魂売りのレオ

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第十四話 運命はほどほどに

運命はほどほどに 二

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 ランチを終えたぼくらは、目的もなく街をブラブラしていた。
「さて、これからどうしようか」
 夜まではまだかなり時間がある。見たかった劇はもう見てしまったので、これといってやることがない。
「冬着でも見て回るか」
「それかまた劇でも見る?」
「ううむ……朝あれだけいいものを見てしまうと、ハードルが高くなってしまってなあ。ならいっそ、情緒じょうちょもクソもないお笑いショウか、大道芸でも見るか」
「ぼくはレオとならなんでもいいよ」
「そうか」
 そう言ってレオはクスリと笑い、ぼくらは手を繋いだ。本来騎士が昼間っから女とイチャイチャ歩くなんてあってはならないことだが、ぼくはもう騎士ではないし、それに”顔を覚えられない魔法”にかかっているから、だれにも見られる心配はない。
 この魔法は本当に便利だ。ふつうレオのような絶世の美女——しかも髪の毛が緑色——がひと前に出れば、まず間違いなく大注目されてしまう。そこらじゅうから男がナンパしてきて、ショウ関係のスカウトが群がり、くらっときた女子供が「お姉さま!」と抱きついてくるに違いない。
 でも”顔を覚えられない魔法”にかかっているおかげで、ぼくらは個性のない”ただのひと”に見えている。たとえるなら道端の石ころだ。もしハートマークの石が落ちていたら、みんな見るともなしに目がいって、無意識に記憶するだろう。でもただの石ころはだれも見ない。視界に映っても認識さえされない。
 そんな、無個性の存在になることで、ぼくらは注目されることなく街を歩ける。こうやって手を繋いでも、たとえキスをしても大丈夫だ。
 ただし、この魔法にも弱点がある。というか魔法である以上、どうしても”矛盾”に弱い。
 この魔法の目的は”目立たないこと”だ。だからその逆、目立つことをすれば解けてしまう恐れがある。もっともレオの魔力は強力だから、よほどのことをしない限り解けはしないが、ある程度気をつけなければならない。
 それと”名乗ること”だ。だれかに名前を教えたり、名を訊かれて答えたりすれば、一発で解けてしまう。以前ぼくはビーチでキャンサーに名乗ったことで、大勢の前で女装水着姿を披露するという、とんでもない目にあってしまった。
「まあ、適当に歩いてみよう」
 レオはフフと笑い、言った。
「わたしもおまえとなら、なんだって構わん。こうして手を繋いで歩いているだけで、十分に満たされる」
「ぼくもだよ」
 ぼくらは肩を寄せ、ほうぼうをぶらついた。どうでもいいものを指差しては、その場その場の興味で店を探り、非常に無駄で有意義な時間を潰した。
 こうしていると、どんどんあたたかくなった。
 風はだいぶ冷たい。上着を着込んでいるおかげで直接冷気を感じることはないが、それでも冷えた空気が染み込んでくるし、手や顔はじかに当たる。
 でも、それ以上にあったかい。
 レオの体温とぼくの体温が、繋いだ手と、触れ合う肩を通して、循環している気がする。
 特別おもしろいことなんかなくても、こうしてふたり、おなじ気持ちでいるだけで、静かにしあわせが膨らんでいく。
 ふたりの気持ちが行き来して、寒さなんか感じない。
「レオ、たのしいね」
「ああ、たのしいな」
 ぼくらはニコニコして歩いた。
 なんにもなかった。
 それなのに、なにかあるよりずっとたのしく感じていた。
 そうして歩くこと数時間。
 秋の日の入りは早い。
 まだ愛し合う時間には程遠いが、陽がだいぶ西にかたむき、オレンジ色に染まりはじめている。
 そんな、昼でも夕方でもない、狭間の時間の大通りで、レオがふと立ち止まった。
「どうしたの?」
 レオはさっきまでの笑顔から一転、真剣な目つきで前方を凝視していた。
「……これはこれは」
 レオは不穏な笑みを見せた。目を細め、口だけがなにか納得するように、ぐにっと微笑んだ。
「ねえ、どうしたの? いったいなにがあったの?」
「……獲物だ」
 獲物?
「あのババアだ」
 そう言ってレオはひとりの老婆を指差した。
 通りの端を、おばあさんが歩いている。
 腰が曲がっていないから、農家の人間ではないだろう。
 杖もついていない。それなりにしっかりした足腰をしている。
 しわの具合からして、五十は過ぎているはずだ。髪もはっきりと白い。年齢に対して、かなり健康に見える。
 それが、ずいぶん重そうな荷物を背負っている。両肩に通したリュックサックはぎっちりと膨らんでいた。
 そんなおばあさんを、レオは”獲物”と呼んだ。
 レオの仕事は魂売りだ。彼女は死んだ人間の魂を捕まえ、それを販売したり、魔法を使ってあれこれする。
 魂売りにとって獲物とは魂だ。死んですぐの人間からは新鮮な魂が得られる。
 つまり——
「あのおばあさん、もうすぐなの?」
「ああ。今日、明日というところだろう」
 そう言ってレオはクククと笑った。レオはおばあさんの顔に死相を見ていた。
 どういうわけだかレオはひとの死がわかる。ぼくは見たことないから、どんなふうに見えるのかわからないけど、近いうちに死ぬ人間の顔には死相が現れ、その濃さで死期が予測できるという。
「おい、アーサー。我々はいま、ミドリとクロだぞ。わかっているな」
「え、あ、うん」
 ミドリとクロ——これはぼくらの偽名だ。ぼくらの髪色が、ある異国の言葉でミドリとクロだから、それを選んで使っている。
 偽名を名乗ると、”顔を覚えられない魔法”を維持したまま、特定の相手にだけ自分たちを認識させられる。ちょっとした魔法の裏技だ。
 これを再確認するってことは……
「ねえレオ、もしかしてあのおばあさんに話しかけるの?」
「そうだ。せっかくの獲物を逃す手はない」
「じゃあ、あのおばあさんのあとを、ずっとついていくの?」
「ああ、できれば死の瞬間に居合わせたい」
「でもぼくら、今夜はホテルに泊まるんだよね?」
「……それは難しいな」
 えっ?
「わたしはどれくらいでひとが死ぬかはわかるが、正確な時間まではわからん。事故ならともかく、たいがいひとは真夜中に寿命を迎える。それまで張り付くことになるだろう」
 ち、ちょっと待って! それじゃあホテルに泊まれないじゃないか!
「……口惜しいが仕方あるまい」
「そんな! せっかく予約したのに!」
「しょうがないだろう。在庫の確保はなにより優先だ。いかにわたしが優秀でも、在庫なくして商売はできん」
「でも……回転ベッドが……」
「あきらめろ」
「いろんなおもちゃで遊ぼうって……」
「残念だが、またこんどだな」
「だって、予約したとき言ってたんでしょ? ものめずらしさに予約が集中して、運よく取れたけど、ひと月は埋まってるって……」
「……アーサー、我々は食っていかねばならん。こうして街に遊びに来れるのも、無駄にホテルに泊まれるのも、しっかり仕事をして稼いでいるからだ。なあ、わかるだろう?」
「そんなあ!」
 ぼくはレオの体にしがみついた。だって、ずっとたのしみにしてたんだ! ふだんじゃ味わえない特別な空間で、レオと思いっきり愛し合いたかったんだ! レオだってそうだろう!? ぼくらはおなじ気持ちだろう!?
「……アーサー、わかってくれ。わたしだって残念なんだ。なにもこんなときじゃなくったっていいだろう、って思ってる。だが、やはり、生きていくには働かねばならんのだ」
「れ、レオぉ……」
 ああ、なんてことだ。どうしてこんなときに仕事になってしまうんだ。この世に神はいないのか。なんて……なんて悲しい運命なんだ!
「ほら、そんな顔してないで行くぞ。おまえも魔術師の夫なら演技のひとつくらいできるだろう。我々は困ったひとを放っておけないクソ善人だ。荷物が重たいだろうと言って、ニコニコしながら近づくんだ。わかったな?」
「……うん」
「よし!」
 レオはぼくの背中をバシンと叩き、すでにニッコリ笑っていた。切り替えが早いこった。ぼくはそんなにうまくできないよ。
「さあて、メシの種をもらいに行くか」
 そう言ってレオは歩き出した。中身の腹黒さとは裏腹に、天使のような明るい笑顔をしていた。
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