魂売りのレオ

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第十二話 暗中

暗中 四

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 その晩コジャッブは小屋に泊まらせてもらい、翌朝を迎えた。
「兄ちゃん、よく眠れたかい?」
「ああ、どっぷりと」
 コジャッブはここしばらくなかった深い深い眠りに満足していた。寝室にはふたつしかベッドがなく、床に予備のシーツを敷いての固い寝床だったが、木の上に比べれば極上であった。
 それから彼らはエリダヌスの作った朝食を食い、小屋の前で剣の稽古をすることになった。
 コジャッブはさっさと街に出てアクアリウスを探しに行きたかったが、
「せっかくの出会いじゃねえか。もうちっと休んでいけよ」
 というジバルの希望により、今夜も世話になることとなった。
 どうやらこの大男は退屈を持て余しているらしい。というのも彼はいつ現れるかわからない魔物に備え、小屋から離れることができない。行けるのはせいぜい近くの川くらいで、釣りをしようにも竿を垂らしてじっと魚を待つような性分ではない。娘と暮らしているとはいえ、できることといえば変わり映えのない日常会話くらいだ。来客ほどうれしいものはないのだろう。
(まあ、二、三日くらいはいてもいいか)
 先の見えない暗中に、酒とメシと寝床を提供してもらった恩がある。それにここ二ヶ月の孤独を癒してもらった。それくらいのことはしてもいいだろう。
 そう思い、彼はジバルの遊び相手をすることにした。
「さあて、元騎士団の腕前、見せてもらおうじゃねえか」
 ジバルは丸太のようなでかい木切れを軽々と持った。見た目通り半端な腕力ではない。常人の倍近い体格は伊達ではなかった。
 対してコジャッブは鞘を縛って抜けないようにした剣を構えた。彼もはじめは太い木の枝を木剣代わりにしようとしたが、あの木切れ相手ではまず一撃で折られてしまい、稽古にならないと踏んだのだ。
 そしてやはり、それだけの威力があった。
 ジバルの剣技は豪快で、というより剣技などではなかった。ただ力任せに振り回しているだけ。
 だがそれがどんなわざよりも強かった。長いリーチで重い連撃を繰り出せば、まず手が出せない。避けるか、受け止めるのに精一杯だ。
 しかしコジャッブも鍛錬を積んだ剣士である。それに彼も力は強い。親友であり、ライバルであったアーサー・マイナーからはその剣を”力の剣”と評され、ひどくうらやましがられた。
 はじめはただ受けていた彼も次第に打ち返す方向に転じた。はがねの剣が折れてしまうのではないかと思うほどの衝撃がビリビリと伝わるが、剣士の意地が前に向かわせた。
「やるなあ、兄ちゃん!」
 ジバルのいかついかおはニコニコ笑っていた。本気を出しているようには微塵みじんも見えない。なにせこの大男は日々魔物といのちのやりとりをしている猛者もさだ。死なない勝負など文字通り”遊び”なのだろう。
 だがコジャッブは本気だった。全身に大汗をかき、血の出そうな息を吐いた。
 はじまりからずっとコジャッブは押されていた。暴力そのもののような打撃を一発受けるごとにじりっと押され、打ち返すようにしてからもやはり押され、小屋の正面で並んでいたはずなのに、気がつけば五十歩は離れていた。
 が、とうとう向きが変わった。
 コジャッブは丸太を打ち返すたび一歩前に進み、ふところを狙った。するとジバルもそれを受けるために攻勢を抑え、おっと、おっと、と後じさった。
 大男の一歩はでかい。わずかの打ち合いで小屋の前まで戻った。いかに剛腕であれジバルは自己流である。正規訓練を受けた武人のわざは手抜きのお遊びを跳ね返した。
「すげえ、すげえぞ兄ちゃん! おれを本気にさせるたぁ、バケモノだな!」
 目をキラキラ輝かせたジバルは、
「おおおっ!」
 と腹が震えるような声を上げ、目つきを変えた。
(来るっ!)
 と思うも束の間、竜巻のような連撃が繰り出された。いままでより強く、いままでより速い。もし食らえばきっと真剣で斬られるよりも”効く”だろう。
 しかし驚くべきはコジャッブの受けだ。
「うおおおっ!」
 なんと彼は正面から打ち合った。避けられないと判じ、すべて打ち返す算段とした。
 それは並のセンスでできることではなかった。彼は受けきれない威力の打撃をばねにして回転し、そのいきおいで次の打撃と打ち合った。そしてまた受けた打撃を推力にして逆回転、また正回転、逆回転と高速で繰り返した。
 すると一撃受けるたびに回転が速くなり、剣先の速度も増す。コジャッブの火力にジバルの破壊力が加わっていく。
 そしてとうとう制した。膨れ上がった速度は丸太をはじき、ジバルの肩がぽーんと宙に浮いた。
「いまだっ!」
 コジャッブはガラ空きになったジバルの腹に、ぽすん、と鞘を当てた。
「お……」
 ジバルは目を丸くした。信じられないと言わんばかりに言葉を失った。
「はあっ、はあっ、やったぜ」
 汗まみれのコジャッブは中腰でくたくたになりながら、拳をぐっと握ってみせた。すると、
「おおおっ! すげえぞ! おれを倒せるヤツがこの世にいるなんてよお!」
 なんとジバルはコジャッブに抱きついてきた。
「うあっ!」
「兄ちゃん最高だ! 兄ちゃんみてえに強えヤツ見たことねえ! すげえ! すげえ!」
「やめろ! わかった、わかったから!」
 ジバルは興奮して加減を忘れていた。ゴツゴツの巨体に抱かれると骨が軋むような気がした。それにどちらも汗まみれで気持ち悪かった。でも、それほどいやだと思わなかった。
 その後ふたりは川で汗を流した。男同士、気兼ねなく裸になり、お互いの筋肉を見合った。
「兄ちゃんこんな細い体でよくおれの剣を返したなあ」
 とジバルは言うが、コジャッブは十分に太い。騎士団を抜けたあとも日常的に鍛錬しており、だからこそ巨体の剣を受けられた。
「ホント、おれもそう思うよ」
 とコジャッブが苦笑いを浮かべた。服を脱いだジバルの全身は鋼よりも硬そうに見えた。
「それにしても、あのわざはなんだい?」
「ああ、あれはおれの親友が使ったわざさ」
 彼の親友——アーサー・マイナーは剣の達人である。剣士にしては華奢きゃしゃな体をしているが、それを補って余りある剣技が彼にはあった。
「いつだったか、模擬戦でおれが全力を出したとき、あのわざを見せられたんだ。力じゃどうやってもおれの勝ちだが、あいつはその威力を利用して、どんどん速さを上げて、最後にはおれの剣を吹っ飛ばした」
「へえ。すげえヤツだな」
「そうなんだよ。いや、まいったぜ。だってあいつ、練習したわけでもなく、咄嗟とっさに思いついてやってみたって言うんだからな。世の中には天才がいると思ったよ」
 コジャッブはふと親友の笑顔を思い出し、ニンマリと笑い、
「ま、それをちょっとお借りしたってわけさ。おれがすげえんじゃねえよ」
「いや、そんなことねえ。敵のわざを見て使いこなすってのも才能だぜ。おめえ、本当にすげえよ」
「ば、バカ言うない!」
 コジャッブは顔を真っ赤にして両手を”ノー”と振った。他人のわざを盗んでほめられるのはなんとなく違うと思った。
 が、ジバルは結果主義であった。
「なあ、おめえおれの息子になれよ!」
「はあ!?」
「エリダヌスにゃ秘密だが、おれは本当は息子がほしかったんだ! ともに酒を飲み、剣を振るう息子がよ! だから、なあ、いいだろう!」
「じ、冗談だろ?」
「いーや、もう決まりだ! わかったら魚を獲るぞ、コジャッブ!」
 強引な男だった。イエスと聞いていないのに、もう同意をもらったつもりでいる。コジャッブが待てよと言っても知らんぷりで魚を追いかけ、陸に放り投げるその顔は、目がとろけそうなほど笑っていた。
 それにしてもやはりとんでもない男である。泳ぎ回る魚を、それよりも素早く手を差し込んで捕まえてしまう。人間離れした素早さだ。断ろうと思うコジャッブも、つい、
(この男の息子になら……)
 と迷いが生じるほどだった。
 やがて十匹も捕らえたところでジバルが思い出したように言った。
「おい、コジャッブ。おれの息子になったからには早く孫の顔を見せろよ」
「孫?」
「あんまり父親に言わせねえでほしいんだけどよお、エリダヌスはもう大人の体だ。きっといい子を産むぞ」
「エリダヌス……?」
 なんのことやら、と思ったが、ハッとその意味に気づいた。
「お、おい! なに言ってやがる!」
「バカやろう! 息子っつったらそういう意味に決まってるだろ! 言わせるな!」
 大男のごつい顔が真っ赤に染まった。彼の言う”息子”とはつまり婿むこのことであった。
「で、でもあんた、昨日は手を出すなって……」
「そりゃおめえが強えのを知らなかったからだ。けど、おれより強えとなりゃ話は別だ。きっと世界最強だろう。世界最強の男なら、世界一美しい大事な娘をくれてやってもいいってんだ」
「はあ……」
 コジャッブは気の抜けたような声を返した。いちいち言うことが豪快すぎてついていけない。
 それに、エリダヌスの美貌が頭にちらついていた。たしかにあれほどの美女はそういない。世界一かどうかは知らないが、あの娘をものにできるとなれば迷わない方がおかしい。
「ここなら野草もたくさん生えてるし、給料もいいから酒や食料はいくらでも買える。ちっと魔物の領域まで行けば野生の動物がわんさかいるから狩りもできる。てめえで獲った獲物の肉はうめえぞ」
 ジバルはもうひと押しと言わんばかりに魅力を並べ立てた。そして最後に顔を寄せ、手をないしょ話のかたちにして、
「あいつの母親は極上の体だった。その娘だ。きっと、すげえぞ」
 と静かに言った。コジャッブの顔が火を灯したように赤く染まった。
(ど、どうする……おれ)
 彼は迷いに迷った。頭の片隅にアクアリウスがいる。
 彼は彼女を愛しているが、はたしてそれは本当の愛なのか。たった一週間、肉体を愛し合っただけの存在だ。救ってくれた恩もあるが、彼女のとりこになったのは夜のせいな気もする。
 おれは本当に彼女を好きなんだろうか。
 本当は、肉欲に溺れていただけなんじゃないのか。
 そんな疑惑がアクアリウスの映像をぼかし、そこに空想の、素肌のエリダヌスが映し出された。
「おいおい、気が早えぜ! おれの前で興奮するんじゃねえ!」
 とジバルが顔を背けた。
「あっ!」
 彼の”それ”は立ち上がっていた。長く吐き出していないから、少し思っただけで反応してしまう。
「このやろう、でっけえものつけやがって! や、やさしくしてやれよな!」
「う、うるせえよ!」
 とコジャッブは川へ身を沈めた。恥ずかしかったが、どうにも収まるまで時間がかかった。それほどにあの娘を欲していた。
 だが結局、返事は待ってくれと言った。悪い話ではなかったが、これから一生この小屋で暮らすのか疑問だったし、やはりアクアリウスが引っかかった。それに、
「こんな初対面の流れ者を向こうがよく思うわけねえじゃねえか」
「ふうむ……そりゃまあ、最近は恋愛結婚がふつうだしなぁ」
 ジバルは腕を組み、うなった。が、彼は考えたり悩んだりするのが得意ではないらしい。すぐに腕を解き、
「ま、考えてくれよ。いつまでいてくれてもいいからよ。そうだ、今日は午後からあいつが街に買い物に行く。いっしょに行ってデートしてこいよ」
 そう言って木の枝にかけておいたタオルで体を拭い、服を着た。コジャッブはうなずきも否定もしなかった。
 小屋に戻るとジバルは早速娘にそれを伝えた。
「コジャッブさんと買い物に……?」
 エリダヌスはコジャッブを見つめた。彼の顔は途端に赤くなり、視線がうろうろした。
 こんなもの、あなたに恋感情がありますと告白しているようなものである。
 だがエリダヌスはにこりと微笑み、
「よろしくお願いします」
 と言った。清流のように澄んだ美しい声だった。
 コジャッブは戸惑いとよろこびでどんな顔をしていいかわからなかった。
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