魂売りのレオ

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第十八話 からくり少女の大きなお遊び

からくり少女の大きなお遊び 六

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「それではご案内しましょう」
 納品が終わり、ノーマさんはぼくらを案内した。
 広い工場に並ぶ大小さまざまな魔道具。ざっと五十はあるだろう。すべてを披露しては時間が足りないので、ぼくらがたのしめるようイチ押しの品を見せてくれるそうだ。
「まずはこちらをご覧ください」
 最初に見せたのは“掃除機”という魔道具だった。キャスターの付いたタルみたいな箱の側面から蛇腹じゃばらのホースが飛び出ており、途中から真っ直ぐなくだに変わって、先端はシュモクザメの頭みたいになっている。
「レオさん、使ってみてください」
 そう言われ、レオはタルと管をつかんだ。タルの上部には持ち手があり、そこに魔力吸入口がついている。
 そこに親指を乗せると、
 ——ぶおーっ!
「おお!」
 掃除機の頭がすごいいきおいで空気を吸った。風圧で床のゴミをガンガン吸い上げていく。
「これは風の魔法か?」
「ご名答」
 掃除機は風の魔法を利用したものだった。管の反対側に風を送ることで、その分ホースから空気を吸い込む。中に袋が仕込んであり、ゴミはそこに集められる。これがあれば掃除が楽になるし、ほうきで取れない細い溝のカスなんかも簡単に取れる。
「ふぅむ、これは便利だ。よほど熟達した風使いでもなければ、こいつとおなじことはまずできまい」
「そうでしょう。すごいでしょう」
 そう言ってノーマさんはニコニコ笑った。披露するというより自慢してる感じだ。ぼくよりはるかに年上のはずなのに、虫かごを持ち寄る少年のようにはしゃいでいる。
「では、こちらはどうでしょう」
 ノーマさんははずんだ声で次のものを見せた。それはまたも掃除機だった。
 しかし大きさが違う。さっきのは高さがぼくの腰くらいまであったのに対し、こんどのはひざに届かないほど低く、幅もコンパクトだ。
「ずいぶん小ぶりだな。なにが違うんだ?」
「使ってみてください」
 レオは使った。すると先ほどの大型よりさらに強い力で吸い込んだ。
「ほう、これは強力だ。いったいどうなってるんだ?」
「機構がまったく違います」
「どう違う」
「最初の方は、魔力を使って風の魔法を起こしました。しかしこちらは魔力を“押す力”に変え、プロペラのギアを回しています」
「……なに?」
 レオは掃除機を止めた。眉をひそめ、呼吸を忘れそうなほど真面目な目をした。
「押す力とはなんだ?」
「魔力の変換です」
 ノーマさんは言った。
「うちの魔力研究チームはすごく優秀で、魔力が別の力に変わることを発見しました。くわしい仕組みは言えないんですが、魔力は“押す力”と“熱する力”に変換できます。そして使い方によっては魔法を発動させるよりはるかにエネルギー効率がよいのです」
 二台の掃除機はまったく別の機構を備えていた。片方は風の魔法を起こす魔道具で、そしてもう片方は魔力を力に変えてプロペラを回す魔道具。目的はどちらもおなじだが、やっていることはぜんぜん違う。
「風魔法を起こす大きい方ですが、実はこの中の半分以上が魔法を起こすための機械で埋まっています。魔力の消費もそれなりです。それに対して魔力変換の機構は小型化が容易で、しかもほんの少しの魔力で大きな力を出せるのです」
「……恐れ入ったな」
 レオは肩の力を抜き、ため息のような声で言った。魔力が別の力に変わるなんて、師匠のアクアリウスでも知らなかった。
 いや——世界のだれも知らない。この広い大陸のどこにも、きっと海の向こうの大都会にも、ひとりとして知る者はいない。
 この発明にたずさわる人間以外は……。
「次をお見せしましょう」
 このあともノーマさんは発明品を披露してくれた。
「これは魔力オーブンといって、魔力を熱源とするオーブンです。火を使わないから火事の心配がなく、魂カートリッジ式なので離れていても自動で調理を進めてくれます」
「これは走行機です。かなり速度が出るし、力もあるので、馬の代わりになります」
「これは手持ちマッサージ機。こうやって先の丸いのが震えて肩に当てるとぎぎぎぎもじいいんでずよォ~~~~」
 あるものは、既存のものを魔法仕掛けに作り替えた改良品だった。あるものは、いままでの技術では作り得ない新発明だった。
 どれもすごい品ばかりだった。ぼくは驚きのあまりなんども声を上げてしまったし、レオもずっと目を輝かせていた。
 そんな中、アルテルフはひとり静かだった。
 アルテルフは感情がすぐ顔に出る。うれしいときはパッと笑顔になるし、不満なときはレオ相手でもふくれっ面になる。めずらしいもの好きの彼女なら、うるさいくらいに騒いでいてもおかしくない。
 それなのに、目をジロリと細めている。遠くのものを見るように、眉間にしわを寄せている。
 彼女らしくない。
「どうしたの?」
 ぼくはこっそり訊いた。すると、
「おかしいと思いませんか?」
 アルテルフは小声で言った。
「ふつう見せませんよ、こんなの」
 どういうこと?
「国が特権を与えるほどの極秘開発ですよ。絶対に秘密なんですよ。なのに、なんであたしたちみたいな赤の他人に見せられるんですかね」
 た、たしかに!
 言われてみればそうだ。なんで見せてくれるんだ? ぼくらに見せてなんの得があるんだ? まさか、なにか悪いことたくらんでるんじゃ……
「こんどはもっとすごいものをお見せしましょう」
 ノーマさんは建物の奥の方へぼくらを案内した。
 前をスタスタ歩いていく。それで少しばかり距離ができたので、ぼくはレオに耳打ちした。
「ねえ、レオ」
「なんだ?」
 ぼくはアルテルフから言われたことを話した。
 すると、
「おまえたちの言う通りだ」
 へ?
「極秘情報を漏らすなど決してあってはならないことだ。ノーマには間違いなく目的がある」
 やっぱり! じゃあこのままついて行ったら……
「フフフ」
 レオは静かに笑った。
「心配するな。なにも怖がることはない」
 ……なんで? 罠が待ってるんじゃないの?
「わたしは最強だぞ。なにが来ようが問題ない。まあ、不意打ちだけはさすがに怖いがな」
 じゃあ注意しなきゃ!
「安心しろ。罠などない。わたしにはあいつの狙いがおおむね予想できている。それに、だれの顔にも死相は見えんしな」
 あ、そうなの? じゃあ大丈夫か。よかったよかった。
 レオはひとの死が見える。近く死を迎えるひとは顔に死相が現れ、そうでないひとはまだ死ぬ運命にないという。
 だから少なくともぼくらは死なない。ノーマさんを殺すような事態にもならない。それでレオは、ノーマさんが悪いことを考えてないと判断したに違いない。
 ……でも、どんな目的なの?
「見せたいんだ」
 見せたい?
「もうすぐわかる。そのときにでも話してやろう」
 そう言ってレオはさっさとノーマさんのあとを追った。ぼくとアルテルフは顔を見合わせ、釈然としないままついて行った。
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