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第十三話 急がば近道
急がば近道 三
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アルゴルはある西国の”第二指揮官”と呼ばれる将校であった。
その国では軍を五つに分け、強固な順に番号をつけて呼んでいる。その二軍を指揮するのだから相当なものである。
しかしそれは実力で得た地位ではない。
彼は口先がうまく、王族によく取り入った。もちろん戦術にまったくの無知というわけではないが、では優れているかといえばそうでもない。実戦において彼は常に一軍や三軍との共闘を望み、それによってなんとか無能を隠していた。
が、見るひとが見ればわかってしまう。
軍人の多くは彼をきらった。将校たちは、いつも他力を求め、ろくな意見も言わずひとにばかり作戦を立てさせる彼を邪魔に思ったし、それで戦果を上げられると腹が立った。
彼の配下もどうやらこのひとは軍を指揮する能力がないらしいと噂していた。
しかしそれでも彼が失脚しないのは、ひとえに大げさな見栄っ張りのおかげである。
彼は王族や臣下の前でつい調子のいいことを言った。そういう性格なのだろう。自分は軽く大軍をあしらったとか、機転を効かせて危機を脱したとか、無意識のうちに嘘を並べた。
もちろん同行した別軍とその将校のおかげなのだが、彼を気に入るお偉いさんたちはこどごとく鵜呑みにし、高く評価した。本来なら咎められるようなふざけたひげも、こうなるとむしろ立派に見られ、知恵者独特のセンスと絶賛された。
そんな中、彼は一軍の将を大いに誉め称えた。
もしこのまま評価され続ければ一軍の指揮官になってしまうかもしれない。そうなれば地位や給料は上がるが、単軍でのたしかな戦果を期待されてしまう。
それがわかっているから、自分より一軍の将が優れていると主張した。すると王族たちは、
「この男がこれほどに言うのだから、一軍の将はよほどの傑物に違いない」
と話し合い、結果いまの状態を残している。
だがこれを最もきらったのは件の一軍の将である。
「たしかに自分より秀でた将はそういないが、それにしても不当な評価だ」
一軍の将はそう進言したが、王族は彼よりもアルゴルを信じた。それだけ彼は口がうまく、同時に一軍の将はおべっかが苦手だった。
危なげながらもうまくいっている。軍部にきらわれながらも、地位があるゆえ彼に取り入ろうとする人物も多くいる。結果が出ているから国は文句を言わない。
ただ、危機感がないわけではなかった。自身のホラ吹き癖がいつか失敗を招くのではないかとこころの片隅で思っていた。
ある日、それが現実となった。
彼は酒場で取り巻きと飲んでいた。
ほどよく酔っていた。
そこに、一軍の将が現れた。
どちらもただ飲むためだけに来ている。お互いのこころに溝はあるが、敵対しようという気はさらさらない。むしろ仲を深めようという気さえある。
そこでアルゴルは調子に乗った。酒に酔ったいきおいで、わたしの戦術はこれこれこうだ、こんなにも優れている、と講釈を垂れた。
一軍の将は口数も少なく聞き流した。反論したところで口のうまさでは敵わない。好きに言わせておけばいいと思った。
しかし今夜のアルゴルは妙にノっていた。
「実はわたしは戦術だけでなく剣術も得意なのだよ」
そう言って、これまで他国のだれを倒したとか、どんな戦士と戦ったとか、著名な戦没者の名を並べ立てた。
基本、戦争は軍と軍の争いである。一騎討ちというのはほとんどない。
が、ごくまれにそんな場面がある。両軍代表者を選び、一対一、もしくは数名ずつの決闘によって勝敗を決するという珍事が起きる。
植民地争いの多い昨今だからこそ起きた奇跡だろう。どの国も戦争直後が怖かった。たとえ一戦の勝利を得ても、その後消耗したところを攻め込まれれば国が滅ぶ恐れがあった。
これは主に大国同士の小競り合いで行われた。
そしてアルゴルは、自身がこの代表としてなんども戦い、歴戦の猛者たちを打ちのめしたと語った。
それがいけなかった。
なにせ一騎討ちを最も得意としたのは一軍の将であり、アルゴルが倒したと言った猛者を屠ったのはほとんど彼であった。
それまで笑っていた彼もさすがに癇に障った。大声こそ出さないものの、重く、静かな怒りを抱いた。
が、彼は武だけでなく智にも優れる将である。ここで手を出すようなバカなまねはしない。指揮官がぶつかり合いなどすれば大ごとになり、軍に乱れも出る。
そこで彼はニッと笑い、声高に言った。
「みんな、聞いたか。アルゴルはすばらしい剣術の持ち主だ。いまの話だけでも恐ろしいほど戦果を残している。おれはこんなにすごい剣士を見たことがない」
太い男の声に、飲んだくれたちが耳を向けた。名実ともにすぐれ、求心力のある男の発言を、だれもが聞き逃すまいと静かになった。
将は一同を見回し、言った。
「そこでおれは、彼に隣国で開催される剣術大会に出てもらいたいと思う。このすばらしい男の、他の追随を許さない無双の剣を外国に示し、わが国の強さを見せつけてやりたいと思うんだが、どうかな?」
このひとことで酒場は沸き立った。酔客ばかりだから景気のいい話には無条件で乗る。
「これほどの剣士だ。きっと優勝をかっさらうに違いない。各国の猛者が集まる誇りを賭けた戦いで、わが国の男が頂点に立つ。こんな痛快なことがほかにあるだろうか」
そう言うと、場はさらに盛り上がった。だれもがその意見に賛同した。
反対するのは当の本人だけである。
「それは危険だ。もしものことがあったらどうする」
アルゴルは大慌てだった。なにせ彼の剣はごく最低限の訓練でしか練られていない。体格こそいいが、それはあくまで見かけをよくするための筋トレの成果でしかなく、すべてはハッタリである。
しかし、
「実際の戦場で強敵と戦い生き残った君だ。そう負けることはないだろうし、使うのは木剣だ。それに考えてみろ。他国の大会でわざを見せつければ、当国は一目置かれる。この国の戦士は強いと噂が流れ、敵を萎縮させ、攻めっ気を失わせる。場合によっては降伏をうながせる。これは国益じゃないか」
こう言われると、アルゴルは言葉を返せなかった。
とはいえしょせん酒場の盛り上がりだ。酒の酔いがそういう話を作り上げたで済む話だ。
彼は知らんぷりをしようと思った。いざだれかに訊かれても、
「覚えがない」
で通すつもりだった。
だが、話は国王にまで届いていた。
話したのはほかでもない、一軍の将である。
王は期待していた。是が非でも優勝を勝ち取れと命令した。
彼は咄嗟に、そんな話はデタラメだと否定した。わたしにそのような実力はありません、と逃げようとした。
しかし王は「一軍の将が言うのだから間違いない」と言ってきかなかった。一軍の将に対する信用を植え付けたのは、ほかでもないアルゴル自身であった。
そうして彼はひと月後、剣術大会に出なければならなくなった。
できるはずがない。彼の腕ではおそらく予選に残ることもできない。
だがやらなければ信用を失う。これまで大きなことを言ってきたのが嘘だとバレ、まず間違いなく刑に処される。
彼は苦悶した。自身の悪癖をこころから呪った。
しかしどうすることもできない。たったひと月で達人になどなれるはずがない。
いっそのこと遠い他国に夜逃げでもしようか。そう思いながら酒で無理やり床に着いた。
その晩、夢の中に黒猫が現れた。そして彼をここに呼び寄せたのだった。
「なんだ、自業自得ではないか」
レオは心底呆れ、アルゴルの頭を軽く蹴った。
「ホラばかり吹いているからそんなことになるんだ。このまぬけめ」
「おっしゃる通りです……」
アルゴルはぐうの音も出ないといった感じだった。でもそうだよ。嘘なんかつくからそういうことになるんだ。
男ってのは嘘をついちゃいけない。騎士、剣士ならなおさらだ。せっかくかっこいいひげを生やしているのに、そんなんじゃもったいないよ。
「で、黒猫はなんと言っていた?」
とレオが訊いた。
「はい。その晩、夢の中でこう言っておりました」
アルゴルはやっと頭から足をのけてもらい、ひざ立ちになって言った。
「突然の力がほしければ、魂売りに助けを求めるのです。魔の森に住む”魂売りのレオ”様に大金を持って頭を下げるのです。そうすればきっと、力を得ることができるでしょう——と」
「なるほど、理解した」
レオはふん、と嘲笑を浮かべ、
「とりあえず金を見せろ。いくら持ってきた」
と溜め池を囲う石に座り、足を組んだ。
「は、こちらです」
アルゴルは腰に着けていた小さな皮袋から二枚の硬貨を取り出した。
それを見た途端、
「ほう!」
レオの目がらんらんと輝いた。ぼくも思わず「うわっ!」と声を上げた。
それは大きめの金貨の中央に大きなダイヤモンドを埋め込んだ”ダイヤモンド金貨”だ。通常、最大価値を持つのは金貨だが、巨大船舶や都市部の土地の売買など、あまりに高額なものを現金で取引する場合にこれを使う。その価値は金貨百枚分で、バンクに厳重な本人確認をしてもらってやっと持ち出せるようなシロモノだ。
それを二枚も!
ぼくも見るのははじめてだった。きっとほとんどの人間は実際に目にすることなく死んでいくだろう。
ああ、そこにあるというだけで心臓がドキドキ鳴る。興奮、というより恐怖だ。そんなものが手の届くところにあるというだけで怖くなる。
それをレオは、
「よこせ! 早く見せろ!」
と鼻息荒くぶん取り、さまざまな角度からまじまじと見つめた。
「ふうむ……このダイヤの輝き、本物のようだが」
彼女ののどがゴクリと鳴った。よく見るとほほによだれの筋ができていた。
「おまえ、よくこれを持ち出せたな。そもそもよく金があった」
「は、はい。ほとんど全財産です」
「ひとの一生を買えるほどの額だぞ。そんなに給料がいいのか」
「なにせわが国は植民地を増やし、財にあふれているものですから……」
アルゴルは空になった手を伸ばしたまま、ひどく不安そうな顔で言った。
「長年蓄えた金を、信用できる商人に貸すという名目で、バンクにて引き出しました。お猫様には大金としか言われなかったので、とりあえずできるだけ持っていこうと思いまして」
「そうかそうか」
聞いているのか、いないのか、レオはいやらしい笑みを浮かべ、硬貨をほほにすりすりしていた。
「力を得るにはいくら必要なのでしょうか」
アルゴルは価格を尋ねた。すると、
「ちょうどだ」
レオはきっぱり言った。そして硬貨を上着のポケットにしまい、
「お値段ぴったり。よく適正価格がわかったな。おまえのことをバカにしていたが、どうやら未来を見通す力があるようだ。いやはやなんとすばらしい勘の持ち主だろう。よく見ればそのひげもエレガントでステキじゃないか。知性がにじみ出ている」
と、あからさまなおべっかを言い、クククと悪辣な笑みを見せた。
ああ、君は本当に金の亡者だね。ほんの数分前までアルゴルを踏みにじっていたというのに、
「おい、アルテルフ! 客に飲み物が出ていないぞ! いい酒を持ってきてやれ!」
と叫んでいる。アルゴルは喪失感丸出しの顔で固まってるよ。そうだよね。だって、あんなとんでもない大金を軽ーく取り上げられたんだもんね。
バカだなぁ。レオにあんなもの見せるからいけないんだ。先に金額を訊いておくべきだったよ。レオの仕事は言い値だし、それに男にはきびしいんだから。
「さて、とりあえず交渉成立だ。おまえを強くしてやる。剣術大会で軽く優勝できる力を授けてやる」
レオは実にうれしそうに言った。しかしアルゴルの返事はなかった。
「なんだ、文句があるのか?」
「あ、あの……そんなに取るんですか?」
彼は青い顔で戸惑うように言った。当然の意見だった。
しかしレオはキッと睨み、こう言った。
「おまえな、言っておくがふつうは剣の腕を上げることなぞできやしないんだぞ。才能のある者が長い修練を経て、時間をかけて育てていくものだ。それをわずかな時間で簡単に与えてやろうというんだ。世界広しといえど、こんなことできるのはわたしくらいのものだぞ」
「うう……」
「それをたかだか金でなんとかしてやろうと言うのだ。金で不可能を解決できるなんて安いものではないか。そう思わないか?」
「言われてみれば……」
「はっ、ひどい態度だな」
レオは嫌悪感丸出しで見下し、
「こっちは失礼なおまえを客として扱ってやろうというのに、なんだその不信感は。そんな顔をされて、相手がいい思いをするとでも思ったのか? ああ、いやになった。やめにしよう。客がいやがっているのに仕事をすることもあるまい。さ、帰れ」
そう言ってレオは館に入っていこうとした。アルゴルは慌てて手を伸ばし、
「ま、待ってください! お願いします、助けてください! 嘘がバレれば処刑されてしまいます! どうか! ていうかお金!」
「なんだ」
レオはジロリと細い目で振り返り、
「やってほしいのか」
「は、はい、ぜひお願いします!」
「ならまずは謝るのが先だろう」
アルゴルはグッと不満を飲み込む顔をした。なにか言いたげだが、文句は言わない。いのちがかかっている以上、レオを怒らせるわけにはいかない。
「失礼な態度をお見せして申し訳ありませんでした!」
彼は大地にべっとり貼りついて言った。すると、
「ふむ……」
レオはあごに手を置き、考えるそぶりを見せた。そしてまじめ風な顔で、
「まあ、そこまで言うのならやってやろう。とりあえず必要なものを用意するから少しそこで待っていろ」
そうしてぼくを連れて玄関をくぐった。
ぼくはそのときレオの顔を見た。
レオはほほをにんまり持ち上げ、悪意に満ちた目で笑っていた。
それは実に彼女らしい、美しくも邪悪な笑顔だった。
その国では軍を五つに分け、強固な順に番号をつけて呼んでいる。その二軍を指揮するのだから相当なものである。
しかしそれは実力で得た地位ではない。
彼は口先がうまく、王族によく取り入った。もちろん戦術にまったくの無知というわけではないが、では優れているかといえばそうでもない。実戦において彼は常に一軍や三軍との共闘を望み、それによってなんとか無能を隠していた。
が、見るひとが見ればわかってしまう。
軍人の多くは彼をきらった。将校たちは、いつも他力を求め、ろくな意見も言わずひとにばかり作戦を立てさせる彼を邪魔に思ったし、それで戦果を上げられると腹が立った。
彼の配下もどうやらこのひとは軍を指揮する能力がないらしいと噂していた。
しかしそれでも彼が失脚しないのは、ひとえに大げさな見栄っ張りのおかげである。
彼は王族や臣下の前でつい調子のいいことを言った。そういう性格なのだろう。自分は軽く大軍をあしらったとか、機転を効かせて危機を脱したとか、無意識のうちに嘘を並べた。
もちろん同行した別軍とその将校のおかげなのだが、彼を気に入るお偉いさんたちはこどごとく鵜呑みにし、高く評価した。本来なら咎められるようなふざけたひげも、こうなるとむしろ立派に見られ、知恵者独特のセンスと絶賛された。
そんな中、彼は一軍の将を大いに誉め称えた。
もしこのまま評価され続ければ一軍の指揮官になってしまうかもしれない。そうなれば地位や給料は上がるが、単軍でのたしかな戦果を期待されてしまう。
それがわかっているから、自分より一軍の将が優れていると主張した。すると王族たちは、
「この男がこれほどに言うのだから、一軍の将はよほどの傑物に違いない」
と話し合い、結果いまの状態を残している。
だがこれを最もきらったのは件の一軍の将である。
「たしかに自分より秀でた将はそういないが、それにしても不当な評価だ」
一軍の将はそう進言したが、王族は彼よりもアルゴルを信じた。それだけ彼は口がうまく、同時に一軍の将はおべっかが苦手だった。
危なげながらもうまくいっている。軍部にきらわれながらも、地位があるゆえ彼に取り入ろうとする人物も多くいる。結果が出ているから国は文句を言わない。
ただ、危機感がないわけではなかった。自身のホラ吹き癖がいつか失敗を招くのではないかとこころの片隅で思っていた。
ある日、それが現実となった。
彼は酒場で取り巻きと飲んでいた。
ほどよく酔っていた。
そこに、一軍の将が現れた。
どちらもただ飲むためだけに来ている。お互いのこころに溝はあるが、敵対しようという気はさらさらない。むしろ仲を深めようという気さえある。
そこでアルゴルは調子に乗った。酒に酔ったいきおいで、わたしの戦術はこれこれこうだ、こんなにも優れている、と講釈を垂れた。
一軍の将は口数も少なく聞き流した。反論したところで口のうまさでは敵わない。好きに言わせておけばいいと思った。
しかし今夜のアルゴルは妙にノっていた。
「実はわたしは戦術だけでなく剣術も得意なのだよ」
そう言って、これまで他国のだれを倒したとか、どんな戦士と戦ったとか、著名な戦没者の名を並べ立てた。
基本、戦争は軍と軍の争いである。一騎討ちというのはほとんどない。
が、ごくまれにそんな場面がある。両軍代表者を選び、一対一、もしくは数名ずつの決闘によって勝敗を決するという珍事が起きる。
植民地争いの多い昨今だからこそ起きた奇跡だろう。どの国も戦争直後が怖かった。たとえ一戦の勝利を得ても、その後消耗したところを攻め込まれれば国が滅ぶ恐れがあった。
これは主に大国同士の小競り合いで行われた。
そしてアルゴルは、自身がこの代表としてなんども戦い、歴戦の猛者たちを打ちのめしたと語った。
それがいけなかった。
なにせ一騎討ちを最も得意としたのは一軍の将であり、アルゴルが倒したと言った猛者を屠ったのはほとんど彼であった。
それまで笑っていた彼もさすがに癇に障った。大声こそ出さないものの、重く、静かな怒りを抱いた。
が、彼は武だけでなく智にも優れる将である。ここで手を出すようなバカなまねはしない。指揮官がぶつかり合いなどすれば大ごとになり、軍に乱れも出る。
そこで彼はニッと笑い、声高に言った。
「みんな、聞いたか。アルゴルはすばらしい剣術の持ち主だ。いまの話だけでも恐ろしいほど戦果を残している。おれはこんなにすごい剣士を見たことがない」
太い男の声に、飲んだくれたちが耳を向けた。名実ともにすぐれ、求心力のある男の発言を、だれもが聞き逃すまいと静かになった。
将は一同を見回し、言った。
「そこでおれは、彼に隣国で開催される剣術大会に出てもらいたいと思う。このすばらしい男の、他の追随を許さない無双の剣を外国に示し、わが国の強さを見せつけてやりたいと思うんだが、どうかな?」
このひとことで酒場は沸き立った。酔客ばかりだから景気のいい話には無条件で乗る。
「これほどの剣士だ。きっと優勝をかっさらうに違いない。各国の猛者が集まる誇りを賭けた戦いで、わが国の男が頂点に立つ。こんな痛快なことがほかにあるだろうか」
そう言うと、場はさらに盛り上がった。だれもがその意見に賛同した。
反対するのは当の本人だけである。
「それは危険だ。もしものことがあったらどうする」
アルゴルは大慌てだった。なにせ彼の剣はごく最低限の訓練でしか練られていない。体格こそいいが、それはあくまで見かけをよくするための筋トレの成果でしかなく、すべてはハッタリである。
しかし、
「実際の戦場で強敵と戦い生き残った君だ。そう負けることはないだろうし、使うのは木剣だ。それに考えてみろ。他国の大会でわざを見せつければ、当国は一目置かれる。この国の戦士は強いと噂が流れ、敵を萎縮させ、攻めっ気を失わせる。場合によっては降伏をうながせる。これは国益じゃないか」
こう言われると、アルゴルは言葉を返せなかった。
とはいえしょせん酒場の盛り上がりだ。酒の酔いがそういう話を作り上げたで済む話だ。
彼は知らんぷりをしようと思った。いざだれかに訊かれても、
「覚えがない」
で通すつもりだった。
だが、話は国王にまで届いていた。
話したのはほかでもない、一軍の将である。
王は期待していた。是が非でも優勝を勝ち取れと命令した。
彼は咄嗟に、そんな話はデタラメだと否定した。わたしにそのような実力はありません、と逃げようとした。
しかし王は「一軍の将が言うのだから間違いない」と言ってきかなかった。一軍の将に対する信用を植え付けたのは、ほかでもないアルゴル自身であった。
そうして彼はひと月後、剣術大会に出なければならなくなった。
できるはずがない。彼の腕ではおそらく予選に残ることもできない。
だがやらなければ信用を失う。これまで大きなことを言ってきたのが嘘だとバレ、まず間違いなく刑に処される。
彼は苦悶した。自身の悪癖をこころから呪った。
しかしどうすることもできない。たったひと月で達人になどなれるはずがない。
いっそのこと遠い他国に夜逃げでもしようか。そう思いながら酒で無理やり床に着いた。
その晩、夢の中に黒猫が現れた。そして彼をここに呼び寄せたのだった。
「なんだ、自業自得ではないか」
レオは心底呆れ、アルゴルの頭を軽く蹴った。
「ホラばかり吹いているからそんなことになるんだ。このまぬけめ」
「おっしゃる通りです……」
アルゴルはぐうの音も出ないといった感じだった。でもそうだよ。嘘なんかつくからそういうことになるんだ。
男ってのは嘘をついちゃいけない。騎士、剣士ならなおさらだ。せっかくかっこいいひげを生やしているのに、そんなんじゃもったいないよ。
「で、黒猫はなんと言っていた?」
とレオが訊いた。
「はい。その晩、夢の中でこう言っておりました」
アルゴルはやっと頭から足をのけてもらい、ひざ立ちになって言った。
「突然の力がほしければ、魂売りに助けを求めるのです。魔の森に住む”魂売りのレオ”様に大金を持って頭を下げるのです。そうすればきっと、力を得ることができるでしょう——と」
「なるほど、理解した」
レオはふん、と嘲笑を浮かべ、
「とりあえず金を見せろ。いくら持ってきた」
と溜め池を囲う石に座り、足を組んだ。
「は、こちらです」
アルゴルは腰に着けていた小さな皮袋から二枚の硬貨を取り出した。
それを見た途端、
「ほう!」
レオの目がらんらんと輝いた。ぼくも思わず「うわっ!」と声を上げた。
それは大きめの金貨の中央に大きなダイヤモンドを埋め込んだ”ダイヤモンド金貨”だ。通常、最大価値を持つのは金貨だが、巨大船舶や都市部の土地の売買など、あまりに高額なものを現金で取引する場合にこれを使う。その価値は金貨百枚分で、バンクに厳重な本人確認をしてもらってやっと持ち出せるようなシロモノだ。
それを二枚も!
ぼくも見るのははじめてだった。きっとほとんどの人間は実際に目にすることなく死んでいくだろう。
ああ、そこにあるというだけで心臓がドキドキ鳴る。興奮、というより恐怖だ。そんなものが手の届くところにあるというだけで怖くなる。
それをレオは、
「よこせ! 早く見せろ!」
と鼻息荒くぶん取り、さまざまな角度からまじまじと見つめた。
「ふうむ……このダイヤの輝き、本物のようだが」
彼女ののどがゴクリと鳴った。よく見るとほほによだれの筋ができていた。
「おまえ、よくこれを持ち出せたな。そもそもよく金があった」
「は、はい。ほとんど全財産です」
「ひとの一生を買えるほどの額だぞ。そんなに給料がいいのか」
「なにせわが国は植民地を増やし、財にあふれているものですから……」
アルゴルは空になった手を伸ばしたまま、ひどく不安そうな顔で言った。
「長年蓄えた金を、信用できる商人に貸すという名目で、バンクにて引き出しました。お猫様には大金としか言われなかったので、とりあえずできるだけ持っていこうと思いまして」
「そうかそうか」
聞いているのか、いないのか、レオはいやらしい笑みを浮かべ、硬貨をほほにすりすりしていた。
「力を得るにはいくら必要なのでしょうか」
アルゴルは価格を尋ねた。すると、
「ちょうどだ」
レオはきっぱり言った。そして硬貨を上着のポケットにしまい、
「お値段ぴったり。よく適正価格がわかったな。おまえのことをバカにしていたが、どうやら未来を見通す力があるようだ。いやはやなんとすばらしい勘の持ち主だろう。よく見ればそのひげもエレガントでステキじゃないか。知性がにじみ出ている」
と、あからさまなおべっかを言い、クククと悪辣な笑みを見せた。
ああ、君は本当に金の亡者だね。ほんの数分前までアルゴルを踏みにじっていたというのに、
「おい、アルテルフ! 客に飲み物が出ていないぞ! いい酒を持ってきてやれ!」
と叫んでいる。アルゴルは喪失感丸出しの顔で固まってるよ。そうだよね。だって、あんなとんでもない大金を軽ーく取り上げられたんだもんね。
バカだなぁ。レオにあんなもの見せるからいけないんだ。先に金額を訊いておくべきだったよ。レオの仕事は言い値だし、それに男にはきびしいんだから。
「さて、とりあえず交渉成立だ。おまえを強くしてやる。剣術大会で軽く優勝できる力を授けてやる」
レオは実にうれしそうに言った。しかしアルゴルの返事はなかった。
「なんだ、文句があるのか?」
「あ、あの……そんなに取るんですか?」
彼は青い顔で戸惑うように言った。当然の意見だった。
しかしレオはキッと睨み、こう言った。
「おまえな、言っておくがふつうは剣の腕を上げることなぞできやしないんだぞ。才能のある者が長い修練を経て、時間をかけて育てていくものだ。それをわずかな時間で簡単に与えてやろうというんだ。世界広しといえど、こんなことできるのはわたしくらいのものだぞ」
「うう……」
「それをたかだか金でなんとかしてやろうと言うのだ。金で不可能を解決できるなんて安いものではないか。そう思わないか?」
「言われてみれば……」
「はっ、ひどい態度だな」
レオは嫌悪感丸出しで見下し、
「こっちは失礼なおまえを客として扱ってやろうというのに、なんだその不信感は。そんな顔をされて、相手がいい思いをするとでも思ったのか? ああ、いやになった。やめにしよう。客がいやがっているのに仕事をすることもあるまい。さ、帰れ」
そう言ってレオは館に入っていこうとした。アルゴルは慌てて手を伸ばし、
「ま、待ってください! お願いします、助けてください! 嘘がバレれば処刑されてしまいます! どうか! ていうかお金!」
「なんだ」
レオはジロリと細い目で振り返り、
「やってほしいのか」
「は、はい、ぜひお願いします!」
「ならまずは謝るのが先だろう」
アルゴルはグッと不満を飲み込む顔をした。なにか言いたげだが、文句は言わない。いのちがかかっている以上、レオを怒らせるわけにはいかない。
「失礼な態度をお見せして申し訳ありませんでした!」
彼は大地にべっとり貼りついて言った。すると、
「ふむ……」
レオはあごに手を置き、考えるそぶりを見せた。そしてまじめ風な顔で、
「まあ、そこまで言うのならやってやろう。とりあえず必要なものを用意するから少しそこで待っていろ」
そうしてぼくを連れて玄関をくぐった。
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距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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