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第十七話 ウォルフの地獄巡り
ウォルフの地獄巡り 一
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感情って、わずらわしいものですよね。なにかを望めば望んだだけ苦しみますし、手に入らなければなお苦しみます。
パチ屋に行くとよく見ますよ。当たらなかったからと言って台を叩く方や、店員に当たり散らしている方を。欲求が満たされないと、場合によっては怒りに変わり、暴力へと変化するのですね。
しかし人間は欲のかたまりです。日常的にあれが欲しいこれが食べたいと思うし、ときに世界一の座を求めるなんて大望も持ちます。
些細なことならいいですけどね。働いた分からちょっとお金を出せば済みますから。ですが大きなこととなると、それ相応の努力や、積極的な行動、あるいは運命の巡り合わせも必要です。どうやっても叶わない願いというのがあるのです。
何事も見切りが大切ですね。無理してがんばったところで、倒れたら元も子もありませんから。
第十七話 ウォルフの地獄巡り
「みなさーん、準備できましたよー!」
雪の積もった館の庭で、アルテルフがぴょんぴょんはしゃぎながら言った。
彼女の背後には、四匹の使い魔によって組み立てられた祭壇が、溜め池に並ぶように設立されていた。
新年の祀り“新年祭”だ。ぼくらの地域は翼の生えた猫“バードフィリス信仰”が一般的で、毎年元日に祭壇を設けて祈願をする。祭壇は大きなもので家一軒ほどで、庶民はたいてい暖炉かストーブほどのものを用いるか、教会で共同祈願を行う。
レオの館にあるのは、ベッドを五段くらい重ねたほどの、個人にしてはかなり立派なものだ。祭壇の中心には窯があり、猫の好みそうな供物を燃やすことで天上に送り、無事新年を迎えられたことに対する感謝のあいさつと、できたらこんな願いを叶えてほしいと、気まぐれな猫たちに祈祷を捧げる。
ぼくは毎年かならず「ひげが生えますように」と言って、七面鳥のもも肉を供する。猫の好物は鶏肉だ。なんたって、ぼくの近所の物知りおばちゃんは、いつもノラ猫に鶏肉をあげてたからね。
でもレオは違うと言う。
「アーサーの子が産めますように」
そう言って捧げたのはなんと羊肉だ。臭いしクセがあるし、違うと思うけど、レオはこれが一番だと言って聞かない。
しかしこれも違うと言うのがアルテルフだ。
「わかってないですねー。猫が一番好きなのはうさぎ肉なんですよー」
彼女は「家計簿が狂いませんように」と言い、うさぎの肉を放り込んだ。ううん、どうなんだろう。正直どれが正解かはわからない。ただ、肉を火に沈めるたびに黒猫のシェルタンが目と口をぽっかり開けて見送っているのを見るに、どれも好物には違いない。
そんなシェルタンの背後から、
「みなさん食べ物ばかりですね」
とレグルスが歩み出た。彼女は毛糸でできたねずみのおもちゃを持ち寄り、「破廉恥を克服できますように」と言いながら火にくべた。なるほど、猫といえばねずみだ。肝心なことを忘れていた。
「いま捧げたおもちゃは、鼻先からひもが出ていて、引っ張って遊ぶんです。これなら食べられないけど長く使えるでしょう?」
さすが気遣いのできるレグルスだ。ひとはパンのみに生きるに非ずというが、猫もよく遊んだりいたずらをするから、きっとおもちゃも有効だろう。
とはいえ猫の供物には食べ物と考えるのが一般的だ。次に顔を出したデネボラもそうだった。しかし……
「おいしいもの、いっぱい食べられますよぉに」
そう言って差し出したのはなんとケーキだった(しかもちょっと食べた形跡がある)。ぼくらは当然なんでそんなものをと尋ねた。すると、
「だってぇ、ケーキおいしいじゃないですかぁ」
と、最善を尽くした感いっぱいの笑顔を浮かべた。どうやら自分が好きなものなら他人も好きだと思っているらしい。……というか、猫にケーキってどうなの? まあ、彼女も馬だけどさ。でもケーキ食べるときは人間の姿だしなぁ。
——なんて疑問に思ったけど、これはまだ微笑ましいものだった。
「レオ様がしあわせでありますように」
と、蜘蛛のゾスマがすばらしい願いを祈った。ただ、供物がおかしい。
「ちょっとあんた! なに金貨なんか入れてんのよ!」
アルテルフの声に、ゾスマはいつも通りのにへら顔を向け、言った。
「だって、お金はみんなほしがるよ。お金がきらいなひとはいないって言うよ」
「それは人間の話でしょ! 猫にお金あげてどーすんの!」
「でもわたしたちもお小遣いもらうよ」
「あたしたちは人間に変げして使えるからでしょ! 猫が買い物するとこなんか見たことないわよ!」
「……じゃあ、意味なかった?」
「そー! あーもったいない! 金貨一枚あればそーとー贅沢できたのに!」
アルテルフは家計を預かるだけあってお金にうるさい。このあいだなんか、しもべの立場でありながらレオを上から叱りつけたほどだ。
メタメタに言われ、ゾスマは納得した。
「そっか……勉強になった」
そう言って祭壇にゆっくり目を向け、決して崩れることのないへらへら笑顔でぼそりとつぶやいた。
「……もったいないことしちゃった」
ゾスマが独り言なんてめずらしい。よほど後悔してるのかな。
……って、あれ? なんか眉毛がしんなりしてる。それに目も潤んでるし…………もしかして泣いてる!?
「ちょっとあんた……」
「ごめんねアルテルフ。でも自分のお小遣いだから大丈夫だよ。だけどなんか食べればよかったね」
ゾスマは相当なグルメで、個人的な外食では高価な店に入ることが多い。金貨を残すくらいだから、かなり我慢したことだろう。
感情を見せない彼女だが、決してこころがないわけではない。
気持ちを察したアルテルフは、うう、と縮むような声を漏らし、
「あーもう! 新年早々泣かないでよ! お金ならあたしがなんとかしたげるから!」
「ホント?」
それを聞いた途端、ゾスマの眉がいつも通りになった。しかもアルテルフに抱きついて、
「ありがとう、大好き」
「ち、ちょっと! なによいきなり! 恥ずかしいからやめなさいよ!」
「ごめんね、もう少し」
「あーもう!」
アルテルフは真っ赤になって慌てていた。毎度ゾスマのやることは突拍子もない。計算式をスッ飛ばして直接答えを叩き出すような唐突さがある。
だけどぼくはきらいじゃない。それだけ彼女がまっすぐだってことだし、青か緑かの体液には、仲間への想いがドクドク流れているのを、ぼくは知ってる。
なんにしてもよかったよ。せっかくの新年祭で泣いてちゃつまんないもんね。……それにしても女の子同士がくっついてるのって、なんかいいなぁ。
「あらあら、仲がいいわねぇ」
この情景を見てアクアリウスが微笑ましく言った。
「アルテルフちゃんがやさしくてよかったわね」
アクアリウスは二匹の使い魔、サダルメリクとサダルスードをつれ、ねずみの死骸を持って祭壇の前に寄った。彼女たちはふだん旅をしているが、今日のために二日前からレオの館に泊まっていた。
そんなアクアリウスの願いは、
「怪我や病に苦しむひとが減りますように」
彼女は無償で病人を治療するほどの聖人で、彼女が歩けば周囲の空気が清らかに輝くほどだ。
しかし人間だれしも清濁併せ持つもので、当然アクアリウスも例外ではない。
「それと、アソコの硬~い男をたくさん食べられますように」
こんな願いを追加するほどのド淫乱だ。華奢な見た目を餌に、日々男を釣り上げている。
そして二匹の使い魔もたいがいだ。黒カラスの変げで、ちょっぴり小生意気な黒肌の少女、メリクは、
「奥手なお兄さんから敗北ミルクいっぱい搾りたいな~」
なんて願うし、白カラスの変げ、おしとやかな白肌の少女、スードは、
「なにも知らない無垢な少年を捕まえて、わたしなしじゃいられなくなるまで開発したいです」
と、丁寧な口調でとんでもないことを言った。まったく、なんてひとたちだよ。こんなの神様に祈ることじゃない。どうして彼女たちが旅をしているのかわかったよ。獲物を探し回ってるんだ。ホントどうしようもないや。
ところで今回泊まった客はアクアリウス一行だけじゃない。
「こんなことして意味あるのかい?」
呪術師ライブラが蔑むような目で言った。罰当たりなことに彼女は無神論者で、空の上に翼の生えた猫がいるなんて妄言にもほどがあるなどと斜に構えている。それじゃなぜ新年祭に顔を出したのかと訊くと、
「クソブスが酒とメシを用意するから来ないかって言うから、しょうがなく来てやったのさぁ。あたしゃ群れるのはきらいなんだけどね」
と、これまたひねくれた答えを返してきた。本当にそう思ってるのかな? このひとすごく怖いし、たしかに孤独な雰囲気があるけど、レオと話すとき妙に生き生きしてる気がするし、案外人懐っこいんじゃないか?
「あー寒い。こんなくだらないことさっさと終わらせて、中で酒を飲もうじゃないのさぁ」
と、ほんのり笑顔で不満をたれた。すると、
「冷めたやろうだべ。せっかくの祭りなんだから、たのしめばいいべよ」
とウォルフが恐ろしく訛った口調で言った。彼女はかつて奴隷として扱われた、耳だけが獣の人種“獣耳”の生き残りだ。世間的には滅んだとされた伝説の種族で、人里離れた秘境に住んでいる。だから俗世と話し言葉が違うし、長年の隔離によって信仰が消滅し、新年祭のことも知らなかった。
「あんたの里も無宗教なんだろ? こんな無意味なことして、なにがたのしいのさぁ」
とライブラが言った。彼女もアクアリウスも、獣耳と出会った二日前はひどく驚いていたが、数日の交流でいまは自然な会話をしている。
「たのしいべエ~。意味なんかなくったって、みんなで祭りしてわいわい話せば、そんだけでたのしいべ」
「そうかい。あたしゃ性に合わないねぇ」
「うんだべか。なんでもいいけど、おれの番だべ?」
ウォルフはニコニコしながら祭壇の前に立ち、言った。
「おれァこーゆーのはじめてでよォ。猫さんにどんなことお願げえすっか、いろいろ考えてきたっぺよ。送りモンもよろこんでもらえっといいんだけどよォ」
ウォルフは妙にそわそわし、ほんのりほほを染めていた。ふだん凛としているだけに、肩を浮かす姿がひとしおかわいく見える。
「これ、おれの里の一番の魚だ。食ってくれ」
そう言ってふところから紙に包んだ川魚を取り出し、火にくべた。どうやら魔法で凍らせておいたらしく、腐った様子はない。
……それにしても魚かぁ。なんでまたそんなものを差し出したんだろう。猫が魚を食べるなんて聞いたことがない。レオも「おまえ、猫に魚か?」と目を丸くしていた。
「えっ……猫っつったら魚だべ?」
「いや、猫は肉だろう」
「そ、そうなんか? こっちの猫は魚食わねえんか? うちの里じゃ食ってっけど……もしかしておれ間違っちまったか?」
ウォルフの目がぐにゃりとゆがみ、幼い迷子みたいに声が縮こまった。彼女ははじめての新年祭をたのしみにしており、昨日も、
「おれ、願い事まだ決まってねえんだ。候補がいっぱいあってよォ。どーすっぺかなアー!」
と、殺人集団“旅人狩り”の長とは思えないキラキラした笑顔を見せていた。それがこれでは、がっかりするのも仕方ないだろう。
しかし、
「あら、猫ちゃんはお魚さん食べるわよ」
とアクアリウスが助け舟を出した。さらには、
「なんだいクソブス。あんた猫飼ってるくせになんにも知らないのかい」
とライブラが続いた。なんでも猫は地域に即したものを食べるそうで、内陸では肉、海や川沿いでは魚と、人間の食生活に同調するらしい。
「ンだよなア! 猫っつったら魚だよなア! あははは!」
安心したウォルフは笑顔を取り戻し、ぴょんぴょん跳ねるように言った。いやあ、よかった。それにしても猫が魚を食べるなんてぼくも知らなかったよ。
気を取り直したウォルフは祭壇に構え、
「さって……願いを言うんだっぺな」
と再び顔をこわばらせた。
「えっと……そのよぉ……」
どういうわけか、なかなか言おうとしない。こうも焦らされるとみんなの視線が凝り、よけいに緊張してしまう。
「どうした、なにをためらっている」
とレオに言われ、
「う、うるせえ! おめえはあっち行ってろ!」
なんて邪険にした。なんでそんなこと言うんだろう。顔は一面真っ赤だし、レオに聞かれるのがいやなのかな?
「ねえあんた、早くしてくんない? あたしゃ早く酒が飲みたいんだよ」
そうライブラに急かされ観念したのか、顔に昇ってくる熱に苦しむように目をつぶり、ぼそりと言った。
「あ……あいつともっと、仲よくなれますように」
それを聞いた途端、みんなが「ええ~!?」とおもしろがった。
「あははっ! なんだいあんた、恋の願いかい!」とライブラが笑い、
「あらあら、初々しくていいわぁ。女の子だものねぇ」とアクアリウスが微笑み、
「へー、ウォルフ様って案外乙女なんですねー。相手はどんな方なんですかー?」とアルテルフが茶化し、
「わたくしはステキだと思います! 応援しますよ!」とレグルスがはしゃぎ、
「ぐぅ~」とデネボラが腹の音を鳴らし、
ゾスマはどーーでもいいと言わんばかりにへらへらしていた。
それにしても恋の願いか。ぼくはてっきりレオにゾッコンなのかと思ってたよ。せっかくの新年にわざわざ里を離れて会いにくるくらいだしさ。
でもやっぱり、いつもいっしょにいる地元民にクラッときちゃうのかな。そもそも彼女は女だから、男に惚れるのがふつうだもんね。
と思ったが、どうやらそうでもないようだった。
「フフフ……」
レオは腕を組み、ニヤリと視線を向けた。ウォルフはチラリと視線を返し、頭のてっぺんから湯気を出す勢いで目を逸らした。
あっ……ぼく直感でわかっちゃった。“あいつ”ってレオのことだ。そりゃそうだよね。レオに誘惑されて、こころを持ってかれないひとなんているわけないもんね。
……しかし今夜は大変だろうなぁ。なんせレオがこんなの見ちゃったら、簡単に寝かせてくれるはずないもんなぁ。
こう言っちゃなんだけど、君の願いはとっくに叶ってるよ。君が叶わないと思えば思うほどにね。
パチ屋に行くとよく見ますよ。当たらなかったからと言って台を叩く方や、店員に当たり散らしている方を。欲求が満たされないと、場合によっては怒りに変わり、暴力へと変化するのですね。
しかし人間は欲のかたまりです。日常的にあれが欲しいこれが食べたいと思うし、ときに世界一の座を求めるなんて大望も持ちます。
些細なことならいいですけどね。働いた分からちょっとお金を出せば済みますから。ですが大きなこととなると、それ相応の努力や、積極的な行動、あるいは運命の巡り合わせも必要です。どうやっても叶わない願いというのがあるのです。
何事も見切りが大切ですね。無理してがんばったところで、倒れたら元も子もありませんから。
第十七話 ウォルフの地獄巡り
「みなさーん、準備できましたよー!」
雪の積もった館の庭で、アルテルフがぴょんぴょんはしゃぎながら言った。
彼女の背後には、四匹の使い魔によって組み立てられた祭壇が、溜め池に並ぶように設立されていた。
新年の祀り“新年祭”だ。ぼくらの地域は翼の生えた猫“バードフィリス信仰”が一般的で、毎年元日に祭壇を設けて祈願をする。祭壇は大きなもので家一軒ほどで、庶民はたいてい暖炉かストーブほどのものを用いるか、教会で共同祈願を行う。
レオの館にあるのは、ベッドを五段くらい重ねたほどの、個人にしてはかなり立派なものだ。祭壇の中心には窯があり、猫の好みそうな供物を燃やすことで天上に送り、無事新年を迎えられたことに対する感謝のあいさつと、できたらこんな願いを叶えてほしいと、気まぐれな猫たちに祈祷を捧げる。
ぼくは毎年かならず「ひげが生えますように」と言って、七面鳥のもも肉を供する。猫の好物は鶏肉だ。なんたって、ぼくの近所の物知りおばちゃんは、いつもノラ猫に鶏肉をあげてたからね。
でもレオは違うと言う。
「アーサーの子が産めますように」
そう言って捧げたのはなんと羊肉だ。臭いしクセがあるし、違うと思うけど、レオはこれが一番だと言って聞かない。
しかしこれも違うと言うのがアルテルフだ。
「わかってないですねー。猫が一番好きなのはうさぎ肉なんですよー」
彼女は「家計簿が狂いませんように」と言い、うさぎの肉を放り込んだ。ううん、どうなんだろう。正直どれが正解かはわからない。ただ、肉を火に沈めるたびに黒猫のシェルタンが目と口をぽっかり開けて見送っているのを見るに、どれも好物には違いない。
そんなシェルタンの背後から、
「みなさん食べ物ばかりですね」
とレグルスが歩み出た。彼女は毛糸でできたねずみのおもちゃを持ち寄り、「破廉恥を克服できますように」と言いながら火にくべた。なるほど、猫といえばねずみだ。肝心なことを忘れていた。
「いま捧げたおもちゃは、鼻先からひもが出ていて、引っ張って遊ぶんです。これなら食べられないけど長く使えるでしょう?」
さすが気遣いのできるレグルスだ。ひとはパンのみに生きるに非ずというが、猫もよく遊んだりいたずらをするから、きっとおもちゃも有効だろう。
とはいえ猫の供物には食べ物と考えるのが一般的だ。次に顔を出したデネボラもそうだった。しかし……
「おいしいもの、いっぱい食べられますよぉに」
そう言って差し出したのはなんとケーキだった(しかもちょっと食べた形跡がある)。ぼくらは当然なんでそんなものをと尋ねた。すると、
「だってぇ、ケーキおいしいじゃないですかぁ」
と、最善を尽くした感いっぱいの笑顔を浮かべた。どうやら自分が好きなものなら他人も好きだと思っているらしい。……というか、猫にケーキってどうなの? まあ、彼女も馬だけどさ。でもケーキ食べるときは人間の姿だしなぁ。
——なんて疑問に思ったけど、これはまだ微笑ましいものだった。
「レオ様がしあわせでありますように」
と、蜘蛛のゾスマがすばらしい願いを祈った。ただ、供物がおかしい。
「ちょっとあんた! なに金貨なんか入れてんのよ!」
アルテルフの声に、ゾスマはいつも通りのにへら顔を向け、言った。
「だって、お金はみんなほしがるよ。お金がきらいなひとはいないって言うよ」
「それは人間の話でしょ! 猫にお金あげてどーすんの!」
「でもわたしたちもお小遣いもらうよ」
「あたしたちは人間に変げして使えるからでしょ! 猫が買い物するとこなんか見たことないわよ!」
「……じゃあ、意味なかった?」
「そー! あーもったいない! 金貨一枚あればそーとー贅沢できたのに!」
アルテルフは家計を預かるだけあってお金にうるさい。このあいだなんか、しもべの立場でありながらレオを上から叱りつけたほどだ。
メタメタに言われ、ゾスマは納得した。
「そっか……勉強になった」
そう言って祭壇にゆっくり目を向け、決して崩れることのないへらへら笑顔でぼそりとつぶやいた。
「……もったいないことしちゃった」
ゾスマが独り言なんてめずらしい。よほど後悔してるのかな。
……って、あれ? なんか眉毛がしんなりしてる。それに目も潤んでるし…………もしかして泣いてる!?
「ちょっとあんた……」
「ごめんねアルテルフ。でも自分のお小遣いだから大丈夫だよ。だけどなんか食べればよかったね」
ゾスマは相当なグルメで、個人的な外食では高価な店に入ることが多い。金貨を残すくらいだから、かなり我慢したことだろう。
感情を見せない彼女だが、決してこころがないわけではない。
気持ちを察したアルテルフは、うう、と縮むような声を漏らし、
「あーもう! 新年早々泣かないでよ! お金ならあたしがなんとかしたげるから!」
「ホント?」
それを聞いた途端、ゾスマの眉がいつも通りになった。しかもアルテルフに抱きついて、
「ありがとう、大好き」
「ち、ちょっと! なによいきなり! 恥ずかしいからやめなさいよ!」
「ごめんね、もう少し」
「あーもう!」
アルテルフは真っ赤になって慌てていた。毎度ゾスマのやることは突拍子もない。計算式をスッ飛ばして直接答えを叩き出すような唐突さがある。
だけどぼくはきらいじゃない。それだけ彼女がまっすぐだってことだし、青か緑かの体液には、仲間への想いがドクドク流れているのを、ぼくは知ってる。
なんにしてもよかったよ。せっかくの新年祭で泣いてちゃつまんないもんね。……それにしても女の子同士がくっついてるのって、なんかいいなぁ。
「あらあら、仲がいいわねぇ」
この情景を見てアクアリウスが微笑ましく言った。
「アルテルフちゃんがやさしくてよかったわね」
アクアリウスは二匹の使い魔、サダルメリクとサダルスードをつれ、ねずみの死骸を持って祭壇の前に寄った。彼女たちはふだん旅をしているが、今日のために二日前からレオの館に泊まっていた。
そんなアクアリウスの願いは、
「怪我や病に苦しむひとが減りますように」
彼女は無償で病人を治療するほどの聖人で、彼女が歩けば周囲の空気が清らかに輝くほどだ。
しかし人間だれしも清濁併せ持つもので、当然アクアリウスも例外ではない。
「それと、アソコの硬~い男をたくさん食べられますように」
こんな願いを追加するほどのド淫乱だ。華奢な見た目を餌に、日々男を釣り上げている。
そして二匹の使い魔もたいがいだ。黒カラスの変げで、ちょっぴり小生意気な黒肌の少女、メリクは、
「奥手なお兄さんから敗北ミルクいっぱい搾りたいな~」
なんて願うし、白カラスの変げ、おしとやかな白肌の少女、スードは、
「なにも知らない無垢な少年を捕まえて、わたしなしじゃいられなくなるまで開発したいです」
と、丁寧な口調でとんでもないことを言った。まったく、なんてひとたちだよ。こんなの神様に祈ることじゃない。どうして彼女たちが旅をしているのかわかったよ。獲物を探し回ってるんだ。ホントどうしようもないや。
ところで今回泊まった客はアクアリウス一行だけじゃない。
「こんなことして意味あるのかい?」
呪術師ライブラが蔑むような目で言った。罰当たりなことに彼女は無神論者で、空の上に翼の生えた猫がいるなんて妄言にもほどがあるなどと斜に構えている。それじゃなぜ新年祭に顔を出したのかと訊くと、
「クソブスが酒とメシを用意するから来ないかって言うから、しょうがなく来てやったのさぁ。あたしゃ群れるのはきらいなんだけどね」
と、これまたひねくれた答えを返してきた。本当にそう思ってるのかな? このひとすごく怖いし、たしかに孤独な雰囲気があるけど、レオと話すとき妙に生き生きしてる気がするし、案外人懐っこいんじゃないか?
「あー寒い。こんなくだらないことさっさと終わらせて、中で酒を飲もうじゃないのさぁ」
と、ほんのり笑顔で不満をたれた。すると、
「冷めたやろうだべ。せっかくの祭りなんだから、たのしめばいいべよ」
とウォルフが恐ろしく訛った口調で言った。彼女はかつて奴隷として扱われた、耳だけが獣の人種“獣耳”の生き残りだ。世間的には滅んだとされた伝説の種族で、人里離れた秘境に住んでいる。だから俗世と話し言葉が違うし、長年の隔離によって信仰が消滅し、新年祭のことも知らなかった。
「あんたの里も無宗教なんだろ? こんな無意味なことして、なにがたのしいのさぁ」
とライブラが言った。彼女もアクアリウスも、獣耳と出会った二日前はひどく驚いていたが、数日の交流でいまは自然な会話をしている。
「たのしいべエ~。意味なんかなくったって、みんなで祭りしてわいわい話せば、そんだけでたのしいべ」
「そうかい。あたしゃ性に合わないねぇ」
「うんだべか。なんでもいいけど、おれの番だべ?」
ウォルフはニコニコしながら祭壇の前に立ち、言った。
「おれァこーゆーのはじめてでよォ。猫さんにどんなことお願げえすっか、いろいろ考えてきたっぺよ。送りモンもよろこんでもらえっといいんだけどよォ」
ウォルフは妙にそわそわし、ほんのりほほを染めていた。ふだん凛としているだけに、肩を浮かす姿がひとしおかわいく見える。
「これ、おれの里の一番の魚だ。食ってくれ」
そう言ってふところから紙に包んだ川魚を取り出し、火にくべた。どうやら魔法で凍らせておいたらしく、腐った様子はない。
……それにしても魚かぁ。なんでまたそんなものを差し出したんだろう。猫が魚を食べるなんて聞いたことがない。レオも「おまえ、猫に魚か?」と目を丸くしていた。
「えっ……猫っつったら魚だべ?」
「いや、猫は肉だろう」
「そ、そうなんか? こっちの猫は魚食わねえんか? うちの里じゃ食ってっけど……もしかしておれ間違っちまったか?」
ウォルフの目がぐにゃりとゆがみ、幼い迷子みたいに声が縮こまった。彼女ははじめての新年祭をたのしみにしており、昨日も、
「おれ、願い事まだ決まってねえんだ。候補がいっぱいあってよォ。どーすっぺかなアー!」
と、殺人集団“旅人狩り”の長とは思えないキラキラした笑顔を見せていた。それがこれでは、がっかりするのも仕方ないだろう。
しかし、
「あら、猫ちゃんはお魚さん食べるわよ」
とアクアリウスが助け舟を出した。さらには、
「なんだいクソブス。あんた猫飼ってるくせになんにも知らないのかい」
とライブラが続いた。なんでも猫は地域に即したものを食べるそうで、内陸では肉、海や川沿いでは魚と、人間の食生活に同調するらしい。
「ンだよなア! 猫っつったら魚だよなア! あははは!」
安心したウォルフは笑顔を取り戻し、ぴょんぴょん跳ねるように言った。いやあ、よかった。それにしても猫が魚を食べるなんてぼくも知らなかったよ。
気を取り直したウォルフは祭壇に構え、
「さって……願いを言うんだっぺな」
と再び顔をこわばらせた。
「えっと……そのよぉ……」
どういうわけか、なかなか言おうとしない。こうも焦らされるとみんなの視線が凝り、よけいに緊張してしまう。
「どうした、なにをためらっている」
とレオに言われ、
「う、うるせえ! おめえはあっち行ってろ!」
なんて邪険にした。なんでそんなこと言うんだろう。顔は一面真っ赤だし、レオに聞かれるのがいやなのかな?
「ねえあんた、早くしてくんない? あたしゃ早く酒が飲みたいんだよ」
そうライブラに急かされ観念したのか、顔に昇ってくる熱に苦しむように目をつぶり、ぼそりと言った。
「あ……あいつともっと、仲よくなれますように」
それを聞いた途端、みんなが「ええ~!?」とおもしろがった。
「あははっ! なんだいあんた、恋の願いかい!」とライブラが笑い、
「あらあら、初々しくていいわぁ。女の子だものねぇ」とアクアリウスが微笑み、
「へー、ウォルフ様って案外乙女なんですねー。相手はどんな方なんですかー?」とアルテルフが茶化し、
「わたくしはステキだと思います! 応援しますよ!」とレグルスがはしゃぎ、
「ぐぅ~」とデネボラが腹の音を鳴らし、
ゾスマはどーーでもいいと言わんばかりにへらへらしていた。
それにしても恋の願いか。ぼくはてっきりレオにゾッコンなのかと思ってたよ。せっかくの新年にわざわざ里を離れて会いにくるくらいだしさ。
でもやっぱり、いつもいっしょにいる地元民にクラッときちゃうのかな。そもそも彼女は女だから、男に惚れるのがふつうだもんね。
と思ったが、どうやらそうでもないようだった。
「フフフ……」
レオは腕を組み、ニヤリと視線を向けた。ウォルフはチラリと視線を返し、頭のてっぺんから湯気を出す勢いで目を逸らした。
あっ……ぼく直感でわかっちゃった。“あいつ”ってレオのことだ。そりゃそうだよね。レオに誘惑されて、こころを持ってかれないひとなんているわけないもんね。
……しかし今夜は大変だろうなぁ。なんせレオがこんなの見ちゃったら、簡単に寝かせてくれるはずないもんなぁ。
こう言っちゃなんだけど、君の願いはとっくに叶ってるよ。君が叶わないと思えば思うほどにね。
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