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第十三話 急がば近道
急がば近道 五
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翌日、ぼくはアルゴルの顔を見て驚いた。
「あれ? こんな顔だったっけ?」
彼の顔つきが変わっていた。軽薄な感じが薄れ、どこか武骨で無愛想な雰囲気が漂っていた。
「ふむ、やはりそうかね」
アルゴルは重く固い声で言った。
「実は宿の鏡を見て、どうもおかしいと思っていたのだ。やはり顔つきが変わっているようだな」
これはどういうことだろう。なんだか喋り方も違う気がする。物腰も落ち着いてるし、まるで別人みたいだ。
アルゴルは庭の溜め池に映る自身の顔を見て、不快そうにひげを触った。不安からか、ため息をついている。
それを見たレオがふふふと笑い、言った。
「どうやら薬が効いているようだな」
「ほう、これは副作用ですかな?」
「そんなところだ」
副作用? 薬っていうか魂だけど、魂を取り入れたことでなぜ顔つきが変わるんだろう。どうして雰囲気や態度が違っているんだろう。
「まあ、とりあえずアーサーと木剣で遊んでてくれ。わたしは今日の薬を用意してくる」
レオはそれだけ言うと、さっさと館へ入っていってしまった。もうちょっとくわしく聞きたかったのになぁ。
ま、いいか。それより気になるのは剣の腕だ。レオはアルゴルが強くなると言ってたけど、はたしてどれほどの効果があるんだろう。気になってしょうがないや。
それにアルゴルもおなじ気持ちらしい。
「ささ、アーサーさん。早速はじめようじゃないか。どうにも腕試ししたくてしょうがない」
そうしてぼくらは木剣を構えた。
その瞬間、ぼくは、
(あれ?)
と違和感を覚えた。
昨日とまるで違う。構えはもちろん、剣の握り方、相対する目の動き、そして大岩のようなどっしりした気配。
明らかに違う。迂闊に手が出せない。
「それでは行くぞ」
アルゴルは一歩前に踏み出し、横なぎに木剣を振った。それを受け止めると、
「うわ、重い!」
ぼくはズズっと押し出された。剣先に体重が乗ったいい振りだった。
さらに彼は連撃を放った。隙のない、きれいな剣さばきだ。ぼくはそれをいなしてふところに踏み込み、横腹をなぎ払おうとした。
しかしそれは予測されていたかのように受けられた。そのとき彼はぼくの目を見ており、どうやら視線から狙いを察知していた。
ぼくは興奮した。だって、たのしいんだ。強者との戦いはいつだって胸がおどる。体じゅうが熱くなって、こころの芯がピンと張る。男の本能が燃え上がる。
ぼくはしばらく打たせた。パワフルな連打をあえて力で受け、彼の太刀筋を探った。
そしてわかった。これはすごく正攻法でまっすぐな剣だ。教本を読み、そこに書かれたすべての正解を正確に書き写したような見事な剣術だ。
だけどそれじゃあ、ぼくには勝てないなぁ。
ぼくはストレートなひと振りを、剣の上を滑らせるように交差させて受けた。すると鍔と鍔がぶつかり合う。それをアルゴルは力で押し返そうと腕を前に押した。そうすると思った。
そこであえて押し出され、のけ反って見せた。彼はチャンスとばかりに突きを繰り出してきたけど、ぜんぶぼくの狙い通りだ。
崩れたふりのしっかりした足腰で、ぼくは素早くふところに潜り込み、彼の腹を打ち抜いた。ぼくの勝ちだ。真剣なら骨まで達している。
「うおお、やられた」
アルゴルは悔しそうに苦悶したが、ぼくは、
「すごい! すごいや! こんなに強くなるなんて!」
と勝ったことも忘れて大よろこびした。だって、本当にすごいじゃないか。たったひと晩でこんなにも腕を上げるなんて。
「どうやら効果が出ているようだな」
ふと気づくと、玄関わきにレオが立っていた。手にはもちろん昨日とおなじパンがある。
「おお、レオさん。このたびはありがとうございます。こんなにも強くなれるなんて」
「ほう、どうやら本当に感謝しているようだな。大金を払ったかいがあったろう」
「はい、驚きです。こんなにすごい剣術が身につくなんて思いもしませんでした。ただ……」
「ただ?」
「残念ですが負けてしまいました」
アルゴルがそう言うと、レオはあははと笑い、
「あたりまえだ。アーサーは真の強者だぞ。ちょっとやそっと強くなったくらいで勝ててたまるか」
と言った。いやあ、照れるなぁ。その通りなんだけどさ。
「だが、のちの数日でひっくり返るかもしれん。わたしの薬にはそれだけの効果がある」
レオはパンを差し出し、
「さ、今日もこれを食え。そしてまた明日ここに来るんだ」
「は、かたじけない」
アルゴルは今日もそうしてパンを食べた。うまい、うまい、と目を輝かせ、全身から精気をみなぎらせた。
「それではまた明日。この時間に」
そう言ってアルゴルは森をあとにした。
しかしすごいなぁ。魂を食べるとこんなに強くなるんじゃ、ぼくも食べてみたいよ。それを言うと、
「それはダメだ。決しておまえには食わせん」
「どうして?」
「おまえ、あいつの顔が変わったのを見なかったのか?」
「ああ、そうだね。それに態度や声色も違ったよ」
「あれは魂を取り入れた影響だ」
「どういうこと?」
「いいか、記憶や知識を取り込むということは、人格や人相も受け継ぐことになる。あいつは元々軽薄で薄っぺらい顔だったろう。それが武骨な戦士の魂を食うことで、自身の魂さえ変質してしまっているんだ」
「それでどうして顔が変わるの?」
「肉体は魂によってかたちを変える。わたしは強く、気高く、美しいから見た目もそうなっているし、おまえは強い女に服従したいマゾヒストだからそんな姿かたちをしている。そしてあの男は軽薄な魂に堅実さが混じって、いまああなっているんだ」
そう……ていうかなんだよそれ。ぼくはマゾヒストじゃないし、常に男らしくなりたいと思っている騎士だよ。冗談じゃないや。
「まあまあ、そう機嫌を悪くするな。ほら、いい子いい子」
そ、そんな頭を撫でられたってぼくは丸め込まれないぞ……う……ううん。
「ともかく人間の魂を取り込めば、性格はもちろん、かたちも変わってしまう。だから絶対おまえには食わせん。それに……」
「それに?」
「……ふふふ」
なんだよ、ふくみ笑いなんかして。もしかしてなにか悪だくみしてる? レオがこんな顔するときはたいがいそうだからな。
「ねえ、まさか悪いこと考えてないよね?」
ぼくがそう訊くと、レオは思い出したように手を叩き、
「あ、そうだ。せっかくだからおまえも明日の準備を見てみるか?」
「明日の準備?」
「ああ。肉は焼けば一日くらい腐らんからな。そうだ、そうしよう。おまえも興味あるだろう。本来物質に触れることのできない魂が、どうやってパンの中に混ぜてあるのか、不思議だと思わないか?」
言われてみればたしかに! すっごく興味あるなあ!
「よし、それじゃキッチンに来い。さっそくデネボラに肉を焼いてもらおう」
ぼくはレオに連れられ、キッチンへと向かった。いまなにかレオに質問してた気がするけど、そんなことよりそっちの方が知りたくなっちゃった。忘れるってことはその程度のことなんだろう。大事なことなら覚えてるもんね。
ぼくらはデネボラを呼び、早速肉を焼いてもらった。
「別に特別な味つけなんてしてないですよぉ」
デネボラは塩、コショウを混ぜてこねたひき肉をフライパンで焼き、表面をほどよく焦がしたあと、オーブンに入れた。
「これくらい大きいとフライパンじゃ中までうまく火が通らないんですぅ」
なるほど、拳よりふた周りも大きい丸いハンバーグじゃ熱が中心まで伝わりにくい。まず肉汁が漏れないよう周りを固め、そして全体を熱するのか。
「うふふ、いいにおいですぅ」
デネボラはよだれを垂らしながら乙女のポーズをした。本当にいいにおいだ。ぼくもレオもゴクリとのどを鳴らした。
ただ、ひとつ疑問がある。
レオが細い目で言った。
「なあ、どうしてふたつも焼いているんだ?」
それはぼくも思った。だって、明日の分じゃひとつ作ればいいはずだよ。
「だって、ほらぁ、ちゃんとできてるかわたしも味見しないといけませんからぁ。お客様にお出しするんでしょう?」
ああ、そういうことか。君は食いしん坊だもんね。仕事ついでに自分もおいしいものが食べたいって魂胆だ。
「まったく、だから太るんだぞ」
「はぁい」
デネボラはレオに小言を言われるも、さして気にしていないようだった。というのもレオは案外甘い。これからすることに対してはきびしめに律するが、もう起こってしまったことはあまり追求しない。デネボラはそれをわかっているうえ、主従における忠誠より食欲を優先する。
「さぁ、焼けましたぁ」
そう言ってデネボラはオーブンから肉を取り出した。途端においしそうなにおいがぶわあっと充満した。
「はぁん、いいにおいですぅ。早速味見しましょう」
デネボラは丸い肉をひとつ、三等分に切り分け、それぞれ皿に盛った。真ん中の一番大きいのは当然彼女の目の前に置かれた。断面は見事なミディアムレアになっていた。
「うむ、中までしっかり焼けているな。それも最高にいい具合だ。おまえはぐうたらでどうしようもないが、料理の腕だけは間違いない」
「えへへぇ、ありがとうございますぅ」
そんなやり取りをし、ぼくらは肉を食べた。
「うん、うまい!」
「わ、おいしい!」
ぼくらは声を漏らさずにいられなかった。本当にデネボラの腕は最高だ。こんな料理が毎日食べられるんだから、ぼくらはしあわせ者だよ。
「しかし、こんなうまいものをあいつに食わせるなんてもったいないな」
とレオが鼻で笑った。どうして? あいつってアルゴルのことだろうけど、大金払って仕事を依頼してきたんだから、これくらい食べさせてあげてもいいと思うけど。
「ふむ……それもそうか。少しくらいはいい思いをさせてやった方が、いろいろと未練がなくていいだろう」
未練……? なにを言ってるんだろう。よくわかんないや。
「さて、食うものも食ったし、明日の準備だ」
あ、そういえばそうだった。ここで肉を焼いてもらったのは、明日のパンを作るためだった。おいしいもの食べてすっかり忘れちゃってたよ。
「デネボラ、筆とソースを」
「はぁい」
そう指示され、デネボラは調理台からビン詰めのソースと、”筆”という筆記用具を持ってきた。この”筆”は異国から伝わったもので、先端が無数の細い毛でできており、紙に字を書くのに使う。
レオはその先端にソースを染み込ませ、肉の表面になにやら書いた。
「これは?」
「ふるい異国の言葉で”心臓”と書いた」
「心臓?」
「ああ。わたしはこの肉を心臓に見立て、それを包むパンには”人体”と書く」
「それになんの意味があるの?」
「おまえ……ここまで言われて少しくらい予測できんのか?」
「さっぱりだよ」
レオは苦笑いして頭をポリポリ掻いた。ぼく変なこと言ったかな? 食べ物に文字を書いたところで意味なんかないよ。
「まあ、説明してやろう。元々おまえの頭ですべてわかるとは思っていない。……しかし、これほどまでとは」
なんでもいいよ。早く教えてほしいなぁ。
「いいか、魂の芯は心臓に宿る。そしてそこが最も魂の濃いところだ。わたしはパンを、心臓を包む人体に見立て、魂を憑依させる。ふつうパンに魂など宿らんのだが、呪術を使えば可能となる。そしてここからが重要だ。ふつう、魂は少しずつ漏れる。我々生きた人間も、激しい怒りを覚えたり、大きくよろこんだりすると、感情とともに全身からぶわっと漏れてしまう。たとえばおまえ、猛獣に襲われて食われるとなれば、どんな気持ちになる?」
「そりゃあ、うわあーってなるよ」
「そうだ。すると恐怖や苦痛の感情があふれ、周囲に魂が撒き散らされる。こういった、感情によって外へ出る魂を”念”と呼ぶ」
「へえ……」
なに言ってるんだろう。よくわかんないや。とりあえずあいづち打っておこう。
「だがな、そのとき漏れるのはあくまで薄いところで、情報や精神は心臓に収まっている。つまり、心臓こそが人間の本体であると言っていい。それでだ。パンとはいえ、人間の魂が憑依していれば、おなじ生理が働く。あの男に食われるとき、恐怖で魂が漏れ出てしまう。だがパンに心臓を持たせることで、精神の濃い部分や学んだ剣術の知識を肉に収め、漏れにくくできる。だからこうして肉を焼き、パンに包んでいるんだ。どうだ、わかったか?」
「…………うん、わかったよ!」
わかんないけど、とりあえずいろいろやってるってことだね。なんだかすごいなぁ。さすがレオだ。
「……ま、まあ、おまえにわからずとも、わたしがわかっていればいいんだがな」
なんだよ、そんな苦い顔して。わかったって言ったじゃないか。
「アーサー、わたしはおまえがどれほどバカでもこころから愛している。それだけは言っておくよ」
ちょっと、失礼だよ。それじゃまるでぼくがバカみたいじゃないか。ぼくは騎士だっていうのに。むー。
「まあまあ、アーサー様のいいところは頭のよさじゃないですからぁ」
デネボラまで!
「ともかく、こうやってあいつに魂を食わせているわけだ。今日またひとつ剣豪の魂を食わせたから、明日はもっと変わっているぞ。その結果どういうことになるか、どれほど強くなれるか、実にたのしみじゃないか」
「あれ? こんな顔だったっけ?」
彼の顔つきが変わっていた。軽薄な感じが薄れ、どこか武骨で無愛想な雰囲気が漂っていた。
「ふむ、やはりそうかね」
アルゴルは重く固い声で言った。
「実は宿の鏡を見て、どうもおかしいと思っていたのだ。やはり顔つきが変わっているようだな」
これはどういうことだろう。なんだか喋り方も違う気がする。物腰も落ち着いてるし、まるで別人みたいだ。
アルゴルは庭の溜め池に映る自身の顔を見て、不快そうにひげを触った。不安からか、ため息をついている。
それを見たレオがふふふと笑い、言った。
「どうやら薬が効いているようだな」
「ほう、これは副作用ですかな?」
「そんなところだ」
副作用? 薬っていうか魂だけど、魂を取り入れたことでなぜ顔つきが変わるんだろう。どうして雰囲気や態度が違っているんだろう。
「まあ、とりあえずアーサーと木剣で遊んでてくれ。わたしは今日の薬を用意してくる」
レオはそれだけ言うと、さっさと館へ入っていってしまった。もうちょっとくわしく聞きたかったのになぁ。
ま、いいか。それより気になるのは剣の腕だ。レオはアルゴルが強くなると言ってたけど、はたしてどれほどの効果があるんだろう。気になってしょうがないや。
それにアルゴルもおなじ気持ちらしい。
「ささ、アーサーさん。早速はじめようじゃないか。どうにも腕試ししたくてしょうがない」
そうしてぼくらは木剣を構えた。
その瞬間、ぼくは、
(あれ?)
と違和感を覚えた。
昨日とまるで違う。構えはもちろん、剣の握り方、相対する目の動き、そして大岩のようなどっしりした気配。
明らかに違う。迂闊に手が出せない。
「それでは行くぞ」
アルゴルは一歩前に踏み出し、横なぎに木剣を振った。それを受け止めると、
「うわ、重い!」
ぼくはズズっと押し出された。剣先に体重が乗ったいい振りだった。
さらに彼は連撃を放った。隙のない、きれいな剣さばきだ。ぼくはそれをいなしてふところに踏み込み、横腹をなぎ払おうとした。
しかしそれは予測されていたかのように受けられた。そのとき彼はぼくの目を見ており、どうやら視線から狙いを察知していた。
ぼくは興奮した。だって、たのしいんだ。強者との戦いはいつだって胸がおどる。体じゅうが熱くなって、こころの芯がピンと張る。男の本能が燃え上がる。
ぼくはしばらく打たせた。パワフルな連打をあえて力で受け、彼の太刀筋を探った。
そしてわかった。これはすごく正攻法でまっすぐな剣だ。教本を読み、そこに書かれたすべての正解を正確に書き写したような見事な剣術だ。
だけどそれじゃあ、ぼくには勝てないなぁ。
ぼくはストレートなひと振りを、剣の上を滑らせるように交差させて受けた。すると鍔と鍔がぶつかり合う。それをアルゴルは力で押し返そうと腕を前に押した。そうすると思った。
そこであえて押し出され、のけ反って見せた。彼はチャンスとばかりに突きを繰り出してきたけど、ぜんぶぼくの狙い通りだ。
崩れたふりのしっかりした足腰で、ぼくは素早くふところに潜り込み、彼の腹を打ち抜いた。ぼくの勝ちだ。真剣なら骨まで達している。
「うおお、やられた」
アルゴルは悔しそうに苦悶したが、ぼくは、
「すごい! すごいや! こんなに強くなるなんて!」
と勝ったことも忘れて大よろこびした。だって、本当にすごいじゃないか。たったひと晩でこんなにも腕を上げるなんて。
「どうやら効果が出ているようだな」
ふと気づくと、玄関わきにレオが立っていた。手にはもちろん昨日とおなじパンがある。
「おお、レオさん。このたびはありがとうございます。こんなにも強くなれるなんて」
「ほう、どうやら本当に感謝しているようだな。大金を払ったかいがあったろう」
「はい、驚きです。こんなにすごい剣術が身につくなんて思いもしませんでした。ただ……」
「ただ?」
「残念ですが負けてしまいました」
アルゴルがそう言うと、レオはあははと笑い、
「あたりまえだ。アーサーは真の強者だぞ。ちょっとやそっと強くなったくらいで勝ててたまるか」
と言った。いやあ、照れるなぁ。その通りなんだけどさ。
「だが、のちの数日でひっくり返るかもしれん。わたしの薬にはそれだけの効果がある」
レオはパンを差し出し、
「さ、今日もこれを食え。そしてまた明日ここに来るんだ」
「は、かたじけない」
アルゴルは今日もそうしてパンを食べた。うまい、うまい、と目を輝かせ、全身から精気をみなぎらせた。
「それではまた明日。この時間に」
そう言ってアルゴルは森をあとにした。
しかしすごいなぁ。魂を食べるとこんなに強くなるんじゃ、ぼくも食べてみたいよ。それを言うと、
「それはダメだ。決しておまえには食わせん」
「どうして?」
「おまえ、あいつの顔が変わったのを見なかったのか?」
「ああ、そうだね。それに態度や声色も違ったよ」
「あれは魂を取り入れた影響だ」
「どういうこと?」
「いいか、記憶や知識を取り込むということは、人格や人相も受け継ぐことになる。あいつは元々軽薄で薄っぺらい顔だったろう。それが武骨な戦士の魂を食うことで、自身の魂さえ変質してしまっているんだ」
「それでどうして顔が変わるの?」
「肉体は魂によってかたちを変える。わたしは強く、気高く、美しいから見た目もそうなっているし、おまえは強い女に服従したいマゾヒストだからそんな姿かたちをしている。そしてあの男は軽薄な魂に堅実さが混じって、いまああなっているんだ」
そう……ていうかなんだよそれ。ぼくはマゾヒストじゃないし、常に男らしくなりたいと思っている騎士だよ。冗談じゃないや。
「まあまあ、そう機嫌を悪くするな。ほら、いい子いい子」
そ、そんな頭を撫でられたってぼくは丸め込まれないぞ……う……ううん。
「ともかく人間の魂を取り込めば、性格はもちろん、かたちも変わってしまう。だから絶対おまえには食わせん。それに……」
「それに?」
「……ふふふ」
なんだよ、ふくみ笑いなんかして。もしかしてなにか悪だくみしてる? レオがこんな顔するときはたいがいそうだからな。
「ねえ、まさか悪いこと考えてないよね?」
ぼくがそう訊くと、レオは思い出したように手を叩き、
「あ、そうだ。せっかくだからおまえも明日の準備を見てみるか?」
「明日の準備?」
「ああ。肉は焼けば一日くらい腐らんからな。そうだ、そうしよう。おまえも興味あるだろう。本来物質に触れることのできない魂が、どうやってパンの中に混ぜてあるのか、不思議だと思わないか?」
言われてみればたしかに! すっごく興味あるなあ!
「よし、それじゃキッチンに来い。さっそくデネボラに肉を焼いてもらおう」
ぼくはレオに連れられ、キッチンへと向かった。いまなにかレオに質問してた気がするけど、そんなことよりそっちの方が知りたくなっちゃった。忘れるってことはその程度のことなんだろう。大事なことなら覚えてるもんね。
ぼくらはデネボラを呼び、早速肉を焼いてもらった。
「別に特別な味つけなんてしてないですよぉ」
デネボラは塩、コショウを混ぜてこねたひき肉をフライパンで焼き、表面をほどよく焦がしたあと、オーブンに入れた。
「これくらい大きいとフライパンじゃ中までうまく火が通らないんですぅ」
なるほど、拳よりふた周りも大きい丸いハンバーグじゃ熱が中心まで伝わりにくい。まず肉汁が漏れないよう周りを固め、そして全体を熱するのか。
「うふふ、いいにおいですぅ」
デネボラはよだれを垂らしながら乙女のポーズをした。本当にいいにおいだ。ぼくもレオもゴクリとのどを鳴らした。
ただ、ひとつ疑問がある。
レオが細い目で言った。
「なあ、どうしてふたつも焼いているんだ?」
それはぼくも思った。だって、明日の分じゃひとつ作ればいいはずだよ。
「だって、ほらぁ、ちゃんとできてるかわたしも味見しないといけませんからぁ。お客様にお出しするんでしょう?」
ああ、そういうことか。君は食いしん坊だもんね。仕事ついでに自分もおいしいものが食べたいって魂胆だ。
「まったく、だから太るんだぞ」
「はぁい」
デネボラはレオに小言を言われるも、さして気にしていないようだった。というのもレオは案外甘い。これからすることに対してはきびしめに律するが、もう起こってしまったことはあまり追求しない。デネボラはそれをわかっているうえ、主従における忠誠より食欲を優先する。
「さぁ、焼けましたぁ」
そう言ってデネボラはオーブンから肉を取り出した。途端においしそうなにおいがぶわあっと充満した。
「はぁん、いいにおいですぅ。早速味見しましょう」
デネボラは丸い肉をひとつ、三等分に切り分け、それぞれ皿に盛った。真ん中の一番大きいのは当然彼女の目の前に置かれた。断面は見事なミディアムレアになっていた。
「うむ、中までしっかり焼けているな。それも最高にいい具合だ。おまえはぐうたらでどうしようもないが、料理の腕だけは間違いない」
「えへへぇ、ありがとうございますぅ」
そんなやり取りをし、ぼくらは肉を食べた。
「うん、うまい!」
「わ、おいしい!」
ぼくらは声を漏らさずにいられなかった。本当にデネボラの腕は最高だ。こんな料理が毎日食べられるんだから、ぼくらはしあわせ者だよ。
「しかし、こんなうまいものをあいつに食わせるなんてもったいないな」
とレオが鼻で笑った。どうして? あいつってアルゴルのことだろうけど、大金払って仕事を依頼してきたんだから、これくらい食べさせてあげてもいいと思うけど。
「ふむ……それもそうか。少しくらいはいい思いをさせてやった方が、いろいろと未練がなくていいだろう」
未練……? なにを言ってるんだろう。よくわかんないや。
「さて、食うものも食ったし、明日の準備だ」
あ、そういえばそうだった。ここで肉を焼いてもらったのは、明日のパンを作るためだった。おいしいもの食べてすっかり忘れちゃってたよ。
「デネボラ、筆とソースを」
「はぁい」
そう指示され、デネボラは調理台からビン詰めのソースと、”筆”という筆記用具を持ってきた。この”筆”は異国から伝わったもので、先端が無数の細い毛でできており、紙に字を書くのに使う。
レオはその先端にソースを染み込ませ、肉の表面になにやら書いた。
「これは?」
「ふるい異国の言葉で”心臓”と書いた」
「心臓?」
「ああ。わたしはこの肉を心臓に見立て、それを包むパンには”人体”と書く」
「それになんの意味があるの?」
「おまえ……ここまで言われて少しくらい予測できんのか?」
「さっぱりだよ」
レオは苦笑いして頭をポリポリ掻いた。ぼく変なこと言ったかな? 食べ物に文字を書いたところで意味なんかないよ。
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なんでもいいよ。早く教えてほしいなぁ。
「いいか、魂の芯は心臓に宿る。そしてそこが最も魂の濃いところだ。わたしはパンを、心臓を包む人体に見立て、魂を憑依させる。ふつうパンに魂など宿らんのだが、呪術を使えば可能となる。そしてここからが重要だ。ふつう、魂は少しずつ漏れる。我々生きた人間も、激しい怒りを覚えたり、大きくよろこんだりすると、感情とともに全身からぶわっと漏れてしまう。たとえばおまえ、猛獣に襲われて食われるとなれば、どんな気持ちになる?」
「そりゃあ、うわあーってなるよ」
「そうだ。すると恐怖や苦痛の感情があふれ、周囲に魂が撒き散らされる。こういった、感情によって外へ出る魂を”念”と呼ぶ」
「へえ……」
なに言ってるんだろう。よくわかんないや。とりあえずあいづち打っておこう。
「だがな、そのとき漏れるのはあくまで薄いところで、情報や精神は心臓に収まっている。つまり、心臓こそが人間の本体であると言っていい。それでだ。パンとはいえ、人間の魂が憑依していれば、おなじ生理が働く。あの男に食われるとき、恐怖で魂が漏れ出てしまう。だがパンに心臓を持たせることで、精神の濃い部分や学んだ剣術の知識を肉に収め、漏れにくくできる。だからこうして肉を焼き、パンに包んでいるんだ。どうだ、わかったか?」
「…………うん、わかったよ!」
わかんないけど、とりあえずいろいろやってるってことだね。なんだかすごいなぁ。さすがレオだ。
「……ま、まあ、おまえにわからずとも、わたしがわかっていればいいんだがな」
なんだよ、そんな苦い顔して。わかったって言ったじゃないか。
「アーサー、わたしはおまえがどれほどバカでもこころから愛している。それだけは言っておくよ」
ちょっと、失礼だよ。それじゃまるでぼくがバカみたいじゃないか。ぼくは騎士だっていうのに。むー。
「まあまあ、アーサー様のいいところは頭のよさじゃないですからぁ」
デネボラまで!
「ともかく、こうやってあいつに魂を食わせているわけだ。今日またひとつ剣豪の魂を食わせたから、明日はもっと変わっているぞ。その結果どういうことになるか、どれほど強くなれるか、実にたのしみじゃないか」
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