魂売りのレオ

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第十五話 そうだ、温泉に行こう

そうだ、温泉に行こう 八

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「はぁ……なんでぼくが……」
 ぼくは大きなため息を吐いた。なんでかって? 男なのにミス・コンに参加してるからだよ!
「いいじゃないか、これも経験だぞ」
 とレオは笑っていたが、こっちは堪ったもんじゃないよ。
「しかし男のあんたが残るとはねぇ」
 とライブラが笑った。この”残る”っていうのは、出場審査に残ったっていう意味だ。
 そう、合格しちゃったんだ。
 ぼくらはミス・コンの控え室にいた。
 場所は街の運動施設で、審査は広い屋内運動場で行われた。
 たくさんの女性がビキニ姿で並び、数人の審査員がみんなの顔、体に点数をつけていった。
 その結果落ちてしまったひとたちはその場で解散となり、ぼくら五人を含めた合格者数十人はいま現在、備品倉庫に押し込められている。
 ほかの四人が受かるのはわかるよ。みんなすごくきれいだしかわいいし、そもそも女だ。なんで男のぼくが合格するんだよ。
「しょうがないじゃないか。おまえはかわいいんだから」
 うるさいなぁ。レオに言われるのはそこまでいやじゃないけど、男には思われたくないよ!
「あーあ、参加なんてしたくなかったね」
 ぼくは気だるげにレグルスに言った。彼女もミス・コンに出たくなかったひとりだ。レオに言われて仕方なく参加している。
「はい。そもそもわたくしはひとを容姿で選別すること自体、好ましくありません」
 そうだそうだ。こんなイベント間違ってるよ。今朝レオも言ってたじゃないか。どんな容姿でもお風呂は平等に温めてくれるって。つまり……たぶんみんな平等ってことだろう。それを容姿で比べようだなんて………………
 ……あれ? おかしいな。
 そうだ、おかしい。だって変だよ。この街は新しい町長が作った”平等法”が施行されているはずなのに、どうして見た目で優劣つけようとしてるんだ? 地元民の店が潰れてでも外国人を平等に扱ったり、男女の区別をなくすためにお風呂を混浴にしたりするぐらいなのに……
「おや、アーサー……」
 ライブラがスッとぼくの隣に来て耳打ちした。
「あんたなにか気づいたね」
「うん。この街は平等を掲げてるのに、どうしてミス・コンなんてするのかな」
「へぇ……あんた案外頭が回るじゃないかい。バカだとばっかり思ってたよ」
 んな、失礼な……
「ねえ、あたしがなんでミス・コンに参加したかわかるかい?」
「ううん?」
 そういえばライブラはミス・コンに参加しないと言っていたはずだ。なんで参加したんだろう。
「間近で結果を見るためさね」
 結果? なんの? ミス・コンの?
「おっと、いけない。なんでかあんたと話してると、つい口が軽くなっちまうねぇ」
 むむむ? どうやらライブラはいろいろ知ってるらしい。なんで教えてくれないんだろう。あれかな、呪術師だから、やたらと秘密主義なのかな。まあ、なんでもいいけどさ。それより早く終わってほしいよ。男なのに女物の水着なんか着せられて恥ずかしいったらありゃしない。
 やがてぼくらは運営に呼ばれ、再び屋内運動場に案内された。ホール内はだだっ広く、床はニスを塗られた木造で、数種類のボールゲーム用に白線が引かれている。
 おそらくラクロスかなにかのコートだろう。白線の外にずらりと男が並んでいた。そしてぼくらはコートの内側、なにやらマットが広く敷かれたところへ横一列に立たされた。
「なんだこの気味の悪い男どもは」
 とレオが怪訝けげんそうに言った。たしかに彼らは不気味だった。みんな目をギラギラさせ、まるで品定めでもするみたいに視線を泳がせている。そして言っちゃ悪いが、あまり容姿がよくない。
 コンテスト参加者たちは困惑していた。これから盛大なミス・コンがはじまるかと思いきや、なぜかマットの上に立たされ、男たちと対面している。
 そこに、
「みなさん、お待たせいたしました」
 出入り口から妙に明るい中年男が現れた。恰幅がよく、豪勢なスーツを着込んでいる。
「む……!」
 レオの目が険しく光った。なんと男に続き魔術師団が現れたのだ。
 フード付きのマントをまとい、顔を仮面で隠している。魔術師が仕事をするときの正装だ。新人を表す白仮面がいないのを見るに、確実に仕事をしにきている。
 中年男は顔に似合った下品な声色で言った。
「今回の志願者は二六名でお間違いないですね。なので女性も二六名ご用意させていただきました」
 醜男たちが「おおー!」と声を上げた。それに対し、美女たちは不穏な気配に怯え、一層困惑した。
「レオ様……これはどゆことですかね?」
 アルテルフはきょとんとしていた。レオがいる限りなにがあっても怖くない。それはぼくも十分わかってるけど、なんだかいやな雰囲気だなぁ。
「さあな。ま……おもしろそうだから見ていよう」
「ですね!」
 お気楽だなぁ。魔術師団が出てくるって、どう考えてもふつうじゃないのに。きっと荒っぽいことになるに決まってる。だって魔法っていうのは、他者を支配する圧倒的な力だ。ふつうの人間はどうやっても魔術師には敵わない。あまりに強力なので、魔法を使った犯罪者は、百日以上の拷問による死刑と決まっているほどだ。ぼくほどの剣の達人でも、銀混じりの剣がなければ足元にも及ばない。……あ、ぼく剣持ってない! バカみたいなビキニ姿だ!
「さて、美女のみなさん。状況が把握できないことでしょう」
 男は言った。
「わたくしはこの街の町長です。以後、長い付き合いとなりますのでどうぞよろしくお願いします」
 は? 長い付き合い? いったい観光地の町長とどう付き合うっていうんだ?
 場が疑問でどよめく中、町長は演説じみた声で言った。
「ところでみなさん、人間は不公平だと思いませんか?」
 並んだ男たちに手を向け、
「彼らをご覧ください。なんと不遇なお顔でしょう。ひとは生まれながらにしてハンデを背負います。努力したところで変えることなどできません。ここに並ぶ彼らは、とてもつらい日々を過ごしてまいりました」
 こんどは美女たちに手を向け、
「しかしみなさんはどうでしょう。とてもお美しい。美しい女性というのはそれだけで天恵です。さぞすばらしい人生を謳歌していることでしょう」
 町長は、ここでひと呼吸置き、
「不公平ですな」
 ニタリと言った。その瞬間、ぼくの中にすさまじい嫌悪感が生まれた。女たちも背筋に寒気が走ったと言わんばかりに身を縮こませた。
 いやな予感がする。
「ここらで公平にいたしましょう」
 町長の言葉と同時に、数人の男がゆっくり前に歩きはじめた——得体の知れない笑みを浮かべて。
「容姿に恵まれず、恋を知らずに生きた男と、容姿に恵まれ、しあわせに育った女……どうすれば平等になると思いますか?」
 残りの男たちも歩き出した。二六人と言っていたが、その全員が目を血走らせ、女に向かって前進した。
 そしてぼくらはもう彼らの目的がわかっていた。すべてを話さずとも、状況から、そして男たちの目の色から察しがついた。
 あとずさる女たち。にじり寄る男たち。
「もうおわかりですね」
 町長が言った。
「ひとつになればいいのです」
 途端、女たちが一斉に逃げ出した。耳をつんざくような悲鳴とともに、反対側の出入り口へと全力で駆け出した。
 しかし、
「きゃっ!」
 彼女たちは見えない壁にぶつかった。どうやら魔術師団によって、スポーツコートの白線上に魔法の壁が張られたらしい。なんでそれがわかったかというと、レオが教えてくれたからだ。
「なるほどな……おもしろいことを考える」
「なにがだよ!」
 ぼくは焦りと怒りに身を震わせていた。だって、要はこの女のひとたちを襲おうっていうんだろう? それなのに笑ってる場合じゃないよ!
 ほら、男たちが迫ってくるよ。みんな獣みたいだ。目を血走らせ、歯を剥き出しに笑って、もはや理性ある人間とは思えない。
 女たちは泣き叫び、ドアを叩くみたいに逃げ出そうとした。そこに、町長の言葉が飛んだ。
「みなさん、ご心配はいりません。みなさんは家庭に入るだけでございます。むかし懐かしい許嫁いいなづけ制度とでも思えばよいのです。子供さえ産まれれば、たとえいまは愛していなくとも、いずれこの夫といっしょになってよかったと思うはずです」
 そんなわけないだろ! こんな乱暴なことして、あったかい家庭なんか生まれてたまるか!
「さあ、逃げても無駄ですよ。美人に生まれた幸運を不公平な方々に分配するのです。そこの五人のように、いさぎよく受け入れるのです」
 五人とはぼくらのことだろう。ぼくらは最初の位置からほとんど動かずにいた。そしてとうとうレオの目の前に大男が立ちはだかった。
「ぐへへへ……」
 背の高いレオをはるかにしのぐ大男。力もかなり強そうだ。それが、よだれを垂らし、股間を膨らませている。いまにも襲い掛かろうという面持おももちだ。
 しかし、
「ぐへへ……あれ?」
 男の顔色が変わった。
「な、なんだ? 動けねえ」
「フフフ……」
 レオが笑った。とてもうれしそうに、とてもおかしそうに。
 直後、魔術師団の方から、
「あの女やばい! 逃げろ!」
 と声が上がり、彼らは出入り口から出ようとした。しかしなにやら透明な壁に阻まれているようで、扉に触れることもできなかった。
 明らかな異常事態に、町長たちは困惑した。
「クフフフ……おもしろいなぁ」
 レオはとてもたのしそうな笑みを見せた。ぼくの大好きな笑顔だ。そして、ある意味ではきらいな顔でもある。
「なるほどなぁ。おまえは町長の座を手に入れるために、いろんな票集めを成功させたんだなぁ。たとえそれで地元民が苦しもうと、一生を泣く者が出ようと、自分がしあわせならそれでいいからなぁ」
「な、なにをおっしゃいますか! わたくしはただ世の中を公平に……」
「気に入ったぞ。わたしはおまえのような悪党が大好きだ」
「えっ!?」
 ここにいる全員が呆然とした。なにを言ってるんだ? まさかこのまま続けさせるつもりじゃないだろうな?
「だが女を食い物にするのはいただけんなぁ。なあ、レグルス。おまえもそう思うだろう?」
 そう言ってレオはレグルスに視線を向けた。レグルスはじっと肩を怒らせ、うつむいた顔から真っ黒な視線をめ上げていた。そして小さく、
「この外道げどうどもめ……」
 わっ、レグルスからドスの効いた声が漏れた! ……怖いからレオのうしろに隠れてようっと。
「よく我慢したな」
「はい……レオ様のご指示が出ておりませんから」
「さすがはレグルス。いいだろう、好きにしろ」
「……よろしいのですか?」
「ああ、獣の本性をぶちまけろ」
「ふ……ふふふ……」
 レグルスが薄暗く笑った。うっすら瞳が赤く輝いて見える。
 その姿が変わった。もこもこと肉体が変化し、やがて一匹の巨大な虎となった。
 それが、レオの目の前の大男を、見下すように立ち塞がった。
「うっ、うわああああ!」
「ぐろろろおおお!」
 男の絶叫を虎の咆哮ほうこうが覆い隠した。直後、男は一瞬のうちにずたぼろの肉塊となった。
「きゃあーー!」
「うおおおおおーー!」
 ショッキングな光景に、女たちが悲鳴を上げ、男たちは恐怖のあまり逃げ出した。
 しかし、逃げ場はない。レオの魔法が見えない壁を作り、男たちをホールに閉じ込めていた。
 そして、殺戮さつりくが行われた。
 猛虎はすさまじい速度で爪牙そうがを振るった。剣に慣れているぼくでさえぎりぎり見えるかどうかという素早さで、次から次へと男たちをほふっていった。
 圧倒的破壊力が肉をずたずたに引き裂く。逃げ惑う男を、魔術師を、そして町長を、前腕のひと振りで亡き者にしていく。
 恐ろしい光景だった。血生臭い——などという生やさしいものではない。アルテルフは吐き気に耐えるよう口を押さえ、視線を逸らしていた。
 だけど、ぼくは彼女を美しいと思った。しなやかな巨体が軽々と跳び、俊敏に駆け回る姿は、踊りを舞うかのように軽やかだった。
 ああ……ぼくは見惚みとれている。
 きっとぼくは彼女に勝てないだろう。ぼくが百人剣を持って立ち向かっても、レグルスには傷ひとつつけることはできないだろう。
 ぼくは、生まれながらの強者にこころ奪われていた。決して敵うことのない巨体に心身が熱くしびれた。
 そんな暗い快感の中、ライブラがキシシと笑い、言った。
「ご苦労さんだねぇ。おかげで無事、仕事を終えることができたよ。こりゃああとで一杯おごらなきゃいけないねぇ」
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