー。あたしのこといやらしい目で見てるの否定しないんだー」
「ち、ちが……」
 ——クスクス。
「変態」
 あっ……
「変態、変態、変態」
 あっ、あっ……
「うわっ、変態って言われるたびにビクビクしてる。なに? 変態って言われるの好きなの? 女の子に罵られてよろこんじゃうの? ほんっと変態。この変態マゾ」
 あ、あああ……
「クスクスクス、そんなにうれしいんだぁ。いいよ、変態。遊んであげる。いい大人なのに子供にバカにされておっきくしちゃうような変態マゾはあたしのおもちゃにしてあげる。ほら、脱ぎなよ。出したいんでしょ? ピュッピュしたいんでしょ? じゃあ脱げよ。見ててやるから早く出せよ。ほら、早く。ほら」
 ぼくは気がついたら立ち止まり、言われるがままになっていた。どうして逆らえないんだろう。こんなひどいこと言われて、なんでなにも言い返さないんだろう。
 ああ、頭がぼうっとする。体が熱い。アルテルフの生意気な声が聞こえるたびに、もっとほしい、もっと言われたいと思ってしまう。
 ぼくはなかば無意識でズボンのボタンを外した。そして震える手で前をつかみ、下に降ろそうとした。そのとき、
 ——おおーい、みんなぁ~!
 遠くで男の叫ぶ声が聞こえた。その瞬間ぼくはハッとし、声のした方を見ながら慌ててズボンのボタンを閉めた。
しおりを挟む

処理中です...