魂売りのレオ

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第十三話 急がば近道

急がば近道 二

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 ぼくらは上着を羽織り、庭先へと向かった。
 このごろは風が冷たくなり、森も姿を変えている。ここの木は冬でも大半が葉を残すが、ところどころそうでないものが混じっており、数日前から紅葉がはじまっている。落葉樹の葉が赤や黄色に色づき、どこか寂しげで哀愁あいしゅうのある美しさが、夕暮れのようなにおいをさせている。
 ぼくは春のパーっと明るい感じが好きだけど、レオは春、秋、ともに甲乙つけがたいと言って、どちらにしろ酒のさかなにしている。
 そんな自然の芸術の中に、ひとりの男が腕を組んで立っていた。
 それを見た瞬間、ぼくは、
「わっ! かっこいい!」
 と声を上げた。見たところ歳は三十代なかば。おそらく剣士だろう。体格も立派で、革鎧を要所に着け、腰に剣をいている。顔はやや軽薄そうだが、ひげがメチャクチャかっこいい!
 鼻の下からくちびるを沿うようにして広がる口ひげは、きれいに整えられ、しかも左右の端っこがピンと細長く飛び出している。シンプルな作りを基礎にしていながら、大胆に冒険し、それでいて失敗を恐れない自信をひしひしと感じる。
 それにあごひげも見事だ。ほどよい幅で生え揃い、それがあご先に向けてツンと尖っている。ショート系のお決まり——と言ってしまえばそれまでだが、それはつまり多くの男たちが無限の試行錯誤を繰り返す中で生まれたひとつの”答え”であり、積み上げられた歴史の集大成と言っても過言ではない。
 これは芸術だ。男の、男による、男のためのロマンだ。かっこいいなんてレベルじゃない。”超かっこいい”だ。
 アバンギャルドな口ひげと、クールなあごひげ。このふたつの組み合わせはぼくがいままで見たひげたちの中でもダントツにロックだ。できることならぼくもあんなひげが似合う男になりたい。
 それをレオは、
「あの男のなにがかっこいいんだ」
 なんて言うから呆れたもんだよ。あのひげが目に入らないのかな?
 ぼくは「ひげだよ」と教えてあげた。すると、
「あれがかっこいい? みっともないと思うが。ふつうに揃えればいいのにあんなふうにして、うさん臭いし、なにより変だ」
 変だって? あのかっこいいひげが?
 はあ……レオは芸術がわからないらしい。まったく、これだから女は。
 それにしてもうらやましいなあ。どうしてぼくにはひげが生えないんだろう。周りのみんなは十代前半から生えはじめたっていうのに、ぼくはうぶ毛も生えない。神は残酷だよ。
 しかしあんな立派なひげを生やすくらいだから、よほどひげにこだわりがあるに違いない。いや、間違いなくある。ひげを愛していなければ、あれほど見事なものは作れない。それを話すと、
「ううむ、わたしにはさっぱりわからん」
 と首をかしげた。どうしてわかんないかなぁ。しょせん女には理解できないのかなぁ。
 と、そんなことを話していると、
「君たち、ちょっといいかね」
 男がぼくらの方に歩み寄り、言った。
「わたしはアルゴル。ゆえあって国は言えんが、西方さいほうより”魂売りのレオ”に会いに参った。ぜひお会いしたいのだが……」
「わたしがレオだが?」
 レオは玄関の柱に寄りかかり、あごを上げて見下すようにして言った。すると、
「ほ、女か。しかも若い」
 男は目をパチクリさせ、
「”魂売り”などというからてっきりもっと恐ろしい、貫禄のある人間かと思ったが、いやはや、小娘ではないか」
 と言いながらレオの全身を上から下までしげしげ見定めるように見回した。
 こんなことを言われてレオが怒らないわけがない。
「そういうおまえはダサいひげだな!」
「なに!?」
「ひげなぞ剃るか、ほどほどに揃えればよかろうに、なんだそのみっともない横ッねは。まるで道化師のようだ。いや、道化師に失礼だな。こんな気持ち悪い芸人は見たことがない。はっ、きっと頭がおかしいからそんなひげを生やすんだろう。見ているだけでおまえの腐ったセンスがにおってくる。ああ臭い」
「き、きさま! このひげのすばらしさがわからんのか!」
 アルゴルと名乗った男は顔を真っ赤にして怒り、腰のものに手を添えた。
 あーあ、怒っちゃった。ひげをバカにするからだよ。相手は客だよ。客がお金を払うからぼくら生きていけるんだよ。怒らせちゃダメじゃないか。
 でもレオはそんなのお構いなしだ。
「ひげのすばらしさがわからんのか、だと? ああ、わからんさ。少なくともそんなチンケなひげはわからん。それと顔も悪いな。あ、そうか。ダサい顔だからダサいひげを生やしているんだな。あははは! そうかそうか、お似合いだ! よく似合ってるぞ、醜男ぶおとこ!」
「言わせておけば! 女とて許せん!」
 アルゴルはぎりっと歯ぎしりをし、怒りを解き放つように剣を抜いた。
 あ、ヤバい! レオ相手にそんなことしたら……!
「ほう、わたしに剣を向けたな」
 レオはにやりと笑い、
「いい度胸だ。斬ってみろ」
 そう言って指で”おいでおいで”した。しかし、
「むっ!?」
 アルゴルは動かなかった。
 いや、動けなかった。
「どういうことだ! か、体が……」
「ククク……おまえの体はわたしの魔法によって、魂からの連絡が止められている。おまえにできるのは無意識の動きだけだ」
 どうやら”動けない魔法”をかけられたらしい。こうなるともうおしまいだ。並の魔術師相手ならともかく、レオほどの凄腕の魔法じゃ、どんなに強い魂でも解くことはできない。
「なあ、わたしはやさしいだろう?」
 レオはゆったりと花を撫でるように言った。
「本当ならもうとっくに殺しているのに、まだ生かしておいてやってるんだ。こんなにやさしくて美しい女ほかにおるまい。そう思わないか?」
 アルゴルは応えなかった。顔面が真っ青になり震えていた。どうやら自分のいのちが彼女の気分ひとつでゼリーみたいに握りつぶされてしまうと気づいたらしい。
 なかなかにひとを見る目がある。なにせこのわずかな会話でレオの冷酷さを見抜いたんだ。
「さあて、どうしてやろうか。わたしはやさしいから選ばせてやる。ひと思いに一発で殺すか、じわじわと時間をかけて苦しめて殺すか。さ、どっちがいい」
「な、なぜ君はそんなに怒っているんだ?」
「は? おまえが生意気だからだろう。偉そうにわたしを小娘などと呼びおって。それは決して犯してはならない大罪だぞ。これはもう、いのちを持ってつぐなうしかあるまい」
「そ、そんな……殺さないでくれ」
「ダメだ。死ね」
 レオはニヤニヤと笑みを浮かべ、全身から赤い魔力をバチバチ漏らした。
 ヤバい! 本当に殺すつもりだ!
「ちょっと待ってよレオ!」
 ぼくは慌ててふたりのあいだに割って入った。
「なんだアーサー」
「少し失礼なくらいで殺すなんてよくないよ! せっかく来た客だよ! ぼくらが生活するために必要なお客さんだよ! ちょっとぐらい許してあげようよ!」
「仕方がないだろう。こいつは罪人だ。法よりも重い規律を破ったんだ」
「なんだよ規律って! レオはいつその規律を流布るふしたのさ!」
「む……」
 レオはふと黙り、不機嫌な顔をした。いまのツッコミが効いてる証拠だ。
「相手に知らせもしないで勝手に罰するなんておかしいよ! レオは間違ってる!」
「むう……」
 レオは腕を組み、口をつぐんだ。彼女は気に入らない相手の話は一切聞こうとしないが、ぼくの訴えだけはかならず聞いてくれる。そして負けることが大きらいで、たとえ師匠相手だろうが意地を張るのに、なぜかぼくにだけはあっさり負けを認める。
 レオは観念するようにため息をつき、
「まあ、おまえの言うことにも一理ある」
 そして、
「今回だけは許してやろう」
 と魔法を解いた。
「うあ、ああ……」
 体の自由を取り戻したアルゴルは、全身あぶら汗をかきながら一歩後退した。レオの恐ろしさが身に染みたのだろう。目は恐怖で見開いていた。
「おい、ダサいひげ」
 レオは眠たげに睨みつけ、言った。
「夫の頼みに免じて許してやる。だがもし次わたしに偉そうな口を利いたら、そのときはどうなるかわかっているな?」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
 アルゴルはひれ伏し、地面に頭を擦りつけた。
「ふふふ、いい態度だ。少しはものがわかるじゃないか」
 レオはその頭をぐりぐり踏みつけ、ついでにツバを吐きかけた。ああ、なんて性格が悪いんだ。愛する妻とはいえこころが痛むなぁ。
「で、おまえはいったいなにを望んでここに来たんだ?」
「はい、実は困ったことがありまして、剣の腕を上げなくてはならないのです」
「ほう?」
 レオはそれまでのひとをもてあそぶ顔から一変、真剣な目つきになった。
「どうしても剣術大会で優勝しなくてはならなくなりまして、それで悩んでいたところ、おそらくおたくのお猫様でしょうか。黒猫が夢に現れまして、ここに来れば助けてもらえるとお教え下さったのです」
 黒猫——おそらくシェルタンのことだろう。シェルタンはいつもひとの夢に出たり、幻聴によって客を捕まえる。
「なるほど。それで、どうしてそんなことになったんだ?」
 レオはポケットからウィスキーの小ビンを取り出し、クイっとやった。
「はい、いきさつはこうでございます」
 アルゴルは這いつくばったまま、頭を踏まれた状態で話しはじめた。
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