魂売りのレオ

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第十三話 急がば近道

急がば近道 四

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 ぼくらは商品倉庫に来ていた。
 商品倉庫——一見ただの通路にしか見えない廊下の途中にあり、レオが念じることで壁が開く隠し部屋だ。中にはいくつもの棚があり、そこに魂を閉じ込めた銀のかごが並んでいる。
 レオはそれらの商品がどんな魂かすべて覚えており、部屋に入るなり真っ先に四つのかごを選んだ。
「うむ、これだけあればいいだろう」
 それらはどれも強い輝きを持つ魂だった。魂というのはその人間が生前どのような人格や能力を持っていたかで輝きが違い、たいがいこころの強い人間は明るく、弱い人間は暗い魂を持つ。
「ねえレオ、これでどうやって剣の腕を上げるの?」
「おまえ、人間が他人の魂を取り込むとどうなるかわかるか?」
「ううん、知らない」
「いいか、魂にはさまざまな記憶や知識が残されている。肉体を失っているから、大事な記憶しか残されていないが、その人間が生前強く覚えよう、習得しようと願ったものが多く残っている。それを食うことで引き継がれるんだ」
「へえ……そういえば以前、魔物が人間の魂を食べると記憶を得るって言ってたね」
「そうだ。だから魔物は人語を話せる。自分にない知識ほど色濃く吸収するようになっている」
「ふぅん……それで、この魂たちは?」
 ぼくはならべられた四つのかごを見た。それぞれ色は違うが、見たところどれも強い男の魂だった。
「これはかつて戦場で散った猛者もさたちの魂だ。どれも剣槍けんやりの名手だったと聞いている。そこで、この魂をあのみっともないひげの男に食わせることで、手っ取り早く剣の知識を与えようってわけだ」
 なるほど、それならいけるかもしれない。剣は技術だ。体の勘だ。どんなに力のある大男でも、正しい振り方を知らなければぼくみたいなひ弱な男にも打ち負けるし、そもそも隙だらけですぐにやられてしまう。逆に剣を知っていれば相手がどんな攻め方をするか視線や手足のわずかな動きで察知できるし、その崩し方もおのずとわかる。
 アルゴルは体格がいいから、技術さえ習得すればきっと強くなるぞ。
「とりあえず今日はひとつだけ食わせる」
「ひとつだけ? どうして?」
「他人の精神を丸ごと取り込むんだぞ。もし一気に食わせれば、おそらくすぐに壊れてしまうだろう。だから一日にひとつだけ食わせて、日ごとどれだけ強くなるか試すんだ」
「なるほど……」
 よくわかんないけど難しいんだなぁ。
「準備に少し時間がかかる。おまえは魔法の木剣であの男の腕を見ておいてくれ。成長前の実力を確かめるんだ。そして翌日からも試合をして、成長の度合いを見てほしい。いいな、頼んだぞ」
「うん、わかった」
 ぼくは元気よく返事をして部屋を出た。こころがルンルンしていた。
 だって、レオが頼ってくれたんだ。ぼくはふだんレオの仕事をなんにも手伝えなくて、せいぜい代金がちゃんと払われたか数えるくらいしかできないのに、今日はぼくの剣術が役に立つ。
 これはぼくじゃなきゃできない。もちろんレグルスでも可能だけど、彼女は見ず知らずの男と顔を合わせるのが苦手だ。となればもう、ぼくしかない。
 それにレオがひとを救おうとしている。いつもは他人を虫けらみたいに扱ったり、とくに男は破滅させようとする悪党のレオが、ちゃんと助けようとしている。たとえ彼女がどれだけ邪悪でもこころから愛しているけど、やっぱり善行を行う方がうれしいよ。
「フンフフーン、フンフーン」
 ぼくは鼻歌混じりにスキップしていた。きっと顔はニッコニコだろう。物置から木剣を二本取り出すと、それを両サイドに広げて、
「ぴょおー」
 なんて言いながら、翼を広げた鷹みたいな気持ちで廊下を駆けた。途中すれ違ったアルテルフが、
「えっ? どしたの!?」
 って真顔で言ってたから、
「仕事ー! ぴょおー!」
 と言って駆け抜けてやった。あははは、たのしいなあ!
 ぼくは玄関までたどり着くと、いったん立ち止まり、なるべく冷静になった。ひげの立派な紳士と相対するにあたって、さっきみたいな態度では失礼だ。
 コホン、と自分を正すように咳をし、扉を開いた。
 アルゴルは溜め池の魚を眺めていた。それがぼくに気づき、こちらを向いた。
「アルゴル、いまレオが準備してるよ」
「おお、ありがたい」
 彼はゆっくりと立ち上がり、
「して、それは?」
 と言った。
「とりあえずいまの腕前を見てみよう」
 ぼくは彼に木剣を手渡した。
「む、木剣にしては重い」
「この木剣はレオの魔法で重く感じるんだ。本物みたいでしょ」
「ううむ、不思議なものだ。魔法とはいろいろできるのだなあ」
 そう言ってアルゴルは横に飛び出たひげをぴろぴろ撫でた。いいなあ、かっこいいなあ。
「ところで君が、その、わたしの腕を見るのかな?」
 彼は怪訝けげんそうに言った。ああ、そうか。このひと見た目で判断しちゃうんだね。ま、しょうがないか。ぼくは女みたいな顔だし体も細いもの。
 でもその誤りははじまって数秒で正された。
「うおっ、なんと!」
 開始早々、アルゴルの木剣が吹っ飛んだ。ぼくのものすごく手加減したひと振りでのことだ。
「ああ、ちゃんと持たないとダメだよ」
「ううむ、すまん。油断しておった」
 そう言ってぼくらは試合を再開したんだけど、またすぐ吹っ飛んじゃった。
「うむむ、うむむむ……」
 いけないなぁ。技術って手足にしっかり馴染んでるから、弱くやっても効いちゃうんだよなぁ。
 とりあえず防戦にしよう。打たせるだけ打たせて、力の具合を見てみよう。
「えやあ! とりゃああ!」
 アルゴルはすさまじい気迫を持ってバンバン打ち込んできた。二回も初手でやられて焦っているのか、意気込みが強く声に出ていた。
 だけど、ううん、これはちょっとなぁ。声と表情はすごいんだけど、どれも単なる力任せだ。本来ぼくは真っ向から受け止めるんじゃなくて、力をいなして戦うんだけど、すっごく軽いからその必要もない。まさか手を抜いてるわけじゃないだろうし、なんだかいやだなぁ。力量差がありすぎて弱い者いじめしてる気分だ。
「はあ、はあ……お強いですな」
 アルゴルは汗だくになり、ひざに手を置いて肩で息した。けっこう体力ありそうなのに、無駄な力が多いんだろう。
「もういいよ。だいたいわかったから」
 ぼくはそう言って玄関わきの手すりにぴょこんと座った。これ以上やっても無駄だと思った。あーあ、レグルスと試合したいなぁ。今日は買い出しで出かけてるからなぁ。
 ぼくがそんなことを考えていると、
「どうだ調子は」
 玄関が開き、中からレオが顔を出した。手には赤子の頭ほどもある大きなパンを持っていた。
「レオ」
「アーサー、そんなところで座ってなにをしている。もうこいつの力量は見たのか?」
「一応ね……」
 ぼくがそう答えると、レオはふふんと笑い、
「どうやら話にならなかったようだな」
「うん。力はありそうなんだけどさ」
「仕方がない。おまえは強すぎるんだ」
 レオは機嫌よさそうにぼくの頭を撫で、スタスタとアルゴルの前まで歩いた。
「おい、腹は減っているか?」
「は、はい。それなりに……」
 アルゴルは青い顔で答えた。彼はレオに心底怯えていた。
「ならこれを食え」
「は、これは……」
「おまえを強くする薬だ」
 そう言ってレオは持ち寄ったパンを差し出した。
「このパンを食べれば強くなれるのですか?」
「そうだ。だまされたと思って食ってみろ」
「はあ……それでは」
 とアルゴルはパンを食べはじめた。かなり大きいけど食べ切れるのかな?
「む、うまい!」
 アルゴルは叫んだ。かじった断面から、中に焼いたひき肉が入っているのが見えた。
「これならいくらでも食べられます!」
「そうだろう。なにせうち自慢の料理人が最高の味つけをして焼いてくれたんだからな。パンはまあ、ふつうのだが」
「いや、このパンがふつうなわけありません! 肉もパンも最高だ! こんなにうまいものを食べるのははじめてです!」
「そうかそうか。残さず食えよ」
 へえ、いいなぁ。料理人ってきっとデネボラのことだろう。彼女の料理は都育ちのぼくでも感動するほどだ。高級料理はもちろん、田舎の素朴な味まで再現できる。
 ダイヤモンド金貨二枚分も財産があるんじゃ、よほど地位が高く、高級品ばかり食べてきたに違いない。それがあんなにうまいと言ってよろこぶんだから、よっぽどおいしいんだろう。
 ……ぼくも食べたいなぁ。
「アーサー、おまえはダメだ」
「でもおいしそうだよ」
「そりゃうまいだろうなぁ。だがもしおまえに食わせるとしたら、おなじ味には作れん」
「どういうこと?」
「薬を入れんからだ」
 薬……? 薬ってなにを入れ……
「あ! そうか!」
「わかったか?」
「うん、そうだった」
 そうか、あれはただのパンじゃない。あのパンにはきっと魂が入っている。先ほどレオが集めた四人の戦士の魂だ。
 以前レオは言っていた。
「人間の魂というのは、かなりうまいらしい」
 つまりアルゴルがあんなにおいしいと思っているのは人間の魂が入っているからだ。よくよく考えるとなんだかおぞましいなぁ。だって、一種の共食いじゃないか。いやだなぁ。
 ぼくらの見ている前で、彼はあっという間にパンを平らげた。すると、
「おお、力がみなぎる!」
 彼は立ち上がり、両手の拳を左右ですくい上げるような格好をした。魂を食べたことでパワーが湧き上がったのだろう。なんとなく全身が輝いているように見える。
「さて、今日はこれで終わりだ。明日また来るがいい」
 レオは言った。
「この薬は少々影響が強い。いちどにたくさんると悪影響が出る。とりあえず一日一回で、四回に分けようと思うが、大会に間に合うか?」
「はい、まだ半月以上ありますので!」
「そうか、なら問題ないな。それじゃあ早く出ていけ。わたしはおまえがきらいだ」
「え、は、はい……」
 アルゴルは戸惑いつつも、頭を下げて森を出て行った。毎度ながらレオは性格悪いなぁ。一切言葉を選ばないんだから。
「なにをいまさら。わたしがはっきりものを言うのを知っているだろう」
「でもきっと傷ついたよ」
「あのなぁ、あんな男どう思われようがどうだっていいだろう。それにこうしてすべてあけすけに言うことで、おまえを愛しているという言葉が嘘でないと証明しているんだ」
「どういうこと?」
「いいか、世間的にはおまえの”あれ”は小さいのだろう? だがわたしは気に入っている。それをもし、ふだんから世辞を言うようでは、その言葉も世辞かと疑いをかけられる。だから好きなものは好き、きらいなものはきらいとはっきり言う。これを偽らないことで、おまえの信用を得ているんだ」
 ううん……よくわかんないけどぼくらは愛し合ってるってこと?
「ま、そういうことだ。とにかく明日をたのしみにしておけ。今日はかなり退屈だったようだしな」
「うん、すごく退屈だった」
「だがこれからあいつがどんどん変化していく。四日間でどれだけ強くなるか見ものじゃないか」
 そう言ってレオはクックックと笑った。なんだか妙に悪意のある笑みだった。
 ……なんで? レオはあのひとを助けようとしてるっていうのに、どうしてそんな顔をするんだ?
 なんだか心配だなぁ。レオったら悪いことしなけりゃいいけど……
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