魂売りのレオ

休止中

文字の大きさ
93 / 178
第十三話 急がば近道

急がば近道 四

しおりを挟む
 ぼくらは商品倉庫に来ていた。
 商品倉庫——一見ただの通路にしか見えない廊下の途中にあり、レオが念じることで壁が開く隠し部屋だ。中にはいくつもの棚があり、そこに魂を閉じ込めた銀のかごが並んでいる。
 レオはそれらの商品がどんな魂かすべて覚えており、部屋に入るなり真っ先に四つのかごを選んだ。
「うむ、これだけあればいいだろう」
 それらはどれも強い輝きを持つ魂だった。魂というのはその人間が生前どのような人格や能力を持っていたかで輝きが違い、たいがいこころの強い人間は明るく、弱い人間は暗い魂を持つ。
「ねえレオ、これでどうやって剣の腕を上げるの?」
「おまえ、人間が他人の魂を取り込むとどうなるかわかるか?」
「ううん、知らない」
「いいか、魂にはさまざまな記憶や知識が残されている。肉体を失っているから、大事な記憶しか残されていないが、その人間が生前強く覚えよう、習得しようと願ったものが多く残っている。それを食うことで引き継がれるんだ」
「へえ……そういえば以前、魔物が人間の魂を食べると記憶を得るって言ってたね」
「そうだ。だから魔物は人語を話せる。自分にない知識ほど色濃く吸収するようになっている」
「ふぅん……それで、この魂たちは?」
 ぼくはならべられた四つのかごを見た。それぞれ色は違うが、見たところどれも強い男の魂だった。
「これはかつて戦場で散った猛者もさたちの魂だ。どれも剣槍けんやりの名手だったと聞いている。そこで、この魂をあのみっともないひげの男に食わせることで、手っ取り早く剣の知識を与えようってわけだ」
 なるほど、それならいけるかもしれない。剣は技術だ。体の勘だ。どんなに力のある大男でも、正しい振り方を知らなければぼくみたいなひ弱な男にも打ち負けるし、そもそも隙だらけですぐにやられてしまう。逆に剣を知っていれば相手がどんな攻め方をするか視線や手足のわずかな動きで察知できるし、その崩し方もおのずとわかる。
 アルゴルは体格がいいから、技術さえ習得すればきっと強くなるぞ。
「とりあえず今日はひとつだけ食わせる」
「ひとつだけ? どうして?」
「他人の精神を丸ごと取り込むんだぞ。もし一気に食わせれば、おそらくすぐに壊れてしまうだろう。だから一日にひとつだけ食わせて、日ごとどれだけ強くなるか試すんだ」
「なるほど……」
 よくわかんないけど難しいんだなぁ。
「準備に少し時間がかかる。おまえは魔法の木剣であの男の腕を見ておいてくれ。成長前の実力を確かめるんだ。そして翌日からも試合をして、成長の度合いを見てほしい。いいな、頼んだぞ」
「うん、わかった」
 ぼくは元気よく返事をして部屋を出た。こころがルンルンしていた。
 だって、レオが頼ってくれたんだ。ぼくはふだんレオの仕事をなんにも手伝えなくて、せいぜい代金がちゃんと払われたか数えるくらいしかできないのに、今日はぼくの剣術が役に立つ。
 これはぼくじゃなきゃできない。もちろんレグルスでも可能だけど、彼女は見ず知らずの男と顔を合わせるのが苦手だ。となればもう、ぼくしかない。
 それにレオがひとを救おうとしている。いつもは他人を虫けらみたいに扱ったり、とくに男は破滅させようとする悪党のレオが、ちゃんと助けようとしている。たとえ彼女がどれだけ邪悪でもこころから愛しているけど、やっぱり善行を行う方がうれしいよ。
「フンフフーン、フンフーン」
 ぼくは鼻歌混じりにスキップしていた。きっと顔はニッコニコだろう。物置から木剣を二本取り出すと、それを両サイドに広げて、
「ぴょおー」
 なんて言いながら、翼を広げた鷹みたいな気持ちで廊下を駆けた。途中すれ違ったアルテルフが、
「えっ? どしたの!?」
 って真顔で言ってたから、
「仕事ー! ぴょおー!」
 と言って駆け抜けてやった。あははは、たのしいなあ!
 ぼくは玄関までたどり着くと、いったん立ち止まり、なるべく冷静になった。ひげの立派な紳士と相対するにあたって、さっきみたいな態度では失礼だ。
 コホン、と自分を正すように咳をし、扉を開いた。
 アルゴルは溜め池の魚を眺めていた。それがぼくに気づき、こちらを向いた。
「アルゴル、いまレオが準備してるよ」
「おお、ありがたい」
 彼はゆっくりと立ち上がり、
「して、それは?」
 と言った。
「とりあえずいまの腕前を見てみよう」
 ぼくは彼に木剣を手渡した。
「む、木剣にしては重い」
「この木剣はレオの魔法で重く感じるんだ。本物みたいでしょ」
「ううむ、不思議なものだ。魔法とはいろいろできるのだなあ」
 そう言ってアルゴルは横に飛び出たひげをぴろぴろ撫でた。いいなあ、かっこいいなあ。
「ところで君が、その、わたしの腕を見るのかな?」
 彼は怪訝けげんそうに言った。ああ、そうか。このひと見た目で判断しちゃうんだね。ま、しょうがないか。ぼくは女みたいな顔だし体も細いもの。
 でもその誤りははじまって数秒で正された。
「うおっ、なんと!」
 開始早々、アルゴルの木剣が吹っ飛んだ。ぼくのものすごく手加減したひと振りでのことだ。
「ああ、ちゃんと持たないとダメだよ」
「ううむ、すまん。油断しておった」
 そう言ってぼくらは試合を再開したんだけど、またすぐ吹っ飛んじゃった。
「うむむ、うむむむ……」
 いけないなぁ。技術って手足にしっかり馴染んでるから、弱くやっても効いちゃうんだよなぁ。
 とりあえず防戦にしよう。打たせるだけ打たせて、力の具合を見てみよう。
「えやあ! とりゃああ!」
 アルゴルはすさまじい気迫を持ってバンバン打ち込んできた。二回も初手でやられて焦っているのか、意気込みが強く声に出ていた。
 だけど、ううん、これはちょっとなぁ。声と表情はすごいんだけど、どれも単なる力任せだ。本来ぼくは真っ向から受け止めるんじゃなくて、力をいなして戦うんだけど、すっごく軽いからその必要もない。まさか手を抜いてるわけじゃないだろうし、なんだかいやだなぁ。力量差がありすぎて弱い者いじめしてる気分だ。
「はあ、はあ……お強いですな」
 アルゴルは汗だくになり、ひざに手を置いて肩で息した。けっこう体力ありそうなのに、無駄な力が多いんだろう。
「もういいよ。だいたいわかったから」
 ぼくはそう言って玄関わきの手すりにぴょこんと座った。これ以上やっても無駄だと思った。あーあ、レグルスと試合したいなぁ。今日は買い出しで出かけてるからなぁ。
 ぼくがそんなことを考えていると、
「どうだ調子は」
 玄関が開き、中からレオが顔を出した。手には赤子の頭ほどもある大きなパンを持っていた。
「レオ」
「アーサー、そんなところで座ってなにをしている。もうこいつの力量は見たのか?」
「一応ね……」
 ぼくがそう答えると、レオはふふんと笑い、
「どうやら話にならなかったようだな」
「うん。力はありそうなんだけどさ」
「仕方がない。おまえは強すぎるんだ」
 レオは機嫌よさそうにぼくの頭を撫で、スタスタとアルゴルの前まで歩いた。
「おい、腹は減っているか?」
「は、はい。それなりに……」
 アルゴルは青い顔で答えた。彼はレオに心底怯えていた。
「ならこれを食え」
「は、これは……」
「おまえを強くする薬だ」
 そう言ってレオは持ち寄ったパンを差し出した。
「このパンを食べれば強くなれるのですか?」
「そうだ。だまされたと思って食ってみろ」
「はあ……それでは」
 とアルゴルはパンを食べはじめた。かなり大きいけど食べ切れるのかな?
「む、うまい!」
 アルゴルは叫んだ。かじった断面から、中に焼いたひき肉が入っているのが見えた。
「これならいくらでも食べられます!」
「そうだろう。なにせうち自慢の料理人が最高の味つけをして焼いてくれたんだからな。パンはまあ、ふつうのだが」
「いや、このパンがふつうなわけありません! 肉もパンも最高だ! こんなにうまいものを食べるのははじめてです!」
「そうかそうか。残さず食えよ」
 へえ、いいなぁ。料理人ってきっとデネボラのことだろう。彼女の料理は都育ちのぼくでも感動するほどだ。高級料理はもちろん、田舎の素朴な味まで再現できる。
 ダイヤモンド金貨二枚分も財産があるんじゃ、よほど地位が高く、高級品ばかり食べてきたに違いない。それがあんなにうまいと言ってよろこぶんだから、よっぽどおいしいんだろう。
 ……ぼくも食べたいなぁ。
「アーサー、おまえはダメだ」
「でもおいしそうだよ」
「そりゃうまいだろうなぁ。だがもしおまえに食わせるとしたら、おなじ味には作れん」
「どういうこと?」
「薬を入れんからだ」
 薬……? 薬ってなにを入れ……
「あ! そうか!」
「わかったか?」
「うん、そうだった」
 そうか、あれはただのパンじゃない。あのパンにはきっと魂が入っている。先ほどレオが集めた四人の戦士の魂だ。
 以前レオは言っていた。
「人間の魂というのは、かなりうまいらしい」
 つまりアルゴルがあんなにおいしいと思っているのは人間の魂が入っているからだ。よくよく考えるとなんだかおぞましいなぁ。だって、一種の共食いじゃないか。いやだなぁ。
 ぼくらの見ている前で、彼はあっという間にパンを平らげた。すると、
「おお、力がみなぎる!」
 彼は立ち上がり、両手の拳を左右ですくい上げるような格好をした。魂を食べたことでパワーが湧き上がったのだろう。なんとなく全身が輝いているように見える。
「さて、今日はこれで終わりだ。明日また来るがいい」
 レオは言った。
「この薬は少々影響が強い。いちどにたくさんると悪影響が出る。とりあえず一日一回で、四回に分けようと思うが、大会に間に合うか?」
「はい、まだ半月以上ありますので!」
「そうか、なら問題ないな。それじゃあ早く出ていけ。わたしはおまえがきらいだ」
「え、は、はい……」
 アルゴルは戸惑いつつも、頭を下げて森を出て行った。毎度ながらレオは性格悪いなぁ。一切言葉を選ばないんだから。
「なにをいまさら。わたしがはっきりものを言うのを知っているだろう」
「でもきっと傷ついたよ」
「あのなぁ、あんな男どう思われようがどうだっていいだろう。それにこうしてすべてあけすけに言うことで、おまえを愛しているという言葉が嘘でないと証明しているんだ」
「どういうこと?」
「いいか、世間的にはおまえの”あれ”は小さいのだろう? だがわたしは気に入っている。それをもし、ふだんから世辞を言うようでは、その言葉も世辞かと疑いをかけられる。だから好きなものは好き、きらいなものはきらいとはっきり言う。これを偽らないことで、おまえの信用を得ているんだ」
 ううん……よくわかんないけどぼくらは愛し合ってるってこと?
「ま、そういうことだ。とにかく明日をたのしみにしておけ。今日はかなり退屈だったようだしな」
「うん、すごく退屈だった」
「だがこれからあいつがどんどん変化していく。四日間でどれだけ強くなるか見ものじゃないか」
 そう言ってレオはクックックと笑った。なんだか妙に悪意のある笑みだった。
 ……なんで? レオはあのひとを助けようとしてるっていうのに、どうしてそんな顔をするんだ?
 なんだか心配だなぁ。レオったら悪いことしなけりゃいいけど……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)

MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。 しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。 ​母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。  その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。 ​純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。 交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...