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第十三話 急がば近道
急がば近道 一
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男なら強くありたいと思うのは当然ですね。なんたって弱いより強い方がいいに決まってるんですから。
しかし強いというのは腕力の話だけではありません。文明社会においては金を持っていることや、仕事や勉強ができること、ある分野において他を抜きん出ることなどでしょう。社会的発言力を持つのも”強い”と言えるかもしれません。
とはいえそれは、あくまで社会という秩序の中でのごく限定的な強さでしかなく、結局一番強いのは暴力です。たとえ世界のすべてを支配する頭脳があっても、気の狂った人間が刃物を持って襲い掛かればそれでおしまいです。暴力に勝るものはありません。
しかし人類がここまで繁栄できたのも、やはり頭脳のおかげです。
こうなるといったいなにが一番強いんでしょう。わたしは、人間のこころの力だと思います。”悪意”はとくに、ですかねぇ。
第十三話 急がば近道
ぼくはアーサー。歳は十七。元は騎士をしていたけど、いまは魔の森と呼ばれる妖しの地でなにもせず、妻であるレオの稼ぎを頼りにのんびり暮らしている。いわゆる”ひも”ってヤツだ。
ぼくだって本当はいろいろしたいんだよ。だけどレオが、
「おまえはなにもしなくていい。ただわたしの傍にいて、わたしにかわいがられていればいいんだ」
なんて言うからその通りにしている。ちなみにレオは魂売りという特殊な魔術師業をしていて、毎回客にとんでもない額の報酬をもらうから、お金は使いきれないほど蓄えてある。
おかげで毎日贅沢三昧でおかしくなっちゃうよ。カジノに行って負けを気にせず遊んだり、数週間も大型の馬車を借りて旅行に行ったり、昨日だって庭でこーんなでっかいビーフをバーベキューしたんだ。こーんなだよ。こーんな。
なにもせずだらだら生きて、妻に仕事を任せっきり。男がこれでいいのかなぁ。でもレオはそうしてくれって言うし、愛するひとが頼むんじゃそうするほかないよね。しょうがない、しょうがない。
とりあえずぼくは今日なにをするか考えていた。お昼も食べて暇になっちゃったし、家事はぜんぶレオの使い魔がやってくれるから、あとは剣でも振るってトレーニングするか、なにかしらの遊びを見つけるしかない。
でもぼくはこれといって趣味もないしなぁ。使い魔もみんな忙しそうだし、とりあえずレオのところにでも行ってみよう。
ぼくは書庫に顔を出した。レオはランチのとき、
「メシを食ったら少し勉強でもするか」
と言っていた。レオが勉強すると言ったら書庫だ。彼女は最強の魔術師で、だれも敵わないほどの腕を持っているが、ひとつだけコンプレックスがある。
彼女は子供ができない。なにがあったかはっきりわからないけど、恐ろしいことがあって、子袋を失ってしまった。
もし魔法や薬で治せればいいんだろうけど、失った肉体を取り戻す魔法なんてないし、薬にだって不可能だ。でももしかしたらまだ見つかってないだけで、そんな魔法もあるんじゃないかと、レオはちょくちょく勉強や実験をしている。
そしてやはり書庫にいた。彼女は窓際のデスクに向かい、なにやら本を読んでいた。
しかしぼくはこの部屋が苦手だ。いや、苦手ってほどじゃないんだけど、なんだかここだけ空気が違うんだ。
縦に広い長方形の部屋で、扉を開くと左右の壁一面に背の高い本棚が並んでいる。天井まで届くほどだから妙に圧迫感があるし、ずらりと本の背表紙が並んでいて、見ているとなぜかトイレに行きたくなる。
正面の奥には大きな窓があり、そこから差し込む光が淡く室内を照らしている。おかげで昼間は灯りいらずだけど、ふだん気づかない空気中の埃がはっきり見える。
それがすごく静かで、薄暗く感じる。ぼくのようにお天道様の下でわーわー走り回りたい人間にとって、この空間はいかにもお固い感じで好きになれない。
「どう、はかどってる?」
ぼくはそれとなく声をかけた。本当は遊んでほしくて来たけれど、真剣な彼女の邪魔をするのもどうかと思い、様子を見に来たふりをした。
すると、
「はっ!」
レオはビクッと肩を跳ね上げ、本に腕を被せて振り返った。そしてぼくを見た瞬間、
「あ、ああ。なんだアーサーか」
ホッとため息を吐いた。いったいなにを慌ててるんだろう。勉強を見られて困ることでもあるのかな?
「いや、しもべに見られたら少し恥ずかしいものを学んでいたんだ」
しもべに見られたら恥ずかしい? 魔法の研究じゃないの?
ぼくは気になってデスクの上を覗き込んだ。それを見た瞬間、
「わっ! これって!」
「見ての通りだ」
ぼくは目を白黒させてしまった。なんとレオは男女の交わりを描いた画本を読んでいた。
「わあっ、わあっ!」
ぼくは慌てて目を覆った。だって、ぼくは騎士だ。騎士たる者がこんないかがわしい書物を読んではならない。たとえいまは剣と関わりのない生活をしていても、その志は忘れちゃいけない。
だけどレオはぼくの腕を引っ張り、
「おまえも見てみろ。すごく勉強になるぞ」
「勉強って、これのどこが勉強なんだよ!」
「愛し合うときに手数が増えるだろう。それに関節の動きや人体の構造が目に見えてわかるからおもしろい。ほら、これなんか見てみろ。人間はこんなふうに繋がれるんだぞ。すごいと思わないか?」
「えっ?」
ぼくはそう言われ、チラッと本に目を向けた。見ちゃいけないと思いつつ、気になって見てしまった。そして思わず声を上げた。
「ええっ!? こんなことができるの!?」
ページの中で、裸の男女が想像もつかない体勢で繋がっていた。
「な、これじゃ腰を悪くしそうだろ」
「脚だって無理があるよ。こんなふうに曲がる?」
「でも解説には痛くないと書いてあるんだ」
「嘘だよ。それにこんな格好で愛し合ってバカらしくならないのかな?」
「これだけじゃないぞ。前のページのこれなんか、ほら」
「うわっ、こんなかたちで!」
ぼくはそれがみだらな本だということも忘れて食い入った。だって、すごいんだ。裸体の絡みがいやらしいとか考えるより、まるでサーカスの曲芸でも見てるみたいなんだ。
ぼくは部屋の隅に置いてあった椅子を引き寄せ、レオの隣に座った。そしていっしょに続きを読んだ。
「見てレオ、これすごいよ」
「ううむ、なんともアクロバティックな」
「危ないよこれ。こんなんで間違って転んだら大事なところが折れちゃうよ」
「さすがにこれは怖くて試せないな。でもこっちのこれならどうだ?」
「ああ、これなら無理なくできそうだね。でもわざわざこんな体勢でする?」
「おもしろそうじゃないか」
「ううん……どうだろう」
「擦れ方が”いい”のかもしれん。ふぅ……」
レオは息が熱くなっていた。ほんのりほほが赤くなり、胸の上下がやや早い。
しかしそれはぼくもだ。なにせ男女のまぐわいを見ているんだ。絵だと知りつつもそんな気持ちになってくる。それをなるべく抑えて平静に見せようとするから、余計呼吸が苦しくなり、もっと息が荒くなってしまう。
「フフ……わかるぞ。おまえはこんな体勢はいやなんだろう」
「え?」
「おまえはわたしにゾッコンだからな。こうすれば”いい”とか、もっと感じるとかより、体もこころも愛し合うかたちを望んでいるんだろう?」
レオはぴったり肩を寄せ、
「ほら、おまえが一番好きなかたちだ」
そう言って比較的最初の方のページを開き、指差した。そこには男女が向かい合って座り、抱き合って繋がっている絵が載っていた。
「あ……」
ドキッ、とぼくの胸が鳴った。
ぼくらはいつも、これで終わる。
それぞれ上になったり下になったりするけど、最後はかならずこのかたちになる。
「わたしもこれが一番好きだ。これが一番愛し合っている気持ちになる」
ぼくもだ……
「愛し合いながら、おまえと見つめ合える。愛し合いながら、おまえと抱き締め合える。愛し合いながら、くちびるを求め合い、会話し、髪を撫で、呼吸を嗅ぎ、体もこころも触れ合える」
ぼくはコクンとうなずいた。一応返事もしたけど、息が苦しくてたぶん声を出せていない。
「なあ、いろいろ試そうじゃないか」
レオがぼくの背中を撫で回した。手指の動きがいやに艶かしかった。
「たまにはこの本をまねて、おもしろおかしく愛し合ってみようじゃないか」
「い、いまから?」
「そうだ。いま、ここでだ」
「でもまだ昼だし、それに木の床じゃ硬いし……」
「なら寝室に行けばいい」
「だけど騎士が昼間からそんな……」
「いやか?」
「……いやじゃないけど」
ぼくがうつろな顔でそう言うと、レオはそっと耳元に口を寄せ、
「なら行こう。どうせおまえはやることがなくて遊んでもらいに来たんだろう? いいぞ、たっぷり遊んでやる。本のわざをあれこれ試して、最後はいつも通り、向かい合って、身もこころも愛し合って——だ。な? いいだろう?」
レオはぼくの返事を聞く前に脇に手を差し込み、そのまま立ち上がらせた。
ぼくは断ろうと思っていた。というか断らなくちゃいけない。だってぼくは騎士だ。お日様の出ているこんな明るい時間から性欲に溺れるなんて恥ずかしいことだ。
だけど、されるがままになってしまう。まったく抵抗できない。それどころか彼女の触れる手が心地よくて、もうこの場ではじめてしまいたい衝動に駆られている。
「おや、おまえの”ここ”は待ちきれないようだな」
あっ、そこは……ああ……
「ふふふ……いったいどの絵図がおまえをこうさせたんだ? それからまず試そうじゃないか。さあ、早く行こう。わたしももう昂ってしまって、ふつうに息ができないんだ。さあ」
そうしてレオはぼくの手を引き、書庫の扉に手をかけた。そのとき、
「にゃあ」
背後から薄くくぐもった猫の鳴き声が聞こえた。途端にレオは動きを止め、苦い野菜を噛んだときのような顔をした。
「き、客だと?」
振り返ると、窓の外に黒猫のシェルタンが見えた。
シェルタンはレオの飼い猫で、なぜか人間の言葉がわかる。そしてレオもシェルタンの言葉がわかる。
そんなシェルタンの仕事はレオの客を呼び寄せ、館まで案内することだ。
「にゃあ」
とシェルタンが鳴いた。すると、
「もう庭先まで来ているだと?」
そう言ってレオは舌打ちし、ぼくの背に回していた腕を離して、
「……しょうがない、遊びはまたあとでだ。おもてに行くぞ」
と言うやいなや、思い切り壁を蹴りつけた。
「くそっ! いいところで邪魔しおって。つまらんヤツだったら殺してやる」
相変わらず物騒なこと言うなぁ。それにレオの場合本当に殺しかねないから怖いよ。相手が女子供なら多少甘いけど、男にはホント容赦ないからなぁ。男じゃなきゃいいけど……
しかし客か。おかげで騎士としての生き方を守れたし、暇も潰れるけど、いったいどんな依頼を持って来たんだろう。
いつもほとんど見てるだけだから、たまにはぼくが活躍するような内容だといいなぁ。
しかし強いというのは腕力の話だけではありません。文明社会においては金を持っていることや、仕事や勉強ができること、ある分野において他を抜きん出ることなどでしょう。社会的発言力を持つのも”強い”と言えるかもしれません。
とはいえそれは、あくまで社会という秩序の中でのごく限定的な強さでしかなく、結局一番強いのは暴力です。たとえ世界のすべてを支配する頭脳があっても、気の狂った人間が刃物を持って襲い掛かればそれでおしまいです。暴力に勝るものはありません。
しかし人類がここまで繁栄できたのも、やはり頭脳のおかげです。
こうなるといったいなにが一番強いんでしょう。わたしは、人間のこころの力だと思います。”悪意”はとくに、ですかねぇ。
第十三話 急がば近道
ぼくはアーサー。歳は十七。元は騎士をしていたけど、いまは魔の森と呼ばれる妖しの地でなにもせず、妻であるレオの稼ぎを頼りにのんびり暮らしている。いわゆる”ひも”ってヤツだ。
ぼくだって本当はいろいろしたいんだよ。だけどレオが、
「おまえはなにもしなくていい。ただわたしの傍にいて、わたしにかわいがられていればいいんだ」
なんて言うからその通りにしている。ちなみにレオは魂売りという特殊な魔術師業をしていて、毎回客にとんでもない額の報酬をもらうから、お金は使いきれないほど蓄えてある。
おかげで毎日贅沢三昧でおかしくなっちゃうよ。カジノに行って負けを気にせず遊んだり、数週間も大型の馬車を借りて旅行に行ったり、昨日だって庭でこーんなでっかいビーフをバーベキューしたんだ。こーんなだよ。こーんな。
なにもせずだらだら生きて、妻に仕事を任せっきり。男がこれでいいのかなぁ。でもレオはそうしてくれって言うし、愛するひとが頼むんじゃそうするほかないよね。しょうがない、しょうがない。
とりあえずぼくは今日なにをするか考えていた。お昼も食べて暇になっちゃったし、家事はぜんぶレオの使い魔がやってくれるから、あとは剣でも振るってトレーニングするか、なにかしらの遊びを見つけるしかない。
でもぼくはこれといって趣味もないしなぁ。使い魔もみんな忙しそうだし、とりあえずレオのところにでも行ってみよう。
ぼくは書庫に顔を出した。レオはランチのとき、
「メシを食ったら少し勉強でもするか」
と言っていた。レオが勉強すると言ったら書庫だ。彼女は最強の魔術師で、だれも敵わないほどの腕を持っているが、ひとつだけコンプレックスがある。
彼女は子供ができない。なにがあったかはっきりわからないけど、恐ろしいことがあって、子袋を失ってしまった。
もし魔法や薬で治せればいいんだろうけど、失った肉体を取り戻す魔法なんてないし、薬にだって不可能だ。でももしかしたらまだ見つかってないだけで、そんな魔法もあるんじゃないかと、レオはちょくちょく勉強や実験をしている。
そしてやはり書庫にいた。彼女は窓際のデスクに向かい、なにやら本を読んでいた。
しかしぼくはこの部屋が苦手だ。いや、苦手ってほどじゃないんだけど、なんだかここだけ空気が違うんだ。
縦に広い長方形の部屋で、扉を開くと左右の壁一面に背の高い本棚が並んでいる。天井まで届くほどだから妙に圧迫感があるし、ずらりと本の背表紙が並んでいて、見ているとなぜかトイレに行きたくなる。
正面の奥には大きな窓があり、そこから差し込む光が淡く室内を照らしている。おかげで昼間は灯りいらずだけど、ふだん気づかない空気中の埃がはっきり見える。
それがすごく静かで、薄暗く感じる。ぼくのようにお天道様の下でわーわー走り回りたい人間にとって、この空間はいかにもお固い感じで好きになれない。
「どう、はかどってる?」
ぼくはそれとなく声をかけた。本当は遊んでほしくて来たけれど、真剣な彼女の邪魔をするのもどうかと思い、様子を見に来たふりをした。
すると、
「はっ!」
レオはビクッと肩を跳ね上げ、本に腕を被せて振り返った。そしてぼくを見た瞬間、
「あ、ああ。なんだアーサーか」
ホッとため息を吐いた。いったいなにを慌ててるんだろう。勉強を見られて困ることでもあるのかな?
「いや、しもべに見られたら少し恥ずかしいものを学んでいたんだ」
しもべに見られたら恥ずかしい? 魔法の研究じゃないの?
ぼくは気になってデスクの上を覗き込んだ。それを見た瞬間、
「わっ! これって!」
「見ての通りだ」
ぼくは目を白黒させてしまった。なんとレオは男女の交わりを描いた画本を読んでいた。
「わあっ、わあっ!」
ぼくは慌てて目を覆った。だって、ぼくは騎士だ。騎士たる者がこんないかがわしい書物を読んではならない。たとえいまは剣と関わりのない生活をしていても、その志は忘れちゃいけない。
だけどレオはぼくの腕を引っ張り、
「おまえも見てみろ。すごく勉強になるぞ」
「勉強って、これのどこが勉強なんだよ!」
「愛し合うときに手数が増えるだろう。それに関節の動きや人体の構造が目に見えてわかるからおもしろい。ほら、これなんか見てみろ。人間はこんなふうに繋がれるんだぞ。すごいと思わないか?」
「えっ?」
ぼくはそう言われ、チラッと本に目を向けた。見ちゃいけないと思いつつ、気になって見てしまった。そして思わず声を上げた。
「ええっ!? こんなことができるの!?」
ページの中で、裸の男女が想像もつかない体勢で繋がっていた。
「な、これじゃ腰を悪くしそうだろ」
「脚だって無理があるよ。こんなふうに曲がる?」
「でも解説には痛くないと書いてあるんだ」
「嘘だよ。それにこんな格好で愛し合ってバカらしくならないのかな?」
「これだけじゃないぞ。前のページのこれなんか、ほら」
「うわっ、こんなかたちで!」
ぼくはそれがみだらな本だということも忘れて食い入った。だって、すごいんだ。裸体の絡みがいやらしいとか考えるより、まるでサーカスの曲芸でも見てるみたいなんだ。
ぼくは部屋の隅に置いてあった椅子を引き寄せ、レオの隣に座った。そしていっしょに続きを読んだ。
「見てレオ、これすごいよ」
「ううむ、なんともアクロバティックな」
「危ないよこれ。こんなんで間違って転んだら大事なところが折れちゃうよ」
「さすがにこれは怖くて試せないな。でもこっちのこれならどうだ?」
「ああ、これなら無理なくできそうだね。でもわざわざこんな体勢でする?」
「おもしろそうじゃないか」
「ううん……どうだろう」
「擦れ方が”いい”のかもしれん。ふぅ……」
レオは息が熱くなっていた。ほんのりほほが赤くなり、胸の上下がやや早い。
しかしそれはぼくもだ。なにせ男女のまぐわいを見ているんだ。絵だと知りつつもそんな気持ちになってくる。それをなるべく抑えて平静に見せようとするから、余計呼吸が苦しくなり、もっと息が荒くなってしまう。
「フフ……わかるぞ。おまえはこんな体勢はいやなんだろう」
「え?」
「おまえはわたしにゾッコンだからな。こうすれば”いい”とか、もっと感じるとかより、体もこころも愛し合うかたちを望んでいるんだろう?」
レオはぴったり肩を寄せ、
「ほら、おまえが一番好きなかたちだ」
そう言って比較的最初の方のページを開き、指差した。そこには男女が向かい合って座り、抱き合って繋がっている絵が載っていた。
「あ……」
ドキッ、とぼくの胸が鳴った。
ぼくらはいつも、これで終わる。
それぞれ上になったり下になったりするけど、最後はかならずこのかたちになる。
「わたしもこれが一番好きだ。これが一番愛し合っている気持ちになる」
ぼくもだ……
「愛し合いながら、おまえと見つめ合える。愛し合いながら、おまえと抱き締め合える。愛し合いながら、くちびるを求め合い、会話し、髪を撫で、呼吸を嗅ぎ、体もこころも触れ合える」
ぼくはコクンとうなずいた。一応返事もしたけど、息が苦しくてたぶん声を出せていない。
「なあ、いろいろ試そうじゃないか」
レオがぼくの背中を撫で回した。手指の動きがいやに艶かしかった。
「たまにはこの本をまねて、おもしろおかしく愛し合ってみようじゃないか」
「い、いまから?」
「そうだ。いま、ここでだ」
「でもまだ昼だし、それに木の床じゃ硬いし……」
「なら寝室に行けばいい」
「だけど騎士が昼間からそんな……」
「いやか?」
「……いやじゃないけど」
ぼくがうつろな顔でそう言うと、レオはそっと耳元に口を寄せ、
「なら行こう。どうせおまえはやることがなくて遊んでもらいに来たんだろう? いいぞ、たっぷり遊んでやる。本のわざをあれこれ試して、最後はいつも通り、向かい合って、身もこころも愛し合って——だ。な? いいだろう?」
レオはぼくの返事を聞く前に脇に手を差し込み、そのまま立ち上がらせた。
ぼくは断ろうと思っていた。というか断らなくちゃいけない。だってぼくは騎士だ。お日様の出ているこんな明るい時間から性欲に溺れるなんて恥ずかしいことだ。
だけど、されるがままになってしまう。まったく抵抗できない。それどころか彼女の触れる手が心地よくて、もうこの場ではじめてしまいたい衝動に駆られている。
「おや、おまえの”ここ”は待ちきれないようだな」
あっ、そこは……ああ……
「ふふふ……いったいどの絵図がおまえをこうさせたんだ? それからまず試そうじゃないか。さあ、早く行こう。わたしももう昂ってしまって、ふつうに息ができないんだ。さあ」
そうしてレオはぼくの手を引き、書庫の扉に手をかけた。そのとき、
「にゃあ」
背後から薄くくぐもった猫の鳴き声が聞こえた。途端にレオは動きを止め、苦い野菜を噛んだときのような顔をした。
「き、客だと?」
振り返ると、窓の外に黒猫のシェルタンが見えた。
シェルタンはレオの飼い猫で、なぜか人間の言葉がわかる。そしてレオもシェルタンの言葉がわかる。
そんなシェルタンの仕事はレオの客を呼び寄せ、館まで案内することだ。
「にゃあ」
とシェルタンが鳴いた。すると、
「もう庭先まで来ているだと?」
そう言ってレオは舌打ちし、ぼくの背に回していた腕を離して、
「……しょうがない、遊びはまたあとでだ。おもてに行くぞ」
と言うやいなや、思い切り壁を蹴りつけた。
「くそっ! いいところで邪魔しおって。つまらんヤツだったら殺してやる」
相変わらず物騒なこと言うなぁ。それにレオの場合本当に殺しかねないから怖いよ。相手が女子供なら多少甘いけど、男にはホント容赦ないからなぁ。男じゃなきゃいいけど……
しかし客か。おかげで騎士としての生き方を守れたし、暇も潰れるけど、いったいどんな依頼を持って来たんだろう。
いつもほとんど見てるだけだから、たまにはぼくが活躍するような内容だといいなぁ。
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