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第十八話 からくり少女の大きなお遊び
からくり少女の大きなお遊び 一
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事故は怖いですね。なにが怖いって、避けようがないですから。注意して、ルールをあらかじめ周知して、周りに危険がないか確認して、さて作業しよう、運転しようと思っても、不意のトラブルやわずかな不注意で、とんでもないことになります。
人類は長い歴史の中でさまざまな道具や機械を発明し、より高性能、よりセーフティーなものを生み出しました。昨今はコンピューターのレベルも跳ね上がり、AIが人間に取って代わるなどと噂されています。
が、結局はどれも人間が使い、管理するものです。事故は人間が起こすのです。
しかしなんですかね。機械が便利になればなるほど、事故の損害や発生率が大きくなる気がします。あんまり便利なものは、ない方がいいのかもしれません。
でも、いまの暮らしがあるのは機械のおかげです。いったいどうあるのが正解なんでしょうかねぇ。
第十八話 からくり少女の大きなお遊び
ぼくはアーサー。歳は十七。かつては騎士として都で暮らしていたけど、いろいろあっていまは魔の森でのんびり暮らしている。
もちろん騎士に戻りたい気持ちもある。ぼくは体格こそ女みたいだけど、剣の腕ならだれにも負けないし、いずれ近衛兵長の立場を継ぐはずだった。
だけどもう戻ることはできない。せめて騎士道精神だけは忘れないよう、男として強く高潔であろうと努めている。
でもそんなに悲しくはないんだ。だって、隣にはいつだって愛するひとがいる。朝起きても、食事をしても、世界一美しいレオの笑顔を見て、夜はもちろん、愛を育む。
ぼくらは決して分つことのない深い絆で愛し合っている。とはいえケンカをしないわけじゃない。
先日ぼくはボトルシップを組み立てていた。横にしたガラスビンの中にピンセットで木材を入れ、接着する。なんとなくはじめた趣味だけど、これがけっこうおもしろくて、数週間かけて三隻ほど作っていた。
そして四隻目がかなりうまくいっていた。それまでの三隻はお世辞にも上出来とは言えなかったが、どうやらだいぶ感覚をつかんだらしく、お店で売ってもいいくらいのものが作れそうだった。
そんな、あと三分の一ほどで完成のところで事件が起きた。ぼくがいつものようにリビングで船を作っていると、
「おいアーサー。おまえ最近船ばかりで寂しいじゃないか。もっとわたしに付き合え」
そう言ってレオはぼくを遊びに誘った。だけどぼくは息を止めるほど集中していたから返事もろくにできなかった。すると、
「フン……なんだそんなもの。そうまで気を入れるものでもあるまい」
そう言うとレオは浮遊魔法で木材と接着剤を操り、サクサク組み上げてしまった。
「あっ!」
「ほら、終わったぞ。さあ遊ぼう」
レオはさも満足げにぼくの肩をつかみ、ウキウキ笑顔で言った。しかし、
「なんてことするんだ!」
ぼくはつい大きな声を出してしまった。だって、そんなのひどい。せっかくがんばって、ちまちま、ちまちま、小難しい作業をずっと続けて、やっと成果が出そうだってのに、”魔法でひょい”だなんて腹が立たないわけがない。
レオはビクリと手を離し、
「あ……す、すまない」
と謝ったが、ぼくはどうしても許せなかった。いくら愛してようが、ぼくだって気に入らないことはある。その日はあまり口を聞かず、ベッドでも反対側を向いて眠った。レオがなんども謝るたびに、
「いいよ、別に」
とだけ返し、そっけなくしてしまった。彼女に悲しい顔をさせる罪悪感はあったけど、努力を踏みにじられたせいで、どうしても気分が浮かなかった。
すると翌日からレオはリビングにこもり、ボトルシップに取り組んだ。
「おまえを悲しませた罪を償いたいが、そのためにはまず痛みを知る必要がある。どうせおまえのことだから、わき汗のにおいでも嗅がせてやれば許してくれると思ったが、それではなんの解決にもならん。こんなもの興味はないし、やりたくなどないが、愛のためだ」
ぼくはよくわからないけど「なるほど」と言っておいた。そもそも怒りなんて忘れていた。ぼくってなんか、ひと晩寝るとたいていのこと忘れちゃうみたいで、本音を言えば償いなんかどうでもいいから、わき汗を嗅がせてほしかった。
とはいえ、レオがおなじ趣味に興味を持ってくれたのはすごくうれしい。ぼくは嬉々として隣に座り、作業方法をレクチャーした。
しかしレオはおそろしく不器用だった。なにせ彼女は魔術師だ。なにをするにも魔法だし、小難しいことは使い魔に頼む。細かい作業なんてほとんどない。
だから船はボロボロだった。作っては崩れ、おかしなところで接着してはやり直しになって、何隻もダメにしてやっと一隻それらしくなった。
それでもぐしゃぐしゃだ。ところどころ木材が飛び出し、マストはボロボロ、船底は隙間だらけで、もしこんな船があったら間違いなく秒で沈むという出来だった。
しかしレオは満足そうだった。最後、震える指でピンセットをつまみ、マストのてっぺんに旗を着けると、
「……できた! できたぞアーサー!」
そう言ってぼくの両手を握り、ブンブンはしゃいだ。目は完成した難破船を向いたままだった。
「やったね、レオ!」
「ああ! やっとできた! はあぁ……」
レオはぼくに抱きつき、疲れを投げ出すようソファにゴロンとなった。なにせ一週間の精密作業だ。体力こそ使わないものの、神経をすり減らす毎日だった。怠惰な生活を好む彼女には果てしない苦労だったに違いない。
「ああ……疲れた」
レオは寝転んだまま、テーブルの上のボトルシップに目を向けた。
「おまえはこんなに大変なことをしていたんだな」
「レオほど苦労はしなかったけどね」
「それなのに、あのときは悪かったな」
「え?」
「苦労して地道にがんばったものを、あんなふうに魔法で簡単にやられてしまったら、さぞ腹が立つことだろう。本当にすまなかった」
「ううん、いいよ。ぼくの方こそ怒鳴ってごめんね」
「なにを謝る。悪いのはわたしだ」
「なんでもいいよ。ぼくはレオを愛してるんだ」
「ああ、わたしもだ、アーサー」
ぼくらはしばし抱き合い、ふふふと笑った。いちどはケンカになっちゃったけど、なんだかんだこうして抱き合っている。こんなにしあわせなことはないね。
ぼくはついでにキスをしようと思った。けどタイミングが悪く、レオはふらっと起き上がり、
「しかし……ボロボロだな」
と船を見て笑った。言葉のわりには笑顔だった。
「しょうがないよ、初心者だもん」
「そうだな」
レオはソファの背もたれに腕を広げ、テーブルのはしに置かれたウィスキーのロックをごくごく飲んだ。そしてぷはぁと息を吐き、
「なんにしても、間違っていたな」
「なにが?」
「魔法を使ったことだ」
どゆこと?
「店売りの商品を作るならそれでいいだろう。だがボトルシップ作りは暇つぶしだ。つまり制作過程をたのしむことに本質がある。それを魔法で簡単にやってしまっては、なんの意味もない」
あー、たしかに。
「わたしは実に愚かだった。だがおかげでものを作るたのしみを知ることができた。ありがとう、アーサー」
「ううん。それよりたのしかったの?」
ぼくは彼女がたのしんでいたとは思えなかった。なにせずうっと眉間にしわを寄せ、うんうん唸りながら、ときには「あーもう、やってられん!」と声を上げての作業だったからだ。
でも、そればかりじゃなかった。
「たしかにつらかった。なんど投げ出そうと思ったか知れん。だが、下手クソでも少しずつ船が組み上がっていくのは気持ちがいいし、実際に触ることで、いろいろわかってくるのも、おもしろい。というかそもそも、理屈抜きでおもしろかった」
「そっか。それはよかった」
「それに……おまえとなにかをしていると思うと、それだけでうれしい」
ドキッ!
レオの気だるげな視線がぼくの胸を射抜いた。レオは本当に美しい。もう二年近くいっしょにいるのに、いまだにぼくはドキドキしてしまう。
手足だってそうだ。ぼくはほぼ毎晩彼女と抱き合ってるし、ベッドで寝るときはいつも裸だ。目を覆いたくなるほど艶やかな姿を飽きるほど見ている。それなのに、彼女の乳房をちらと見ただけでこころが掻き乱されてしまうし、なんなら手がしなやかにグラスをつかむだけでも、ズボンを履いた脚がゆったり組むのを見るだけでも魅了されてしまう。
ああ……君は美しすぎる。
「フフフ……」
レオはにたりと蠱惑的な笑みを見せ、ぼくのふとももに手を添えた。
「あっ……」
「なあ、アーサー。わたしはがんばったと思わないか?」
う、うん……
「なら夫として、愛する妻にご褒美をくれてもいいんじゃないか?」
そ、そうだね……
「わたしは疲れた。マッサージで揉みほぐしてほしい」
いいよ、肩揉みでもなんでも……
「そうじゃない。神経が疲れたんだ。こころは胸にあるんだぞ。なら、揉むのは肩じゃないだろう」
えっ!?
「どうした、やってくれるんじゃないのか」
で、でも……昼間からそんな……
「なにを言っている。ただマッサージするだけだろう」
だけどそんなところ触ったら……
「部屋に鍵をかければいい。“聞かれない魔法”を使えば声が漏れる心配もないし、好きなだけ燃えればよかろう」
だけどぼくは騎士だ……騎士が昼間からそんなことしちゃ……
「おいおい、なにが騎士だ。もうズボンがはち切れそうだぞ」
えっ……あ!
「どうやらおまえのこころは“ここ”に集まっているようだな」
だ、ダメ……
「おやおや、ぎっちり集まってるじゃないか。なるほど、騎士は“お堅い”というが、その通りだな」
あ、あ……
「フフフ……そんなに息を荒くして、もう耐えられんのだろう? ほら、おまえも触れ。服の下から手を入れ、ブラの内側に滑り込ませろ。そうしたらわたしもズボンに手を入れ、直接握ってマッサージしてやる。ほら、我慢するな。騎士道など捨ててしまえ。ほら、ほら!」
ぼくは限界だった。もう抑えられなかった。
騎士は常に高潔じゃなきゃいけない。いくら夫婦でもお日様の出てるうちは欲に駆られてはいけない。だけどレオは美しすぎる。レオは魅力的すぎる。レオはいやらしすぎる。
こんな誘惑、耐えられるはずがない!
ぼくはゆっくりと手を動かし、レオの服の下に滑らせた。目の前から小さな吐息が漏れてくる。ぼくを見下ろす長身の美女が、みだらな笑みを浮かべ、目を半月にゆがめる。艶やかなくちびるから舌が覗き、口の中でおいでおいでするように見せつける。
「ああ、かわいいヤツめ。そんな切ない顔をして……よけいに昂ってしまうではないか。ほら、触れ。早くわたしを揉みしだいてくれ。さあ、早く……」
ぼくの指先が下着に触れた。そして、爪で肌を傷つけないよう、そっと潜り込ませようとした。そのとき——
「にゃあ」
扉の外で猫の呼ぶ声が聞こえた。飼い猫のシェルタンだ。
どういうわけだかシェルタンは人語を解す。そしてレオはシェルタンの言葉を理解できる。
「なに、客だと?」
レオはぼくから離れ、スッと立ち上がった。そして深~いため息を吐き、
「……わかった、すぐに行く。ひとまずアルテルフに客を案内させろ」
そう言ってウィスキーを一気に飲み干し、気だるげに天井を睨み、
「くそっ……どうしてうちの客は、いつもいつもいいところで来るんだ」
そうだね……正直ぼくもちょっと残念だよ。おかげで助かったけどね。
もちろんぼくはレオを愛してる。いつだって彼女と身もこころも重ねたいと思ってる。だけどぼくは騎士だ。騎士は昼間からみだらなことなんてしちゃいけない。どんなに望んでも、欲望に耐える強い精神が必要なんだ。
「まったく、邪魔しおって。こうなったらたっぷりぼったくってやる」
そう言ってレオは扉を開けた。ぼくはうしろをついて行きながら、ぼったくるのはいつものことだけどなぁ、と思った
人類は長い歴史の中でさまざまな道具や機械を発明し、より高性能、よりセーフティーなものを生み出しました。昨今はコンピューターのレベルも跳ね上がり、AIが人間に取って代わるなどと噂されています。
が、結局はどれも人間が使い、管理するものです。事故は人間が起こすのです。
しかしなんですかね。機械が便利になればなるほど、事故の損害や発生率が大きくなる気がします。あんまり便利なものは、ない方がいいのかもしれません。
でも、いまの暮らしがあるのは機械のおかげです。いったいどうあるのが正解なんでしょうかねぇ。
第十八話 からくり少女の大きなお遊び
ぼくはアーサー。歳は十七。かつては騎士として都で暮らしていたけど、いろいろあっていまは魔の森でのんびり暮らしている。
もちろん騎士に戻りたい気持ちもある。ぼくは体格こそ女みたいだけど、剣の腕ならだれにも負けないし、いずれ近衛兵長の立場を継ぐはずだった。
だけどもう戻ることはできない。せめて騎士道精神だけは忘れないよう、男として強く高潔であろうと努めている。
でもそんなに悲しくはないんだ。だって、隣にはいつだって愛するひとがいる。朝起きても、食事をしても、世界一美しいレオの笑顔を見て、夜はもちろん、愛を育む。
ぼくらは決して分つことのない深い絆で愛し合っている。とはいえケンカをしないわけじゃない。
先日ぼくはボトルシップを組み立てていた。横にしたガラスビンの中にピンセットで木材を入れ、接着する。なんとなくはじめた趣味だけど、これがけっこうおもしろくて、数週間かけて三隻ほど作っていた。
そして四隻目がかなりうまくいっていた。それまでの三隻はお世辞にも上出来とは言えなかったが、どうやらだいぶ感覚をつかんだらしく、お店で売ってもいいくらいのものが作れそうだった。
そんな、あと三分の一ほどで完成のところで事件が起きた。ぼくがいつものようにリビングで船を作っていると、
「おいアーサー。おまえ最近船ばかりで寂しいじゃないか。もっとわたしに付き合え」
そう言ってレオはぼくを遊びに誘った。だけどぼくは息を止めるほど集中していたから返事もろくにできなかった。すると、
「フン……なんだそんなもの。そうまで気を入れるものでもあるまい」
そう言うとレオは浮遊魔法で木材と接着剤を操り、サクサク組み上げてしまった。
「あっ!」
「ほら、終わったぞ。さあ遊ぼう」
レオはさも満足げにぼくの肩をつかみ、ウキウキ笑顔で言った。しかし、
「なんてことするんだ!」
ぼくはつい大きな声を出してしまった。だって、そんなのひどい。せっかくがんばって、ちまちま、ちまちま、小難しい作業をずっと続けて、やっと成果が出そうだってのに、”魔法でひょい”だなんて腹が立たないわけがない。
レオはビクリと手を離し、
「あ……す、すまない」
と謝ったが、ぼくはどうしても許せなかった。いくら愛してようが、ぼくだって気に入らないことはある。その日はあまり口を聞かず、ベッドでも反対側を向いて眠った。レオがなんども謝るたびに、
「いいよ、別に」
とだけ返し、そっけなくしてしまった。彼女に悲しい顔をさせる罪悪感はあったけど、努力を踏みにじられたせいで、どうしても気分が浮かなかった。
すると翌日からレオはリビングにこもり、ボトルシップに取り組んだ。
「おまえを悲しませた罪を償いたいが、そのためにはまず痛みを知る必要がある。どうせおまえのことだから、わき汗のにおいでも嗅がせてやれば許してくれると思ったが、それではなんの解決にもならん。こんなもの興味はないし、やりたくなどないが、愛のためだ」
ぼくはよくわからないけど「なるほど」と言っておいた。そもそも怒りなんて忘れていた。ぼくってなんか、ひと晩寝るとたいていのこと忘れちゃうみたいで、本音を言えば償いなんかどうでもいいから、わき汗を嗅がせてほしかった。
とはいえ、レオがおなじ趣味に興味を持ってくれたのはすごくうれしい。ぼくは嬉々として隣に座り、作業方法をレクチャーした。
しかしレオはおそろしく不器用だった。なにせ彼女は魔術師だ。なにをするにも魔法だし、小難しいことは使い魔に頼む。細かい作業なんてほとんどない。
だから船はボロボロだった。作っては崩れ、おかしなところで接着してはやり直しになって、何隻もダメにしてやっと一隻それらしくなった。
それでもぐしゃぐしゃだ。ところどころ木材が飛び出し、マストはボロボロ、船底は隙間だらけで、もしこんな船があったら間違いなく秒で沈むという出来だった。
しかしレオは満足そうだった。最後、震える指でピンセットをつまみ、マストのてっぺんに旗を着けると、
「……できた! できたぞアーサー!」
そう言ってぼくの両手を握り、ブンブンはしゃいだ。目は完成した難破船を向いたままだった。
「やったね、レオ!」
「ああ! やっとできた! はあぁ……」
レオはぼくに抱きつき、疲れを投げ出すようソファにゴロンとなった。なにせ一週間の精密作業だ。体力こそ使わないものの、神経をすり減らす毎日だった。怠惰な生活を好む彼女には果てしない苦労だったに違いない。
「ああ……疲れた」
レオは寝転んだまま、テーブルの上のボトルシップに目を向けた。
「おまえはこんなに大変なことをしていたんだな」
「レオほど苦労はしなかったけどね」
「それなのに、あのときは悪かったな」
「え?」
「苦労して地道にがんばったものを、あんなふうに魔法で簡単にやられてしまったら、さぞ腹が立つことだろう。本当にすまなかった」
「ううん、いいよ。ぼくの方こそ怒鳴ってごめんね」
「なにを謝る。悪いのはわたしだ」
「なんでもいいよ。ぼくはレオを愛してるんだ」
「ああ、わたしもだ、アーサー」
ぼくらはしばし抱き合い、ふふふと笑った。いちどはケンカになっちゃったけど、なんだかんだこうして抱き合っている。こんなにしあわせなことはないね。
ぼくはついでにキスをしようと思った。けどタイミングが悪く、レオはふらっと起き上がり、
「しかし……ボロボロだな」
と船を見て笑った。言葉のわりには笑顔だった。
「しょうがないよ、初心者だもん」
「そうだな」
レオはソファの背もたれに腕を広げ、テーブルのはしに置かれたウィスキーのロックをごくごく飲んだ。そしてぷはぁと息を吐き、
「なんにしても、間違っていたな」
「なにが?」
「魔法を使ったことだ」
どゆこと?
「店売りの商品を作るならそれでいいだろう。だがボトルシップ作りは暇つぶしだ。つまり制作過程をたのしむことに本質がある。それを魔法で簡単にやってしまっては、なんの意味もない」
あー、たしかに。
「わたしは実に愚かだった。だがおかげでものを作るたのしみを知ることができた。ありがとう、アーサー」
「ううん。それよりたのしかったの?」
ぼくは彼女がたのしんでいたとは思えなかった。なにせずうっと眉間にしわを寄せ、うんうん唸りながら、ときには「あーもう、やってられん!」と声を上げての作業だったからだ。
でも、そればかりじゃなかった。
「たしかにつらかった。なんど投げ出そうと思ったか知れん。だが、下手クソでも少しずつ船が組み上がっていくのは気持ちがいいし、実際に触ることで、いろいろわかってくるのも、おもしろい。というかそもそも、理屈抜きでおもしろかった」
「そっか。それはよかった」
「それに……おまえとなにかをしていると思うと、それだけでうれしい」
ドキッ!
レオの気だるげな視線がぼくの胸を射抜いた。レオは本当に美しい。もう二年近くいっしょにいるのに、いまだにぼくはドキドキしてしまう。
手足だってそうだ。ぼくはほぼ毎晩彼女と抱き合ってるし、ベッドで寝るときはいつも裸だ。目を覆いたくなるほど艶やかな姿を飽きるほど見ている。それなのに、彼女の乳房をちらと見ただけでこころが掻き乱されてしまうし、なんなら手がしなやかにグラスをつかむだけでも、ズボンを履いた脚がゆったり組むのを見るだけでも魅了されてしまう。
ああ……君は美しすぎる。
「フフフ……」
レオはにたりと蠱惑的な笑みを見せ、ぼくのふとももに手を添えた。
「あっ……」
「なあ、アーサー。わたしはがんばったと思わないか?」
う、うん……
「なら夫として、愛する妻にご褒美をくれてもいいんじゃないか?」
そ、そうだね……
「わたしは疲れた。マッサージで揉みほぐしてほしい」
いいよ、肩揉みでもなんでも……
「そうじゃない。神経が疲れたんだ。こころは胸にあるんだぞ。なら、揉むのは肩じゃないだろう」
えっ!?
「どうした、やってくれるんじゃないのか」
で、でも……昼間からそんな……
「なにを言っている。ただマッサージするだけだろう」
だけどそんなところ触ったら……
「部屋に鍵をかければいい。“聞かれない魔法”を使えば声が漏れる心配もないし、好きなだけ燃えればよかろう」
だけどぼくは騎士だ……騎士が昼間からそんなことしちゃ……
「おいおい、なにが騎士だ。もうズボンがはち切れそうだぞ」
えっ……あ!
「どうやらおまえのこころは“ここ”に集まっているようだな」
だ、ダメ……
「おやおや、ぎっちり集まってるじゃないか。なるほど、騎士は“お堅い”というが、その通りだな」
あ、あ……
「フフフ……そんなに息を荒くして、もう耐えられんのだろう? ほら、おまえも触れ。服の下から手を入れ、ブラの内側に滑り込ませろ。そうしたらわたしもズボンに手を入れ、直接握ってマッサージしてやる。ほら、我慢するな。騎士道など捨ててしまえ。ほら、ほら!」
ぼくは限界だった。もう抑えられなかった。
騎士は常に高潔じゃなきゃいけない。いくら夫婦でもお日様の出てるうちは欲に駆られてはいけない。だけどレオは美しすぎる。レオは魅力的すぎる。レオはいやらしすぎる。
こんな誘惑、耐えられるはずがない!
ぼくはゆっくりと手を動かし、レオの服の下に滑らせた。目の前から小さな吐息が漏れてくる。ぼくを見下ろす長身の美女が、みだらな笑みを浮かべ、目を半月にゆがめる。艶やかなくちびるから舌が覗き、口の中でおいでおいでするように見せつける。
「ああ、かわいいヤツめ。そんな切ない顔をして……よけいに昂ってしまうではないか。ほら、触れ。早くわたしを揉みしだいてくれ。さあ、早く……」
ぼくの指先が下着に触れた。そして、爪で肌を傷つけないよう、そっと潜り込ませようとした。そのとき——
「にゃあ」
扉の外で猫の呼ぶ声が聞こえた。飼い猫のシェルタンだ。
どういうわけだかシェルタンは人語を解す。そしてレオはシェルタンの言葉を理解できる。
「なに、客だと?」
レオはぼくから離れ、スッと立ち上がった。そして深~いため息を吐き、
「……わかった、すぐに行く。ひとまずアルテルフに客を案内させろ」
そう言ってウィスキーを一気に飲み干し、気だるげに天井を睨み、
「くそっ……どうしてうちの客は、いつもいつもいいところで来るんだ」
そうだね……正直ぼくもちょっと残念だよ。おかげで助かったけどね。
もちろんぼくはレオを愛してる。いつだって彼女と身もこころも重ねたいと思ってる。だけどぼくは騎士だ。騎士は昼間からみだらなことなんてしちゃいけない。どんなに望んでも、欲望に耐える強い精神が必要なんだ。
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