魂売りのレオ

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第十四話 運命はほどほどに

運命はほどほどに 五

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「守衛さん、開けてもらっていいですか?」
 ピクスさんは夜の街門がいもんを前に、ゆったりと言った。その直後、門がぎいっと薄く開き、役人が顔を出して、
「早く、早く!」
 と手招きをした。おそらく見張りがすでにぼくらを目視し、門の前に構えていたのだろう。彼ら役人はよそ者にはきびしいが、身内には手厚すぎるくらい甘い。
 ぼくらはスッと中に入り、なるべく静かに門が閉まった。
「ありがとうねえ」
「まったく、心配しましたよ。こんな夜遅くまで帰ってこないんですから」
 ピクスさんは門を出るとき、
「すぐ戻ってくるからね」
 と言っていた。だから彼らも夕刻の外出を許可したのだが、結果がこれだからかなりヒヤヒヤしたに違いない。これでもし彼女が死んでいたら、場合によっては責任問題になる。
 でもピクスさんはそんなこと気にしない様子で、
「ちゃんと帰ってきたでしょう?」
 なんて笑っていた。
 ぼくらは夜の繁華街を歩いた。ここは地方都市なだけあって、日が落ちたくらいじゃ人通りはなくならない。そこらじゅうを明かりが照らし、酒と料理のにおいが煙とともに揺れ動き、ときおり濃い女のが漂う。世間が夕食を取る時間はとっくに過ぎており、目に映るのはたのしみごとに浮かれる男と、それを呼び止める商売人ばかりだ。
 ぼくは、お腹減ったなあ、なんて思いながら、黙々と歩くピクスさんの背中を見つめていた。すると、
「あなたたち、お腹空かない?」
 と彼女が振り返った。
「うん!」
 ぼくは即答した。だって、そうなんだもん。しかしレオは、
「いえ、わたしはあまり。それより夜道は危険です。ぜひあなたを無事お住まいまでお送りさせてください」
 なんて言った。ええ、嘘でしょ。ぼく知ってるよ、さっき君のお腹がグーって鳴ってたのを。本当はお腹減ってるんでしょ?
「なに言ってるのよ、あなた。こんな暗い時間にご年配の方をひとり歩かせて、追い剥ぎにでもあったらどうするのよ」
 そ、そりゃあまあ……
「だからちゃんと、おうちまでお送りするのよ」
 言いながらレオは片目をパチリとウィンクするみたいにした。どうしたんだろう。煙でも入ったかな?
「あら、やさしいのねえ」
 とピクスさんが言うのに対し、レオは、
「いえ、当然のことです」
 とニッコリ笑顔を見せた。すると、
「でもそれじゃああんまりだから……そうだわ、なにか持ち帰りで買っていこうかしら。あたしが出すから、おふたりは露天で好きなもの買ってくださいな」
「えっ? わーい!」
 ぼくは手放しでよろこんだ。だけどレオは、
「いえ、そんな! 悪いです!」
 悪くないよ! 食べようよお!
「いいえ、荷物も持ってもらったし、夜道もエスコートしてもらって、これでお礼しなきゃあたしの気が済まないわ。さあ、好きなもの買ってちょうだい」
「い……いいんですか?」
「ええ、その方があたしがうれしいの。それにもう、お金なんて持っててもしょうがないからねえ」
「えっ……?」
 レオの目がギクリと固まった。これはぼくにも、さすがにわかった。
 まさかこのひと、死ぬことを知ってる……?
 ぼくらはつい演技を忘れ、沈黙した。ピクスさんはクスリと笑い、
「ねえ、あたしはいま、しあわせなのよ。たとえ嘘でも、孫夫婦といっしょに歩いてるみたいで、本当にしあわせ。だからねえ、おばあちゃんにお世話させておくれよ、ねえ」
 レオは息が止まるみたいにガッチリ直立した。ぼくもどう応えていいかわからず、なにか言おうとして言えなかった。
 そんな中、レオはふっと肩の力を抜き、
「わかりました、おばあちゃん。お腹いっぱい食べます」
 と笑った。うんうん、とピクスさんがうなずいた。
 ぼくらは両手にホットドッグやら串物の袋やらを持ち、ピクスさんのアパートに到着した。彼女の提案により、持ち帰って食べましょう、ということになった。
 レオはずいぶんよろこんだことだろう。なにせ彼女の目的はピクスさんの魂だ。新鮮な魂を得るには死に際を看取みとるのが望ましい。それに家に入れば間取りもわかるし、外からどう覗き込めばいいかも調べられる。
 だが、彼女はあまり笑顔ではなかった。笑ってはいるが、どこか陰があり、なにか胸に支えているのが傍目にもわかる。
 それとは対照的に、ピクスさんはこころからたのしそうにしていた。
「さあさあ、食べてちょうだい。狭い部屋でごめんなさいね。ジュースと水、どっちがいい? あなたはお酒かしら。でもごめんなさいね。うちにはこれしかないの。だからもし飲みたかったら、自分のを飲んでちょうだい」
 ぼくは言葉通り狭いワンルームの、小さな四角いテーブルに食べ物を置き、ジュースがいいですと言った。椅子はひとつしかなかったので、からの面に立ち、さあ食べようと意気込んだ。
 だけど、レオはドアから入ったまま動かなかった。
「どうしたの、ミドリ(ミドリはレオの偽名だ)。早く食べようよ」
 レオは応えず、立ち尽くしたまま、じっとりした目でピクスさんに言った。
「……なぜわたしが酒を持っていると知ってるんです?」
 ピクスさんは部屋の奥のベッドにギシっと座り、言った。
「あなたはいつも、ポケットにウィスキーの小ビンを入れて、好きなときに飲めるようにしてる。そうでしょう?」
「だからどうしてそれを!」
 レオの声から演技が消えた。それだけのことをピクスさんは言っていた。
「あなたは頭のいい子だわ。あたしがどこまでわかるのかくらい、もうわかっているでしょう、レオさん」
「……!」
 瞬間、ぼくとレオの体から魔力の帯がほどけるのを感じた。名前を言い当てられ、”顔を覚えられない魔法”が解けた。
 このひと……レオの本名を!
 ぼくは食べようとして手にしていたホットドッグをテーブルに落とした。明かりに照らされる室内が、途端に薄暗くなった気がした。
 レオはキッと睨み、言った。
「未来を見たのか……」
「ええ、そうよ。あなたたちがレオ、アーサーと呼び合う姿が見えたわ。もっとも、ふだを返したいまは、もう見えないけどねえ」
「我々がここになにをしに来たか知っているな」
「もちろんよ。だって、とっくのむかしに見てた未来だもの」
 一瞬、レオの体表を赤い稲妻が走った。殺意とは違う、けど非常に近いドス黒いものが、魔力となって滲み出ていた。
 が——
「安心して。あなたの目的は無事果たされるわ」
 というピクスさんの言葉でそれは消えた。
「あたしはねえ……本当にうれしいのよ。本当に、最期に孫夫婦がいるみたいで……」
 レオの眉間からしわが消えた。口が「あっ……」と小声で開いた。
「ほら、せっかくのお食事が冷めちゃうわよ。立ち食いになっちゃって悪いけど、飲み物はどうする? ジュースにする? お酒を飲む? そこまで覚えてないのよ。なんせあたしは、今夜死ぬおばあちゃんなんだから」
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