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第八話 聖者ははかなくも夢を語る
聖者ははかなくも夢を語る 五
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「おおーい、みんなー!」
ジェローム神父はハツラツとした声で叫び歩いた。
ぼくらは消えた聖職者たちを探しに森をさまよっていた。
しかしずいぶんと元気になったなぁ。最初会ったときは死ぬんじゃないかと思うほど弱々しかったのに、豆を食べた途端こうだ。本当に人間は野菜だけで生きていけるのかもしれない。それにレオもこっそり教えてくれた。
「あいつには死相が出ていない」
ということは栄養が体に染み渡ってるんだ。肉を食べなくても体が崩れないなんて不思議だなぁ。アクアリウスが間違ってたのかな? 彼女が健康に関して間違うはずがないんだけどなぁ。
しかしぼくら、無駄な努力してるよ。だってここはまだ館からそう遠くない。魔の森の魔法は侵入者が館に近づかないように迷わせるんでしょ? だったらもっと遠くを探さないと意味がないじゃないか。それかもしかしたら違う世界にでも行ったのかもしれない。そんなものがあればだけれど。
「なあー、いつまでこんなことすんだべ?」
ウォルフがダルそうにぼくに耳打ちした。彼女は魔法が勉強したくてしょうがないはずだ。それなのにこうして森をうろついている。
だったら来なければよかったんだ。だって、レオは言ってた。
「我々はヤツらの結末が見たいから探しに行くが、おまえは本が読みたいのだろう? ついて来なくてもいいぞ」
だけどウォルフはついて来た。
「おめえの顔なんか見たくねえけどよ、おれじゃ読めねえところもあるかしんねえし、空間魔法ってのがどう作用すっか興味あるしよ。いやだけどついてってやんべ」
そう言ってずいぶんレオの近くを歩いている。なんというか、彼女も病気だなぁ。ぼくにはわかるよ。一秒でも多くレオといっしょにいたいんだろう? ブスったれた顔しててもレオと目が合えばほほを赤らめ見つめ返して、慌ててそっぽ向いて胸を押さえたりしてさ。素直になればいいのに。ていうかそのポジションはぼくなのに!
「さて、アルテルフはどうしてるかな?」
とレオがつぶやいた。アルテルフは鷹の姿に戻り、飛んで森を探索している。最初は上空まで飛んだけど、どうやら葉が濃くて地上が見れないらしい。それで樹々の隙間を縫って飛び回っている。彼女なら短時間で遠くまで調査できるだろう。正直この探索はアルテルフ頼みだ。
しかしジェローム神父の驚きようったらなかった。
「おおっ! ひとが鷹の姿に!」
なんて言って腰を抜かしてさ。どうやら魔法にうといらしい。少しでも魔法の知識があれば、魔術師が動物を使い魔にし、ひとの姿に変げさせられると知っているが、彼はこれも「神の気まぐれ」と呼んだ。ま、ぼくらはいま神の使いの姿をしているから、魔法より神の力だと考えるのは自然かもしれないけどね。それにぼくもここに来るまで使い魔が変げするなんて知らなかったし。
ともかくぼくらは森を歩き回った。声を張り上げ、消えたひとびとを探した。しかし当然見つからない。この辺りはいわゆるレオの庭だ。
「まさか魔物にかどわかされて死んでしまったのでしょうか……」
ジェローム神父は不安げに言った。この森の事情を知らない彼には魔物のしわざと思うのが自然だろう。それに対しレオはこう答えた。
「いや、それはない。この辺りは魔物がいない」
「は、それはまことですか。しかしこの鬱蒼とした様子、いかにも魔物がいそうです。それに人間が突然消えるなど自然に起こることではございません。魔物のしわざとしか思えませんが……」
「それは……」
レオはやや口を濁し、
「お、おらんものはおらんのだ。そうそう、われも実は一週間ほど前から来ておる。そのあいだは周囲に魔物が出ぬようまじないをかけた。だからいまは魔物はおらん」
と、焦りつつも言い切った。真実を知っているからこそどう話せばいいか難しいんだろう。この様子じゃ思いつきで話しているに違いない。
しかし神父はレオの言うことをすべて鵜呑みにした。
「そうですか……では、もしや神の気まぐれでしょうか」
「ふむ……」
「ひとが消えるなんて、魔法でもなければ考えられません。もしや天上の猫様は気まぐれで彼らを消してしまったのでは……あるいは、まさか彼らは天上に召されたのでしょうか」
「ううむ……」
「お、お願い申し上げます! 天上のお猫様方に、わたくしの仲間が行っていないかお伺いしていただくことはできないでしょうか!」
「うむむむ……」
あらら、困ってるぞ。いい嘘が思いつかないんだ。まったく、嘘なんかつくからだよ。嘘ってのはつけばつくほどあとで困るんだ。一回嘘をついたらそれを押し通さなくちゃいけないからね。
最初に神の代弁者だと嘘をつき、次にその真実味を増すために猫様のボールを探してるなんて嘘をつき、館を作ったなんて嘘をつき、こんどはまじないをかけたから魔物はいないなんて嘘をついた。そしたらこのあともいままでの嘘の整合性を取るために嘘をつき続けなくちゃならない。ぼくみたいに正直に生きればいいのに。素直が一番だよ。
しかしそこはさすがレオだ。
「バカを言うな! ボールを見つけるまで天上に連絡など取れるか! 黙って探せ!」
「はっ! 申し訳ありません!」
なんと力わざで押し通した。はあ~、なんというか、すごいというか呆れるというか、まったく大したひとだよ。いい嘘が思いつかないからって怒鳴りつけて謝らせるんだもん。信者ってところをうまく利用してるよ。それでしかも、ひとのこころを操るのがうまい。
「おい、汝」
「はっ」
「われの勘だが、天上にはおらん」
「と、申しますと……」
「そやつらも神のしもべなのだろう。なら猫様は天上にはお連れせん。おそらく地上にいるはずだ」
「そうですか……」
「わからんが、もしかしたらこれも猫様の気まぐれかもしれん。汝たちを試してらっしゃるんだ」
「試してらっしゃる……」
「いいか、汝たちはいままでの人間の生き方とはまったく別の生活を目指している。これは実に稀有なことだ。猫様はさもすればご興味を持たれたのかもしれん。おそらく猫様は汝たちを森に迷わせ、本当に草木だけで生きていけるのか試しておられるのだ」
「ははぁ! なんと光栄な……!」
「なるほど、われもいま納得がいった。なぜ汝のみ元のところから消えず、ほかの人間だけが消えたか。それはわれと汝を会わせるためだ。われはボールを取りに来たとばかり思っていたが、もしかしたら猫様はこのためにわざとボールを落としあそばされたのかもしれん。なんと気まぐれでふところ深いお方だ」
「おお! バードフィリスのお気のままに!」
ジェローム神父は聖職者お決まりの祈りを叫び、涙を流して祈り手を握った。完全にレオの言うことを信じている。しかしレオもよくこの一瞬でここまで嘘を練り上げるね。知らないよ、あとでアラが出ても。しかもこんなこと言うんだ。
「おい、祈ったついでにわれにも祈れ」
「はい! レオ様はこの世で最もお美しい!」
「うむ!」
だからうむじゃないって! ホントなんの意味があるんだよ!
……ていうかこのひとこれから毎日「レオ様はお美しい」って祈るのか。ひどい話だなぁ。たしか日の出と? 食事前と、就寝前だっけ? こんなバカなことさせて、かわいそうに……
しかしいつまでこんなことするのかな。たしかに消えたひとびとがどこに行ったのか気にはなるけど、森は広いよ。ぼくらの生活範囲だけでもずいぶんあるのに、魔の森全域となれば止めどなく広い。百人以上集まってやっとそれらしい探索ができるんじゃないかな。
そんなふうにぼくが思っていると、ウォルフがぽつりと言った。
「もう死んでんでね?」
「えっ」
そういえばそうだ。一週間も森をさまよっていれば生きている方が難しい。いくら魔の森に猛獣や魔物がいないからって、水と食料がなければ飢えてしまうし、ジェローム神父のように食中毒を起こせばさらに死期は近づく。
「おい、ウォルフ。なんと言った」
レオが言った。するとウォルフも演技をしていることを思い出し、
「はい、一週間も経っていればもうすでにいのちを落としている可能性があります。これ以上の探索は無駄かもしれません」
うっ、と神父の顔が青く怯えた。そして苦痛に耐えるようにぎゅっと目をつぶった。たぶん彼も想定はしていたのだろう。むしろ生きていない方が現実的だとわかっていたのだろう。それでも、もしかしたらを信じてここまで探し続けてきた。ぼろぼろになって、お腹を壊して、自身さえ死の危険にさらして。
「ふむ……否定はできんな」
レオは言った。そしてこうも加えた。
「しかしまだ結果を見たわけではない。それにたとえ生きていなくても、せめて仲間と最期の別れをしたかろう。故郷がわかるなら家族に遺品を持って行ってやりたいだろう。かならず見つける——とは言えんが、もう少し探してみよう」
「しかし……時間が……」
ウォルフはあふれそうな不満を押し殺して言った。彼女はレオに魔法を教えてほしいんだ。でもずっと泊まれるわけじゃない。彼女には獣耳の里を守る仕事がある。こんなことに時間を割くのはひどくつまらないはずだ。
それを理解したのか、レオも、
「そうだな……我々にも時間の縛りがある。いつまでもこの男に構ってはおれん。だから汝よ」
と神父に向き直り、言った。
「今夜までだ。今夜まではわれも汝を手伝ってやる。だがそれまでに見つからなければあきらめろ」
「あ、あきらめる……ですか」
「そうだ。仲間が生きていようが死んでいようが、すっぱりあきらめてこの森を去れ。ひとが突然消えるなどという超常現象に遭遇したんだ。そやつらが生きている補償はもちろん、この世に肉体がある補償もない。そもそも探しても無駄かもしれん。だから今夜、陽が沈んでもダメならいさぎよくあきらめろ」
「……わ、わかりました」
神父は歯痒そうに納得した。でもしょうがない。レオの言ってることは正しいよ。どんなに仲間を助けたくても、森にいなければ探しようがないもの。
彼もそれはわかってる。肩を落とし、だれに見せるわけでもなくひとりでうん、うん、と小さくうなずいている。きっと自分を納得させているのだろう。もう一週間も経ってしまったんだ——と。
「さ、落ち込んでいても仕方がない。探索を再開するぞ」
そう言ってレオは再び歩き出そうとした。
そのとき、
「ぴょおー」
どこからともなく鷹の鳴き声が聞こえた。
「お、この鳴き声は」
そうつぶやくレオの元に一羽の小さな鷹が、樹々のあいだを縫って飛び込んで来た。そして着地すると同時にもやもやと姿を変え、茶色いツインテールでちょっと目つきが生意気な美少女へと変げした。
「レオ様、見つけました!」
「なに!? 本当か!」
「はい! だいぶ遠いですが、ほとんど生きてます!」
それを聞いた途端、ジェローム神父は泣き崩れた。
「ああ! なんとうれしい! なんとありがたい! ああ、ああ!」
感動のあまり立てないのか、地を這いアルテルフの足元までたどり着き、その両足にすがるように手を触れ、
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「うわっ……」
あ、アルテルフいやがってる。この子けっこう潔癖だからなぁ。あ、蹴った。
「あでっ」
「あ、ごめーん! 間違って蹴っちゃいましたー」
なにが間違ってなんだか。鼻をクリーンヒットしてるじゃないか。
「うっ、も、申し訳ありません。わたくしうれしさのあまりついおみ足に……」
「大丈夫ー、蹴り飛ばしましたからー」
「あはは、お許しいただければさいわいです」
と神父は鼻血を垂らしながら笑った。痛そうにしてるけどそれ以上にうれしそうだ。なにせ仲間が生きていた。それを知ったらなにをされても幸福だろう。
しかし、少し様子が違った。
「よくやったアルテルフ。では早速案内してもらおう」
とレオが言うと、
「えーっと……行きます?」
「なんだ、見つけたんだろう?」
「そうなんですけど……行かない方がいいかもしれませんよ? とくにこのひと」
そう言ってアルテルフはチラリと神父に目を向けた。
「な、なぜでしょうか。なぜわたくしは行かない方がよいのでしょうか」
「えー、だってあれはもう人間じゃないもん」
「人間じゃない!? い、いったい彼らはどうしたのですか!?」
「知らない。とにかく見ないで帰った方がいいですよ」
いったいどういうことだろう。ほとんど生きてるけど人間じゃなくなってる? アルテルフはなにを見たんだろう。
「どういうことだ。説明しろ」
とレオが訊くと、
「あのですね……」
アルテルフは背の高いレオの耳に手を当て、つま先立ちになってナイショ話をした。すると、
「ほう……なるほど、ふむ、ふむ、ふふ、ふふふふ……」
レオの顔がにやりと笑った。それは演技を忘れていた。いつものレオになっていた。
いつものレオ——そう、つまり最低最悪の美女。正義をきらい、ひとの不幸をよろこぶ美しくも邪悪な魔女。
「よし、行くぞ! その結末を見に行こうではないか!」
そう言ってレオはさっさと歩き出した。
「わ、わたくしもごいっしょさせてください!」
と言って神父も慌ててついて行った。アルテルフはレオの前に立って道案内を務めた。
出遅れたぼくに、おなじく出遅れた——というより躊躇するウォルフが言った。
「な、なあ……行かない方がいいってどーゆーことだべ? どしてレオはあんな悪そうに笑ってウキウキしてんだべ?」
「簡単だよ。レオは最悪で、そんなレオがよろこぶことが起きたってだけさ」
そう言ってぼくは歩き出した。この先に最悪なことが待っているのは間違いない。だけど行くんだ。だって、レオといっしょにいたいから。レオとおなじことを共有したいから。それにもう最悪には慣れっこだしね。
そんなぼくのあとからウォルフもついて来た。
あーあ、来ちゃうんだね。レオがよろこぶことがどういうことか、まだぜんぜんわかってないんだね。どうなっても知らないよ。どうせロクでもないことに決まってるんだから。
ジェローム神父はハツラツとした声で叫び歩いた。
ぼくらは消えた聖職者たちを探しに森をさまよっていた。
しかしずいぶんと元気になったなぁ。最初会ったときは死ぬんじゃないかと思うほど弱々しかったのに、豆を食べた途端こうだ。本当に人間は野菜だけで生きていけるのかもしれない。それにレオもこっそり教えてくれた。
「あいつには死相が出ていない」
ということは栄養が体に染み渡ってるんだ。肉を食べなくても体が崩れないなんて不思議だなぁ。アクアリウスが間違ってたのかな? 彼女が健康に関して間違うはずがないんだけどなぁ。
しかしぼくら、無駄な努力してるよ。だってここはまだ館からそう遠くない。魔の森の魔法は侵入者が館に近づかないように迷わせるんでしょ? だったらもっと遠くを探さないと意味がないじゃないか。それかもしかしたら違う世界にでも行ったのかもしれない。そんなものがあればだけれど。
「なあー、いつまでこんなことすんだべ?」
ウォルフがダルそうにぼくに耳打ちした。彼女は魔法が勉強したくてしょうがないはずだ。それなのにこうして森をうろついている。
だったら来なければよかったんだ。だって、レオは言ってた。
「我々はヤツらの結末が見たいから探しに行くが、おまえは本が読みたいのだろう? ついて来なくてもいいぞ」
だけどウォルフはついて来た。
「おめえの顔なんか見たくねえけどよ、おれじゃ読めねえところもあるかしんねえし、空間魔法ってのがどう作用すっか興味あるしよ。いやだけどついてってやんべ」
そう言ってずいぶんレオの近くを歩いている。なんというか、彼女も病気だなぁ。ぼくにはわかるよ。一秒でも多くレオといっしょにいたいんだろう? ブスったれた顔しててもレオと目が合えばほほを赤らめ見つめ返して、慌ててそっぽ向いて胸を押さえたりしてさ。素直になればいいのに。ていうかそのポジションはぼくなのに!
「さて、アルテルフはどうしてるかな?」
とレオがつぶやいた。アルテルフは鷹の姿に戻り、飛んで森を探索している。最初は上空まで飛んだけど、どうやら葉が濃くて地上が見れないらしい。それで樹々の隙間を縫って飛び回っている。彼女なら短時間で遠くまで調査できるだろう。正直この探索はアルテルフ頼みだ。
しかしジェローム神父の驚きようったらなかった。
「おおっ! ひとが鷹の姿に!」
なんて言って腰を抜かしてさ。どうやら魔法にうといらしい。少しでも魔法の知識があれば、魔術師が動物を使い魔にし、ひとの姿に変げさせられると知っているが、彼はこれも「神の気まぐれ」と呼んだ。ま、ぼくらはいま神の使いの姿をしているから、魔法より神の力だと考えるのは自然かもしれないけどね。それにぼくもここに来るまで使い魔が変げするなんて知らなかったし。
ともかくぼくらは森を歩き回った。声を張り上げ、消えたひとびとを探した。しかし当然見つからない。この辺りはいわゆるレオの庭だ。
「まさか魔物にかどわかされて死んでしまったのでしょうか……」
ジェローム神父は不安げに言った。この森の事情を知らない彼には魔物のしわざと思うのが自然だろう。それに対しレオはこう答えた。
「いや、それはない。この辺りは魔物がいない」
「は、それはまことですか。しかしこの鬱蒼とした様子、いかにも魔物がいそうです。それに人間が突然消えるなど自然に起こることではございません。魔物のしわざとしか思えませんが……」
「それは……」
レオはやや口を濁し、
「お、おらんものはおらんのだ。そうそう、われも実は一週間ほど前から来ておる。そのあいだは周囲に魔物が出ぬようまじないをかけた。だからいまは魔物はおらん」
と、焦りつつも言い切った。真実を知っているからこそどう話せばいいか難しいんだろう。この様子じゃ思いつきで話しているに違いない。
しかし神父はレオの言うことをすべて鵜呑みにした。
「そうですか……では、もしや神の気まぐれでしょうか」
「ふむ……」
「ひとが消えるなんて、魔法でもなければ考えられません。もしや天上の猫様は気まぐれで彼らを消してしまったのでは……あるいは、まさか彼らは天上に召されたのでしょうか」
「ううむ……」
「お、お願い申し上げます! 天上のお猫様方に、わたくしの仲間が行っていないかお伺いしていただくことはできないでしょうか!」
「うむむむ……」
あらら、困ってるぞ。いい嘘が思いつかないんだ。まったく、嘘なんかつくからだよ。嘘ってのはつけばつくほどあとで困るんだ。一回嘘をついたらそれを押し通さなくちゃいけないからね。
最初に神の代弁者だと嘘をつき、次にその真実味を増すために猫様のボールを探してるなんて嘘をつき、館を作ったなんて嘘をつき、こんどはまじないをかけたから魔物はいないなんて嘘をついた。そしたらこのあともいままでの嘘の整合性を取るために嘘をつき続けなくちゃならない。ぼくみたいに正直に生きればいいのに。素直が一番だよ。
しかしそこはさすがレオだ。
「バカを言うな! ボールを見つけるまで天上に連絡など取れるか! 黙って探せ!」
「はっ! 申し訳ありません!」
なんと力わざで押し通した。はあ~、なんというか、すごいというか呆れるというか、まったく大したひとだよ。いい嘘が思いつかないからって怒鳴りつけて謝らせるんだもん。信者ってところをうまく利用してるよ。それでしかも、ひとのこころを操るのがうまい。
「おい、汝」
「はっ」
「われの勘だが、天上にはおらん」
「と、申しますと……」
「そやつらも神のしもべなのだろう。なら猫様は天上にはお連れせん。おそらく地上にいるはずだ」
「そうですか……」
「わからんが、もしかしたらこれも猫様の気まぐれかもしれん。汝たちを試してらっしゃるんだ」
「試してらっしゃる……」
「いいか、汝たちはいままでの人間の生き方とはまったく別の生活を目指している。これは実に稀有なことだ。猫様はさもすればご興味を持たれたのかもしれん。おそらく猫様は汝たちを森に迷わせ、本当に草木だけで生きていけるのか試しておられるのだ」
「ははぁ! なんと光栄な……!」
「なるほど、われもいま納得がいった。なぜ汝のみ元のところから消えず、ほかの人間だけが消えたか。それはわれと汝を会わせるためだ。われはボールを取りに来たとばかり思っていたが、もしかしたら猫様はこのためにわざとボールを落としあそばされたのかもしれん。なんと気まぐれでふところ深いお方だ」
「おお! バードフィリスのお気のままに!」
ジェローム神父は聖職者お決まりの祈りを叫び、涙を流して祈り手を握った。完全にレオの言うことを信じている。しかしレオもよくこの一瞬でここまで嘘を練り上げるね。知らないよ、あとでアラが出ても。しかもこんなこと言うんだ。
「おい、祈ったついでにわれにも祈れ」
「はい! レオ様はこの世で最もお美しい!」
「うむ!」
だからうむじゃないって! ホントなんの意味があるんだよ!
……ていうかこのひとこれから毎日「レオ様はお美しい」って祈るのか。ひどい話だなぁ。たしか日の出と? 食事前と、就寝前だっけ? こんなバカなことさせて、かわいそうに……
しかしいつまでこんなことするのかな。たしかに消えたひとびとがどこに行ったのか気にはなるけど、森は広いよ。ぼくらの生活範囲だけでもずいぶんあるのに、魔の森全域となれば止めどなく広い。百人以上集まってやっとそれらしい探索ができるんじゃないかな。
そんなふうにぼくが思っていると、ウォルフがぽつりと言った。
「もう死んでんでね?」
「えっ」
そういえばそうだ。一週間も森をさまよっていれば生きている方が難しい。いくら魔の森に猛獣や魔物がいないからって、水と食料がなければ飢えてしまうし、ジェローム神父のように食中毒を起こせばさらに死期は近づく。
「おい、ウォルフ。なんと言った」
レオが言った。するとウォルフも演技をしていることを思い出し、
「はい、一週間も経っていればもうすでにいのちを落としている可能性があります。これ以上の探索は無駄かもしれません」
うっ、と神父の顔が青く怯えた。そして苦痛に耐えるようにぎゅっと目をつぶった。たぶん彼も想定はしていたのだろう。むしろ生きていない方が現実的だとわかっていたのだろう。それでも、もしかしたらを信じてここまで探し続けてきた。ぼろぼろになって、お腹を壊して、自身さえ死の危険にさらして。
「ふむ……否定はできんな」
レオは言った。そしてこうも加えた。
「しかしまだ結果を見たわけではない。それにたとえ生きていなくても、せめて仲間と最期の別れをしたかろう。故郷がわかるなら家族に遺品を持って行ってやりたいだろう。かならず見つける——とは言えんが、もう少し探してみよう」
「しかし……時間が……」
ウォルフはあふれそうな不満を押し殺して言った。彼女はレオに魔法を教えてほしいんだ。でもずっと泊まれるわけじゃない。彼女には獣耳の里を守る仕事がある。こんなことに時間を割くのはひどくつまらないはずだ。
それを理解したのか、レオも、
「そうだな……我々にも時間の縛りがある。いつまでもこの男に構ってはおれん。だから汝よ」
と神父に向き直り、言った。
「今夜までだ。今夜まではわれも汝を手伝ってやる。だがそれまでに見つからなければあきらめろ」
「あ、あきらめる……ですか」
「そうだ。仲間が生きていようが死んでいようが、すっぱりあきらめてこの森を去れ。ひとが突然消えるなどという超常現象に遭遇したんだ。そやつらが生きている補償はもちろん、この世に肉体がある補償もない。そもそも探しても無駄かもしれん。だから今夜、陽が沈んでもダメならいさぎよくあきらめろ」
「……わ、わかりました」
神父は歯痒そうに納得した。でもしょうがない。レオの言ってることは正しいよ。どんなに仲間を助けたくても、森にいなければ探しようがないもの。
彼もそれはわかってる。肩を落とし、だれに見せるわけでもなくひとりでうん、うん、と小さくうなずいている。きっと自分を納得させているのだろう。もう一週間も経ってしまったんだ——と。
「さ、落ち込んでいても仕方がない。探索を再開するぞ」
そう言ってレオは再び歩き出そうとした。
そのとき、
「ぴょおー」
どこからともなく鷹の鳴き声が聞こえた。
「お、この鳴き声は」
そうつぶやくレオの元に一羽の小さな鷹が、樹々のあいだを縫って飛び込んで来た。そして着地すると同時にもやもやと姿を変え、茶色いツインテールでちょっと目つきが生意気な美少女へと変げした。
「レオ様、見つけました!」
「なに!? 本当か!」
「はい! だいぶ遠いですが、ほとんど生きてます!」
それを聞いた途端、ジェローム神父は泣き崩れた。
「ああ! なんとうれしい! なんとありがたい! ああ、ああ!」
感動のあまり立てないのか、地を這いアルテルフの足元までたどり着き、その両足にすがるように手を触れ、
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「うわっ……」
あ、アルテルフいやがってる。この子けっこう潔癖だからなぁ。あ、蹴った。
「あでっ」
「あ、ごめーん! 間違って蹴っちゃいましたー」
なにが間違ってなんだか。鼻をクリーンヒットしてるじゃないか。
「うっ、も、申し訳ありません。わたくしうれしさのあまりついおみ足に……」
「大丈夫ー、蹴り飛ばしましたからー」
「あはは、お許しいただければさいわいです」
と神父は鼻血を垂らしながら笑った。痛そうにしてるけどそれ以上にうれしそうだ。なにせ仲間が生きていた。それを知ったらなにをされても幸福だろう。
しかし、少し様子が違った。
「よくやったアルテルフ。では早速案内してもらおう」
とレオが言うと、
「えーっと……行きます?」
「なんだ、見つけたんだろう?」
「そうなんですけど……行かない方がいいかもしれませんよ? とくにこのひと」
そう言ってアルテルフはチラリと神父に目を向けた。
「な、なぜでしょうか。なぜわたくしは行かない方がよいのでしょうか」
「えー、だってあれはもう人間じゃないもん」
「人間じゃない!? い、いったい彼らはどうしたのですか!?」
「知らない。とにかく見ないで帰った方がいいですよ」
いったいどういうことだろう。ほとんど生きてるけど人間じゃなくなってる? アルテルフはなにを見たんだろう。
「どういうことだ。説明しろ」
とレオが訊くと、
「あのですね……」
アルテルフは背の高いレオの耳に手を当て、つま先立ちになってナイショ話をした。すると、
「ほう……なるほど、ふむ、ふむ、ふふ、ふふふふ……」
レオの顔がにやりと笑った。それは演技を忘れていた。いつものレオになっていた。
いつものレオ——そう、つまり最低最悪の美女。正義をきらい、ひとの不幸をよろこぶ美しくも邪悪な魔女。
「よし、行くぞ! その結末を見に行こうではないか!」
そう言ってレオはさっさと歩き出した。
「わ、わたくしもごいっしょさせてください!」
と言って神父も慌ててついて行った。アルテルフはレオの前に立って道案内を務めた。
出遅れたぼくに、おなじく出遅れた——というより躊躇するウォルフが言った。
「な、なあ……行かない方がいいってどーゆーことだべ? どしてレオはあんな悪そうに笑ってウキウキしてんだべ?」
「簡単だよ。レオは最悪で、そんなレオがよろこぶことが起きたってだけさ」
そう言ってぼくは歩き出した。この先に最悪なことが待っているのは間違いない。だけど行くんだ。だって、レオといっしょにいたいから。レオとおなじことを共有したいから。それにもう最悪には慣れっこだしね。
そんなぼくのあとからウォルフもついて来た。
あーあ、来ちゃうんだね。レオがよろこぶことがどういうことか、まだぜんぜんわかってないんだね。どうなっても知らないよ。どうせロクでもないことに決まってるんだから。
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不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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