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第九話 アーサーのお留守番
アーサーのお留守番 七
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まったく、あいつときたら全然浮気をせんではないか。困ったヤツめ。これではわたしが間違いを言ったことになってしまう。
そもそも男というのは下半身なのだ。下半身でしかものを考えられない下衆なのだ。
仕事をするのも金を得て女を手放さないためだし、メシを食うのも女を襲う体力を得るためだし、おしゃれはもちろん、勉学や善行もそうだ。女に魅力があると思わせ、引き寄せるための罠でしかない。あらゆることが性欲を根本とし、性器をおっ立てて穴にブチ込むことだけがヤツらの人生だ。
それがなんだ。アーサーのヤツ、さっさとぶち撒けてしまえばいいのに耐えおって……それでも男か。
はぁ……どうしたものかな。レグルスも失敗してしまったし、こうなればアクア様に行ってもらうくらいしか手が残されておらん。
が……
「それはダメよ。わたしが行ったら嘘がバレちゃうわ」
アクア様はそう言ってご辞退なされた。
くぅ……悔しいがその通りだ。わたしと街に出かけたはずのアクア様が館にいては話が合わなくなる。そうすれば嘘がバレる。わたしが約束を破らせようとけしかけていたことが知れ、悪者にされてしまう。
それだけはいかん。わたしは悪党だが悪者ではない。わたしは常に正しい。わたしはどんな正義よりも正しく、完璧で、この世で最も優れている。
それが、このままでは間違いを言ったことに……くそっ。
わたしは歯ぎしりをしていた。無意識にしていたらしいが、気づいたあとでもやめられなかった。このあばずれ女に言論で負けると考えただけでイライラが止まらなかった。
そんなわたしの横顔を見て、アクア様がおっしゃった。
「というか、もうバレちゃったんじゃない?」
「……ば、バレましたか?」
「うん。だってアーサー君、土を見て怪しんで、レグルスちゃんの体に触らなかったでしょ。バレてなければ薬だと思って塗ってるわよ。それにあのレグルスちゃんの泣き方、もしかしてわたしたちが森にいることを話したんじゃない?」
「う……」
そうかもしれん。すると、これまでのことも我々の指示だと察してしまったかもしれん。アーサーはバカだが、さすがにその程度の知恵はある。
情報は漏れ、手駒も切れた。
くそ……手詰まりか。
「よかったじゃない。アーサー君はあなたを裏切らなかったのよ。あなたをだれよりも愛しているから。そうでしょ?」
「まあ、そうですね……」
その通りだ。アーサーは心底わたしを愛している。わたしにすべてを捧げている。わたしの夫であり、奴隷であり、忠実な下僕だ。
しかし愛と性欲は別にあるはずだ。それが、あいつは四度に渡る誘惑を逃げ切り、とうとうわたしとの約束を守りおった。あと少しで漏らしてしまうというところでも、全裸の美女と触れ合いながらでも耐え抜いた。
さっさと浮気すればいいものを。おかげでわたしは負けてしまったではないか。バカ者め。
……ふん、そんなにわたしがいいか。そんなにわたしとの約束が大事か。そんなにわたしだけを愛しているというのか。
「あら、どうしたのレオ。ずいぶんうれしそうじゃない」
「え、そうですか?」
「ええ。さっきから黙ってニヤニヤして、今夜のことでも考えてるの?」
「そ、そんなところです」
いかんいかん、そんな顔をしていたとは気づかなかった。あいつのことを考えたばっかりに、なんと恥ずかしいことだ。
魔術師とは常に冷静であらねばならん。ひと前で無意識にこころの内を見せてはならん。魔術師がこころを読まれればいのちに関わる。
それが、ニヤけてしまうなんて……
くそっ。これもアーサーがしっかり約束を破らんからだ。さっさと性欲に従わんからだ。わたしのことなど忘れ、欲望に飲み込まれてしまわんからだ。それなのに、それなのに…………
はあ……愛いヤツめ。
帰ったらたっぷりかわいがってやる。とことん愛してやる。あいつが満足するまで、どこまでも愛して、愛して、愛しまくってやる。いじめてほしいと言われればいくらでもなじってやるし、わたしを襲いたいと言うのならとことんメスになってやる。手でも口でも、胸でも足でも、お前の望むすべてで奉仕してやる。
ああもう! おまえのことで頭がいっぱいになってしまったではないか! この大バカ者め!
と、わたしがすでに負けたと思っていた、そんなときだった。
「レオ様、なんの用?」
我々の前にゾスマが立っていた。
「ああ、おまえか……」
レグルスがしくじった時点で一応呼んでおいたが、こいつか来たところでなぁ。
ゾスマ——見た目は十代前半で、肌は黒く、金髪のボブがよく似合う一見チャーミングな少女だ。しかし元が蜘蛛という生き物だからか、手足は異常に細く、実に不健康に見える。
それに表情が常に一定だ。ダウナーな眼差しとヘラヘラした口は常に変わることなく、それがかわいくもあり、異質にも感じる。話し方もだらりとして、女の色気というものが一切感じられん。これが男をどう惑わすというのだ。
それに……なんだかもう負けでいいんだ。むしろさっさと終わらせて、アーサーにめちゃくちゃに敗北させられたい。一秒でも早く戻って、身もこころも犯されてしまいたい。
が、アクア様はもっとこの遊びを続けたいようで、
「あなたを呼んだのは、これこれこーゆうわけで——」
と事情を説明なさった。まったく、無駄なことをなさる。もう終わったというのに。
わたしはどうでもいいと思い、川を眺めてウィスキーをあおった。清流が陽の光を浴びてきらめく様を見ながら飲む酒はいいものだ。少なくともこいつの無駄な仕事を見るより目の肥やしになるだろう。
しかしゾスマのひとことがわたしを振り向かせた。
「ふーん、そんな簡単なことでいいの?」
「なに!?」
「こんなところに呼び出されるからなにかと思ったけど、要はアーサー様が自分の意思で射精すればいいんでしょ?」
「そ、そうだが……」
こいつはなにを言ってるんだ。簡単ではないぞ。なにせ四回も失敗してるんだ。それも色気たっぷりの女五人がかりで。それを簡単だと?
「パンツ貸して」
「は?」
ゾスマはわたしに手を伸ばし、へらへらした面で言った。
「いま履いてるパンツちょうだい」
「な、なにをバカなことを言ってるんだ!」
「いいから脱いで。使うから」
わたしは頭が混乱しそうだった。ショーツを脱いでどうしようというのだ。このショーツでアーサーをどう誘惑するというのだ。
「それは秘密。とにかく脱いで、ほら」
わたしは言われるがままに下着を脱いだ。しもべにこんな言い方をされて本来なら腹も立とうというところだが、それ以上に興味があった。あっさり”簡単”などと言うこいつの考えが知りたかった。
「じゃ、射精させてくるね」
そう言ってゾスマはわたしのショーツを指先でつまみ、すたすた館へと歩いて行った。
「ふうむ、いったいなにをするつもりだ……」
「不思議な子ね。どうして蜘蛛なんて使い魔にしたの?」
「いや、それがわたしにもはっきりしないのです。あるとき、毎日玄関に巣を張る蜘蛛がいて、なぜか気に入ってしまい、使い魔にしたのです」
「へえ、なにか特別な子なのかしら」
「どうなのでしょう。たまに光るものを感じますが、基本的にはよくわかりません」
「まあ、とりあえず見てみましょう。新しいブローチも渡したことだし、昆虫がなにを考えてるのか気になるわ」
はあ、まったく疲れたよ。みんないやらしいことしてきて、ぼくが約束を破るようけしかけるんだもの。本当にギリギリだったよ。
ぼくは寝室に入り、ベッドに飛び込んだ。
もう寝てしまおう。無理にでも眠って気持ちを鎮めよう。じゃないと持たないよ。
ぼくは布団をかぶり、読むと眠くなる小難しい本を手に取った。内容なんてひとつも覚えてないけど、とりあえずこれを読めば起きていられなくなる。
ほら、まだ数ページしか読んでないのに、もう意識がおぼろげに……
「アーサー様、いる?」
突如、扉の外からゾスマの声がした。
あ、またぼくを誘惑しにきたな。そうはさせないぞ。
「いないよ!」
「いるんだ」
「いないって!」
ぼくはいないと言ったのに、ゾスマは扉を開けて入ってきた。なんてヤツだ。
「なんの用? ぼくは寝てるんだ」
ぼくははなから突っぱねる態度で寝たふりをした。目をつぶって、彼女の方を見ようともしない。あんまりいいことじゃないけど、こうでもしないときっと策略にかかってやられてしまう。仕方がないんだ。
しかし、ゾスマの策はそんな小細工の通用しない強力な手段だった。
「アーサー様、これあげる」
ゾスマはそう言ってぼくの枕元になにかを投げた。かなり軽いものらしく、パサっと小さな音を立てて着地した。
……なにかうっすらにおいがする。ほんのり臭い、でもクセになる、不思議なにおいが……
「レオ様のパンツだよ」
「レオのパンツ!?」
ぼくはガバッと起き上がり、それを認めた。
それは紛れもなくレオのショーツだった。
しかも、
「レオ様がさっきまで履いてた脱ぎたてだよ」
「ぬ、脱ぎたてだって!?」
ぼくは気がつけばそれをつかみ、左右に広げていた。まだ鼻を近づけていないのに、もう彼女のにおいがする。ぼくの大好きな、ちょっぴり臭い、とても興奮するにおいが。
ああ、かぎたい。顔をうずめてにおいを堪能したい。でもそれは騎士のすることじゃない。間違いなく変態のすることだ。だけど、ああ……!
……なにをしているのだあいつは。あんなに息を荒くして、まさかショーツのにおいをかごうというんじゃないだろうな!?
「ねえレオ、もしかしてアーサー君ってにおいフェチなの?」
「……かもしれません」
そう、あいつはいつだったか、わたしのにおいが好きだと言っていた。わたしに風呂に入らず、臭いままで抱き合いたいと言っていた。
だがそれだけはいやだ。わたしはたとえ太陽の下で裸になろうが、ケツの穴まで見せようが、アーサーの前なら恥ずかしくない。いや、正確に言えばその恥じらいさえわたしを昂らせる。
しかしにおいだけはダメだ。においだけは本当に恥ずかしい。
わたしはどうやら”ワキガ”らしい。と言ってもそれほどひどいわけではない。ほかより少しにおう程度だ。毎日風呂に入れば問題はない。
しかし、それが本当にコンプレックスなのだ。どんなにアーサーがよろこぶからといって、においだけはかがせたくない。
それなのに、あいつ……わたしが一日風呂にはいってない体で身につけたショーツにあんなに食い入りおって!
ゾスマに着けたブローチからアーサーの声が聞こえた。
——はあはあ、レオのにおい。レオのお股のにおい……
「なにを言ってるんだ! やめろ! 手を離せ!」
——ダメだよ……ダメなのに……
「ダメならやめろ! というかゾスマが傍にいるというのに、なにを発情している! ふだんのおまえなら騎士道とやらで立派に振る舞うのだろう!? おまえは騎士なのだろう!?」
——ああ、もう……ぼくは……
「やめろ! やめるんだアーサー!」
——ごめんよ、レオ……もう……
「やめてくれ! アーサーー!」
ハッ!
……いま、どこかでレオの声が聞こえた。
……どこかでレオがぼくにやめろと言ったような気がした。
………………でも街に行ってるレオの声がするわけないよね。くんくん、すーはー、う、くっさぁい!
「アーサーーーーー!」
ぼくは夢中になってにおいをかいだ。気がついたら布団に抱きついて「レオ、レオ」と、うわごとのように繰り返しながらシーツに股間を擦りつけていた。
だって、しょうがないよ。レオのにおいだもん。我慢できるわけないじゃないか。
え? ゾスマが見てるって? 知らないよそんなの。
騎士道? 知らないね。ぼくはただの”ひも”だよ。
ぼくの世界は目の前の布切れ一枚になった。ぼくの意識はレオのにおいだけになった。もはや約束など完全に忘れていた。
——そう、扉が開くまでは。
「アーサー!」
ドカッとぶち破るいきおいでドアが開いた。
「れ、レオ!」
どうしてレオがここに!? 街に行ったんじゃないの!?
ていうか怒ってる! すごく怒ってる! 全身わなわなと震え、拳を握り、眉は見たこともないくらいギンギンに吊り上がって、口はムッと噛みしめるように閉じている!
でも、目だけが違う。
「うっ、ば、バカ者……バカ者ォ」
レオの目はぐにゃぐにゃに歪み、目尻に涙が溜まっていた。声もメソメソ弱っている。
ああ、そんな、レオが泣いてる。ぼくのせいでレオが……
「ち、違うんだ……」
ぼくはショーツから顔を離し、両手を前に出しておろおろした。すると、
「なにが違うんだ、このバカー!」
そう言ってレオはぼくに飛びかかり、
「バカー! バカバカバカバカバカバカバカー!」
子供が肩叩きするみたいにポカポカ叩いてきた。
い、痛い! いや、そんなには痛くない。けど、こころがすごく痛い! いままで味わったどんな痛みよりも!
「返せ!」
レオはぼくの手からショーツを引っぺがし、
「この大バカ者! おまえなんかもう知らない!」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
ああ、なんてことだ……レオにきらわれてしまった……
そんな、う、うう……うええん!
「ねえねえ、なんでレオ様怒ってるの?」
ゾスマが相変わらずのにへら顔で言った。
「うるさいよ!」
「わたしはレオ様の命令通りにしたのに、なんで怒ってるの? ねえ、なんで?」
「うるさいって言ってるだろ!」
「ねえ、なんで? なんで?」
そんなのぼくがレオのショーツのにおいをかいでたからに決まってるだろ!? ぼくが変態だと思ったからだろ!? ちくしょう、ぼくはただレオのにおいが好きなだけなのに!
どうして、どうしてこんなことに……
う、うええーん! うええええーん!
「ねえ、なんで? ねえ、ねえ」
そもそも男というのは下半身なのだ。下半身でしかものを考えられない下衆なのだ。
仕事をするのも金を得て女を手放さないためだし、メシを食うのも女を襲う体力を得るためだし、おしゃれはもちろん、勉学や善行もそうだ。女に魅力があると思わせ、引き寄せるための罠でしかない。あらゆることが性欲を根本とし、性器をおっ立てて穴にブチ込むことだけがヤツらの人生だ。
それがなんだ。アーサーのヤツ、さっさとぶち撒けてしまえばいいのに耐えおって……それでも男か。
はぁ……どうしたものかな。レグルスも失敗してしまったし、こうなればアクア様に行ってもらうくらいしか手が残されておらん。
が……
「それはダメよ。わたしが行ったら嘘がバレちゃうわ」
アクア様はそう言ってご辞退なされた。
くぅ……悔しいがその通りだ。わたしと街に出かけたはずのアクア様が館にいては話が合わなくなる。そうすれば嘘がバレる。わたしが約束を破らせようとけしかけていたことが知れ、悪者にされてしまう。
それだけはいかん。わたしは悪党だが悪者ではない。わたしは常に正しい。わたしはどんな正義よりも正しく、完璧で、この世で最も優れている。
それが、このままでは間違いを言ったことに……くそっ。
わたしは歯ぎしりをしていた。無意識にしていたらしいが、気づいたあとでもやめられなかった。このあばずれ女に言論で負けると考えただけでイライラが止まらなかった。
そんなわたしの横顔を見て、アクア様がおっしゃった。
「というか、もうバレちゃったんじゃない?」
「……ば、バレましたか?」
「うん。だってアーサー君、土を見て怪しんで、レグルスちゃんの体に触らなかったでしょ。バレてなければ薬だと思って塗ってるわよ。それにあのレグルスちゃんの泣き方、もしかしてわたしたちが森にいることを話したんじゃない?」
「う……」
そうかもしれん。すると、これまでのことも我々の指示だと察してしまったかもしれん。アーサーはバカだが、さすがにその程度の知恵はある。
情報は漏れ、手駒も切れた。
くそ……手詰まりか。
「よかったじゃない。アーサー君はあなたを裏切らなかったのよ。あなたをだれよりも愛しているから。そうでしょ?」
「まあ、そうですね……」
その通りだ。アーサーは心底わたしを愛している。わたしにすべてを捧げている。わたしの夫であり、奴隷であり、忠実な下僕だ。
しかし愛と性欲は別にあるはずだ。それが、あいつは四度に渡る誘惑を逃げ切り、とうとうわたしとの約束を守りおった。あと少しで漏らしてしまうというところでも、全裸の美女と触れ合いながらでも耐え抜いた。
さっさと浮気すればいいものを。おかげでわたしは負けてしまったではないか。バカ者め。
……ふん、そんなにわたしがいいか。そんなにわたしとの約束が大事か。そんなにわたしだけを愛しているというのか。
「あら、どうしたのレオ。ずいぶんうれしそうじゃない」
「え、そうですか?」
「ええ。さっきから黙ってニヤニヤして、今夜のことでも考えてるの?」
「そ、そんなところです」
いかんいかん、そんな顔をしていたとは気づかなかった。あいつのことを考えたばっかりに、なんと恥ずかしいことだ。
魔術師とは常に冷静であらねばならん。ひと前で無意識にこころの内を見せてはならん。魔術師がこころを読まれればいのちに関わる。
それが、ニヤけてしまうなんて……
くそっ。これもアーサーがしっかり約束を破らんからだ。さっさと性欲に従わんからだ。わたしのことなど忘れ、欲望に飲み込まれてしまわんからだ。それなのに、それなのに…………
はあ……愛いヤツめ。
帰ったらたっぷりかわいがってやる。とことん愛してやる。あいつが満足するまで、どこまでも愛して、愛して、愛しまくってやる。いじめてほしいと言われればいくらでもなじってやるし、わたしを襲いたいと言うのならとことんメスになってやる。手でも口でも、胸でも足でも、お前の望むすべてで奉仕してやる。
ああもう! おまえのことで頭がいっぱいになってしまったではないか! この大バカ者め!
と、わたしがすでに負けたと思っていた、そんなときだった。
「レオ様、なんの用?」
我々の前にゾスマが立っていた。
「ああ、おまえか……」
レグルスがしくじった時点で一応呼んでおいたが、こいつか来たところでなぁ。
ゾスマ——見た目は十代前半で、肌は黒く、金髪のボブがよく似合う一見チャーミングな少女だ。しかし元が蜘蛛という生き物だからか、手足は異常に細く、実に不健康に見える。
それに表情が常に一定だ。ダウナーな眼差しとヘラヘラした口は常に変わることなく、それがかわいくもあり、異質にも感じる。話し方もだらりとして、女の色気というものが一切感じられん。これが男をどう惑わすというのだ。
それに……なんだかもう負けでいいんだ。むしろさっさと終わらせて、アーサーにめちゃくちゃに敗北させられたい。一秒でも早く戻って、身もこころも犯されてしまいたい。
が、アクア様はもっとこの遊びを続けたいようで、
「あなたを呼んだのは、これこれこーゆうわけで——」
と事情を説明なさった。まったく、無駄なことをなさる。もう終わったというのに。
わたしはどうでもいいと思い、川を眺めてウィスキーをあおった。清流が陽の光を浴びてきらめく様を見ながら飲む酒はいいものだ。少なくともこいつの無駄な仕事を見るより目の肥やしになるだろう。
しかしゾスマのひとことがわたしを振り向かせた。
「ふーん、そんな簡単なことでいいの?」
「なに!?」
「こんなところに呼び出されるからなにかと思ったけど、要はアーサー様が自分の意思で射精すればいいんでしょ?」
「そ、そうだが……」
こいつはなにを言ってるんだ。簡単ではないぞ。なにせ四回も失敗してるんだ。それも色気たっぷりの女五人がかりで。それを簡単だと?
「パンツ貸して」
「は?」
ゾスマはわたしに手を伸ばし、へらへらした面で言った。
「いま履いてるパンツちょうだい」
「な、なにをバカなことを言ってるんだ!」
「いいから脱いで。使うから」
わたしは頭が混乱しそうだった。ショーツを脱いでどうしようというのだ。このショーツでアーサーをどう誘惑するというのだ。
「それは秘密。とにかく脱いで、ほら」
わたしは言われるがままに下着を脱いだ。しもべにこんな言い方をされて本来なら腹も立とうというところだが、それ以上に興味があった。あっさり”簡単”などと言うこいつの考えが知りたかった。
「じゃ、射精させてくるね」
そう言ってゾスマはわたしのショーツを指先でつまみ、すたすた館へと歩いて行った。
「ふうむ、いったいなにをするつもりだ……」
「不思議な子ね。どうして蜘蛛なんて使い魔にしたの?」
「いや、それがわたしにもはっきりしないのです。あるとき、毎日玄関に巣を張る蜘蛛がいて、なぜか気に入ってしまい、使い魔にしたのです」
「へえ、なにか特別な子なのかしら」
「どうなのでしょう。たまに光るものを感じますが、基本的にはよくわかりません」
「まあ、とりあえず見てみましょう。新しいブローチも渡したことだし、昆虫がなにを考えてるのか気になるわ」
はあ、まったく疲れたよ。みんないやらしいことしてきて、ぼくが約束を破るようけしかけるんだもの。本当にギリギリだったよ。
ぼくは寝室に入り、ベッドに飛び込んだ。
もう寝てしまおう。無理にでも眠って気持ちを鎮めよう。じゃないと持たないよ。
ぼくは布団をかぶり、読むと眠くなる小難しい本を手に取った。内容なんてひとつも覚えてないけど、とりあえずこれを読めば起きていられなくなる。
ほら、まだ数ページしか読んでないのに、もう意識がおぼろげに……
「アーサー様、いる?」
突如、扉の外からゾスマの声がした。
あ、またぼくを誘惑しにきたな。そうはさせないぞ。
「いないよ!」
「いるんだ」
「いないって!」
ぼくはいないと言ったのに、ゾスマは扉を開けて入ってきた。なんてヤツだ。
「なんの用? ぼくは寝てるんだ」
ぼくははなから突っぱねる態度で寝たふりをした。目をつぶって、彼女の方を見ようともしない。あんまりいいことじゃないけど、こうでもしないときっと策略にかかってやられてしまう。仕方がないんだ。
しかし、ゾスマの策はそんな小細工の通用しない強力な手段だった。
「アーサー様、これあげる」
ゾスマはそう言ってぼくの枕元になにかを投げた。かなり軽いものらしく、パサっと小さな音を立てて着地した。
……なにかうっすらにおいがする。ほんのり臭い、でもクセになる、不思議なにおいが……
「レオ様のパンツだよ」
「レオのパンツ!?」
ぼくはガバッと起き上がり、それを認めた。
それは紛れもなくレオのショーツだった。
しかも、
「レオ様がさっきまで履いてた脱ぎたてだよ」
「ぬ、脱ぎたてだって!?」
ぼくは気がつけばそれをつかみ、左右に広げていた。まだ鼻を近づけていないのに、もう彼女のにおいがする。ぼくの大好きな、ちょっぴり臭い、とても興奮するにおいが。
ああ、かぎたい。顔をうずめてにおいを堪能したい。でもそれは騎士のすることじゃない。間違いなく変態のすることだ。だけど、ああ……!
……なにをしているのだあいつは。あんなに息を荒くして、まさかショーツのにおいをかごうというんじゃないだろうな!?
「ねえレオ、もしかしてアーサー君ってにおいフェチなの?」
「……かもしれません」
そう、あいつはいつだったか、わたしのにおいが好きだと言っていた。わたしに風呂に入らず、臭いままで抱き合いたいと言っていた。
だがそれだけはいやだ。わたしはたとえ太陽の下で裸になろうが、ケツの穴まで見せようが、アーサーの前なら恥ずかしくない。いや、正確に言えばその恥じらいさえわたしを昂らせる。
しかしにおいだけはダメだ。においだけは本当に恥ずかしい。
わたしはどうやら”ワキガ”らしい。と言ってもそれほどひどいわけではない。ほかより少しにおう程度だ。毎日風呂に入れば問題はない。
しかし、それが本当にコンプレックスなのだ。どんなにアーサーがよろこぶからといって、においだけはかがせたくない。
それなのに、あいつ……わたしが一日風呂にはいってない体で身につけたショーツにあんなに食い入りおって!
ゾスマに着けたブローチからアーサーの声が聞こえた。
——はあはあ、レオのにおい。レオのお股のにおい……
「なにを言ってるんだ! やめろ! 手を離せ!」
——ダメだよ……ダメなのに……
「ダメならやめろ! というかゾスマが傍にいるというのに、なにを発情している! ふだんのおまえなら騎士道とやらで立派に振る舞うのだろう!? おまえは騎士なのだろう!?」
——ああ、もう……ぼくは……
「やめろ! やめるんだアーサー!」
——ごめんよ、レオ……もう……
「やめてくれ! アーサーー!」
ハッ!
……いま、どこかでレオの声が聞こえた。
……どこかでレオがぼくにやめろと言ったような気がした。
………………でも街に行ってるレオの声がするわけないよね。くんくん、すーはー、う、くっさぁい!
「アーサーーーーー!」
ぼくは夢中になってにおいをかいだ。気がついたら布団に抱きついて「レオ、レオ」と、うわごとのように繰り返しながらシーツに股間を擦りつけていた。
だって、しょうがないよ。レオのにおいだもん。我慢できるわけないじゃないか。
え? ゾスマが見てるって? 知らないよそんなの。
騎士道? 知らないね。ぼくはただの”ひも”だよ。
ぼくの世界は目の前の布切れ一枚になった。ぼくの意識はレオのにおいだけになった。もはや約束など完全に忘れていた。
——そう、扉が開くまでは。
「アーサー!」
ドカッとぶち破るいきおいでドアが開いた。
「れ、レオ!」
どうしてレオがここに!? 街に行ったんじゃないの!?
ていうか怒ってる! すごく怒ってる! 全身わなわなと震え、拳を握り、眉は見たこともないくらいギンギンに吊り上がって、口はムッと噛みしめるように閉じている!
でも、目だけが違う。
「うっ、ば、バカ者……バカ者ォ」
レオの目はぐにゃぐにゃに歪み、目尻に涙が溜まっていた。声もメソメソ弱っている。
ああ、そんな、レオが泣いてる。ぼくのせいでレオが……
「ち、違うんだ……」
ぼくはショーツから顔を離し、両手を前に出しておろおろした。すると、
「なにが違うんだ、このバカー!」
そう言ってレオはぼくに飛びかかり、
「バカー! バカバカバカバカバカバカバカー!」
子供が肩叩きするみたいにポカポカ叩いてきた。
い、痛い! いや、そんなには痛くない。けど、こころがすごく痛い! いままで味わったどんな痛みよりも!
「返せ!」
レオはぼくの手からショーツを引っぺがし、
「この大バカ者! おまえなんかもう知らない!」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
ああ、なんてことだ……レオにきらわれてしまった……
そんな、う、うう……うええん!
「ねえねえ、なんでレオ様怒ってるの?」
ゾスマが相変わらずのにへら顔で言った。
「うるさいよ!」
「わたしはレオ様の命令通りにしたのに、なんで怒ってるの? ねえ、なんで?」
「うるさいって言ってるだろ!」
「ねえ、なんで? なんで?」
そんなのぼくがレオのショーツのにおいをかいでたからに決まってるだろ!? ぼくが変態だと思ったからだろ!? ちくしょう、ぼくはただレオのにおいが好きなだけなのに!
どうして、どうしてこんなことに……
う、うええーん! うええええーん!
「ねえ、なんで? ねえ、ねえ」
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「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
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